26話 夏休みが明けたから本気出すⅤ
盛大に、啖呵を切ってから数日後の日曜日。
今日はヴェッキオ寮にアシュリーさんとエステルさん、それとフォートナムの従業員の人達とエステルさんのお父さんでロドニーさんを招き、以前からメルがコツコツ夏休みを利用して作っていた企画書の説明会を開くことになった。
あと追加でクライン君達も招いている、どうやらクライン君達の協力を必要とする内容も含まれているらしい。
さて、ここで疑問。
ボクは何をするべきなのか?
答えは簡単だ。
「それでは試食会を始めますわ。ここに並べていますのは当家の下男で料理人のアルベールが、アーカム名物コッペパンを用いて作った惣菜パンですの」
「「「おおおっ!」」」
ふふふ、ボクに出来るのは別に蹴ったり殴ったり人の数倍、ご飯を食べたりすることだけじゃない。
というよりも、ボク本来の特技!そう料理の出番だ!
最近あまり活躍の場がなかったからなー、淑女の酒宴にいた時は看板娘として頑張っていたけど、メイドとしてヴィクトワール家に仕えていると基本的に、いやそれが普通なのだけど、メイドとしての仕事が主になっていたから。
まあ、時々淑女の休日で料理教室が開かれ、そこでボクは講義を行っているからそれなりに活躍はしている。
「これが、最近西部の方で流行っているというコッペパンなんですね。見た目はクーペに似てるけど…味はほのかに甘くて、これならどんな具材にもあいます」
マリーのパン屋の店主だけあって一番最初に、何も具材を挟んでいない状態のコッペパンを一口口にして味の感想を述べるエステルさん。隣の…枯れ木のようなご老人ことエステルさんのお父さんロドニーさんは、プルプルと震えて……これでオリヴェル小父様と同い年……。
「なあなあアルベール、これ何や?こっちのクロケットやメンチカツはアーカムでも鉄板やけどこっちは何や?パスタか?」
「そうだよレオ、メイド風スパゲティを挟んだなぽ…スパゲティドックだよ」
危ない危ない、うっかりナポリタンと言いそうになってしまった。
ちなみにお惣菜パンの定番の一つ、ナポリタンドック。
他にもクロケットやメンチカツ、チキンカツや定番のソーセージだったりジャムとバターを塗った物とか、いろんなコッペパンを使った惣菜パンを用意している。まさにお惣菜パンの連合艦隊なのだ!
「おいおいおいおい、アルベール。俺が言うのもなんだけどそれはねーだろ?スパゲティをパンで挟むとか、なあレオ?」
「短足に同意すんのもあれやけど、うちもそう思うで?さすがに…うまー!?」
「はあ?おまえみか…うまー!?」
「君ら仲が悪いのか良いのかはっきりしなよ、まあ確かに意外な組み合わせなのに美味いけど、こっちのカラアゲドックは絶品だな」
「ええ、やっぱクロケットだろ」
「こっちの何か平べったい方は…シュニッツェルを挟んでるのか!すげー食べ応えがある!」
スパゲティをパンで挟むという組み合わせ、に懐疑的な視線を送っていたレオとクライン君だったけど、一口食べるとトマトケチャップの甘酸っぱさと、ベーコンの塩味をたっぷり絡めたスパゲティと、素朴なコッペパンの組み合わせが織りなすハーモニーに驚愕する。
そして二人の息の合った反応にラディーチェ君は少し呆れつつ、カラアゲドックに舌鼓を打ちつつ、ほかの惣菜パンにも手を伸ばして行く。
他の何たら隊の皆も同じようにそれぞれの好きな惣菜パンがあったみたいだ。
「私はこの丸い…クッキー生地を被せて焼いたのが好きだな。ふわっとした食感とサクッとした食感が同時に楽しめる」
「そうですね、牛乳をたっぷりと入れた紅茶と合う素朴な味です。お父さんも美味しいよ」
「………」
グリンダとエステルさんはメロンパンを気に入ったみたいだ。
ただ隣のロドニーさんはプルプルと震えて黙々と食べていて、美味しいのか美味しくないのか少し分かり辛い、言えるのは…すごく吟味されているという事だけだ。
「アルベールさん、これってなんて言う名前なんですか?」
「それはメロ…サンライズって言うんです」
危なかった、またうっかり口を滑らせる所だった。
メロン事態は普通にソルフィア王国時に自生しているけど、さすがにそのネーミングは後々に問題になりそう。一応、生前のボクが住んでいた地域はメロンパンとサンライズの、二つの名前が混在していたからセーフかな?
