21話 基礎学校に行こうⅢ【嵐は過ぎて】
さてさて、ヴァレリー一派が私と姉様の活躍によりクラスでの影響力を失って、早くも一週間が経ちましたわ。
普通なら暴力沙汰を引き越した私とヴァレリーは謹慎処分ですが、事情が事情なだけに双方ともお咎めなし。ですがルイージに関しては退学が決まりました、当然といえば当然ですが気分が良いかと聞かれれば悪いですわね。
追い出すつもりは無かったのですから。
まあどっちにしろ国王陛下の進める教育の義務化のおかげで、問題のある生徒を更生させる事を目的とした基幹学校に拾い上げてもらえそうですから、気にしても仕方がありませんわ。
今はこうやって楽しくクラスメイトと会話が楽しめるのですから、そちらを楽しみましょう。
「なあなあメル!聞いたかよ!東の石橋でこんなデカい魚がいたんだって!」
「それ本当ですの?いくらなんでも大き過ぎですわ」
「本当だって、なあ?」
「うん、ほらアルジェさん所のお店に何時もいるおじいさんが川の主だって」
「でもあのおじいさん、法螺吹きで有名だよ?きっと見間違いよ!」
「何だとロッタ!」
「本当じゃない!」
ええ、とても良いですわ。
楽しいクラスメイトと他愛も無い事で、笑い合える時間はとても良いですわ。
ただ……。
「ていうか男子!アルベール君が困ってるじゃない!」
「いや重そうだから持ってやろうと…」
「そうそう、こんな重そうな木箱アルベール一人には…」
「だからって蟻みたいに群がらないでよ!私が重い物持ってても誰も手伝ってくれないのに、何でアルベール君には……」
「だってさあ……」
「ボクは自分で運べるから手伝わなくても大丈夫だよ」
姉様、殿方にとても好意を寄せられていますわ。
まあ男装していてもベティーさん譲りの艶やかで甘い色香を持っていますし、髪を黒く染めた事で氷の妖精から夢魔のような妖しさを醸し出す様になっていますので、殿方が好意を抱くのは仕方がありませんの。
ですが今の姉様は男装してアルベールという少年ですの!
「何で男子はアルベール君ばかり!」
「仕方ないよ…アルベール君て私達より綺麗だし、肌とか特にあのハーフパンツから伸びる白い足!」
「うん、羨ましいよね…それに私この前後ろから遊びで抱きしめてみたけど…」
「どうだった?」
「すごく良い匂いがした!香水とかそういうのじゃなくて、表現し辛いんだけど良い匂いしたの!」
「それに性格も良くて、私達より小さいのに何と言うか、年上の風格があって…」
「「「はぁ…」」」
姉様は廻者ですから精神的には私達より老成…いえそれよりも抱き締めたとはどういう事ですの!?
破廉恥な事は淑女として看過できませんわよ!
「ねえヴィクトワールさん」
「メルで良いですわよ」
「えっそんな…ええとあのねメル」
「はい、何かしら?」
レティシアさんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
可愛いですわね、さすがはこのクラスで男女問わず愛されているレティシアさんですの。
領営の孤児院に暮らしていて、ヴィクトワール家が支援をするまで貧しいながらも院長先生と共に下の子供達のお姉さんとして孤児院を支えて来た方で、何時もどんなことでも一生懸命な姿は思わず応援したくなる。
そんなとても可愛らしい女の子ですわ。
だからクラスメイトの方々はレティシアさんを侮辱したヴァレリーに反旗を翻し、反ヴァレリーに加わってくれました。
「アルベール君って、やっぱりメルと付き合ってるの?」
「私とアルベールが?いえそんな事はありませんわよ、アルベールは私より先に生まれているので兄という感じですの、ですから異性として好意は抱いてはいませんわ」
「そうなんだ!」
あら嬉しそうですわ……いえこれもこれで由々しき事態ですわ!
姉様ですもの!
どうしましょう!?このままではレティシアさんは…ですが姉様の素性を話す訳には…これは本当に由々しき事態ですわ!
♦♦♦♦
メルは何をやってるんだろう?
レティシアさんと話をした後、急に何かを思い詰めた様な表情になって周りの子達を心配させて、でもまあメルに友達が出来て本当に良かった。
きっかけは少しあれだったけど、それでもやっぱり妹に友達が出来たのはとても嬉しい。
一緒に遊ぶ同世代の子供と言うとボクだけだったし、後はアストルフォかお母さんやリーリエさん、ララさんは…放って置くと銃の扱い方を教えようとするから二人だけにするのは危険だった。
だから本当に良かったと、ボクは胸を撫でおろしている。
同年代の友達が出来ると色々と視野が広がる、メルにはもっと広く色んなものを見て知って欲しい、世界は綺麗で幸せな事に溢れているってもっと知って欲しいから…と早く理科室に行かないと!
先生から次の授業で実験をするからその準備を手伝って欲しいと頼まれているのだ。
普通ならそんな危ない事を生徒に手伝わせるのはどうなのだろう、となるけどボクは色々と危険物の取扱に関して勉強をしているから、特に問題無く逆に不慣れな先生方に頼んだ方が危ない。
確か今日は火薬について。
その歴史と種類だけど、それって教えていいのだろうか?
