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Re:Maria Rose  作者: 以星 大悟(旧・咖喱家 )
第4章Ⅱ ヴィクトワール家の幸福な日常
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15話 新しい日々の幕開けⅤ【審判の日が来ました】

 醸造所の中は緊張に包まれている、それはジュラ公爵とボベスコ副議長さんが、審査の為に醸造所に来ているからだ。

 そうついに審判の日が訪れた。


 醸造酒は無事に完成し、試飲をした皆はその味を「不思議で飲んだ事の無い味」だと言い、ワインでもなくシードルでもない、ミードですらない不思議な味に最初は自信を持っていたけど、時間が経つにつれて不安が大きくなりジュラ公爵が審査に来た事で不安や緊張は最高潮に達している。


 ボクは試飲をしていないから味に関しては全く分からない、だけどグラスに注がれたクインスの醸造酒は思わず息を飲んでしまう美しさだった。

 べっこう飴のように透き通る黄金色、いや金色の液体は醸造所の天井に吊るされた魔石灯の灯に照らされ、仄かに煌めきながら輝く様子は幻想的で、ワインを樽から取り出す時に使うガラスの棒のようなスポイトからグラスに注がれる光景に何度も見たのに見惚れてしまう。


「ほう…これは……」


 ジュラ公爵は注がれていくクインスの醸造酒の美しさに、感嘆の声が漏れ隣に立つボベスコ副議長は目を見開き驚いている。

 良い反応だ、だけど問題は味だ。

 皆が自信を持つ味は同時に不安の種でもある。


 独特な味は好き嫌いがはっきりと分かれる事が多い。

 生前のボクの故郷で名物だったはっさく大福も好き嫌いがはっきりと分かれていた。

 はっさくの独特な苦味のある酸っぱさと白あんの甘さ、その組み合わせが美味しいと絶賛する人もいれば苦手な人もいた、観光客には受けていたみたいだけどボクは苦手だった。

 つまり旦那様達にとって美味しいと思う個性的な味が、ジュラ公爵やボベスコ副議長さんがどう判断するのか、それが一番の不安要素なのだ。


「さて、まずはプレゼンをしてもらおう」

「はい」


 ジュラ公爵はそう言い、旦那様は一歩前に出てクインスの醸造酒の説明を始める。


「今お手元にある物がクインスを用いた醸造酒です、見た目は美しい黄金色で香りは甘く芳醇で味は…シードルやミードとは明らかに違い、ワインに似ていますがやはり違う独特な物です」

「ふむ、確かにこの香りは芳醇だが…ふむ蜂蜜とは違うな」

「全体的に香りは重くはありませんね、問題は味です」


 ジュラ公爵とボベスコ副議長はそう感想を言い合いながら、一口口に含みソムリエがワインを吟味する様に目を瞑り味わう。

 時間にして数秒の沈黙だけど、永遠に感じてしまい不安がどんどん大きくなる。

 駄目なのか?そんな言葉が脳裏を過り始めた頃、ジュラ公爵はふぅーという溜息を吐きそれを聞いたシャーリーさんはフラッと倒れそうになり、顔が真っ青になる人もいたけど旦那様だけは真っ直ぐジュラ公爵を見据えていた。


「驚いた…」


 だからジュラ公爵の呟きに誰もが「え?」という表情になる。

 驚いた?どういう意味だろう?

 声色は恍惚している感じだから…これって!


「素晴らしい!芳醇な甘い香り、味わいは深くしかし重過ぎず軽やかでありながらなおも深い!そしてこの味はシードルやミードとはまるで違う、ワインに雰囲気こそ似ているがまるで別物だ!この味は…そう!東部の隠れ里で飲んだ清酒に似ている」


 言い終わるとジュラ公爵は堰を切ったように笑い出す。

 隣に立つボベスコ副議長はマルクさんにお代わりを所望している、つまり!審査は!


「見事なりエルネスト・ヴィクトワール!審査は合格である」


 ジュラ公爵が高らかに宣言すると醸造所の中は喜びの声で溢れ返った。


♦♦♦♦



 ところ変わってヴィクトワール邸。

 今ここではクインスの醸造酒、クインスワインの今後についてと旦那様の就職先についての話し合いが進められているのだけど、マルクさんは旦那様とジュラ公爵にクインスワインの出荷に関してもう少し、時間が欲しいと願い出ている。

「無理を言ってるのは重々承知だが、この味なら発泡性を持たせても問題無い筈だ、ほんの一部だけでもいいからやらせて欲しい」

 マルクさんが願い出た事、それは一部のクインスワインを二次発酵をさせてスパークリングワインにしたいという事だった。ジュールさんが言うには出来たワインを瓶詰めする時に酵母と糖類を加える事で瓶の中で二次発酵が起こり出来るらしい。

 それでも出荷を遅らせる理由にはならないのだけど、その話を聞くなりジュラ公爵は出荷を遅らせる事を快諾したのだ。


「ブランド価値を確固たるものにするには造酒司への申請が必要だが、審査の最中に模造品がいくらでも提出されるからな、そういった連中は実に利口だ、こちらがしようとする事を先回りする」


