18話 新しい日々の幕開けⅧ【愛に包まれて】
「さあ行こうメル、大丈夫!とっても似合ってるから、ほら!胸を張って」
「ねっ姉様、その…心の準備がまだ…」
私の手を握りながら、私の羞恥心などお構いなしに姉様は別宅のダンスホールへ向けて、でも履きなれない靴を履く私が転ばないように姉様はどんどん進んで行き、あっと言う間にダンスホールの扉の前に到達する。
姉様は、似合っていると言ってくださるけどとにかく恥ずかしいですわ!
私の髪と同じ向日葵の色のドレス、そこまでは良かったのにそこに何故!王都で一部の子女の間で流行っているというフリルやレースを多用した帝国調を加えたんですの!
今は滅びて存在しない北域諸王国を統一していたシェーヴィル・ツァール帝国で貴族の子女が着る幼児服、それを基に考案されたと紹介されている記事を読んではいましたが別に私自身が着たかったわけではありませんわ!
姉様のように氷の妖精のような方だから似合うドレスで、私には…でも姉様は似合っていると言ってくださっていますし、何より姉様はお世辞でそのような事を言われる方でもありませんし……。
ううぅ…それでも恥ずかしいですわ……。
「メルが到着しました!」
「姉様!?」
隣に立っていた姉様が突然、大声で中にいる人達に向かって私が扉の前にいる事を…こっ心の準備をしている最中だったのに!姉様の鬼!他にも色々と言いたいですがこうなっては覚悟を決めなくては!
私は大きく深呼吸をして扉を開け、ダンスホールの中に入る。
「「「誕生日おめでとう!!」」」
ダンスホールの中に入ると同時に、お父様とお母様と使用人の方々にそして醸造家の方々まで一斉に…うぅ…ちょっと潤んできましたわ…いいえ!今日は誕生日なのですから主役が涙を流す訳にはまいりませんわ!
「ありがとうございます、私は無事に8歳となりましたわ」
凛として堂々としなければいけませんわ!
だけど…嬉しくて、涙が出て来そうですわ……。
「さあお嬢、座った座った!」
「はい」
リーリエさんに促されて席に座るとそこには、色とりどりの果物と繊細なクリームの細工で彩れたとても大きく立派なケーキが置かれいて、一目でそれが姉様が作ってくださると言っていたシフォンケーキだと分かりましたわ。
一番最初に食べたいと、思わず言いそうになりましたがここは淑女として我慢ですわ!それに並べられた素晴らしい料理の数々、東部の伝統料理はきっとシャンタルさん達が、見た事の無い変わった料理はアグネスさんやリーリエさんが。
ああ!たまりませんわ!ですが飛び付かず、淑女としてテーブルマナーを守りながらまずは一品目……このテリーヌはとても素朴で温かい味ですわ。
こっちの包んで焼いている料理は肉汁が溢れ出して来て…あっ!このプティパンの上に乗っている長方形に固めてあるお肉、少しレバーの風味はありますがとても美味しいですわ!
他にもまだまだ色んな料理が!
はっ!?わっ私とした事がつい夢中になって…淑女にあるまじき失態ですわ……。
衝動の赴くまま、次から次へと料理を頬張るなど…ですが!ちゃんと姉様が作ってくださったケーキを食べる余裕は残してありますわ。
さすがにこんなに大きなケーキを私一人で食べるのは無理があるので、均等に切り分けられお皿に載せられた分を、真っ白なクリームで様々な形で装飾されクインスシロップで漬けられた煌めく果物で彩られた、名作と名高い魔女のお菓子探訪に出て来そうなケーキをいただきますわ!
「ふわっとしてますわ……」
フォークを当てた時にその見た目に反して、とても軽い感触で驚きそして口に入れた瞬間に私は思わず、感嘆の声を漏らしてしまいました。
絹織物のように軽くふんわりとした優しい食感、そしてその味わいもまた優しく素朴で、甘味の強いクリームと果物のクインスシロップ漬けを優しく包み込む。
こんなに美味しいケーキを食べたのは、生まれて初めてですわ!
ああ…そして忘れていましたわ。
誕生日はこんなにも嬉しくて楽しくて、胸がときめいて何時までもこんな幸せな時間が続いて欲しいと、思わず願ってしまうそんな時間……。
私は今、とても幸せですわ。
「メル」
シフォンケーキに舌鼓を打っていると紙袋を持った姉様、もしやあれは!
