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Re:Maria Rose  作者: 以星 大悟(旧・咖喱家 )
第4章Ⅱ ヴィクトワール家の幸福な日常
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22話 基礎学校に行こうⅣ【暗雲は過ぎ去らず】

 ヴァレリー・ヴォロディーヌと言う少女は、反省という言葉が無かった。

 自分の考える事は全て正しく間違いがない、逆に自分の意見が通らない事の方が異常だと考える典型的な自己中心的な人格の少女で、父ピエール・ヴォロディーヌに厳しく叱りつけられ謹慎を命じられた事に憤っていた。

 そもそも今まで娘を好き勝手にさせておいて、自分の立場が悪くなるお手の平を返したピエールにも大きな責任はあったが、この娘にして父である、自分の教育が間違っていたなどと露程も思っておらず、ただ娘が勝手に馬鹿をしたとしか考えていなかった。

 

 そんな父親の下でヴァレリーが自分自身を省みて改心する筈も無く、今ではあれ程慕っていた父親を口を開けば罵り、より一層性格を歪めて行くが自分の保身に苦心するピエールは娘の事などどうでもよかった。

 目の前の二人からどうやって自分の利益を引き出すかの方が重要だった。


 一人はまだ年若い青年、かつてピエールから買い取った粗悪なワインをシャトノワワインとして方々に破格の値段で売り捌き、シャトノワワインのブランド価値を下げた者の一人であるウィストン・ファン・ウィル・ルッツフェーロ。

 

 そしてかの有名な棒付きキャンディーのロゴを考えた芸術家と同じように、口髭を伸ばし固め上等な服を身に纏うのはブレット・アンダーソン男爵、王領イリアンソスの領議会で副議長を務める男。

 


「久しぶりだねヴォロディーヌ男爵、やつれた?」

「そう思うなら何故取引を止めたのだ!貴様が手を引いたおかげで、シャルルに押し付けた責任を果たさねばならなくなった!」

「まあまあご両人落ち着いて、今日はヴォロディーヌ男爵の今後を話し合う為に来たんだ。さてヴォロディーヌ男爵、今後とも君がここで議員を続けていくには新しい旗印が必要な訳だが当てはあるのかな?」

「ない!あったら腹立たしい男と顔を合わせるものか!」


 ヴォロディーヌ男爵はそう言いテーブルを叩く、ガラス張りだった所為か罅が入り破片で手を切るが、怒りから痛みを感じずただ自分を見捨てて逃げた憎い男を射殺さんばかりに睨む。


「色々と、誤解をされているようですが、僕は君に言ったよね?危ない橋を一緒に渡る気は無いと、そもそもジュラが出て来た時点で手を引けば良かったのに欲をかいてオージェワインに手を出したのがいけないんだ」

「ぐっ!」


 ヴォロディーヌ男爵は痛い所を突かれて言葉に窮する。

 質の悪い粗悪なワインをルッツフェーロ商会に買い取ってもらい、それで出た利益を見るなりヴォロディーヌ男爵は経営の苦しいワイナリーに話を持ち掛け、言葉巧みに唆して粗悪なワインをシャトノワワインとして大量にルッツフェーロ商会に卸した。

 それの利益は莫大で目が眩んでしまい、今度はオージェワインに手を伸ばそうとして、ジュラ公爵の怒りを買い自身の傘下のワイナリーは全て叩き潰された。

 造酒司という国家機関と協力してシャトノワ領のワインのブランド価値を元に戻そうと躍起になっている時にしたのだから、公爵の怒りは想像を絶するもので小物として放逐してたヴォロディーヌ男爵家を徹底して叩き潰す勢いだった。


「残念だけど我が商会は小売・卸売から完全に撤退した、何より認定されていないワインをオージェワインとして売り出すのもオージェ産ワインとして売り出すのも違法だ、そもそもシャトノワ産ワインとして売り出すのも難しいワインを買い取る訳にはいかないね」

