8話 幕開ける学園生活Ⅳ
クラスメイト達のボクが不正入学した!という真っ赤な嘘を信じる心は、出だしのこの段階で授業から取り残されている現実に直面してから、さらに頑迷になり今では視界に入っただけで大きな舌打ちをする程になっている。
数学と語学はシェリーさんの一番得意な教科だった事もあってメルには及ばないけれど数学は出来る方、語学はアルビオン語で日常会話が出来るまでに習得している。
なのでボクとクラスメイトとの間には明確に出来る出来ないの差が生まれてしまった。
それはもうあからさまに開いてしまっている。
だからすれ違う他のクラスの生徒達は口々に落第学級とクラスメイト達を嘲笑い、逆にボクに対しては何であんなクラスにいるのだろうか?と疑問を口にして、クラスメイト達の傷らだけのプライドに粗塩を浅漬けを作るように揉み込み追い打ちをかけている。
でボクが何を言いたいのかというと……。
「おいアルベール、てめぇえ随分とあくどい手をつかってるらしいな?俺達が落ちこぼれって他のクラスに言いふらしてるらしいよな?根も葉もない噂を広めてくれちゃってさあ、どう落とし前付ける気?」
「この前もウィット先生を馬鹿にするような事しやがって、誰だって間違いを起こす事があるのにわざわざ指摘して恥かかせて、何様のつもりだ?」
「だがら俺達がお前を修正してやるよ、二度と不正入学野郎がデカい面出来ないようにな!」
こういう状況になりました。
絶賛、校舎裏でアルフォード先生の授業で指名され答えられず課題を出されるのが確定したラディーチェ君とクライン君も一緒に、昔懐かしい少年漫画の不良のような表情を浮かべて睨んできている。
ただ本人達は精いっぱい恐い顔をしているつもりなのかもしれないけれど……うん、どうにもボクの恐いの基準が一般よりズレている所為か、全然恐くないし逆に笑いが出てきそうだ。
「そう貴様のような人々の努力を踏み躙る!」
「非道外道の輩は!」
「俺達栄えあるソルフィア結束党!少年行動隊が!!」
「「「粛清する!!」」」
「あ…うん、それじゃあバスケット返してもらえるかな?とても急いでいるんだ、ごっこ遊びなら今度付き合ってあげるから今日はもう帰らしてもらうね」
「「「ごっこ遊びじゃない!!」」」
ごっこ遊びじゃないって……その何かの特戦隊みたいにポーズを決めて言われても説得力が無いよ?
もしくは君達が名乗っている戦隊名は街中でやったら子供と言えども警察官さんがちょっといいかなと尋ねて来る名前だよ?遊びにしておいた方がいいとボクは思うけれど、どうやら彼等は割と本気らしい。
「いいか?俺達は冗談や遊びじゃないんだぞ!」
「本気も本気だ!」
「うん頑張ってね、それじゃあバスケットは返してもらうよ」
「「「待てぇえい!?」」」
隅に置かれている今日の昼食が入ったバスケット二つに近付こうとしたけれど、さっと間に割って入られ再び長い口上が始まった。
ずっとさきっからこの調子だ。
授業が終わってさあメルの所へ行こうと思ったら、ロッカー室の前で件の親方さん謹製の多機能バスケットを持った彼等がいた。
どうやら生徒一人一人に割り振られているロッカーは毎年、鍵を交換していないらしく悪い生徒は合鍵を作り、それを他の生徒に売っていてそれでボクはバスケットを人質に取られて校舎裏にいるのだ。
約束の時間からだいぶ過ぎてしまっていて、今すぐこの場から逃げ出して早くメルの所へ行かないといけないのだけれど、どうにも靴の裏に引っ付いたガムのように粘着質に執拗に彼等はボクに付き纏って来て逃げるタイミングを掴めずにいる。
そしてやたら長い口上と決めポーズ……懐中時計で時間を確認するともう約束の時間から10分も過ぎてしまっている。
「仕方がない!多少強引だがラディーチェ!」
「観念しろアルベール!このラディーチェの未来を予知する魔法の前にはお前は裸も同然だ!」
未来を予知する魔法?
