表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:Maria Rose  作者: 以星 大悟(旧・咖喱家 )
第4章Ⅱ ヴィクトワール家の幸福な日常
159/227

32話 マリアローズ8歳の決意Ⅴ【エピローグ】

 シャトノワ領で起こった一連の失踪事件は、被疑者逃亡という形で幕を閉じた。

 それに付け加えると事件解決の立役者となったマリアローズとメルセデスの二人は後日、珍しく烈火の如く怒り心頭のエルネスト、シャーロット、ベアトリーチェによってお説教を受け、一週間の自宅謹慎を言い渡される。


 大切な友達を助けたかったという動機を認めはするものの、すぐに大人を呼び任せるべきだった。子を何よりも心配し案じる親だからこそ、友達を助け多くの人の命を救った事よりも自分の身を軽々しく、危険に晒した二人の行動を見過ごす事は出来なかった。

 本音ではよく頑張ったと言ってあげたい、しかしそれを切欠に自分の身を軽く扱うようになるのではないか?

 親として見過ごせないから、愛しているからの怒りで二人はその事を深く理解しているので、大人しく抗議も反論もせず大人しく反省し粛々と謹慎するのであった。

 

 そんな二人とは別に、今回の事件が起こるよりも以前からヴォロディーヌ男爵が魔族の可能性があると、極秘裏に内定を進めていた者が王都でその報告を行っていた。

 場所は王城のある人物の執務室。

 時代毎に幾度も修繕と改修が行われ、ソルフィア王国の建築史を物語る一室にレオニダス・デュキカスはある人物へ報告の為に暗雲晴れぬシャトノワ領を離れ王都に来ていた。


 その人物はまさに獅子のように屈強で雄々しくレオニダスですら華奢に見える程の巨躯を誇り、前国王の御世で傾いたソルフィア王国を建て直した功績により、敬意と畏怖を篭めて「鉄槌王」と呼ばれている。

 名をガイウス・ソル・ライオンハート。

 ソルフィア王国第45代国王であった。

 そしてレオニダスの実兄でシェリーの実父でもある。


「兄上、ご報告に参りました」

「うむ。シャトノワでの一件より一週間が経った、して調査の結果はどうだ?やはり連中が関わっていたか?」

「はい。拉致された少年少女、操られていた使用人、そしてマリアローズとメルセデス、当事者の証言とそれを裏付ける証拠も幾つか発見され外神委員会の関与は間違いなく…それも関与ではなく直接的に…」

「うむ…再び勢力を取り戻し始めたと言う事か、政争によって本来の役割を失った近衛騎士団と異端審問会を解体したばかりだと言うのに、再び創設せねばならんか」

「御心労、お察しいたします。それとヴォロディーヌ男爵が見つかりました」

「おお!そうか、それであの男は何と言っている?」


 ガイウスの問いにレオニダスは首を横に振って答える。

 その意味を察したガイウスは深く溜息をつく。

 まるで蠢く影のようで実態を掴んだと思えばそれはただの虚像で、未だにその本質の分からない外神委員会の尻尾を、掴めるかもしれないと思い期待していただけに、ガイウスの落胆は大きかった。


「ロドの報告では発見時、何かの肉塊だったそうです」

「肉塊?」

「はい、近付き見聞した所、それが人の輪郭を僅かばかり残した皮に蕩けた肉が詰まっていると分かり、持ち物を調べた所…ヴォロディーヌ男爵と判明したと」

「ふむ、とすると魔獣が件の地下通路に潜伏していると言う事か」

「いえ、ヴォロディーヌ男爵を殺した犯人は実の娘であるヴァレリーです。どうやら眷族になっていたらしく、ヴォロディーヌ男爵は捕食されたと思われます。発見場所の周囲に蜘蛛の糸らしき物があり間違いないだろうと」

「実の娘に喰われたのか…哀れと言うべきか、それとも因果応報と言うべきか…こちらとしてはまんまとしてやられた、だな」


 主要人物の死亡。

 それによってこれ以上の進展は望めない事を理解したガイウスは、この日一番の溜息をつく。普段なら政敵に付け入る隙を与え、臣民を不安にさせるので決して人前で溜息をつかないガイウスだったが、信頼する弟の前でなら溜息を弱音を吐くことが出来た。


「改革を始めてから二年、たったの二年だが既に各地では今まで棚上げして来た問題が噴出している。此度の件も元を辿れば父が行った愚策に由来する……父のように全てを頬り出して目を背けたくなるな」

「お心を強く持ってください兄上」

「分かっている、ここで改革を、王国の近代化を遣り遂げねば次は国境を破られる程度ではすまない。次こそは王都が陥落する、それを阻止する為にも軍事費の倍増は止む無しだ」