「貴様…貴様貴様!!」

「喧嘩は止めなさい、でヴォロディーヌ男爵の今後ですが、教育関係に切り替えましょう。教育の無償化に対してそうですね…その費用負担は富裕層だけでなく本来は救済するべき貧困層にまで負担を強要していると主張して支持を得る方向が良いですね」

「どういう事ですか?」

「富裕層までも無償化される事、つまり特権階級も学費を負担しなくても良くなるという面を強調して…例えばヴィクトワール家のように過去に罪を犯し今では富裕層に復帰した家などを標的にすれば…まあ鵜呑みにする者は喜んで支持するでしょう」

「成程!流石は教育界で強い発言力のあるアンダーソン男爵家だ!あの私の票ですが……」

「問題は無いですよ、こちらから組合に働きかけます」

「おお!さすがはアンダーソン男爵」

「ただし条件があります」

「それは?」


 アンダーソン男爵はヴォロディーヌ男爵に近付き、耳元で囁くようにその条件を言う。

 最初こそヴォロディーヌ男爵は提示された条件にに戸惑ったが、すぐにその程度の事で自分の政治家としての地位を維持出来るのなら安い物だと二つ返事で了承する。


「まあ情報操作は我が商会が受け持ちますよ、このままだと悪評で信用されませんから、新聞社への働き掛け、噂の流布、他にも色々と」

「さすがはルッツフェーロ殿だ、ヴィクトワール家に全ての責任を負わせた手腕は見事でしたし、ああ良かった……これで私は議員を続けられる、この御恩は一生忘れません!」


 自分の手を握り、感謝の言葉を口にするヴォロディーヌ男爵を笑顔で見つめるルッツフェーロは内心では別の事を思っていた。


(下種が…自分の娘を外神委員会に、自分の保身の為に売り渡すとは…まあいい、どうせこいつはすぐに処分する。娘は有り難く新薬の実験体になってもらおう、一定の条件を満たした者を眷族に作り替える薬のな……)



♦♦♦♦



 所変わって謹慎命じられているヴァレリーは増悪に身を焦がしていた。

 自分に歯向かったレティシア、顔に泥を塗ったメルセデスとアルベール、そして理不尽にも自分に謹慎を命じた父親に、ヴァレリーは増悪を抱いていた。

 何も悪い事をしていないのに、何も間違った事をしていなのに。

 ヴァレリーは自分が不当に罰せられていると被害妄想に浸っていた。

 そんな時だった。

 ヴァレリーの部屋の扉を誰かが叩く。


「誰?」


 ヴァレリーの性格である、必要が無ければ使用人は決して近付かない。

 ならヴァレリーの部屋を訪れたのは誰なのか?

 取り巻き達か?残念ながらヴァレリーが父から謹慎を命じられると途端に離れて行き、以前なら頻繁に訪れていた者も今では寄り付きもしなくなった。

 つまり今、ヴァレリーの下を訪れる者はいる筈が無かった。


「入ってもいい?」

「良いけど…誰?」

「アリスの事?アリスはアリス・アンダーソンて言うの、貴女は?」

「私?」


 ヴァレリーは目の前の少女の物言いが不審に思えた、何故ならここはヴォロディーヌ男爵家の屋敷で、その屋敷に住む子供は自分一人、つまりこの家に訪れたのなら自分の存在を知っていた当たり前だと思ったからだ。

 ただ目の前の少女は特に害意も無さそうな、無害そうな笑みを浮かべていた為、ヴァレリーはすぐに心を許してしまい、あっさりと名乗ってしまう。


「私はヴァレリー、ヴァレリー・ヴォロディーヌよ」

「そう初めてましてヴァレリー、アリスと友達になりましょう!」

「え?友達?」

「ええ!こうやって会って、自己紹介をし合ったのならもう友達よ、よろしくねヴァレリー!」


 そう言うとアリスと名乗った無害そうな顔をした少女はヴァレリーの手を握って、嬉しそうに笑う。


(馴れ馴れしい…だけど、今は……)