そんな事は可能なんだろうか…いや旦那様の土地読みと呼ばれる土魔法、シャーリーさんのお互いに契約を結び合わせる誓約魔法、そういった魔法があるのだから未来を見通す魔法があっても何ら不思議ではない。
となると考えられるのはラディーチェ君が未来を観てボクの行動を予想して、他の人達が魔法で攻撃して来るという展開だけど…どうする気だろう?
ボクは魔法を発動すると同時にラディーチェ君が動く。
「アルベールの行動は左に避ける!」
「よし!修正してやる!」
うん、何だかとっても馬鹿らしくなった。
真面目に考えてはいけない。
ボクはクライン君の振り下ろした拳を受け止めて思いっきり力を入れる。
「痛たたたたたたたたたたたたたたたったああああ!?」
「クライン!?」
「なにこれ!?何この力!?あだだだだ!痛い冗談抜きで痛い!」
そっか痛いか。
何だかとっても弱い者虐めをしている気分だ。
だけどそれもそうだよね、ボクは日々一日も欠かさず執事道とメイド道の修練をしているから魔法抜きでもそれなりに力が強い、魔法を使えばさらに強くなるから今のクライン君の拳は万力に挟まれている状態だ。
ボクは微動だにせず、クライン君は陸に上がった魚のように暴れている。
とってもシュールな光景なのだ。
嗚呼…すっごく馬鹿らしくなってしまった。
「ラディーチェ!いい加減に的中率1パーセントより上にしろ!まったく掠りもしてねーぞ!!痛い!痛いから離せアルベールって!?何で微動だにしないだよ!?」
1パーセント以下……当てずっぽうじゃないか!!
本当にそんな魔法持ってるの?というよりもそんな大きな声で言ったら、意味ないじゃないか!
あとクライン君、ボクの腕を叩かない。
もっと力を籠めるよ?
はあぁ……もういいや握ってるクライン君の拳を放そう。
「これで分かったよね?さあ早くバスケットを返して」
「うっうるせえ!ラディーチェ、次の予知だ!」
「任せろ!」
その自信はどこから湧いて来るんだ。
どうしようもう一層の事、鳩尾に一撃を入れてしまった方がいいかな?
いくらボクだってこれ以上は付き合いきれない。
うん、そうしよう。
「次のアルベールの行動は!」
「おう!」
この後の未来はもう決まっている。
クライン君とラディーチェ君の鳩尾 《みぞおち》に一撃を入れるだよ。
ボクは重心を少し前へ傾ける。
「立ちくらみを起こして避けられない!」
「よし来た!今度こそその面を修正してやる!」
右こぶしの大振り。
全然なってない。
殴る時は小さく鋭く、腕ではなく腰で足で全身でなぐ――――
「あれ?」
視界が揺れる…頭もふわって……身体が……。
しまった!?本当に立ちくらみが!やばいよけ、
「がはぁっ!?」
「どうだアルベール!これが俺達の力だ!!」
「何時ものすまし顔ももう出来ねえだろ!」
「囲んで袋叩きにしてやれ!」
痛い…体をねじって直撃こそ避けたけど左頬に当たってしまった。
口の中を切ったみたいだ、血の味がする。
そして情けない、この程度の相手に後れを取るなんて。
立ちくらみ程度で一撃を喰らう、ロバートさんからお説教を受けるレベルの失態だ
「泣いて謝るな今の内だぜ!女みてぇな面してるからって俺達が手を緩め訳が無いからな!」
「いっそ教師共にやってるみたいに媚でも売るか?その可愛い顔でよお!」
「ラディーチェ!次の予知だ!」
「ああ、次は……」
「てめぇえら!!」
ふえ!?何!?
横を振り向くとそこには鬼の形相を浮かべた飴色の髪の女の子がいた。
とても凛々しい顔立ちで……あれ?
よく見たら後ろには尻餅をついたメルがいる!?
