31話 君の中の思いは色褪せてもⅢ
「……ん?」
「どうしたんだ振り返って、何かいたのか?」
「いえ、何となく…たぶん気のせいです」
一瞬、何となくだけどメルの気配が…でもこの時間は、来年から始める大攻勢に備えての商談をしている筈だから、たぶんボクの気のせいだ。ただフォートナムによく、お昼を食べに来る大学部の…アルカ先輩の気配はある。
少し離れたところからこっちを見ている、たぶんネスタ兄さんを追いかけているんだと思う。義妹のボクから見ても美男子だから、きっとアルカ先輩はネスタ兄さんを狙っているのかもしれない。
取りあえずアルカ先輩の事は隅に置いて、歩くのを再開する。
それと食べ歩いて分かったのだけど、ボクがアーカムに住んでいた頃に淑女の酒宴で提供して、今では西部料理の一つとして認知されている料理の数々が、思っていた以上に広まっている。
そう、屋台ではお好み焼きまで売っていたのだ!
ソースに関してはギルガメッシュ商会から売り出している物から、各個人が自己流で作った物まで様々だけど、不本意な事に広島のではなく簡単で手軽で、パンケーキの要領で焼ける関西の方だけど、お好み焼きは西部発祥の料理として愛されている。
あとは西部料理が有名になるにつれて、ヴィクトワール家がギルガメッシュ商会と共同で売り出している各種商品の需要も高まり、西部料理を取り扱う店々で赤薔薇一輪と白薔薇二輪の薔薇印がよく目に映る。
グリンダとメルが喜びそうな光景だ。
そう思いながら歩いていると、唐突にネスタ兄さんは立ち止まってボクを見る。
「前から気になっていたことなんだが薔薇印の赤薔薇一輪と白薔薇二輪、赤薔薇一輪っていうのは分かる、ベティーさんの髪色だからな。ただ、何で白薔薇が二輪なんだ?」
「ああ、それはええと…何でなのかボクにもお母さんにも分からないんだけど、どうしてか白い薔薇は二輪じゃないといけない気がして…」
ヴィクトワール家に特許を譲渡した後、ギルガメッシュ商会と共同で売り出す時にロゴをどうするか?という話が持ち上がり、最初はヴィクトワール家に関する家紋を意匠にしようという話で進めていた。
だけど旦那様は元々はボクの特許だったのだから、ロゴもボクとお母さんに由来する形にしたいという言って、最初は赤薔薇が一輪と白薔薇が一輪という形にデザインされた。
その時、とても不思議な事にボクは白薔薇が一輪だと不十分だと思えてしまった。
お母さんも、他の皆も、白薔薇は二輪の方が良いという気がして今の形になったのだ。
「関わり合いの無い人は二輪だって事に疑問を口にしているが、俺もエドも、最初に白い薔薇は二輪だって事が当然だって思えたからな。周りの声を聞いている内に気になってな、俺も不思議とその方が良いって思ってるんだ」
「だけど、本当に何で白い薔薇は二輪だって思ったんだろう?」
「何事も明確な理由ばかりじゃないさ、それよりも他に食べたいのはあるか?」
「流石にボクでもこれ以上は、お昼が入らなくなるからご馳走様です」
「昼、食べる気か?」
「え?食べますよ」
何を言っているんだろう?
間食をしてお昼ご飯が入らなくなるなんて醜態、このボクが晒すわけがない!なにせ今日はダンテスさんが昼食を作ってくれているんだから、入念に、食べ過ぎないようにちゃんと気を付けていたのだ。
なにせダンテスさんの実家は北部、西部と並んで辺境扱いされているから、北部料理と触れ合う機会はほとんどない、だから一人の料理人としても今日はとても楽しみなのだ!
