21話 夏休みの始まり、始まりⅤ
「何ですの姉様、その…透明な…布?いえ紙?のようなものは?」
親方さんの持って来た物を見るなりメルはそう不思議そうに呟いた。
初めて見る人にはとても不思議に感じられると思うけれど、似たような物は既にメルは……いや、映写機で映し出されている物しか見た事が無い筈だから、勿体ぶらずにちゃんと説明しよう。
「これは親方さんに頼んで作って貰っていた物で、樹石を映画のフィルムのように薄く加工した樹石フィルムなんだ」
「フィルム…写真や映画などのあれですの?つまりこれは写真や映画を撮ったりする為の物なんですの?」
「違うよ、似ているけれど用途は別でこれはね……」
説明するよりも見せた方が早い。
ボクは親方さんから樹石フィルムを受け取り、袖からナイフを取り出して適当な大きさに切り、そして切り分けた樹石フィルムを二つ折りにしてから…何か適温で熱せる物は……。
「ほれ嬢ちゃん貸して見ろ、おい!その鉄の棒を少し温度下げて持って来い」
「うっす親方!ちょっと待ってください」
お弟子さんの一人が熱した棒を持って来て二つ折りにした樹石フィルの端に押し当てて、熱で少し溶かしてくっ付ける。すると樹石フィルムは袋状に、つまりパッケージフィルムになる。
そうボクが親方さんに頼んで作って貰っていた物は現代社会には必需品、だけど同時に環境問題も騒がれる樹石で再現したプラスチック製品だ。
以前から樹石製品はどう見てもプラスチックだとボクは思っていた。
陶器より軽く木皿のように軽く、加工や混ぜ方次第ではガラス製品のように透明だったり半透明に出来たり、鋳型の要領で好きな形に加工できる上にガラスや陶器とは違い衝撃に強い、ただ樹石の種類によっては熱に弱かったり。
だから似ているのなら作れるのではないか?
ボクはそう思いずっと前からお願いし、そして今日、完成品をボクは受け取りに来た。
本当は別に頼んでいる物が本命だったけど出来てないのなら仕方がないし、あくまであれはボクが個人的に用心を兼ねて頼んでいた物だから、出来ていなくても大きな問題はない。
「不思議ですわ……透明な紙袋…みたい感じですの、ですが…本当に不思議ですわ」
「他にもほら、これとかも面白いよ」
「これとは…ひゃわあ!?あっ危ないですの!割れたら…割れたら?」
ちょっと行儀が悪いけれどこれがどういう物なのか理解するには、あえてこう言う事もした方が良いと思い、ボクはさらなる進化を遂げた樹石製のコップをメルに投げて渡した。
ガラスのように透明で、だけど羽毛のように軽く何より手で持つペコペコと音を立てて凹むそれに、メルは驚きを隠せず目を見開いて受け取った樹石コップを凝視している。
親方さんに頼んで大量生産が出来るように樹石コップよりもさらに薄く、軽く、何より安価になるように改良して貰った物で、付け合わせに蓋とストローも作って貰っている。
「………」
「メル、口が開っきぱなしだよ?ほら閉じて」
「………」
「メル、閉じないと燕が巣を作るよ?」
「駄目だ嬢ちゃん、お嬢には刺激が強過ぎて思考が停止しちまってらあ。戻って来るまで前に手紙で言ってた、樹石に関する説明をするぞ」
「はい、お願いします」
樹石。
何となくは分かるけれど、どういったらいいのか…今一つ頭の中にストンと入って来ないのだ、そもそも油黍って何?
「まあかいつまんで説明すっとだな、この砂糖黍みたいなのを絞って、その搾り汁は食用には出来ねーが燃料には使えるってんで油黍って言われてんだ。んでこいつを濾過して煮詰めて冷やしたのが樹石だ」
親方さんはそう言いながら何処からともなく砂糖黍に似た、いやそもそもボクは砂糖黍を見た事が無いから、たぶん砂糖黍に似た茶色の斑点のある油黍を取り出して説明してくれたけど……つまり………あっ、そうか、そう言う事か!
バイオプラスチック!
つまり樹石はバイオプラスチックなんだ!!
確かトウモロコシを原料に作れるって、小学生の時に習った記憶がある。
道徳の授業だったかな?いや環境問題だから…理科?社会?まあどっちでもいいかな。
言えるのはこの樹石は間違いなくバイオプラスチックだと言う事だ。
なんだかとてもスッとした!
