27話 仄暗き幕間Ⅴ【ヴァレリー・ヴォロディーヌ】
「久しぶりねメルセデス」
「ヴァレリー……」
レティシアさんを見つけて保護しあとは逃げるだけとなった所に、ヴァレリーは悠々と以前とは明らかに異なる邪悪な笑みを浮かべて現れました。
罠だと分かっていましたが、空気を読んでこのまま見逃してくださるという発想は恐らく彼女には無いのでしょう、ただ私は彼女に問いたい事が幾つかありましたしこの機会に聞いてみましょう。
ですが……ヴァレリーの服装、どこか変ですわ。
そうドレスの丈が長過ぎなのではないのかしら?ドレスの裾が地面に付いていますわ、それに足の辺りが膨らみ過ぎなのと、歩く度に固い音とドレスの中で何か蠢いていますわ。
「幾つか質問してもよろしいですか?ヴァレリー」
「いいわよ、何?」
「シャトノワ領を騒がす失踪事件の首謀者は貴女ですわね?」
「そうよ、私が皆に命令して攫わせてたのよ。どれくらい私の言う事を聞くのか遊びで」
ヴァレリーがそう言うと柱の影に隠れていたヴォロディーヌ家の使用人達が現れ、その中にルイージを始めとする攫われた取り巻き達もいますわ!ですが全員、目が虚ろですの…もしかして意識が無い?
ヴァレリーは私の質問に答えた事、つまり彼等は全員操られている?
「レティシアさん、貴女を攫ったのはもしかして」
「うん、倉庫の扉を開けたらルイージがいて、クロノ君が殴られて私は腕を掴まれて倉庫の中の地下室に連れ込まれて、そこから先は……」
気絶させられてここまで運ばれた。
とするとヴァレリーは魔法で操っているという事でしょうか?ですが魔法は万能ではありませんわ、何より全て自分自身の魔力に依存してますの、長期間に渡って相手の自由意思を奪い操るなど不可能ですわ。
「次の質問ですが、目的は何ですの?これだけの事をしたのですから、何か大それた目的があるのではなくて?」
「目的?特にないわ、強いて挙げるなら実験と遊びだけど、手遊みでしていた事だし」
「て…手遊み!?馬鹿を言わないでくださる!理由も無くこのような事をされたというんですの!」
「?」
何で不思議そうな顔をするんですの!?
これだけの大事を引き起こしておいて、目的が無いなどありえませんわ!
何か、何か目的がある筈、きっとそれを隠しているだけですわ。
先程、姉様がヴォロディーヌ男爵に外神委員会という、セイラム事変に関わっていたという組織ついて聞かれていましたが、もしかするとそれに関係するとても大きな企みがきっとある筈なんですの!
「メル、ヴァレリーの言っている事は本当だよ、何よりあれはもう人の思考を持っていない、人と似た知性はあるけど同じ理性は無い、ボク達と違う道理で動いてるんだ」
「それって…どいう事ですの?」
人と似た知性?人と違う理性?何より人の思考を持っていない……ヴァレリーは人ではないと姉様は言いたいんですの?ですが、ヴァレリーはどこからどう見ても人ですわ。
姉様には別の何かに見えているという事でしょうか。
別の……姉様は確か先程は…、
『可能性は二つ、ヴァレリーが魔物を使役して今までの事件を引き起こしたか、《《ヴァレリー自身が魔物になって事件を引き起こした》》かだね』
と言っていましたわ。
つまりヴァレリーは…。
「魔物、ですの?」
「うん、間違いない。この酷い臭いは忘れるようがない、だけど…成り損ない以上の臭いだ」
姉様がそう言い切るとヴァレリーは不愉快そうに眉を顰め、溜息交じりに言いました。
「眷族よ、眷族。パパのような成り損ないと一緒にしないで、ましてや理性の無い魔物ともね、私は眷族、理想とすべき姿形を得た存在よ」
「眷族か…となると下半身ははもう人じゃないんだね」
「ええ」
「下半身が人じゃない?」
姉様の言葉にヴァレリーが答えたと同時に、異様に長い裾から何かが現れました。
開けたドレスから見えたのはここまで来る間に何度も目にした生き物の足、蜘蛛の足に酷似していて、ただそれだけでなく下半身が全て蜘蛛でしたわ。
「ひっ!?」
レティシアさんは小さく悲鳴を上げて気を失い、姉様は静かに拳銃をヴァレリーに向け私は目の前の光景に呆然とするしかありませんでした、そうドレスの下にあったのは蜘蛛でした、下半身が全て蜘蛛に置き換わっていましたわ。
ですがこの常軌を逸した状況は、普通なら恐怖で錯乱してしまう頭を逆に冷静にさせてくれてしました、ヴァレリーが魔物に変わっていた、その証拠は目の前の光景で……では今この場で虚ろな目でヴァレリーに従っている方はヴァレリーが魔物になった事と関係しているという事ですの?