 普段のヴァレリーなら失礼だと怒り、金切り声を上げていた所だが自業自得とはいえ一人寂しく、自室で謹慎をしていた所為かアリスの馴れ馴れしい態度が逆に嬉しく感じられさらに心を開いてしまう。


「ねえ、何でヴァレリーは一人で部屋にいるの?アリスに教えて!」

「え?それは…」


 ヴァレリーは迷う。

 初対面のアリスに何があったか話すべきなのか?何時もなら決して自分に逆らわない使用人達はヴァレリーの言い分を聞くなり「全てお嬢様が悪い、反省してください」と口々に苦言を呈して反省を促した。

 言えば同じ様に言われるのではないか?そう思いつつも、一人で自室に居過ぎたヴァレリーは全てをアリスに話す、その内容はあまりに身勝手な言い分だった。

 だからこそ顔を赤くしてアリスが怒り出した時、ヴァレリーは彼女も周りと同じ事を言うのだと思った。


「酷い!皆酷い!ヴァレリーは何も悪い事をしていないのに!皆酷過ぎるよ!」

「え?本当にそう思うの?」

「うん!だってヴァレリーは何も間違った事をしていないのに、皆で寄ってたかってヴァレリーを責め立てるなんて、酷過ぎるってアリスは思うの!」

「アリス……」


 ヴァレリーは目の前の無害そうな顔をしたアリスに対して、完全に心を許していた。

 何故ならアリスはヴァレリーが言って欲しかった事を言ってくれたからだ、自分は悪くないと肯定してくれたからだ、だからヴァレリーは目の前の少女が聖女のように思えていた。


「ヴァレリー、自分に自身を持って!貴女は何も間違った事をしていない、ヴァレリーのパパも酷いよ!ヴァレリーの事を何も分かってない!」

「そんなパパは……」


 アリスの言葉にヴァレリーは戸惑いを覚える。

 確かに父に対する不平不満はあった、憎しみも抱き始めていた。

 それでもヴァレリーという少女の世界の中心には父がいた、だから内心では父を憎んではおらずただ感情に任せて口が勝手に動いただけだった。


「ヴァレリーは優しいんだね」

「私が…優しい?」

「だって、パパの事を許そうとしてるんだもの、間違った事をしたパパを憎んだりしないで許そうとするなんて、アリスはすごいと思う」

「本当に?」

「うん、だけどねヴァレリー、本当にそれでいいの?」

「え?」

「このままだとヴァレリーは悪者にされるよ」

「私が…悪者……」


 冗談ではないとヴァレリーは心の中で叫ぶ。

 何も悪い事をしていないのに、何も間違った事をしていないのに。

 その激情はヴァレリーがあと一歩、必死に踏み出さないように堪えていた一歩を踏ませる、それは……。


「アリスの言う通りよ!パパは酷い、私は何も間違った事をしていないのに!パパの言った通りにしていたのに!パパなんて大嫌いよ!!」

「そうだね、じゃあヴァレリー!仕返しをしようよ、ヴァレリーを陥れた人達にヴァレリーに冷たくするパパに!」

「出来るの?」

「うん、このお薬をヴァレリーに注射すれば、今よりもずっとすごい力が手に入るんだ!」

「今よりずっとすごい力…つまり《《混血》》の私でも魔法が使えるようになるって事?」

「そうだよ、今まで魔法が使えないからってヴァレリーを馬鹿にしていた人達にやり返せるよ!ヴァレリーに酷い事をした人全員にやり返せるよ!」

「私に酷い事を……そうよ、やり返してやる…私を裏切ったあいつ等も、私を落としれたメルセデスに、学校に連中に……ありがとうアリス」


 ヴァレリーは笑顔で注射器の入った箱を受け取る、その中身が一体何なのかを理解せずに躊躇いも無くそれを自らに打ち込む。

 そしてヴァレリー・ヴォロディーヌという少女は死んだ。

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