26話 ドキドキ!ズッキューン!シャーロットのラブロマンス!!
「シャー…ロット?」
議事堂にある医務室でその人は目を覚ました。
通路の途中で倒れていた男性は駆け付けたお医者様が応急処置をしてくれたおかげで今は落ち着いている、意識も少しずつはっきりとして来ているみたいでまだはっきりとはしていないみたいだけど気が付くまでずっと涙目になりながら心配そうな顔で手を握っていてくれたシャーリーさんの事が分かるまで回復したみたいだ。
それとさっきまで苦悶の表情を浮かべていて分からなかったけど、黄色の濃い金髪、端正で目鼻がはっきりとした思慮深そうな顔立ちで痩せ細って顔色が悪くなければ異性を一目で魅了してしまうそんな美形だ。
この人がエルネスト・ヴィクトワール侯爵。
今はその顔を医務室のベッドの上で静かに仰向けになりながらシャーリーさんに向けている。
「久しぶりねエル、驚いたわよ?まさか倒れたのが貴方だったなんて……」
「倒れた?そうか、僕は…ウェントリー伯爵に借金の返済をもう少し待って欲しいと頼み込んで…それで突き飛ばされて…駄目だ、そこから先の記憶がない……」
「借金?待って、ヴィクトワール家は献上品のワインを作る王領の葡萄畑を任されてる大貴族よね?それもシャトノワ領の領主一族で、借金をするような家じゃあ無い筈よ!」
王領、確か王家が所有する土地の事だ。
シャーリーさんの言うブドウ畑や避暑地といった別荘、他にも色々とソルフィア王国の全土にあってそこの管理は侯爵家といった大貴族が任されている、前にシェリーさんの授業で教えてもらった。
つまりヴィクトワール家はただの侯爵家じゃない、王家から信任を与えられた名家という事になる、そんな名家が返済が間に合わず期限を延ばして欲しいと頼み込むなんて、確かに変な話だ。
「それは三年前までの話だ、父が献上品のワインを出来の悪い物にすり替えて献上品のワインを国外に密売したんだ」
「なっ!?」
「それだけじゃない、王領の葡萄畑を担保に莫大な借金をした挙句、領の財源にまで手を出してしまった…今のヴィクトワール家は僕の中央での功績で取り潰しこそ免れたけど、家格は準爵にまで下げられてしまった」
「そんな…知らなった、そんな事になっていたなんて……」
「仕方ないさ、ここ最近はセイラム事変といった大きな事件が多発していたから…田舎貴族の不祥事を取り上げる物好きは少ないよ」
「でも…それでも…エルがこんなにボロボロになっているのに……」
とても場違いな事を考えてしまっているけど、目の前のこの女性はシャーリーさん?なんかとてもしおらしいというか、恋する乙女と言った感じで…誰この人?という表情を浮かべながらヴィクトワールさんを潤んだ瞳で見つめている。
もしかして…シャーリーさんはヴィクトワールさんが好き?
