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Re:Maria Rose  作者: 以星 大悟(旧・咖喱家 )
第5章 風雲!?イリアンソス学園!
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幕間Ⅰ イスパーニャの商人

 レムリア大陸人間領、地中海に面し南方大陸の玄関口と言われるイベレス半島に、イスパーニャ王国は存在します。

 古くから南方との交易で栄え人間史を語る上で欠かせない出来事に、歴史の主役とまで行きませんが名脇役として関わり合いを持ち、決して低くない国力と人間領の国家として珍しく長い歴史を持つ。

 そしてこの国の王族は亜人です。

 ただし国民は全て人間族で、王は象徴であって権力は持っていません。

 つまりこの国は人間族の国なので当然、行き交う人々も人間族。

 とは言っても亜人と人間の身体的な差異は少なく魔力を持っているか否か、獣人族のようにはっきりとした違いは無いので、魔法さえ隠し通せば結婚して子供を成さない限り亜人だと言う事は気付かれません。

 そんな立地に目を付けたかつてウィストン・ファン・ウィル・ルッツフェーロと名乗っていた大商人は、ルシファ・ウィンストンと名前を変えて交易都市ネルビオンに拠点を置きバジレイオス貿易と言う商会を立ち上げました。


 以前から既にある程度の下準備をしていたのでバジレイオス貿易は瞬く間に急成長、今ではイスパーニャ王室から政界の闇将軍と恐れられる大物政治家まで重宝する大商会になりました。

 そして当然ですが裏の顔もあります。

 新興国家から犯罪組織まで、手広く高品質な武器をお手頃な価格で販売する死の商人として、人間領の裏社会にも着実に根を伸ばしていました。


 ほんの数日前にも大きな商取引を裏表で済ませて莫大な利益を手に入れたルッツフェーロはネルビオンでも有数のレストランを貸し切り、目の前に座る口元が露出した狐の面を被る上機嫌な女性を見つめています。

 その人物はルッツフェーロの愛人ではありませんでした。

 恋人でも商売の取引相手でもありません。


「どうだセーシャル新しい身体の調子は?土地読みの家系の、それも土地の状況だの地下の構造だの知る程度じゃない、高次元の存在である精霊と僅かばかり対話する事が出来た程の逸材だ。人間領で200年物のワインを見つける位の逸品、気に入ってくれたか?」

「ああ、最高の気分さ!しかし…よくこんな上物が手に入ったね、精霊師いや女性にしか土地読みの魔法が発現しないから巫女の家系の、それも魔力の総量の多い血統書付きの身体なんて人間領で……大変だったろ?」

「それがそうでもないんだこれが、以前に国外逃亡を手引きしてやった連中が今度は金をくれとそれを売りに出したんだ。何でも元侯爵の妻で家や領の金を使い込み、離縁された挙句に逃げた先でも豪遊して、それで使った金は自分を売って返せと一族の連中に売られたのさ」


 ルッツフェーロは肩をすくめながらそう言いました。

 そして狐の仮面を被った者の正体はセーシャルです。

 より正確に言うならその中身がセーシャルでした。

 これこそがセーシャルの異能、精神投影。

 他者に自身の精神を投影して上書きして乗っ取る。

 外神委員会の上位メンバーの証である尊師が生み出した魔法とは異なる力、異能。

 セーシャルはこの異能の力によって他者の肉体を奪う事が出来ました。


「おいおいセーシャル、精霊師だの巫女だのもう死語だぞ?男女を呼称で分けるのは差別に繋がると、今で神職以外での巫女呼びは嫌煙される、もっぱら男女の区別無く土地読みだ」

「そうだっけ?そうだったね、そう言えば私が広めたんだっけそんな馬鹿な風説。あれは傑作だったよ!遊びで男女差別を無くそうと馬鹿げた論説を広めたら、程度の知れた家の令嬢が大貴族に嫁入りしたんだっけ……あれ?それってこの身体かい?」

