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Re:Maria Rose  作者: 以星 大悟(旧・咖喱家 )
第4章Ⅱ ヴィクトワール家の幸福な日常
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番外編Ⅲ 文明開化がやって来た

 西部料理はじゃが芋ばかり。

 そんな風に思われている。

 実際は発展の遅れから他の地域以上に南と北、山脈沿いか否かで食文化の違いが大きい。

 山脈沿いは一年を通して吹き降ろす寒風により作物は育ち辛く、交通網の整備が遅れているので南側で収穫された作物は届き辛い。


 なので山脈沿いと北側で痩せた土地でも力強く育ち、寒さなど物ともしないじゃが芋が主食で温かい南側や中部寄りの地域は比較的に土地が肥えていて、特にマリアローズの住んでいたセイラムは西南部の中でも、特に南部に近かったので小麦6に対してライ麦4のパンが主食だった。

 ただ比較的に土地が肥えているだけで他の地域から見れば、普通に痩せていてリューベーク領ではライ麦主体のパンが主食だったりする。

 

 マリアローズがシャトノワ領へ移住した頃のアーカムは、大改革による好景気のおかげで劣悪だった交通網の整備が進み、以前では考えられないような上質な小麦が入って来る様になり伝統的なライ麦パンが危うくなっていた。

 生粋の西部生まれは妻を持つグスタフは、妻が『中佐!新しく出来たパン屋さんがライ麦パンは作らないって言うの!』と嘆いている事が理解出来ずいた。


「こっちの方が酸っぱくなくて食べやすいと思うんだがな……」

「分かりますその気持ち!妻も娘もライ麦パンが良い!って言いますが、あの酸っぱさがどうにも……」


 グスタフとアッシュはまだ準備中の淑女の酒宴のカウンターに座りながら、豊かになり始めたからこそ貧しさで気付けなかった、西部出身か否かで起こる考えの違いに頭を悩ませていた。

 その代表的な物がパンの違い。

 グスタフもアッシュも西部出身ではなく、なので酸味のあるライ麦を使ったパンに不慣れだったがそれしか無かったので今まで気にせずにいられた。

 しかし豊かなになり上質な小麦が入って来る様になると、食べなれた懐かしい味を求めてしまい結果として、グスタフは長年連れ添ったマギーとその違いで喧嘩になり家に居辛くなってここに来ていた。

 そしてとある一件以来、妻と娘に頭の上がらないアッシュは食べなれれた小麦主体のパンへの渇望をグスタフへ吐露する。

 しかしこのまま愚痴を零しあっても解決はしないと、素直にここはお互いに我慢しようと結論付け話題を変えようとして、アッシュはグスタフの持っているそれに気づく。


「それルインタイムズじゃないですか!しかも五日前の!」

「ああ、ギルガメッシュ商会の店頭で売ってたのでね、いやはや以前は五日どころか下手をすると一か月近く古いのが届いていたが、今では遅くても五日前の中部の新聞が読める」

「あれから数年でここまで発展するとは……まあその所為で色々と国の問題が見えて来て楽観視出来なくなりましたが……」

「まあのう……」


 二人は再び溜息を吐く。

 その理由はルインタイムズの一面に書かれている内容が原因で、一面にはこう書かれていた。


『史上最年少で即位されたガイウス陛下が選出された同じく史上最年少宰相オリヴェル・ヤミ・ジンネマンついに失脚か?相次ぐ辞職で若手中心の国務院運営はやはり無理があったのか?宰相を始めとした多くの要職は大老が担うという声も出ているとの事』


 それはオリヴェルが宰相を辞職した内容の記事だった。

 先王の御世、政治が恐ろしく混乱した時期に確実に軍から恨みを買う、軍縮を取り仕切る軍務大臣を務め上げた若手で最も優秀な傑物として知られた、オリヴェルの失脚の報。 

 しかし二人が気にしているのはオリヴェルが失脚した事ではなかった。


 二人が気にするのはようやく西部への投資が始まった最中に、国務院の要職を担う若手の大物が次々と辞職し、その代わりに大老と言われるグスタフのようなガイウスよりも遥かに年上の実力者が国務院で要職に就く事でガイウスが推し進めた大改革が彼等の非協力で頓挫するのではないか?