「お母さん、もしかしてシャーリーさんもが!?」
「駄目よマリア、今はそっとしてあげて…ほら少し離れるわよ」
小声でシャーリーさんと親しい間柄のお母さんに二人の関係を聞こうとしたら口を押えられて、シャーリーさんとヴィクトワールさんから適度に離れた位置に引っ張られてしまった。
あとロバートさんとメイド長さんも同じように距離を取っていた。
「きっと…罰があったんだよ、ボクは君も娘も救えなかった甲斐性の無い男だからね」
「え!?まって、え?救えなかったって、私はエルにあんな酷い事を言ったのに…もしかして……」
「ああ、全て知ってる。君が僕を守る為にあの男の下に行った事も、命懸けで戦っていた事も、君が苦労している時に僕は中央で出世する事に情熱を燃やしていた、君や娘が苦しんでいる事も知らずにね……」
「「……」」
二人はただ黙って見つめ合っていた。
静寂が離れ離れになっていた間に二人の心の距離がどれくらい広がってしまったのか、思い知らせるように流れる。気まずそうに次の言葉を二人は探しているけど長過ぎた別れが邪魔をして見つけられずにいた。
「ああ、その…シャーロット、あそこの何故か温かい目で見守るにこっちを見て来る人達は何者だい?」
「そこのオシドリ夫婦と仲良し母娘!茶々を入れるならどっかに行け!」
あ、ついに耐え切れなくなったヴィクトワールさんがこっちに気付いた、でもちょうどいいや、ボクも気になっていた事を質問しよう。
「シャーリーさん、そちらの方はもしかしてシャーリーさんの思い人ですか?」
「こらマリア、せっかく恥ずかしがり屋なシャーリーが勇気を出したんだから」
「お、お姉様!?え?私、お姉様にエルの事は言ってなかった筈で……」
隠しているつもりだったんだ、どこからどう見ても恋する乙女だったけど本人は隠しているつもりだったんだ。
もうバレバレだった、逆にあれで気付かない人がいたらすごいと思う。
「そうだよ、ええとマリアちゃん、とは言っても色々あって付き合うことは出来なくかったけど……」
「私はバウマンと、エルは別の女性と結婚したのよ…お互いにそれぞれの為にね…あと相手は私よりずっと美人な人よ……」
シャーリーさんより美人…お母さん以外だと想像出来ない、だってシャーリーさんはとても美人だ。
最初は涼やかな印象だったけど今は活力に満ち溢れた快活な、一緒に居ると楽しくなるそんな素敵な女性だ。
シャーリーさん以上、それはもうお母さん以外はありえない。
ボクがそう思っているとヴィクトワールさんは気まずそうな顔になっていた。
「ああ、実はな…カミーユとは…離婚したんだ」
「離婚したって…もしかして借金の原因って……」
「ああ、父とカミーユが遊ぶ金欲しさに、それとカミーユの実家のビュラン侯爵家は事業の負債の穴埋めをする為にヴィクトワール家名義で莫大な借金をしてね、それと今まで領の財源から着服した分も含めて…ビュラン家は国外に逃亡して、連帯保証人だったヴィクトワール家が残りの負債を全て負う事になったんだ、ただカミーユと離婚したの別の理由だ」
「別の理由?」
「カミーユは娘を、メルセデスを虐待していた…僕はカミーユを愛そうと努力した、だけどメルにした仕打ちはとても許す気にはなれなかった」
「だから離婚したのね……」
成程、つまりヴィクトワール家は領の財源に手を出して豪遊しただけでなく王家に献上するワインを普通なら市場にも出回らない品質の物にすり替えて献上して、献上品のワインを国外に密売してしまった。
その上、王領つまり王家が所有する土地を勝手に担保に入れて借金…普通ならお家の取り潰しだけじゃあ済まないと思うけど、家格を準爵に降格ですむという事はこのヴィクトワールさんはすごい人なのかもしれない。
「娘と二人でやりなそうと思っていた矢先、父がウェントリー伯爵に多額の借金をしていた事が分かってね、それで返済期限を延ばして欲しいと頼み込んでいたけど…どうやらもう間に合わないみたいだ」
ヴィクトワールさんは何か諦めて覚悟を決めた表情になる。
「今日中に全額返済出来なければジュラ公爵が情けで残してくれた土地も失う、そうなればヴィクトワール家の再起も望めない、間に合わなければジュラ公爵が娘を引き取ってくれると約束してくれているから心配は無いが……」
