29話 君の中の思いは色褪せてもⅠ
やってしまった。
ボクは自分を、健康優良児だと自負している。どんな物を食べてもお腹を壊したりしないし、何か大きな病気を患った事もない、ただ何故か立ち眩みが一向に改善する兆しが無い事以外は、特に大きな問題を抱えていないのだ。
立ち眩みに関しても何度も健康診断を受けて、完全無欠の健康体であると太鼓判を押されているから、何かの病気を患っているわけではない。ただ…うん、それが大きな油断になっていたと反省している。
フォートナムのお手伝いをしながら学業、ヴェッキオ寮に戻ってから家事をこなし、出席していない授業から遅れてしまわないように、遅くまで予習復習……体調管理が出来ていなかったと痛感した。
「あれやで?マリやんは確かに内向魔法で色々と上乗せできっけど、根本が見た目相応の体力しかあらへんのや、うちも気づけへんかったからつよー言えへんけど、これを機に無理せん事覚え?」
「うん、すごく、痛感してる……」
レオは隣で器用にリンゴの皮をナイフで剥きながら、ため息交じりにそう言う。
フォートナムで倒れたボクは医務室へ運び込まれた後、エドゥアルド殿下お抱えの治癒魔法が使えるお医者様を呼んでくれて、疲労がたまっているところに立ち眩みを起した事が原因で意識を失っただけで、命に別状はないと診断をくだし、今はヴェッキオ寮の自室で、レオに看病をされながら安静にしている。
メルとグリンダはボクの代わりが務まる人を探す為に、アンリさんとアシュリーさんの四人で、かつて学生区に店を構えていた店主の人達に協力を要請しに行っている。
予定だともう少し後にする予定だったけど、予想外の事態が多発していてそこにボクが倒れてしまったから、予定を大幅に前出しにする事になった。それともう一つ、ちょっとした問題が起こりそうなのだ。
「それにしてもや、復学するちゅー話やけど…暴力事件を起こしたんのに留年も退学もなしって随分と温情だしてんねセドリック殿下に」
「うん、ただセドリック殿下自身が直接、当事者として起こしたんじゃなくて、あくまで取り巻きが暴走して起こした事件だったからね。ここまで長期間の停学になっていたのは、学園側の都合だったみたいだし」
そう、ついにセドリック殿下が復学する。
貴族派の旗振り役、筆頭にして理事長の懐刀、どうりでラグサ商会が何も手を打たなかった訳だ、下手に目立つ行動をして一番の切り札を切る事を悟られるくらいなら、悪手でも何もしないというのは、正直に言って恐ろしく効果的な搦め手だった。
おかげでマリーのパン屋もフォートナムも疲労困憊、ここでラグサ商会がセドリック殿下と共に反撃に出たら、即応するのは難しいと思う。
だからメルは計画を前出しにする事にした、一応アンリさんの奥さんが必要な台数は揃えてくれているから、後は必要な人員を集めて契約を結び、必要な研修を行い、そして一斉に動き出すだけだけど、年内に動き出すのは無理だから、それまでは防戦一辺倒は覚悟しないと……。
「マリやん…言った端からなに頭動かしてんねん、今は至れり尽くせりで看病されなーあかんで?家事とかはダンテスの姐さんがやってくれるし、二人の護衛にはネスタ先輩やエド先輩がやってくれてるんや、せやから安静にせなーあかん」
「ううぅ…分かってはいるんだレオ、だけど…どうしても、何もしないっていうのがボクは苦手なんだ。皆のお世話も好きだからやってる事だし、そっちの方が心が安らぐというか……」
「これやから二ホン人は……人は働く為に生きとるんやないで?趣味で好きな事やっても度が過ぎれば質の悪い悪癖や、仕事以外の趣味持ち」
とは言われても……本当に好きでやってる事だから、苦になっていないし逆にやらないと苦になる。