「酷い有様だね…だけど嬉しそうだ」
「勿論よ、だって前は混血だって事を隠して怯えて生きないといけなかったのよ?パパが本物の亜人だったらこんな苦しみを味わわなくても良かったのに、だけどアリスが私に力をくれた!この力があれば私を見下して来た奴等を見返せる!パパだって私の言う事を何でも聞いてくれる優しいパパに戻ってくれる!」
「その割には男爵への扱いは雑だったみたいだけど」
「飽きたのよ、あれはもういらない、結局あれは出来損ないで今の私には血縁者だっただけ、赤じゃない他人だからもういらない。私の言う事だけを聞くお人形がこんなにいっぱいいるんだから、殴り合えって命じればこんな風に骨が折れても顔が潰れても殴り合い続けるのよ!あっははははは!!」
嬉々として自分の思いを語り、目の前でかつては自分と一緒に学校生活を送っていた取り巻き達に殴り合うをさせるヴァレリーの目。
姉様の言っていた事を私は少しだけ分かりましたわ、あれは考え方の根本が違う!
何であんな風に笑えるんですの!?
怖い、何を考えているのか分からない、理解出来ないですわ。
何で自分の家族をああも平然と、本心からいらないと言えるんですの!?
「メル、あれを理解しようとしたら駄目だ、あれは理解の埒外、知ろうとすれば心が壊れてしまう」
「ねえ、そろそろいい?いい加減に待ちくたびれたから、取り合えず三人共私のお人形さんになってもらうよ」
ヴァレリーはどうやって人を操っているのでしょうか?
操られた人達がゆっくりと包囲を縮めていく、そんな状況だと言うのに私はその事が気になって仕方がありませんわ、だって魔法で操っている訳ではないと言うのならどうやってこれだけの人数を操っていると言うのでしょう?
何よりこの人数を同時に操るなどと…そう言えばこの屋敷は蜘蛛が大量に巣を張っていましたわ……ヴァレリーは下半身が蜘蛛になっている…蜘蛛…蜘蛛は糸で巣を作る……糸…裏で糸を引く……糸………。
「メル、ボクが今から暴れるからその隙にレティシアさんと逃げて、メル!」
「糸…蜘蛛……っ!姉様!操られている方達に何か付いていませんか!」
「何を言って……っ!そうか!」
姉様は私の意図する事を理解して素早く、一番近くにいた人の後ろに回り込み首筋に取り付いているそれを袖から取り出したナイフで、肌を傷つけないように切り裂くとその方は力なく倒れましたわ。
やはり正解でしたの。
ヴァレリーは魔法ではなく、どういう原理かは分かりませんが首筋に噛み付かせた蜘蛛を使い自由意思を奪って操っていましたの、そして手段さえ分かれば容易く姉様が対処してくださる。
ですから、私が言うべき言葉はただ一つですの。
「姉様、私はここに居てレティシアさんを守ります、ですから全てを綺麗に掃除してくださいまし!」
「…分かった、全部ボクに任せて!」
ヴァレリーには何が起こっているのか、きっと理解出来ないのでしょう。
私だって、目では決して追えないのですもの!
ですから結果だけを言うのなら姉様が袖から取り出したるナイフで、首筋に噛み付いている不気味な蜘蛛を鮮やかなナイフ捌きで、肌を傷つける事無く一直線に縦切りにしている。
一切の無駄を排し徹底して最短で最速の動きを繰り返し、掴まれそうになればいなして払い、死角から死角へ目にも止まらぬ速さで動く姿は氷上で踊っている様で、そしてヴァレリーには姉様が通り過ぎただけで操っている人達が力なく倒れているとしか思えない。
一人また一人と確実に首筋に取り付く蜘蛛を除去されて行き、焦って私へ手勢を差し向けようとしても、姉様は決して見逃さず手早く蜘蛛を除去して無力化し、次から次へとダンスホールへ押し寄せるヴォロディーヌ家の使用人達をヴァレリーの呪縛から解放し行く。
華麗、あまりにも華麗ですわ。
「嘘よ、何よそれ!何なのよ!お前は何もだアルベール!!」
「ボク?ボクは、ただのヴィクトワール家に仕える下男アルベール・トマだよ」
圧倒的に有利な状況から瞬く間に形勢が逆転した事でヴァレリーは狼狽しました。
殴られても蹴られても命令するがまま、動く私兵を揃えて数で物を言わせれば姉様に勝てるのだと思っていたのでしょう、ですが姉様はそんな容易く組み伏せる相手ではありませんわ。
「さてと残るのは君だけだ、大人しくこっちに向かって来ている警察の御用になるなら、手荒な真似はしない、だけど抵抗するなら」
バン、という乾いた破裂音がダンスホールの中で反響する。
姉様はヴァレリーの足元へ向かって発砲しましたわ。
「そう、予想外よ本当に予想外、メルセデス一人だけだったら容易かったのに……本当に貴方は何者?」
「何度も言うけど、ボクはただの下男、少し執事の道を歩んでるけど」
「そう…だけど少し甘いわね、昔の私なら策を弄する頭が足りなかったけど今は、割とお利口になったのよ?」
銃口を向けられてもなおヴァレリーは落ち着き払い静かに姉様を見据え、形勢を逆転し後は警察の方達が来るのを待てばいいという状況でも、決して油断せず右手にナイフを左手に拳銃を構える姉様、二人の間では火花が散っていました。
そして姉様は本当に強くなられた。
2年前のあの日から、一日たりとも欠かす事なく自身を研鑽し続け今では師だるベルベットさんとロバートさんの二人から、同世代に比肩する者はいないと評されるまでに成長された。
ええ、姉様は二年前のあの日から今日のような時の為に、ひたすらに愚直に自身を磨いてこられた……。