どこか遠い目で、たぶん娘さんの事を思って…無念だろうな。
一からやり直そうとしていた矢先に、無念だろうな…ん?ヴィクトワールさんの借金て5000万ソルドだったよね、でシャーリーさんは6000万ソルドをキャッシュで持っている、そして秘書さんがさっき『それと本日お持ちいただいた物ですが今後の為に使わずに持っておくように閣下が』と言っていた。
そもそも何でそんなに多額のお金を持って来ているかと言うと宰相さんへの賄賂の為で…ボクはシャーリーさんを見上げると顔を引きつらせていた。
「前に、少し前に鬼婆が宰相に賄賂を渡すなら5000万ソルドは必要って言っていたわ……」
これが政治家、これが油断ならない相手、どこまでが計画でどこまでが偶然か分からないけど、一つ言える事はヴィクトワールさんを助けられるという事だ。
「どうしたんだシャーロット?そんな、自分が誰かの手の平で踊らされていた事に気が付いた様な顔をして」
突然のシャーリーさんの表情の変化に戸惑うヴィクトワールさんはだいぶ体調が良くなったのか体を起こしてシャーリーさんに質問する、そんなシャーリーさんはヴィクトワールさんの質問に両肩を掴んで真っ直ぐ目を見て全く違う内容の返答をした。
「エルネスト・ヴィクトワール、私と結婚してください!」
「「「おおお!?」」」
呆然とするヴィクトワールさんを蚊帳の外に外野のボク達は思わず歓声を上げてしまった、シャーリーさんは顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいるけど悲恋に終わった筈の恋が成就する瞬間なだけに普段はあまり、こういった事に乗っからないお母さんも一緒にヴィクトワールさんがどんな返事をするのかドキドキしながら待っている。
「待てくれシャーロット、確かに嬉しいが、さっきも言ったけど僕は借金で……」
「そんなの関係ない!貴方が苦しんでいるなら私も一緒に苦しむ、貴方が借金を抱えているなら私も一緒に抱える、貴方を私が支える!愛しているから!!」
「それでも、それでも君を巻き込む訳には、何よりもう借金を返済する手立てが……」
「ロバートさん!」
「まあ、金亡者で有名なウェントリー伯爵ですから灰色の利子を要求して来るでしょう…6000万で問題ないでしょう」
「だが金の為に君と…あと僕が抱えている借金はこれ以外にも……」
「問題ないし関係ないわ!それと稼げばいいのよ!ええ、貴方の妻としてヴィクトワール家を再興させてみせるわ!式はそれから、あと貴方の娘のメルセデスちゃんと会って話をしないといけないわ!きっと貴方似の石頭かもしれないから早めの方が良いわね!」
四の五の言わせないとシャーリーさんはヴィクトワールさんが何か言えば即座に言い返して、これでもかというくらいヴィクトワールさんに迫る、そして観念したのかさっきとは違うどこか嬉しそうな諦めた顔になる。
「そう言えば、僕は昔から君に勝てなかったね…こんな僕でも良いなら結婚して欲しい、いや、もう二度と君を他の誰かなんかに渡さない!そして今度こそ君を守り幸せにしてみせる」
「エル……」
「シャーロット」
シャーリーさんのプロポーズに決意に満ち目でヴィクトワールさんは答える。
そして二人は見つめ合って目を潤ませ…ふえ?急に目の前が真っ暗に!?
「マリア、見ちゃ駄目よ」
「はっはっは、情熱的ですね。まだ若かった頃を思い出します」
「そうさね、手を繋ぐだけでも顔を真っ赤にしてたさね、あの頃は本当に青かったね」
♦♦♦♦
「結婚はやはり愛し合う二人がするものだと思わんか?」
「それで、今回の謀略ですか閣下?大概にしないと痛い目にあいますよ」
「それなら何度もあっている、あとルシオ母娘に関してだが予定通りになるように色々と手を回さねばな」
隣に立つ男性秘書の苦言に対してジンネマンはどこ吹く風と言わんばかりに流すと、今後の事に思いを巡らせる。
「それなら問題ですよ、血の繋がりは無くても強い心の繋がりで出来た家族ですから、きっと全員でシャトノワ領に移りますよ」
「そうか、まあ色々と苦労を掛けるが頼むぞ?あとジュドー議員は反旗を翻したか?」