 という事だった。

 幸いにも名前が挙がっているのは前政権、前王の御世で冷遇され隅に追いやられた良識ある実力者、少なくともガイウスと対立する事はないかもしれないが西部への援助や投資が打ち切られるのではないか?という不安は拭えなかった。


「はあぁ……娘が王都に行っている時に……マリアちゃんも生死不明で親方はシャトノワに移住して……」

「アッシュよ、前にも言ったがロバートとララがついていたのだ、どう考えても無事だ。きっとシャトノワで元気よく暮らしている」

「そうだと良いんですが……」


 当然、マリアローズは無事である。

 ただ用意周到で徹底した偽装工作で今もマリアローズは生死不明、生存を匂わせる仕掛けも死亡を匂わせる工作もその道のプロが行ったので、今では様々なゴシップ雑誌が陰謀論のネタにされている程だった。

 だがグスタフは確信していた。

 

 自分が知り得る限りで最高の強者が側にいたのだから、不覚を取るなどありえないと。

 なによりシャトノワ領の領主は切れ者で知られるジュラ公爵、平然と偽の戸籍を用意している違いないと、現にマリアローズが作った絶品のソースやトマトケチャップがギルガメッシュ商会から売り出されているのだ。

 それもそのソースに関して強いこだわりのあるアーカムの住民が『間違いなくマリアローズが作ったあの味!』と太鼓判を押す程の物なのだから、本人が無事でなかったら再現のしようがない。

 なのでグスタフは心配していなかった。

 するとしたら……。


「わしは街の様子を見たマリアの方が心配だよ」

「そうですか?良いじゃないですか、気高き白薔薇の乙女!今では観光名所にもなってますし」

「だからと言って広場に銅像を建てたり、レリーフをあちらこちらの商店に置き、淑女の酒宴のあった建物を資料館にするのはやり過ぎだ」


 淑女の酒宴はエミリーが確かに再開した。

 ただしかつて自分が営んでいた店を改修して、つまりマリアローズが過ごしたあの場所は、今ではアーカムの歴史資料館兼マリアローズの資料館として使われている。

 ただしこれは本人の自業自得と言う側面もあった。


 セイラム事変が起こり市街地戦が行われていたあの時、マリアローズは危険を承知で銃弾の飛び交う戦場を負傷者を背負って走り抜け、負傷者の看護も炊き出しも積極的に行うなど6歳の幼子がそんな事をしていたら、誰だって聖女のように思えてしまう。

 なのでマリアローズはアーカムを語るうえで欠かせない存在になっていた。

 そしてマリアローズの名誉を守る為に……蛇足だが観光資源としてもマリアローズは美味しい存在でもあった。


「観光資源ならアーカムソースとお前の嫁が作ったウォルドソースがあるのだから、それで十二分だろう?王都でもエリンソースから発展したアーカム独自のソースとして知られているのだ」

「エミリーの作った南方大陸や東方由来の香辛料で作ったソースは絶品で、確かにいい観光資源です。今度から始まる学校の給食にも使われる予定ですから、ただ!やはり売り込む物は多い方が良い」

「他にもあるだろう?ほれレオノールが名付けたホットドッグ、こちらとリューベークで早速、違いが出始めておるのだから元祖としてだな…」


 熱意はあれど勇み足。

 考えている最中に気付けば走り出している。

 話を途中までしか聞けない。

 若さゆえにアッシュは足元が疎かになっていたが、年長者としてグスタフは温かくしかし『そんなんだから反抗期前の娘に反抗されるのだ』と呆れながら見守る。

 少しずつ季節は移り変わり、初々しい季節が目前に迫っていた。 

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