「正解!ってそれよりもセーシャル、何度も言ってるが食事はちゃんと摂れ!だからすぐに身体が朽ちるんだぞ?」


 ルッツフェーロは半目でセーシャルを睨みますが睨まれた本人は口を尖らしながら抗議します。


「こっちも何度も言ってるけど苦手なんだ味が、私はずっとへその緒かチューブからの栄養補給しか経験してないから味と言う物自体に魂が拒否するんだ。それに私用の無味無臭の栄養補給剤を摂取すればそれなりに身体を持たせられる!」

「それでバウマンに鼻で笑われたような誤魔化しを今度からも続ける気か?魔法で部屋に入って徒歩で退出」

「うっ……」


 魔法とは亜人族や獣人族に限定されて行使できる力ですが肉体に根差す力です。

 なのでセーシャルのようにとある事情から魂に魔法が根差し、精神を投影する事で他者の肉体でも自身の魔法を使えるのですがそれは肉体に多大な負荷を掛けます。

 以前の肉体は転移魔法を使い過ぎたことで途中で内側から腐敗を始め、セイラム事変が起こった頃には下手に魔法を乱用すると瞬く間に朽ち果てる直前にまで至っていました。


「ここの料理は素材の味に重点を置いているからアルビオン料理やフランセーズ料理とは違って複雑な味付けはしてない分食べやすいと思うぞ?水揚げされたばかりの新鮮な鯛を皮付きのまま湯引きしたカルパッチョだ」

「……」

「ソースは塩レモンのみ、鯛は下処理がしっかりとしているから臭みは全くないし暑い時期にはさっぱりとした味付けが……」

「分かった!分かりました、食べます!まったく君は………うんまあ、食べられなくはない、美味しいとは思わないが……」

「それでも部下に術式を刻まないと使えないとか、信用出来ない同志には限定的にしか使えないと、転移で部屋に入って徒歩で部屋から出るなんて間抜けをしなくても良くなるんだからしっかりと食べろ」



 拗ねた様な物言いをしていますが鯛のカルパッチョを食べるセーシャルの手は口で言う程不快には思っていないらしく、ゆっくりとですが少しずつ食べています。その姿を見たルッツフェーロは安堵しつつも小言を言い、同時にせっかく魔力だけでなく容姿の面でも優れた身体を用意したのだから、お洒落の面でも気にして欲しいと思いました。

 ただそれを言うと不機嫌になるので次回に機会があれば指摘しようと思い、野趣溢れるイスパーニャ王室も好んで愛飲するワインを一口含み味わいました。


「さて、ここに悪人が二人いるのだから何か私に言う事があるんじゃないかルッツフェーロ?ん?んん?んんん??」

「っ……大失態だったとのは理解している、だが僕は後から知った!まさか国王暗殺計画が水面下で進んでいたなんて、あの王都での追走劇で使われた機関銃がその為に用意された物だったんて、僕は後から知った!」

「フォークランド紛争でアルゼンチン兵がやったM2重機関銃での狙撃、あれやってみたくて塞翁唆して計画してたんだけど、まあ結果は紙一重で良い結果に繋がったけど君無様過ぎ。あれだけマリアローズに関わるなって言ったのにバウマンと同じように身の破滅、ぷっ……」


 セーシャルはお腹を抱えて笑い出しました。

 そもそも何で王都にあれだけの数の輸入品の車とM2重機関銃を載せた車があったのか?

 マリアローズを捕まえようと思い立ったので用意した、と言えば理屈は通りそうですが小娘一人を捕まえるには過剰ですし生死を問わないのならギャングのように、家にいる時に重機関銃を掃射すればいいだけなので理屈は通りません。

 そうわざわざアルビオン製の車を用意して、ついでにアルビオン製の車に重機関銃を載せた本来の目的は、立冬祭と対を成す立春祭の場で襲撃事件を引き起こし、あたかもアルビオンが関与したように装って国王を暗殺しようと企てていたのです。

 結果はマリアローズを捕まえる為に王都に忍ばせていた全兵力を投入して、全て損失してさらに切り札のM2重機関銃も接収されて、ついでに王都に忍ばせている人員も根こそぎ捕縛されるという結末でした。


