38話 さあ、戦おうⅠ
さてマリアローズが戦うという覚悟を決めてから少し時間が経つと、多くの学生が待ち望んでいた冬休みが始まる。以前は監獄のような学生寮での生活から解放され、温かく出迎えてくれる家族との再会から始まる、安寧に満ちた実家での日々に心を躍らせていたが、
「はぁ…せめてお土産にマリーのパン屋のサンライズを買って帰りたかった……」
「分かる、だけどさ、片道丸一日以上かかるんだぜ?その間にダメになっちまうんだから、仕方ねえよ」
「家族の分も、俺が食べるか……」
「食べるのかよ…まあ、俺個人はフォートナムのオムライスを食べ納めしたから、冬休み明けまで我慢だな」
「ねえねえ買った?フォートナムが帰省する学生向けに特別に作った、オムライス弁当?」
「私は買えてない!でも、マリーのパン屋特製のカツサンドは買えたわ!」
「カツサンド?何それ??」
「何でも西部料理の豚肉を使ったトンカツっていう料理を挟んだサンドイッチらしいわ。シュニッツェルに似ているらしいけど、別物だってアルベール君が言ってたわ」
「そう言えば彼って西部料理も得意なんだっけ?」
「はぁ…でも…埃臭くないベットと温かいお風呂が待っていても、やっぱりフォートナムのオムライスはすぐに恋しくなると思うわ、だから堪能しないとね!」
今は大幅に改善された食事に、がっしりと胃袋を掴まれしまい、アンダーソン理事長時代を知らない、現在の劣悪な環境に慣れ親しんでいた学生は、初めての『帰りたくない』という後ろ髪をひかれる感覚に襲われていた。
それはまさにメルセデスの計画通りで、つまり最初の種まきは思わぬ出来事に見舞われはしたが、上々の結果に終わった、という事である。
あとは彼等が冬休みを終えて戻って来た時に、どういう気持ちを抱くのか?
どういう形で蒔いた種が発芽するのか?
計画を達する為には次こそ、学園側から露骨な妨害を誘い込む必要がある。
それ故にメルセデスは冬休みでもシャトノワ領には戻らず、イリアンソスに残って第二の矢を放つ為の準備に勤しんでいた。
「皆さん!本日は晴天!お日柄も良くですの!絶好の前哨戦の日和でしてよ!」
その日は年が明けて冬休みも残すは一週間もなく、ポツポツと遠く国境近くの山脈沿いから、早めに帰省から学生達が、渋々としかし楽し気に戻って来ていた。
彼女が現在、イリアンソスで行おうとしているのはこれまた連鎖店と同じく、ソルフィア王国初の事業で、マリアローズがいた世界でも話題の『キッチンカー』による移動販売である。
日本のラーメンやおでんの屋台のような方式の屋台は、確かに以前からソルフィア王国の各地に散見されていた。立冬祭を代表するようにお祭り好きなソルフィア人は、何かと理由を付けてお祭りを開くので、豊富な屋台文化は各地にあった。
しかしメルセデスはマリアローズが何気ない、散文のように語る前世の記憶から『自動車の荷台に、本格的な調理設備を搭載すれば、より豊富な料理を自由自在に販売出来る』と、移動販売車の構想を思いつく。
そこからは父と母、叔父の支援や学園で出会った人脈を駆使して全ての下準備を終えたのが、冬休みに入る直前。
かつて商店通りに店を構えていた、イリアンソスでも随一の料理人たち。
行き場を失い、それでも誇りを捨てずに今日まで臥薪嘗胆の心構えで耐えて来た彼等と手を組み、今日はその大事な前哨戦の日。
なのでギルガメッシュ商会が所有する倉庫では現在、木箱の上に立ち声を張り上げるメルセデスと、隣に控えるマリアローズ。そして各キッチンカーを任せられている凄腕の、以前は学生区の商店通りに店を構えていた店主達が集結していた。
「再三に言いましたが、今日も言いますの!清潔第一!些細な衛生面での不備は、即時閉店の心構えでおねがいしますわ!」
「「「はい!!」」」
「さて、では総員乗車!しかる後ここぞとばかり、学園正門前広場に集結し占拠ですわ!付近には停留所、正面にはおなかをすかせた学生!嫌よ嫌よとおっしゃってもお客さんが殺到します、さあ積年の鬱憤を晴らす日々は始まりますわ、それではいざ出陣ですの!」
「「「おおお!!」」」
メルセデスが拳を突き上げ、さらに声を張り上げて号令をかけると、集結した店主達も一斉に拳を突き上げ、気合の入った声で答え自分達が任せれているキッチンカーへと乗り込む。
入口の前の大きな扉を、空気に当てられて同じように熱意を抱くギルガメッシュ商会の従業員が、大急ぎで開け放つと景気よく、蒸気を噴き出してキッチンカーは動き出す。
クレープ、ホットドック、コーヒーや紅茶などの飲料専門家ら、お弁当を専門としたもの、さらにはピッツァ窯やオーブンを搭載したピッツァ・ピザ専門のものまで、多種多様なキッチンカーが、開け放たれた扉から飛び出していく。
その後姿を見送ったメルセデスは内心で『勢いあまって、事故を起こさないか心配ですわ』と心の中で呟き、乗っていた木箱から降りて木箱を持ち上げ、飛行機乗りが使っていそうなゴーグルを取り出しかけ、
「さあ姉様、私達も行きますわよ!」
「うん、それじゃあ後ろに乗ってね」
と、倉庫の奥で保管していたアンリの妻が働く会社で試作されている、前が二輪、後ろ一輪の、屋根が無い楕円形の二人乗りの小型蒸気自動車に乗ったマリアローズが隣に車を止め、メルセデスはさっと前後二列の座席の後部座席に乗り込む。
「それじゃあ行くよ、準備はばっちり?」
「ええ問題なしですの、広場には既にグリさんとレオさんも待機していますわ、さあ私達も出陣ですわ!!」
メルセデスの掛け声に合わせて、マリアローズはアクセルを踏み、車は走り出す。
さて、今日この日を迎え景気よく走り出したマリアローズであったが、それまでの道のりは平坦ではなかった。夏休みが明けてから水面下でかつて、商店通りに店を構え現在は別の所で店を開き、中には知人の店で働いていた元商店通りの店主達。
彼らの説得は『おもしろい!』『コンラッドの野郎に一泡吹かせるなら!』と二つ返事を引き受ける者たちが多く、最初の内は順調に進んではいた。しかし提示した内容や、取り扱う料理を見るなり渋りだし、交渉が難航もした。
特にピッツァ職人たちの拒絶反応は凄まじく。
レオノールの懐かしき故郷の味、南部ではなく生前の故郷の味。
移民の国アメリカ特有に進化した、アメリカのピッツァ、つまりピザへの反応はと言うと、日本人がろくに修行もせずにブームだからと取り入れ、魔改造というにはお粗末な和食や日本食を見た時と同じであった。
具体的に言うと、
「こんなものはピッツァじゃねえ!!!」




