30話 君の中の思いは色褪せてもⅡ
そして土曜日は大人しくお行儀よく、ダンテスさんに家事を…任せて……どうしよう、すごく落ち着かない、だけど手伝いたいという衝動を必死に堪えて、ボクは日曜日を迎えた。
ネスタ兄さんとはケインズ通りの路面電車の停車駅で待ち合わせ。
どんな服を着て行こうか迷ったけど、最終的に今日着ていく服装は、ダンテスさんのコーディネイトをしてくれた…けど、髪を解く必要はあったのかな?ダンテスさんが言うには、
「マリアローズさん、魔道具で髪色を変えている関係から、髪を解いている姿を他者に晒す事は今までなかったようですが、今後はこの魔法薬の染髪剤を兼用する方針へ変更します。その方が疑いの眼差しを躱せますので、それと髪を痛める心配はありませんよ、女性の諜報員及び王太子妃殿下の実用実績がありますので」
と意見を言う暇もなく、ボクは早朝から髪を黒く染めて、久しぶりに髪を下ろした状態で、街中を歩いているのだけど……妙に視線が集まる。服装は何時もの下男服にダンテスさんが『可愛らしさも必要です』とちょっとした、小さじ一杯の飾りをつけているだけ。
だから特に変な格好をしているわけではないのだけど、すれ違う人は何故か振り返ってこっちを凝視してくる、アーカムでゴスロリのようなドレスを着た時と同じような視線、何でだろう?
「マリ…アルベール、こっちだ!」
「ネスタ兄さん!」
路面電車から降りてすぐの所にいたネスタ兄さんがボクを見つけて、手を振りながら道行く人を掻き分けながらこっちへ。
落ち着いたカジュアルな服装のネスタ兄さんは、その整った顔立ちもあって、すれ違う女性達が思わず立ち止まる。18歳になり幼さが抜けたこともあってか、王都にいた頃よりもさらに多くの女性の心を揺さぶっている。
「さすがはアルベールだな、時間通り。それじゃあまずはどこへ…分かってはいたが、すごい賑わいだな」
「11月に入るとすぐに立冬祭だから、仕方ないよネスタ兄さん、催す側も催される側も全力なんですから」
立冬祭。
冬の始まりを告げる立冬の日の当日と前後三日の一週間、昼夜を問わず盛大に行われる太陽の女神ソルフィアの双子の妹で、冬の間、ソルフィア様に代わって主神を務めるニムフィア様を湛えるお祭り。
王都で初めて体験した後、シャトノワでも何度も体験したお祭りで、お祭り好きなソルフィア人が、最も精魂尽き果てるまで催すお祭りと称されている。
ちなみに一週間と言う長期間、夜通し行われるのは『我々はニムフィア様が主神を務められる事を喜んでいる』と、ソルフィア様に伝える為、ちなみに立春祭に関しては厳かに行われる。
理由は『妹より自分が主神を務める時のお祭りが盛大なのはどういう事?』と妹が大好きなソルフィア様に、自分達がニムフィア様を蔑ろにしているのではないか?と思われないようにする為だと、エドゥアルド殿下が言っていた。
そういう事もあってか、立冬祭はとても盛大に行われる。
なのであちらこちらでバーゲンセール!
「さあ大特価!大特価ですよ!シャトノワ領からの王国全土へ!話題の薔薇印商品、ちゃんとしたギルガメッシュ商会から仕入れた正規品!赤薔薇一輪、白薔薇二輪の薔薇印!立冬祭だから大特価!」
「さあ新鮮なお野菜はいかが?立冬祭は始まる前から!節約のし過ぎは体がもたないよ!しっかり食べて備える!さあ買った買った!」
露店から響き渡る勢いのある声。
普段は通行の妨げになるからと禁止されているけど、立冬祭を目前に控えた今日は、区画を限定してだけど、露店を開く事が許可されている。だから道行く人達へ威勢の良い声が投げかけられ、思わず立ち止まって何を売っているのかな?と立ち止まる人達と、普段は高価な商品も安価で買えるからと、イリアンソスの外から来た人達で溢れかえっている。
本当に活気に溢れて賑やかなのだけど……困った事に溢れ過ぎて、下手に近づくとボクの背丈の関係から…いや!決してボクの背が低過ぎるとかそういうのじゃないよ!
「これだと歩くのは一苦労だな、はぐれない様に手を繋ぐか」
「はい!」
差し出された手を握って、ボクとネスタ兄さんは人を掻き分けながら前へと進んで行く。今日の予定は特に決めていないけれど、久しぶりのネスタ兄さんとのお出かけなのだ、色々と難しぐ考え過ぎずに昔の、王都に居た頃のように楽しまないと!