それにとても背の高い褐色肌の女の子もいる、と言う事は彼女達がメルのお友達のグリさんとレオさんという事だろうか?
あれ?あれぇええ!?
と言うかあの怒鳴り声を上げた子、もしかしてグリンダ!?
「私の大切な友達に!何手ぇえだしてんだ!」
「ちょっ!?グリちょい待ちいや!!止まれ!ステイ!ステイ!!」
あ、間違いなくグリンダだ。
そっかメルの友達のグリさんてグリンダの事だったんだ……って!と言う事はグリンダなら次の行動は!
「見えた!次はクラインの顔に腰の入った一撃が!」
「は?え?ちょっひでぶ!?!?」
手が出る。
クライン君は勢いのついたグリンダの右ストレートを顔に受けとても気持ちの良いくらいに吹っ飛んで行った。
大丈夫だろうか?まあ自業自得だから同情は出来ないけど。
「おいグリ!何しとんねん!?こういうのはうちがするからやるなって、何時もゆーとるやろ?そりゃあ生き別れた親友と再会にしたー思っとったら殴られてたら普通に怒るけどな、だからってあんな風に殴ったらこっちも後で分が悪―なるで!」
「ああ、だけどまだ気が収まらない。もう2,3発は殴らせて欲しい!」
「分かっとらんがな!?」
「大丈夫、大丈夫だから、あと2,3発殴れば気が収まるから」
「嘘つけ!今までそう言って止めたためしがないやろうが!」
グリンダは駆け付けたレオさんに羽交い絞めにされ注意されながら、養豚場の豚を見るような視線を倒れ伏すクライン君に向け、さらに追い打ちをかけたいとレオさんに訴え怒られる。
「アルベール!大丈夫ですの!?」
「メル…大丈夫、ちょっと口の中を切っただけ、問題ないよ」
「問題ありますわ!何か冷やす物を!とにかく何もせずに待っていてくださいまし!」
「大丈夫だよメル、これくらいなら魔法で治せるから落ち着いて」
「卑怯だぞアルベール!?」
心配して何か殴られて腫れている頬を冷やせる物が無いか探すメルに、魔力を集中させれば簡単に治せると伝え落ちかせようとしていると、殴り飛ばされたクライン君が立ち上がり唐突にまったく訳の分からない事を叫んだ。
あまりにも突拍子の無い言葉にボクだけじゃなく、もっと殴らせろと暴れるグリンダもボクを心配して持っていたハンカチを湿らせる水を探していたメルも呆気に取られて、ただ呆然としてしまった。
卑怯という言葉を、現在進行形で行っている人から出るなんて誰が予想するだろうか?
そしてクライン君は反論が返ってこない事を良い事にさらに珍妙な発言を続ける。
「自分一人じゃあ敵わないからって仲間を呼ぶとか、それも伯爵令嬢と自分の主に助けを求めるなんて卑劣だぞ!お前にはプライドは無いのか!一対一でやろうという気概は無いのか!それでも男か!!」
「「「そうだそうだ!!」」」
ええと、何を言っているんだろう?
本当に何を言っているんだろう!?
あまりにも、本当にあまりに奇妙奇天烈な発言にボクは言い返す言葉が浮かばなかった。
肉食動物が肉食は良くないという様な…いやもっと珍妙な台詞をクライン君は叫び、クラスメイト達もそれに同意する。
「自分等こそこないな事やってよー言えるな!?こんな小さいアルベール一人を集団で囲んでリンチにしようとして!それで男だどーのってうちなら恥ずかしゅーてとてもとても言えへんで?それに状況的にそこに置いとるバスケット人質に取ったろ?それでよう卑怯だの卑劣だのアホか!!」
うんまさにそう、レオさんの言う通りだ。
だけど小さいは余計だ!
これでも少しずつ伸びて行ってるんだい!
ボクは内心でレオさんに抗議しながら左頬を治すべきかそれとも騒ぎが収まってからにするべき思案する、たぶんメルの事だから何も準備せずにここに来たとは考え辛い、するとたぶんもう少し痛みを我慢する必要がありそうだ。
内向魔法でこれ位の怪我は問題無く治せる事を知っているメルが何もせずにと態々言ったのだ、きっと聞こえ始めた足音を味方につける為の仕込みは既に終わっているみたいだし。
「もう許さねー!覚悟しろアルベール!」
「次も確実に未来を当てる!覚悟しろ!
