ケチャップ
お米と砂糖は使う分を少しだけ家に持って帰り、残りは侍女の詰所に置いて帰った。
女性が持ち上げるにはお米と砂糖は重すぎたのである。ましてグレースは誰よりも腕力がない。
ふざけて王女と力試しの腕相撲をした時、指一本の王女に両腕をを使っても負けるくらいだ。王女が強い訳ではない。王女は屈強の騎士の指一本に両腕を使っても負ける、グレースが弱すぎるのだ。街の周辺に現れるネズミやウサギのモンスターに負けるのは乳幼児かグレースか、といったところなのだ。
王女は力比べで負けた事がない。というか、誰もが手加減して負けてくれたのである。本気で相手になり、負けた事を悔しがったのはグレースが初めてなのだ。だんだんハンディが増えていき、最後は「指一本vs両腕」になってしまった。それでもグレースは相手にならないほど弱かったが。
ショックだ。「可愛い」と思っていた少女に力比べで歯が立たないのだ。王女は慰めなのか「女の子には家事で使う以外の腕力なんて必要ないですもんね?家事でグレースは誰にも負けないですもんね?」と言ってくれる。確かに家事ではスキルが発動してある程度の力は出るので不自由はないだろう。
男は一度は最強を夢みる生き物である。強さに対する憧れは消える事はなくボクシングを見た後、気分が昂り蛍光灯の電気コードを相手にボクシングをするものである。また、「好きな女の子は自分が守る」というのが男の矜持だ。「好きな女の子の指一本に全身を使っても歯が立たない」という現実にショックを受けない男を見てみたい。
ショックを受け落ち込んでいたグレースだが、帰り道に寄った八百屋でトマトと玉ねぎを選んでいた時には、料理に夢中になりショックは忘れていた。
家に帰ってきた時には今晩のメニュー、シチュー作りは完成していた。
では何で帰り際、八百屋で買い物をしたのか?
ケチャップを作ろうとしていたのである。
人は塩辛いものや味の濃いものを「美味しい」と思う。
デパ地下の試食を美味しいと思ったり、たまの外食やコンビニの弁当を「美味しい」と思ったりするものである。
そういった風潮を常々苦々しく思っている。
自分の考え方では素材を生かす事が大事で、その組合せが料理なのだ。
それを差し引いても「異世界は調味料が足りない」と思っていたので、ケチャップは「砂糖が手に入り次第作ろう」と思っていたのだ。
それに、もうすぐオムレツとオムライスを作れるフライパンが手に入る。卵とケチャップの相性は抜群である。ましてやオムライスの上にケチャップがのっていない、それは悲劇と言ってよい。
湯剥きしたトマトと玉ねぎのみじん切りをすり潰し、もう一度煮込む。その工程で砂糖や塩コショウ、ワインビネガーで味を調える。
鼻歌交じりに料理に興じるグレースの姿は、どこから見ても若奥様であった。