「さあネスタ兄さん!これ以上誘惑される前に、ヴェッキオ寮に戻りましょう!」
「分かった分かった、ほら走らず手を繋いぐぞ」
「はい!」
ネスタ兄さんと手を繋ぎなおして、路面電車の停車駅へ。
ちなみに停車駅は別名『迷宮への入り口』と呼ばれている。
理由は簡単明白、迷宮都市とあだ名されているイリアンソスの大通りに張り巡らされた路線が、路線図を見ただけで誰でも日常の足として利用できるとは限らないからだ。むしろ大多数の人が、その難解な路線図に四苦八苦している。
ボクとメルよりも早くイリアンソスで暮らしているグリンダとレオの二人でも、気を抜くと降りる駅を間違えてしまう。
幸いにも学園までの路線は比較して分かりやすい。
なので迷った時はわき目を振らずに、学園へ向かえ。
これが学生の間で、鉄則となっている。
ボクも迷いそうになったら、そういしている。
だけどネスタ兄さんは、エドゥアルド殿下と長年イリアンソスで暮らしているから、ボクのような新参者とは違い、特に悩む仕草も見せずにすんなりと、ヴェッキオ寮へと向かう道順を辿って見せた。
後は真っすぐ続く大通りを歩くだけ、と思っていたらヴェッキオ寮の前に馬車が止まっていた、それもエドゥアルド殿下が普段乗って来る馬車…とはちょっと違う。
一回りくらい小さい、二人乗り程度の大きさしかない。
そもそもの問題なのだけど、エドゥアルド殿下は所用で今日は、都市役所にいるオリヴェル小父様と面会しているはずだから、ここに王室の馬車が止まっている筈はない。
だけど現実にヴェッキオ寮の前に止まっている、もしかしたら早く終わったのかもしれない。
「……アルベール、ちょっと外で待っていてくれ」
「ネスタ兄さん?」
どうしたんだろう?馬車を見るなりネスタ兄さんは険しい顔立ちに変わってしまった、雰囲気もまるで、王都でエドゥアルド殿下と初めて会った時と同じ感じだ。
ボクが困惑して言うとネスタ兄さんは『すぐに終わらせて来る』と言い、速足でヴェッキオ寮へと向かう。ボクはついて行こうとしたけど『来るな、そこへ居ろ』という強い視線を送られて、思わず入り口の前で立ち止まってしまった。
「どうしたんだろう、いったい?」
あんな険しい顔のネスタ兄さんを見るのは、初めてだ。
王室の馬車……もしかして、セドリック殿下が来ているのかな?
いや、それはない、ありえない。
エドゥアルド殿下とは協力関係にあるけど、セドリック殿下に関しては面識はなく、何より理事長派である彼が、よほどの理由もなくここへ来るはずはない。
とするなら、日和見を決め込み、旗色を隠しているオズワルド殿下だろうか?
それもそれで、ネスタ兄さんの反応に説明がつかない。
うん、ボクは待つしか出来ない。
「――――!」
「―――――」
あれ?これって怒鳴り声?
はっきりと聞き取れないけど、中で言い合いをしてる?
………待っているように言われたけど、傍観に徹する事はボクに出来ない、後で怒られるかもしれないけれど、何もせずに後悔するのは嫌だ。よし!入ろう。
「何で俺が、あんたに命令されなきゃいけないんだ!俺は叔父上に会いに来ただけだぞ?それをいきなり出て行けとはなんだ!」
「だったら屋敷へ行けばいいだろ?それにエドは今、ジンネマン議員と面会中だ。急ぎなら都市役所へ行け、そしてここへ近寄るな」
どうやら怒鳴り声をあげているのはネスタ兄さんではなく、予定外の来訪者の方みたいだったけど…ネスタ兄さんの影になっていてはっきりと見えない。ちらっと見えた髪色は金髪だった。
それに叔父上……どうしよう、予想外の来訪者は予想外な事にセドリック殿下!?
「セドリック殿下、都市役所までお送りしますので、本日はお引き取りをお願いします、さあ」
「黙れ!卑しい難民上りが俺に命令するな!」
「おいユスティーナに無礼な物言いをするな!」
「……え?」
ダンテスさんを突き飛ばそうとして、ネスタ兄さんに腕を掴まれて、それで見えたあの顔……セドリック殿下、だよね?初めて見るから、いやボクにとっては初めて見る顔じゃない。
背が伸びても、顔立ちが大人びても、やっぱりそこに面影が残っているから分かる、それに間違えようがない、だって…約束通り首からペンダントをかけてくれている!
「アレックス!」
やっと会えた!ずっと会いたかった!アレックスだ!
 