「何が覚悟しろだ愚か者共!バーナード・クライン!ブルーノ・ラディーチェ!一向に課題を取りに来ないと探しに来てみればどうい事だこれは!!」
「「アルフォード先生!?」」
足音の主は視界に殴られて顔を腫らしているボクと、今にも襲い掛かろうとしているクライン君たちを見て、どっちに非があるのか即座に理解して怒りの形相を浮かべながらクライン君達に近付いて行く。
「先生!良い所に、あいつ等!あいつ等に俺は呼び出されて!」
「呼び出されて割には友達が多いなバーナード・クライン?」
「あ…いえ!それよりも暴力を振るわれました!そこにいるグリンダ・ウォルド=エマーソンに顔を殴られました!」
「ふむ、ではそこにいるトマ君の頬が酷く腫れているのは何故かな?君よりもずっと酷い、察するに君達が先に手を出したようだね」
「何で…分かるんですか?」
「当然だろう?状況証拠だけでも容易く解ける問題だ、君達がトマ君を呼び出し暴力を振るい、そこで羽交い絞めにされているウォルド=エマーソン君が目撃し激昂して君を殴った、がか弱い少女が故にさほど強くは無く意表を突かれたから倒れた」
大正解だ。
ただグリンダはか弱いだろうか?
ボクの記憶が正しければ最初の出会いで襲い掛かられ、その後も何かと襲って来ていたガキ大将で…あ、やばいグリンダがこっちをジト目で見て来ている。
考えている事を気取られたかも…目を逸らしておこう。
「なら喧嘩両成敗を!」
「暴力を振るった以上は多少の罰則を私の裁量で与えるが、君達の場合は集団で一人の生徒へ暴行を行った、これは私個人の手には余る、当然だがウィット先生もだ。会議を開いた上で罰則が決まる」
クライン君とラディーチェ君達の顔は絶望の色に染まる。
この後、他の先生達も集まりクライン君達は連れて行かれグリンダはアルフォード先生から注意を受けただけで、特にこれといって罰則を受ける事は無かった。
さてと遅くなったけど昼食の準備を始めよう。
ボクは隅に置かれているバスケットの所へと向かう。
「ちょっと待て、何普通にバスケットを取りに行こうとしているんだ?まず私に何か言う事があるんじゃないのか?」
「あ…ええと…久しぶりグリンダ」
ボクは努めて笑顔でそう言うとグリンダはふるふると震えだし、突進するようにボクに近付くと両肩を掴み顔を真っ赤にしながら怒鳴るように泣き叫ぶように言った。
「何が久しぶりだこの馬鹿野郎!生きてるなら生きてるって手紙の一つくらい寄こせ馬鹿!私が、私がどれだけ心配したか分かってるのか?お前が死んでしまったんじゃないかって、生きるてるって信じていても!もしかしたらtぅて、それが怖くて、怖くて…なのにお前は馬鹿みたいな顔をして久しぶりって!ふざけるなこの馬鹿!!」
「ごっごめん!そんなつもりじゃなかったんだ、ただその…久しぶり会って何を言ったらいいのか分からなくて、その…本当にごめん!」
「うるさいうるさい!この馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
「痛っ!痛いから、痛いから叩くの止めてグリンダ!」
大粒の涙を流しながらグリンダはボクを叩く。
ああ、本当にボクは馬鹿者だ。
そうだよね、ボクは生死不明という扱いで生存を知っているのは限られた人だけで、グリンダには当然知らされていない。
もしもボクがグリンダの立場だったら?
胸が引き裂かれる様な思いになる。
だからボクは馬鹿だ。
なんでグリンダの事をもっと考えられなかったのか?
ボクは自責の念を感じながら甘んじて、グリンダの叫びに身を任せた。
 