「来年度の予算は本年度の倍ですか?」

「色々と奨励金や助成金を出して推し進めるよ、イリアンソスからの報告を聞く限り下地は出来ていたのだ。あとは切欠、起爆剤はありったけ振り撒く予定だ」


 ガイウスはそう言いながらイリアンソスから届いた報告書を取り出して、レオニダに手渡す、そこには今まで空想上の産物とされて来た物が実用化されたという報告が書かれていた。

 魔力及びマナを電気に相転移させる機関。

 電気を魔力やマナに還元させる機関。

 それも実験中ではなく、車両や施設での試験が完了したという物だった。


「今年度中には電動機だったか?それで動く車両を一部区間で試験導入されるそうだ。まだ出力が低く上り坂では止まるらしいが平地ならそれなりに動くらしい、他にも今まで脆い事や天然の魔石に比べて品質も劣っていた人工魔石の、高純度化と高強度化も成功したそうだ」

「なっ!?何ですと!?それなら今まで問題になっていたソルフィア式蒸気機関の欠陥が解決されたという事では無いですか!規制から機械化の遅れている工業施設の近代化を推し進められる!」


 レオニダスは興奮から顔を紅潮させ、公害対策の結果で近代化の遅れていたソルフィア王国の工業力を、一気に押し上げ最大の強敵であるアルビオンより優位に立てると確信する。

 近年、停滞を続けるソルフィア王国とは違い一部の人間族の国では、内乱が収まり急速に近代化を始める国が現れ、特に結束主義を掲げる労働党が第一党となったシュタインラント共和国は、恐ろしい勢いで発展していているのでレオニダスの歓喜は当然の事であった。

 

「失礼するぞ、それとお前達……外にも話し声が漏れていたぞ。良く通るのだから声の大きさには気を使え、特に秘密にしたい事にはな」

「すまんオリヴェル、久しぶりに会って興奮してしまった」

「まったくお前は昔から迂闊だぞガイウス、それを諫めるのがお前の仕事だろ?レオニダス」


 年甲斐も無く興奮する二人を諫めながらオリヴェル・ヤミ・ジンネマンは執務室の中に入る。

 久しぶりの兄弟の会話に夢中になるあまり、扉を叩く音に気付かなかった二人に呆れ果てるも、そんな男達だからこそ大争乱後の混乱を納めることが出来たとオリヴェルは無理矢理納得すると同時に、レオニダスではなく姪のシェリルを直属の部下にして良かったと痛感する。


「さてオリヴェル、どうだ?予算は獲得出来たか?わざわざ烏合の衆の為に学費の完全無償化などという政策を提案したんだ」

「問題なく予算は分捕って来た、だがイリアンソスに関してラグサの締め出しは棚上げだ、俺が宰相を辞した後、首相になってからだ。それと昨日、ようやく中央捜査局から調査が一段落着いたと報告が来た」


 ジンネマンはそう言うと持って来た書類をガイウスに手渡す。

 そこにはディルク・バウマンの、セイラム領領主になるまでの遍歴が書かれ、オリヴェルはその説明を始める。


「戸籍の上ではバウマン家に養子として迎え入れられた事になっているが、実際は先代当主パウロの実子だ。より正確に言うと娼婦との子だ、いくら亜人の出生率が低かろうと自分より爵位が上の家から嫁を貰った手前、認知せず知らぬ存ぜぬを押し通したらしい」


 オリヴェルは呆れながらバウマンがオルメタという犯罪組織を築き、外神委員会と関係を持ちセイラム領を支配するまでに至ったか、その説明を続けるが内容が内容だけに説明するオリヴェルも、聞くガイウスとレオニダスも表情が険しくなって行く。


「彼奴に関してその人となりは皆目見当がつかん代わりに、魔族や眷族ではない事は確認した。バウマン家はオランジェ王国で政争に負けて流れて来た分家の末裔、今も本家はオランジェ王国にある。バウマンの母親も亜人だった」

「その母親は?」

「既に口封じをされた後、石の下で眠ってるよ」

「そうか、でそれよりも人となりが見当つかんと言うのはどういう事だ?」


 ガイウスは説明を聞き終えると疑問に思った事をジンネマンに問う。

 バウマンの人となりが皆目見当が付かない。

 しかしその所業の数々を見れば、どう考えても救いようのない外道であり、筆舌し難い下種である事は間違いない筈だった。だからこそベアトリーチェを嬲り者にしたバウマンに、レオニダスと同じく憎悪の感情を抱くオリヴェルの口から出た言葉にガイウスは強い違和感を感じた。

 きっと考えられる限りの怨嗟と憎悪を篭めた言葉で、バウマンという男を語ると思って言からだ。


「言葉通りだ、調べれば調べる程にあの男の本質が見えん」

「馬鹿な事をいうなオリヴェル!あいつが屑だ!救いようのない唾棄すべき下種だ!」

「落ち着けレオニダス…オリヴェル、本質が見えんとはどういう意味だ?」

「最初に感じたのは無責任な下種、次に妄想癖のある阿呆、そして……信じられんが学者のような深い知性だ、もう一度言うぞ下種と思った、阿呆と思った、そして深い知性を感じた」