「誕生日プレゼント、喜んでもらえたら嬉しいな」
「姉様…とっても嬉しいですわ!」
ああ姉様からの誕生日プレゼント!何が入っているのでしょう?早速を紙袋を開けて……。
「よしマリア!あっち手直しすっか」
「え?そんな!とても可愛く……」
「ごめんねぇお嬢様、ちょぉっと作りが甘かったからぁ少しだけ手直しをするわね」
「……っは!?ええ、ええ、お願いしますわ……」
驚きのあまり呆然としてしまいましたわ。
その間にリーリエさんは姉様が作ったぬいぐるみを手早く紙袋に戻すと、それを持って姉様と一緒にダンスホールを後にする…姉様の可愛いはどこかズレていますわ……先程の何か不定形なあれが可愛い…やはり姉様には私には推し量れない闇を抱えているに違いありませんわ。
「それじゃあぁ気を取りなして、私からはこれ」
「これは…姉様が使われる魔道具?」
「それに似せて作った髪飾り、やっぱりぃ姉妹ならお揃いよねぇ」
「ありがとうございますわ!」
シェリーさんがにくださったのは姉様とお揃いの髪飾り、他にもぬいぐるみや筆記用具、数多くの素敵な誕生日プレゼントを頂きましたわ。
ああ本当に私は幸せですわ。
そしてやっと分かりましたわ。
私はこんなにも多くの愛に抱かれていた。
♦♦♦♦
メルは眠っていても嬉しそうに笑っている。
これでやっとメルは本当の意味で、新しい日々を迎えることが出来る。
ボクも同じ様にこの世界に生まれて来た事を、お母さんの娘としてこの世界に生を受けた事を心の底から喜び、そしてボクは愛に包まれている事を理解する事が出来た。
それでもボクは今でも自分の事を好きにはなれない。
だけど似た境遇を持つメルが前へと進むのなら、ボクだって前へと進む。
今まで目を逸らしていた自分に課せられた宿命を受け入れ、覆し難い現実を覆す為にボクは戦う。
ラインハルトさんの行った事はきっと正しい、ボクは彼等と外神委員会と戦う宿命にある。
何故ならボクはバウマンの娘だからだ。
バウマンはセーシャルの物言いから、間違いなく外神委員会と深い関わり合いを持っている。
そしてソルフィア王国を不安定にするオルメタはバウマンが作った組織で、その組織と癒着が疑われている街道警邏はボクを虎視眈々と付け狙っている。
最初は街道警邏に関して典型的な腐敗した組織だから、オルメタに利用されているだけで、外神委員会と関わり合いはないように思っていたけど今では深い繋がりがあると確信している。
その理由は王都での一件の時、街道警邏が使っていた車のエンジン音は、蒸気エンジンではなく聞きなれたガソリンエンジンの音に似ていた。そしてあの光は電球の光だったし機関銃……あれはM2重機関銃だった。
それらは全てボクがいた世界に由来していて、セーシャルはボクがいた世界から廻って来た廻者だ。
視界にチラついていたと思っていた影は、実際は露骨なまでにボクの近くにいて関わって来ていた。
それとルッツフェーロ商会も怪しい。
立冬祭で遭遇したサルコジと言う人が発する雰囲気や臭いはラシードやカリムが発していたそれと、嫌な程に似ていたとボクは記憶している。
そしてそんな人物が働いているルッツフェーロ商会も、黒い噂の絶えない商会だ。
従業員を安い賃金で酷使して文句を言えば力尽くで黙らせ、商会の所為で傷病者が出ても責任を取らず、何か売れている商品があればすぐに真似をしてシェアを奪う、まるでブラック企業のような商会なのだ。
付け加えるならバウマンの影響力のあった西南部一帯と南部一帯で幅を利かせていた。
つまり真っ黒過ぎる…何で今まで放置されていたのか分からない位、真っ黒過ぎる。
ふと彼等の事を考えていると、思い出さないように心掛けていたあの怖気のする感覚を思い出してしまう。
セーシャルを見た時に感じて、必死に吐き気を押さえて努めて平静でいるようにしたあの時の怖気。
知的で理的な喋り方をしているのに、ボクにはあの男が真逆に思えた。
混沌としていて一貫性の無い…いや違う、あれは知的で理的なんだ。
ただしボク達の価値基準の外での話で……。
「ねえ…さま……」
メルはボクの腕を枕に、気持ちよさそうに眠りながらボクを呼ぶ。
とても愛おしい大切なボクの妹、だから守りたい。
そう思う度に心の奥底で、誰かが叫ぶ。
『備えろ!備えろ!もうすぐ時が来る、大切な人達を守る為に!』と……。
王都で神隠しにあった時からずっと、心の奥底で誰かがそう叫んでいるような感覚に襲われる事があった、それはメルと出会ってからますます大きくなって行き、今では酷く心が騒めかせ何かしなければならないという衝動にボクを駆り立てようとする。
何かをしなければ!
何かに備えなければ!
理由の分からない衝動がずっと疑問だった。
だけど分かった。
ボクはメルを守る為に、備えなければならないんだ。
ボクは大切な人達を守る為に、備えなければならないんだ。
その為に何をすべきなのか?
それは決まっている。
ここで足踏みをしている場合じゃない。
ボクはメイド道を習い一級を取得したけどそこで止まっている、理由は針仕事がそこまで得意じゃないのとまだ8歳だから、だけどそれでも前へと進める筈だし何よりメイド道だけじゃ足りない。
この先メルの側仕えとして行動を共にするのだから当然、ボクは男性使用人としての能力も求められる、それこそロバートさんのように…足りないんだ、今のままだと足りないんだ。
ボクは今よりもずっと前に進まないといけない。
学ぶんだ、鍛えるんだ、怠る事なく備えるんだ。
ボクは静かに寝息をたてるメルを見て決意を固めて瞼を下ろす。