それにボクの中のメロンパンはラグビーボール型で中にカスタードクリームを入れて、クッキー生地を被せて焼いたのだから、うん、サンライズでも問題はないと思う。
「さて皆様、それではご清聴を。本日お出ししたこの惣菜パンはマリーのパン屋の主力商品として、学園内で売り出す予定ですの。諸問題に関して、特に工房に関してはすでに叔父を通じて取得に向け交渉に入っていますので、今月半ばまでには用立てられますわ。それではアルベール、皆様に企画書を」
「はい、それじゃあ皆一部ずつ手に取って…はい、それじゃあ一ページ目を開いてください」
全員に行き届いたのを確認してボクは皆に企画書の一ページ目を開くように指示を出す。
「まず第一にマリーのパン屋を再建いたしますの。学園内ではコッペパンを主力に置きつつ、学園の外では交渉中ですがまずはギルガメッシュ商会の支店などを中心に、製造したパンを販売していただきますわ」
「学園の外でもですか?その、問題になったりわ?追い出されたりとか……」
「それが狙いですの、次のページに理由を書いていますわ」
一斉にページをめくる音が部屋の中に響く。
次のページには拠点となる工房でパンを製造し、樹石フィルム製の袋に個包装し同じく樹石で作られた箱に詰めて、そこから各販売所に配送して売るという流れが書かれていた。つまり移動販売である。
中学校とかで良く見た、パン屋さんが学校の決められた場所に来て学生達にパンを売るように、学園内やギルガメッシュ商会の一区画、あと交渉中の都市役所で製造した惣菜パンを売るという内容だ。
衛生面に関しては樹石フィルムで個包装することで解決しつつ、自転車や荷車で運ぶ際に重量を軽減する事が出来る樹石製の箱に詰めれば、後々に学園側によって食堂から追い出されても問題にならないようにしてある。
「そしてバケットも引き続き製造していただき、フォートナムに卸していただきますわ。それに関して三ページ目をご覧くださいですの」
一斉にまたページをめくる音が部屋の中に響く。
フォートナムではギルガメッシュ商会で計画されている、まだこの世界には誕生してない連鎖店、つまりチェーン店のモデルケースになってもらう事になっている。
内容は規格化された豊富なメニュー、ただし使用する食材は可能な限り共通化させて品目を減らし、経費を徹底して削減。さらにパンはマリーのパン屋で製造した物を使い、先祖代々受け継いできたバケットの味を絶やさせないという配慮も忘れずに。
さすがはメルだ!
確かこの方式は…あの名古屋発祥のコーヒーチェーンのやっている方法だ。それをまだチェーン店すら存在してない段階で、淑女の休日で廃棄される食材を見て思いつくなんて、姉として本当に自慢の妹だ!
「成程ね、これならうちもギルガメッシュ商会の後ろ盾を受けれて万々歳だわ。それにギルガメッシュ商会も連鎖店?のモデルケースが得られて、マリーのパン屋は立て直しが出来て、だけどこれだと足りないんじゃないの?」
「ええ、ですから次のページ。クラインさんたちをお呼びしたのはこの為ですわ」
次のページには…うわぁ……メルって日増しに大奥様に似てきてる。
「俺、今、本気でこいつを敵に回しちゃあいけねーて理解した……」
「遅すぎるで?メルとアルベール敵に回したら、詰みやで?」
ボクやメルを危険人物みたいに言わないで欲しい。
だけど…そういえばイリアンソス学園は将来、国を背負う若者を教育する場所という意味合いが強くて、土木関係の人はほとんどいない。中等部にはクライン君達しかない、つまり、
「俺達にしか出来ない事だよね。学園内の建物の状況を調べ、学園側に嘆願書を送る。当然学園側はそれを無視するから、さらに徹底して調べ上げて都市役所に嘆願書を、学生達の署名入りで送るとか。上手く行くのこれ?」
当然の疑問をラディーチェ君は呟く。
ああ、メル、それも勘定に入れている。そういう笑顔をしているのだ。
成程ね、だからこその衣食住の食を大々的に攻めるのか。
うん、我が妹ながら末恐ろしい……。