「「……」」


 ガイウスとレオニダスはオリヴェルの言う事を理解するのに時間を有した。

 下種と阿呆は納得が出来た。

 ベアトリーチェを嬲り者にした挙句、毒を飲ませて堕胎させようとし、セイラム事変でも無計画に短絡的な手段を取った。オリヴェルの言う事の前半について二人は納得が出来た。

 だが最後の学者のような深い知性。

 決してバウマンという男を表する言葉に使っていい言葉ではなかった。

 

 ただふと、レオニダスは気付く。

 もしも、バウマンという男が下種で阿呆ならオルメタという巨大組織を築けたのだろうか?

 バウマンはあくまで隠れ蓑で本当は別の誰かが裏で糸を引いていた、そう例えばセーシャルという謎にして、最後まで自分が狩る事が出来なかった難敵なら裏で糸を引きやってのけるかもしれない。

 レオニダスはそこまで考えてから、それは違うとすぐに否定する。

 理解出来ない相手から目を背けているだけだと気付いて、もう一度冷静にバウマンという男について考え直すも、答えには至れずオリヴェルと同じく皆目見当がつかなかった。


「バウマンに関しては追々だ、俺なりに結論を持って来る。それと最後にバウマンの子供の調査も終わった、マリアを含めて8人、その内6人は既に故人だ」

「では最後の一人は?いや、その前に6人の死因は何だ?他殺か?それとも病死か?」

「……自殺か衰弱死だ。6名全員、三歳にも満たぬ内に発狂して自殺するか、廃人になって衰弱死したそうだ」

「何だそれは!?」

「……」


 バウマンの子供の死因を聞いたガイウスは思わず立ち上がり、レオニダスは目を見開きその異常性に困惑する。

 オリヴェルは特に奇怪な死を遂げたバウマンの子供の話をする。

 孤児院の院長曰く、ある日突然、ナイフで笑いながら自分の喉を切り裂き、流れ出る血で息絶えるその瞬間まで、この世界への呪詛の言葉を壁や床に書き殴った。

 他の子供達も方法こそ違うが全員、死ぬ前に精神に異常を来たし自死を選んだという事だった。

 

「俺の憶測だが、こちらが掴んでいない異能が原因だと睨んでいる。マリアが今も健やかに育っているのは異能を持っていなかったから、他の子達は持っていたから、まあ一人は除くがな」

「一人?そう言えばジンネマン、確かマリアともう一人今も存命の子供がいると言ったがその子はどこにいるんだ?」

「……」


 ガイウスの問いにオリヴェルは頭を横に振って分からないと返答してから、数枚の写真を取り出してガイウスに手渡す。

 それは子供の集合写真で、どうやら孤児院で撮られた物らしいのだが奇妙な事に全て別の孤児院だと言うのに一人だけ、同じ少女が映り込んでいた。

 毒の無さそうな無害そうな笑顔を浮かべる女の子、決まって写っていた。

 白黒の写真なので髪色と言った情報は分からない、ただ言えるのはだからこそ二人には異様に思えた。


「この少女は一体何者だ?もしや、この娘がバウマンの子か?」

「ああ、調べた限りではマリアと同年、母親は犯罪に手を染めて獄中、その後の養父母も犯罪に手を染めた末射殺された。孤児院を転々としたのは、入った孤児院で悉く職員が不祥事を起こし、さらには子供同士で争いが絶えず次々と閉鎖した」

「何の……冗談だ?」


 淡々とオリヴェルは少女の事を語る。

 母親、養父母は共に犯罪歴の無い普通の亜人だったがある日を境に人が変わり、孤児院でも今まで問題の起こっていない、普通の領営や国営の孤児院だったのにある日を境に変貌した。

 ある日を境に、その写真の少女と関わった時から変わった。


「それと最後にその少女が確認された孤児院では、子供同士で殺し合いが起こりその写真に写っている子供は件の少女を除いて全員死んでいる」


 衝撃の事実に二人は言葉を失う。

 何がどうなればその様な事になるのか?二人には皆目見当がつかなかった。

 そしてレオニダスは思う。

 これとマリアが姉妹。

 何か質の悪い冗談なのではないのか?

 レオニダスはそう思いながら再び写真に写った少女を見る。


「戸籍は未登録で孤児院の記録も残ていなかった、名前は分からんしその後の行方も分からん……言えるのは異能持ちで既に委員会の手の内にいると言う事だ」

 

 暗雲は着実にソルフィア王国を包んで行く。

 そして三人の気付かぬうちに根は腐り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