 ソルフィア王国には奇妙な国家機関がある。

 造酒司みきのつかさと言われていて、国内で製造されるお酒の銘柄や産地、製法や原料と言った事を記録し管理する場所で造酒司に申請をする事で、他の人達が勝手に名前を使えないようにする事が出来る。

 模造に関しては無理だけど、例えばクインスワインが登録されればクインスを使っていないお酒を、クインスワインとして売り出されたり銘柄を勝手に使われたりする事を防げるのだ。

 クインスのスパークリングワインを作っている最中に、勝手に別の物で登録されるのを防ぐには、二種類とも準備を整えてから申請するしかない。


「となるとそれまでは徹底して秘密厳守だな。他言無用、口外法度だ、で次だが…」

「こちらが書類です、ヴィクトワール準爵には年明けより領役所の産業部、その農林課に勤めて頂きます」


 ジュラ公爵の言葉を遮り、ボベスコ副議長さんは書類を旦那様に手渡す。

 それは雇用契約書だった。

 つまり祝!旦那様の就職先決定!お祝いの料理は何を作ろう?

 と、そうじゃなかった自分の仕事を忘れる所だった。

 ボクはワゴンを押しながら部屋に入る。

 今日のお茶菓子はリーリエさん特製で甘みを抑え、その代わりにジャムやスプレッドを塗って食べるクッキーでジャムはシャンタルさんが作ったベリーのジャムと、ボクお手製のピーナッツバターだ。

 ロバートさんとアグネスさんがテーブルに並べて行き、一息を付けて話し合いはさらに…と思っていたけど、おや?何でジュラ公爵とボベスコ副議長さんは目を見開いて止まっているんだろう?まで鳩が豆鉄砲を食た様な表情だ。

 二人はお互いに顔を見合わせてから、旦那様を見る。


「一つ、聞いても良いか?」

「はい」

「このバターのような物は何だ?」

「それはマリア特製のピーナッツバターです、とても美味しいと好評で」


 旦那様の返答を聞いた二人は揃って顔を押さえて天井を仰ぎ見る。

 何と言うか、特大の驚きと呆れが同時に襲って来たような反応だ。

 だけどピーナッツバターがそんなに驚く事なのだろうか?確かにまだソルフィア王国で生み出されていないからと言って、そこまで驚く程ではない筈だけど…少し反応が大袈裟なんじゃないだろうか?


「エルネスト、シャトノワの特産品はブドウなど以外では何がある?」

「ブドウ意外ですか?そうですね…ピーナッツや―――」

「それを知りながら何故報告しなかった!シャトノワ領にはピーナッツ農家が大勢いるのだぞ!これを売り出せばどれ程の経済効果が見込めるか!」

「「「あっ!?」」」


 ボクを含めてこの場にいる全員が驚きの声を上げてしまった。


「エルネスト、お前は何で私が新しい特産品を欲してるか、その理由を理解しているな?」

「はい……」


 ジュラ公爵が新しい特産品を欲している理由。

 新しい商品で話題を集め良い印象を広めつつ、シャトノワワインに関する不祥事に対してどういった対策や改革を行ったかを広く知らしめ、シャトノワワインからオージェワインに名前だけが変わったのでないと宣伝する。

 その呼び水となる物を欲していたジュラ公爵にしてみれば、僅かに生産されているクインスを使った醸造酒より、特産品として多くの農家で生産されているピーナッツを使った、ピーナッツバターの方が価値は大きい。

 うん、ジュラ公爵の怒りももっともだ。


「いや…マリアが作った物で、これはマリアの資産のような物で…」

「はぁ…そう言えばこの子に関しても話をしなければならない事が山積みだった」


 ボクに関して…特にないと思うけど?

 何か忘れている事があったのだろうか。


「取り合えずだ、今日はエルネストの就職に関する説明だけでクインスワインの販路は、後日日を改めギルガメッシュ商会から人を派遣させる。そこでマリアの資産に関する話し合いもしてもらう」


 ボクの資産?

 ますます何の事だろう。

 貯金は特にしていない、それ以外だと何か副業をしている訳じゃないから心当たりが無い、ジュラ公爵は本当に何を言っているのだろう?


「まったく、こっちは色々と手を尽くしてセイラムと王都から君の資産を全て移したというのに…何も言っていないのか?」

「はい、マリアが学園に通う時の為に一切手を付けていないので、何よりこの子はそれを知ったら自分の為以外に使おうとするので何も……」


 お母さんは困った表情を浮かべながらジュラ公爵の質問に答える。

 という事はお母さんはその…ボクの資産?に関して知っているという事だ。

 だけどますます何の事だろう?


「はっきりと言うが一度説明するべきだ」

「はい」

「では関係者も寄こすか…確かこっちに移住していたな?」

「ええ、彼は妻の故郷で工房を開いているので」


 んん?本当に何の事だろう?


「それとピーナッツバターだが、これも新しい特産品として売り出すぞ。レシピに関する特許はアルベール・トマの名義で申請する、異論は認めん」

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