「笑うな!それにだ、俺の暴走も、バウマンの矮小さも、塞翁の無計画も、マリアローズの抵抗も計算に入れていたんだろ?結局、一番得をしたのは貴女だ、全て貴女のけ―――」

「駄目だよルッツフェーロ?陰謀論は犬も食べないよ」


 セーシャルはルッツフェーロが全てを言い切る前にフォークで刺した鯛の切り身を口の中に押し入れて言葉を遮ります、その目は少々不機嫌そうに鋭く、急な表情の変化にルッツフェーロは戸惑いただ次の言葉を聞く事しか出来ませんでした。


「いいかいルッツフェーロ?世界は複雑怪奇で奇妙奇天烈なんだ、たった一個人一組織の思惑だけで動かせはしない。人の数だけ選択肢はある、その数だけ枝割れしてあみだくじのような迷路を思わせる路線が広がっている」


 セーシャルはルッツフェーロの口からフォークを引き抜いて今度は自分へ、鯛の切り身を咀嚼してからテーブルに置かれたワインを口にしました。

 その場の勢いと流れに沿った行動だったのですぐにワインの持つ複雑な味に思わず吐き気を感じるも、何とか飲み込み咳ばらいをして自分の失態を誤魔化します。


「ごほん…だからね、世界を自分の都合で動かすのは無理だ。出来るのは計画的に分岐点の切り替えて、出来るだけ望む方向へ導くだけ。無知な者のはそれを陰謀と言う言葉で終わらせるが、本質は水面下の水鳥の足だ」


 セーシャルは語り終えると皿に残っていた最後の切り身を口に運んで咀嚼し、その姿を見つめるルッツフェーロは黙って言葉の意味を理解しようと必死に考えます。

 しかし生来の気質が真逆な者同士が故に言葉の意味をルッツフェーロは完全に理会する事は出来なかったので諦め、皿が空になった事を確認してテーブルに置かれたベルを鳴らしました。

 すると給仕が現れ空いた皿を下げ代わりに季節のベリーを使った色鮮やかな四層のムースが載った皿を置きます。

 それを見たセーシャルは心底うんざりした表情を面の下で浮かべ半目でさっきとは違う、不機嫌な視線をルッツフェーロに送りました。


「デザート…デザートは遠慮するよ。何より四層!絶対に複雑な味だ、砂糖を溶かした水にしてくれ砂糖水に……」

「悪かったよ、それより幾つか報告があるんだが良いか?」

「いいよ、で何かな?面白いこと?愉快なこと?それとも腹立たしいこと??」

「主に腹立たしいことだ…南方大陸で進めている資源調査だけど駄目だ、石油もウランも無い!新しい炭鉱は見つかったけどね」

「石炭があるのに石油がないって…まあだから灼石炭があるのか、そう思えば空白を埋める存在は確かにあるから石油は諦めるか……あ!忘れていた、ルッツフェーロ!なんとアルビオンの汚染区域がまた広がったぞ!ついに上流階級の別荘地も酸の雨が降るようになった!」


 まったく愉快とは思えずその喜びに共感できないルッツフェーロでしたが、大喜びするセーシャルの姿が微笑ましく思え、取りあえず同意だけしながらこう思いました。

 液化灼石は活動の拠点であるイベレス半島では絶対に普及させれない、と。

 灼石炭の燃えカスを再利用して作れる廃灼石。

 それをさらに再利用して作られるのが液化灼石。

 液化灼石は取扱を間違えなければ石油を凌駕する熱効率を持った燃料なのですが、規格外な灼石炭を軽々上回る有毒性を持っています。

 ですからルッツフェーロがそう危険視するのは当然のことでした。


「続きを話して良いか?」

「良いよ、どんどん言ってくれ!愉快で痛快で悲惨極まる話なら遠慮せず!」

「ソルフィア王国の移民問題は…あれだ、上手いこと国民の不満を和らげる政策を続けているから主に治安を乱す人間と、塞翁とバウマンが裏で手を引いている南部連合へ不満が集中してる」