今までハマらずに頭を捻って唸っていた事がスポン、と気持ちよくハマった気分だ。
「んでこの樹石に色々と化合物を混ぜたり、他の種類を掛け合わせたりして最終的に出来上がるのが、嬢ちゃんがアーカムで見たあの樹石って事だ」
「成程…あれ?でも何で今までこんな便利な物を多用してこなかったんですか?」
「そりゃあれだ嬢ちゃん、誰も思いつかなかっただけだ」
「思いつかなかった……」
言われてみればボクはプラスチックやビニールと言った石油製品が溢れた社会で生きて、それが普通だとして育った経験がある。だけど親方さん達には無い、ないのなら想像出来ないしそっちに思考が行かない。
何だか、改めてボクは廻者なのだと実感させられる。
「つまり、樹石と言うのは多くの可能性を持ちながら、今まで見向きもされてこなかったという事ですの?」
「おう、お帰りお嬢。まあその通りだ、嬢ちゃんが切欠で樹石の価値が再評価されたが今もまだまだ、一般の認識は古い古い大昔に使われていた民芸品の材料止まりだ」
「だけどおかげでボクはまとまった量を注文できるから万々歳なんだけどね」
需要に対して供給が追い付かないと価格が異常に値上がりしたり、その反動で大暴落したり大変、なので今のうちに供給体制をしっかりと確立してその上でのりょうさ―――
「姉様!?何ですの?何を企んでますの!!」
「いひゃい!いひゃいひょふぇる!?ふぁんとふぇふめいふるふぁら!!」
うううぅ痛い……何で皆、事あるごとにボクの頬を引っ張るのだろう?
取りあえずボクはメルに親方さんが試作した物を入れるのに使っていた箱を指差して、これも樹石製だと説明してから本題に移る。
「実は以前からアンリさんとけった…ごほん、相談し合ってギルガメッシュ商会が買い取ったは良いけど使い道が定まっていなかった工場を、樹石製品を量産する為の工場にしようって話を進めていたんだ」
「工場!?何でそのような……」
「この箱、樹石製で木箱と違って軽いし丈夫なんだ。その上で量産性も木箱より上というのなら、色んな所から注文が来るし、親方さんに試作して貰った物の本領は量産性なんだ」
「だから工場ですの?確かに…これらを量産し安価で手に入るなら私としても大助かりですが、何時からですの?」
何時からだろう?
ううん……こっちに来てからアンリさんが旦那様の弟さんだって判明した辺りかな?
前から樹石製品の量産性の高さにアンリさんは着目していたけど、はっきりと形にはなっていなかった。逆にボクは前世の記憶でプラスチック製品に慣れ親しんでいて形は分かっていて、試作をしてくれる伝手もあるけれど、それを量産し製品化する手立てが無かった。
なので出会ったらもう…ノンストップ?
「何故疑問形ですの!つまりあれですの?私に内緒でそんな面白そうな事をアンリ叔父様の二人だけで進めていたんですの!姉様は!!」
「俺もいるぞお嬢」
「うん、だけど他にもこれとかこれも、たぶんメルが考えている事に必要なんじゃないかって思うんだけど、どうかな?」
ボクあ樹石製の箱から幾つかの親方さんが試作してくれた樹石製品を取り出してメルに見せる。
これは樹石製のお皿だけどアーカムでお好み焼きを売る時に使っていた物をさらに色々と改良を施した物で、仕切りのあるつまりランチプレートだ。あとおまけで樹石製のフォークとナイフにスプーン。
他にも夏祭りの定番、スーパーだとお惣菜を詰めるのに必需品のプラスチックパック樹石版とかも試作品が出来ている。
「……これは何時から量産するんですの?」
「これか?金型は全部用意できてるが工場での試運転はまだだからな、まあ9月10月には量産に入れるな。こっちの樹石フィルムはもう量産体制が整ってっから注文ありゃあーすぐにでも作れる、当然袋状に加工する込みでな」
あ、親方さんの返答を聞くなりメルは頭を抱えてうずくまってしまった。
そんなにショックを受けるような事でもないと思うけど……。
「姉様」
「なにメル?」
「次回からは一言相談を、正直に言いまして私は姉様程に神経は太くありませんの、ですので一言おっしゃってくださいまし」
「ボクもそこまで神経は太くないよメル、だけど分かった。何かする時はちゃんとメルに相談する」
個人的にはサプライズのつもりだったけれど、ちょっと一度にやり過ぎてしまった。
メルの驚き喜ぶ顔が見たくて暴走していたのかもしれない。
最近のボクは何と言うか、脇役状態だったからメルのお姉ちゃんとして頼りがいのある所を見せたい一心だったから…うん、だけど色々と夏休みが終われば動かないといけないから結果的には姉の沽券を保てた、かな?
この後、ニムネルさんと一緒にお茶をしてロリアンを見て回ってからボクとメルは帰路についた。
後ろの座席に親方さんが試作してくれた樹石製品を載せて。
 