だけど…レオの言う事も一理ある、結局はそれが原因で倒れてしまったわけなのだ。
いくら好きだからと言っても節度を守らなければ、それは確かに悪癖だ……うん、気を付けよう。
「まあ明日一日は休みやな、届け出はもうすませとるから、明後日は日曜やから久々に遊びに出るんもありやな、ここんとこずっと忙しかったしな」
「そうだね、言われてみればずっと遊んでない、グリンダも映画館に行きたがってたし、だけど……映画って記録映像しかないのかな?」
「せやな、まあさすがにハリウッドやボリウッドはまだあらへんしな、それでもフランセーズで何やよー知らへんけど、大人気の映画があるらしいし、もう輸入されとるんやない?」
レオはそう言うと明日の帰りに、映画館に立ち寄って上映している映画を確かめると言い、ボクはお願いして明後日の日曜日は皆で映画館に行こうと決め、それから久しぶりにゆったりとレオとのお喋りに花を咲かせる。
ここ最近、ずっと忙しくてこういう風にゆったりと時間を使っていないかった。
自分で思っているよりも余裕のない生活を、ボクは送っていたんだと痛感していると扉をノックする音が聞こえてくる。
「姉様、お体の調子はどうですの?」
「大丈夫かマリア?」
「お帰りメル、グリンダ、うん問題ないよ」
「本当ですの?姉様はご自愛の足りておられませんから、少し…信用なりませんの」
「マリアは怠けるって言葉を知らないからな」
ええぇ~…これでもボクは怠ける時には怠けるよ?アストルフォと一緒にヴィクトワール邸にいる時は、アストルフォと一緒にサンルームでお昼寝をしているし、イリアンソスでも食後にお昼寝の時間を設けてる。
ここ最近は…お昼寝をしていなかったけど、と心の中で思っているとこっちへ向かってくる足音が三つ、一人は…たぶんダンテスさんだと思う、それなら二人目はネスタ兄さんで、もう一人は……、
「やあマリア!元気になったかい?エド先輩がお見舞いに来たぞ!」
「そうですか、じゃあお帰りください」
「はっはっは、平常通りの冷たい対応だな、どうやら医者の言う通り、大きな問題はなさそうで安心した」
やっぱりエドゥアルド殿下……どうしてもボクはこの人が苦手だ、出会い方も悪かったし再開の仕方も悪かった、いきなり愛の告白!?答えは保留にして有耶無耶にしているけど、学園で顔を合わせる度に愛の告白をしてくるのだ。
だからどうしても拒否感が顔を出して、そのつもりはないんだけど冷たい対応をしてしまう、ただエドゥアルド殿下は特に気にしていないという素振りで、挨拶程度に受け取っているみたいだ
そして一呼吸遅れて、ネスタ兄さんとダンテスさんも部屋に入って来て……早々にダンテスさんはエドゥアルド殿下の首に、片腕を回し裸絞にして部屋の外へ連れ出す。
毎回の事だけど、相手は一応王族だよね?問題にならないのだろうか?ダンテスさん公職で、普通なら敬意をもって接するべき相手のような気が……。
「そう言えば姉様、今週の日曜日なんですが私はグリさんとレオさんと少し用事がありますの」
「用事?ボクも一緒に……」
「いいえ、私達だけで大丈夫ですの、それよりも姉様は日曜日は丸々一日お休みとなりますので、ネストルさんと一緒にお買い物などされてはいかがですの?ここのところ、ずっと働き詰めでしたし」
「ネスタ兄さんと一緒に……」
確かにずっと働き詰めだった、それにネスタ兄さんと再開してからずっと一緒に遊んだりしていない、王都に居た頃は何時も一緒にお出かけをしてしていたけど、再開してから今日まで顔を合わせる時は、何時も何か用事が付属してだった。
皆と一緒に映画館に行く予定だったけど、うん、メルの言葉に甘えて日曜日は、ネスタ兄さんと久しぶりにお買い物に行こう!
 