まあ製造方法とか教える訳じゃないし、そもそも歴史の授業だから問題はないか…のか?
授業の内容は人間族が使う火薬とソルフィア王国の火薬がどう違うのか、それがどうして大争乱に繋がったのかを歴史の先生が教えてくれるからボクは少し楽しみだ。
100年近く前に終わった大争乱、人間だった頃の感覚が抜けていないボクは遠い昔の事のように思えるけど、亜人にはほんの少し前と言う感覚だ、だから経験した大人達は揃って口を噤んで教えてくれない。
子供には教えたくない、知って欲しくないと言って…だけど戦争の悲惨さは教え伝えないといけないと思う、それは生前のボクが生まれ育った国がそう思わせるからなのかもしれない。
だけど今は……。
「おーいアルベール、重くないか?」
「大丈夫だよ、ボクはこう見えてもすごく力持ちなんだ」
「へえ…でも重かったら言えよ?」
「ありがとう」
何で…その台詞を女の子達に言わないんだろう?
いやまあ、ボクは女の子ではあるけど今はアルベール・トマと言う名前の少年で女の子ではない、変装が不完全なのかと思ったけど普通に女の子からは男の子として扱われているから、うんやっぱり納得が出来ない。
可愛い女の事かいっぱいるのだ、メルやメルとか、あとレティシアさんも可愛い。
そういった女の子に声を掛ければいいのに……。
ボクはそう思いながら頼まれていた教材を理科室に運び入れる。
するとよく見慣れた人がボクを出迎える。
「ありがとうアルベール君、重かっただろう?」
「いえそんなに重くないですよ、ロド先生」
そうロドさんが歴史の先生として赴任して来ていたのだ。
2年前、国王陛下がセイラム事変が起こってもなお旧体制からの脱却を図ろうとしない内閣を叱責、陛下にお尻を蹴られる形では内閣は国務院が提案する新しい制作を始めたのだけど、その一環が三警制を廃止し新しく中央捜査局と警察という組織の創設だった。
そして似た様な権限と体制の組織が二つもあれば対立して弊害を生むという考えから、中央捜査局の創設に伴い異端審問会は解散、ロドさんは教員免許を持っていたから知人の誘いで先生になっていたという訳なのだ。
「そう言えばこの箱の中身って何ですか?何と言うか持った時の感覚が…細いけど重い感じで」
「ああ、中身はこれだよ」
そう言ってロドさんは箱から何かを取り出したけど…ええと種子島?え!?火縄銃!?
もしかして理科室でする実験って……。
「ああ、大丈夫大丈夫、実際に撃ったりしないよ。ただ火薬の燃焼に関して説明するからね、人間族が使う黒色火薬は煙の量が凄いんだ」
「じゃあその銃は…」
「ああ見本だ、火縄式に燧発式…おおうそうだ、珍しい物だと鋼輪式に、鉄板の雷管式もあるぞ」
「まさに銃の歴史の見本市ですね」
ロドさんはそう言いながら銃を取り出して行く。
元軍人だけあって銃に関して本当に詳しい、ボクはララさんに教えてもらって覚えて行っている最中だけど、今ロドさんが持っているのは雷管式の歩兵銃で西部国境が破られるまで陸軍で使われていた物だ。
他に雷管式の拳銃もある。
「撃てないように処理がされている無可動銃だが、危ないのは変わりない。それで信頼できる君にお願いしたんだ」
「成程、そうだったんですね…でも他の先生方がよく許してくれましたね、大争乱に関わる事は話したがらない人が多いのに」
「私は話すべきだと思っている、まあすべてと言う訳ではないがそれでも何故起きたのか、それを伝えねば同じ事が繰り返されると思っている、だから話す…ああ、そう言えばそうだったアルベール君、随分と暴れたね」
「暴れた…ヴァレリー一派との事ですか?」
ヴァレリー・ヴォロディーヌはメルに舌戦で負け、自慢の手下達はボクに負け、クラスどころか学校全体で影響力を失った。ただそれはボクとメルに負けたからと言うよりも、父親のピエール・ヴォロディーヌが失脚寸前だからだ。
領政の混乱に乗じて、高利貸しとして色んな家にお金を貸し付け、法外な利子を要求し土地や財産を奪って急成長したまでは良かった、ただ資金源の一つだったワイナリーの経営はルッツフェーロ商会が小売・卸売業から撤退した事で買い手を失いワイナリーは倒産。
領議会では国営鉄道敷設に反対する水運組合の支持を得ていたけど、喧伝していた事が実は殆どが確証の無い憶測だと言う事が露見して、今では水運組合は鉄道敷設に対して賛成に周りピエール・ヴォロディーヌは政治家としての支持基盤を失った。
そんな所に娘の不始末、普段なら揉み消していたけどそんな無茶が出来る状態ではない、だから事態を大事にしない為にヴァレリーは自主謹慎を父親に命じられ学校には来ていない。
当然の末路と言えば末路だけど、反省するだろうか?
ボクの感では反省するどころか逆恨みをして、更に質が悪くなる気がする。
だって彼女は自分が悪い事をしたなんて、微塵も思っていないのだから……。