「それも問題なく、盛大に労働党を二分しました。踊らされていると分かっていても彼自身には貫き通さないといけない意志と覚悟があります、まあそれを利用する閣下は一般的に外道ですね」
秘書としてはとても許されない様な物言いをだったがジンネマンは特に気にする素振りは見せず逆に猛禽類のような笑みを男性秘書に向ける、男性秘書もそれに対して不敵な笑みで返しそれが愉快だったのかジンネマンは楽しそうにとある、本来ならここに居る筈の無い人物の名前を言う。
「言ってくれるな、シェリー?」
「ふふ、それじゃあぁ私は戻りますねぇ…黙って抜けて来たのでぇ、あとパットの調整もぉ時間が掛かるのでぇ」
先程までシャーロット達の対応を務めていた男性秘書はまるで被り物を脱ぐように顔の皮を剥ぎ、その下からほんの少し前までリンドブルム邸でシャーロット達を見送った筈の、今もそこで帰りを待っている筈のシェリーの顔が現れる。
そうジンネマンの秘書を務めている男性秘書の正体はシェリーだった。
シェリーは王都に来てからすぐに諜報員時代からの友人であるジンネマンの下を訪れ、シャーロットの思い人であるエルネストの実情を知り当初は二人の間を取り持つ為にカサンドラと結託して準備を進めていた。
しかし思わぬ事にマリアローズがバウマンの身代わりとして指名手配を受けた事を知り急遽、進めていたシャーロットとエルネストの仲を取り持つ計画にマリアローズを救済する計画をねじ込み、全てが上手く行く様に街道警邏にも気付かれないように働きかけ今日に至る。
そして計画は天晴な程、破綻も無く順序良く進み成功した。
ジンネマンとシェリーは不敵な顔で笑い合い、そしてジンネマンは先程までの態度を改めシェリーに対して王族にするように語り掛ける。
「相変わらず恐ろしいですなシェリル殿下は、変身の魔法でしたか?顔を変身させて誰かに変装する、体格や胸の大きさまは変えられず対象は限定的ではあるが完成度の高さは群を抜いている…敵とするなら恐ろしく厄介ですな、両方に精通しなければ見抜けないのですから」
まさにその通りだった。
歴戦の、経験豊富なロバートもベルベットもジンネマンの隣に立っているのがシェリーだと気付いていなかった、二人はシェリーが今もリンドブルム邸にいてカサンドラと共に情報集めに奔走していると思っている。
シェリーはジンネマンの言葉に得意げな顔を浮かべながら机に腰掛け、そして人差し指でジンネマンの唇を押さえる。
「ええ、そうよぉ、これでアルビオンの小父様達を手玉に取ったんですからぁ、でも皮を剥ぐ時は割と痛いのよぉ?あと殿下は禁止、元ですしぃ今はマリアちゃんの頼れるお姉さんのシェリー、だからシェリルも禁止よぉ…それと胸の事は余計なお世話」
「ついな、しかし誰も思わんだろうな…バレていても胸を大きく見せているのも変装技術の一つだと、ルシオ母娘は本物だと思っているらしいですが」
ジンネマンの指摘にシェリーは少し不機嫌になりながら魔法で作った顔の皮を消すと部屋から出て行く。
一人残されたジンネマンは深く溜息を付いて呟く。
「まったく、叔父と姪っ子でここまで差が出るとはな…まあレオは諜報よりも暗殺や拷問が専門だ、仕方が無い事だが今回は厳罰が必要だな」
そう言うとジンネマンは机の引き出しに収めている一枚の写真を取り出す。
ジンネマンがまだ宰相となる前、現王が王太子だった頃に親しい友人達と取った思い出の写真だった。
写真に写っているのはどこかベアトリーチェに雰囲気の似た優しい目の褐色肌の男性とマリアローズと瓜二つのマリアローズより少し目付きが鋭い女性、そして盛大に不祥事を起こしたレオニダスが写っていた。
その写真を複雑な感情の入り混じった目でジンネマンは見る。
「ディーノ、俺はお前の孫娘を政治の道具として利用した…人でなしと笑ってくれ…いや、俺はお前が死んだ時にベアトリーチェを助けてやれなかった…見捨てたも同然だった……」
そう呟きジンネマンは写真を引き出しに納める。
強く母の面影と父の優しい目を受け継ぎ優しい母に成長したベアトリーチェ、亡き親友の妻の面影を強く宿したマリアローズ、その二人の顔がジンネマンの脳裏に過る。
そして心の中で誓った。
(ディーノ、マリアンナ、安心しろ…今度こそ、必ずお前達の娘と孫は俺が守る、絶対にだ)
 




