後日談
「私が思うに・・・別にグレースさんとウェヌスさんって戦わなくったって良かったよね?」シーフの少女が言った。実際にその通りだろう、ウェヌスが勝とうが負けようが結果は同じだった。
しかしウェヌスが魔王を守ろうと立ちふさがる事は止められなかったし、言葉でウェヌスを説得しようにもウェヌス自身が勇者パーティに不信感と恨みを持っていたので説得は困難であった。
戦闘モードに入っていたウェヌスとは戦うしかなかったが、グレース以外が相手をしていたらウェヌスの命はなかった、もしくは「窮鼠猫を咬む」という諺の通り、スキル「母は強し」を使ったウェヌスが勇者パーティのメンバーを殺したかも知れない。
つまりグレースがウェヌスを倒す展開はこれ以上ないくらい理想的な展開だったのだ。
体力が尽き身動きが出来ないウェヌスは勇者に抱きかかえられ気絶している魔王の横に寝かせられた。
「クッ殺せ!」身動きが出来ないウェヌスは勇者をにらみ返しながら言う。
「残念だが俺は無抵抗の者は殺さないんだ。周りの者を守るために立ちふさがったヤツを俺は殺してしまった。その時に誓ったんだ『今後何があっても攻撃の意思がない者を攻撃するのはやめよう』ってな」勇者は遠い目をしながら言った。
「殺した相手って・・・」ウェヌスは何かを言おうとしたが、それを遮るように勇者は言った。
「先代の魔王だ・・・俺はヤツに詫びても詫びきれない。『ヤツの子供に殺されるなら、それもまたしょうがないか』と思ったりもしたが、刺された時に見たヤツの子供の目は正気ではなかった、誰かに操られている目だった。だとしたら殺されてやるわけにはいかないだろう?ヤツは自分の息子を暗殺者にするような男ではなかった。ヤツの顔に泥を塗る訳にはいかないしな」
勇者は悪夢として何度も先代魔王を殺した場面を思い出していた。それは「攻撃意思がない者を殺した」「子供の前で親を殺した」など何重ものトラウマになり勇者の業になっていたのである。
ウェヌスは勇者を見誤っていた。勇者の事を「魔王を殺した事を誇らしく語る男」だと思っていたのである。勇者は「王国に援助を受けているとは言え、戦争に手を貸したのはどうしようもない過ちだ」と言い、戦争での恩賞を一切受け取らなかった。以後勇者は「どんな護衛でもボディーガードでも王国の依頼であればする。だが戦争にだけは絶対に手を貸さない」というスタンスを崩さなかった。
ウェヌスはグレースを呼び、スカートのポケットに入っていた布袋を渡し、そしてウェヌスは意識を手放し魔王の横で寝息を立てた。
その中に入っていた粉がイースト菌である。発酵食品作りには定評があるグレースが培養したイースト菌は「グレース菌」と呼ばれ美味しいパン作りを加速させた。
ただグレースは「グレース菌」という名前が気に入らないらしく「私が生まれたところでその名前はただのイジメだ」と怒っていたという。