「まずは何から食べるか…アルベールは食べたいのがあるか?」
「何で皆ボクが食べる事を優先にしてるって思うの!?」
美味しそうな…とても、美味しそうな香りが漂って来たと同時に、ネスタ兄さんは立ち止まって、屋台の方を指さしながらボクを見る。ただね、何でボク=腹ペコという図式が一般的になってるの?
よく食べるよ、たくさん食べるよ、だけど別に食べる事を第一にしている訳じゃないよ!
例えばあそこの屋台で売っている、ケバブに似た見た目ののピアーダが、とても美味しそうだとか、西部料理が流行すると同時に広まり始めた、美味しそうなホットドッグの屋台が目に留まったとかそういう事は、決して………ないのだ、
「きゅるる……」
ないのだけど、お腹はとても正直で…はい、お腹の虫が食べたいと主張してます。
「ははは、それじゃあ今日は屋台巡りをしつつ、だな。まずはあそこの南部風ホットドッグの店から行こう」
「はい!」
うん、開き直ろう。
だって、ボクは食べる事が大好きで、大好きな人と一緒に食べるご飯が何よりも大好きなのだから!
♦♦♦♦
「思っとった通りにお兄ちゃん子なんやな、マリやんは」
「「……」」
「それにしてもほんま色っぽいな~、男装しとっても思わず振り返っちまうエロさやな~」
「「……」」
「お二人さん、目つきが鋭いで?てか、メルが言い出しっぺやろ?そないな目したら、嫌われるで?まあ嫌わへんやろうけど」
楽し気に、露店で食べ物を買って食べ歩くマリアローズとネストルの姿を、一定の距離を保ちながら観察するメルセデスとグリンダは、普段自分達へ向けるのとは少し違う笑顔を向けられているネストルに、二人は思わず嫉妬の眼差しを送っていた。
まるで全力で甘えているような笑顔。
それは母親であるベアトリーチェや、祖父母のように接してくれるロバートやベルベットへ向ける表情で、だからこそ二人には向けられる事のない笑顔でもあるので、同じお兄ちゃん子であるレオノールは理解し、二人を窘める。
「なんでそんなに冷静ですの!ネストルさんは確かに紳士的な方ですが殿方!姉様からあのような笑顔を向けられれば……」
「レオ、男は心の中に獣を飼っている、マリアが心配だから用心の為にもう少し近付こう」
「アホか!?マリやんの気配を察知する範囲はめっちゃ広いんや、ここが限界、それにネスタ先輩は完全に兄ちゃんの顔やし、マリやんも完全に妹の顔や、二人が思うとる事にはならへん」
今いる所よりもさらに近づこうとする二人を、レオノールは後ろから襟を掴んで静止する。
「あんなお二人さん、うちもそうやけど妹にとって兄ちゃんちゅーのは無条件に甘えられる特別な相手なんや。そんで兄ちゃんちゅーのも妹が安心して甘えられるように、兄心意外の他意はもたへん。それにや、お二人さん…自分らが何しにここへ来たんか忘れたん?」
「「うっ……!?」」
レオノールの指摘に、メルセデスとグリンダの二人はそもそもの本題を思い出す。
計画通りに物事が進まず、さらにはそこへ理事長一派の強力な助っ人が学園にもうすぐ舞い戻るという急展開、この窮地を前にして、メルセデスは計画を前倒しにする事を決め、今日はケインズ通りにグリンダと共に打ち合わせに来ていた。
なので本来はマリアローズとネストルを、影からつけ回す時間の余裕はない。
「ほら行くで!言い出しっぺと政治家志望が揃って遅刻とか、冷笑必須やで!ほら!」
「分かった!分かったからレオ!私達をわきに抱えるな!?」
「レオさん!歩きますから、自分で歩きますから!せめて、せめてスカートを押さえさせて欲しいですの!」
時間も差し迫っていて、しかし二人はなおも尾行を続けようとするので、ついに堪忍袋の緒が切れたレオノールは、メルセデスとグリンダの二人を両脇に抱えて、待ち合わせ場所へと向かって歩き出す。
グリンダはじたばたと暴れ、メルセデスは見えそうになっているスカートの中を隠そうとしながら必死に抵抗するも、体格もよく力のあるレオノールは、二人の抵抗をどこ吹く風と無視をするのであった。