「ありゃりゃ、まあ西部を内患の地とする計画は完全に頓挫したし今さら南部をってな訳には行かないからね、自滅してくれてもいいかな?バウマンも塞翁も嫌いだしアンダーソンには部外者を貫く様に言っといて」

「分かった、ああそのアンダーソンなんだけどあいつ、胃の調子が悪くなって再入院した」

「何で!どうして!あの生真面目な委員長気質な彼が!?あ、だからか……」


 前理事長ブレッド・アンダーソン男爵が退任した真の理由は、都市議会の勢力争いでも無ければコンラッド現理事長が政治的に優位に立ったからでもありませんでした。

 表向きはそうですが本当はとある人物が原因で胃を酷く患い長期の入院と療養を必要として仕方が無く、外神委員会の中でも古株のコンラッドに学園運営全体を総括する理事長職を任せて療養していたと言うの真実でした。

 その間にあそこまでコンラッドが馬鹿をするとは思っていなかったアンダーソンは学長として復帰した直後、学園の惨状を目にして衝撃を受け日々の心労も重なり再度入院を余儀なくされてしまいました。

 マリアローズとメルセデスが入学する一月前の出来事です。


「コンラッドは尊師の直参の部下だった先代塞翁の元部下だからね、まあ自尊心からアンダーソンに反発したのかな?あとはやっぱりアリスか……」

「ああ、あの寄生虫だ。あいつ教育界の重鎮たるブレッド・アンダーソンの養女にしてもらったと言うのに全ての入試に落ちやがった!その上、今も能天気に肥え太ってるときた!日々肥える為に生きるだけの豚を超える勢いでな!!」


 顔を真っ赤にして忌ま忌ましそうに苛立つルッツフェーロは乱暴にムースを掬って食べ、その姿にセーシャルは苦笑いを浮かべつつルッツフェーロとアリスの相性の悪さに頭が痛くなりました。

 二人の性質はまさに真逆で端的に言えば努力を惜しまない者と努力を嫌がる者、ルッツフェーロとアリスの違いはまさにこれでした。

 なので二人を誰よりも深く知るセーシャルは、二人が仲良くするのも協力するのも到底無理だと諦めています。

 セーシャル個人はそれが原因で無惨な死を遂げたというのに懲りもせず、その生き方を続けるアリスの愚かさと救いようの無さ、何より自分は一切悪くない自分は被害者だと言い切る腐った性根が滑稽で気に入っていました。

 

「まあ良いじゃないかルッツフェーロ、エドゥアルドを逃した失態はセドリックを手中に収めた事で帳消しだ、あとは無事に学園に入学できるように……カリギュラ君辺りに多少の手荒い真似をさせて勉強をさせよう」

「ああ、それならもう手を打った、カリギュラとあとヴァレリーが付きっ切りで勉強させることになった、ざまあ見ろ!あいつヴァレリーに嫌われてるからな!」


 心からそう思っているルッツフェーロはこれから始まるアリスの生き地獄を喜び、セーシャルはそんなルッツフェーロの姿を見てどれだけ成長してもまだまだ子供だと、姉が弟を見つめるような視線を送ってからふと思った事を口にします。


「そう言えばセーシャルって随分と前の身体の名前だったけど、今度はどうしようかな?」

「今の身体の名前を使うのは駄目なのか?」

「駄目、この私に吐き気を覚えさせた女の名前何て縁起が悪い、これでも験は担ぐ方なんださて…懐かしいの名前でも使うかな」

「懐かしい名前?ああ……」


 その名前に心当たりのあるルッツフェーロは懐かしそうな表情になります。

 かつて出会った時に名乗っていた名前だからでした。


「それじゃあ今度からそう呼ばせてもらうよ、ルサールカ」

「ああ……名乗っておいてなんだけど、これの名前って何?被ってたら縁起が悪いから教えてくれるかい?」

「ん?何だったかな……ちょっと待ってくれ」


 ルッツフェーロはそう言って手帳を取り出して確認してから、何ともないような表情でその名前を口にしました。


「ええと…ああ、カミーユ・ビュランだ」

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