大悪魔
勇者はベルゼブブの突進攻撃を剣で受け流し壁に激突させる。
壁に穴は開かず、ベルゼブブにダメージはなかった。
「せめてどっちかだけでもダメージあれば突破口になったのによぅ!」
愚痴を言いながらも勇者は色々な事を試した。
この発想力こそが勇者を数々のピンチから生還させたのだ。
しかし今回ばかりは光明が全く見えない。
ベルゼブブは黒色の粘液質の汁を出し周囲を汚染していった。
「気のせいかコイツさっきより強くなってないか?」勇者はベルゼブブの攻撃を捌きながら思う。
最初は勇者優勢だった。ただ勇者の攻撃はベルゼブブに一切効いていないだけで、一方的に勇者が攻撃していたのだ。
だが、時間が経過すると、少しずつ勇者がベルゼブブの攻撃に苦戦しはじめる。勇者が疲れて攻撃が鈍っていたのかと思ったら勇者は息一つ切らせていない。
終いには一方的なベルゼブブの攻撃を何とか勇者が受け止めかわしている・・・という状態になった。
「気のせいなんかじゃねえ!コイツ、周りを汁で汚してるんだ!コイツ、汚ければ汚いほど能力が高くなるんだ!」
自分の攻撃が効かないのだ。当然勇者はイライラしていただろう。だが周囲の人間も同じようにイライラしていた。特に綺麗好きで掃除大好きのグレース、アストレア、エイラはベルゼブブが黒い粘液を部屋に撒き散らすたびにイライラしていた。
ついに均衡が破れ、今まで攻撃を防いでいた勇者がベルゼブブの攻撃で吹き飛ばされた。
ベルゼブブが勇者へ飛び掛かる前に一旦床に止まった。
ハエは人間の動きが十倍のスローモーションに見えると言う。人間にハエの動きを捕らえる事は難しい。
だがハエにも弱点はある。持続力のなさだ。ハエは必ず止まる。止まらないと三分でスピードが落ちる。
ベルゼブブが着地する瞬間、『家事能力全般』を持つ三人がスキルを発動させた。
三人が発動させたスキルは同じではない。
アストレアが発動させたスキルは『害虫駆除スキル』の『ハエ取り紙』だ。
このスキルは止まったハエやハエ型モンスターの動きを止めるというものだが、どうやらハエ型の悪魔にも効果があるらしい。
動けないベルゼブブの周りをグレースの清掃スキル『今年の汚れ今年の内に』が発動する。
このスキルは年の瀬だろうが切羽詰まった状況だろうが、どんな時でも掃除だけは手を抜かずする、というある意味「スキルでも何でもないじゃん」と言うようなスキルだ。
ベルゼブブは汚れているほど強くなるが、綺麗になるほど弱るようだ。ベルゼブブの『弱点:浄化』という意味に実は「周りを清掃されると弱る」という意味もあるかも知れない。
『家事能力全般』を持っている者は一般的に戦闘能力が低いと言われている。
理由は『家事能力全般』に目覚めた者は基本的に闘争本能が低く、母性本能が強いと言われているから戦闘に向かないのだ。向かないが時々冒険者に憧れを持つ者が現れる。アストレアがそうであった。
だが害虫や害獣、害虫型のモンスターと戦う時はその限りではない。
ハエやゴキブリ、ネズミなどは「家事の敵」なのだ。
エイラは履いていたスリッパを脱ぐと弱って動けないベルゼブブの頭をスパーンと叩いて潰した。
これが『害虫駆除スキル』『ハエ叩き』だ。
悪魔祓いは弱い悪魔は殺すが、強い悪魔、とりわけ「七つの大罪」レベルの悪魔には地獄へ帰ってもらうのが当たり前だった。
だが三人の『家事能力全般』の保持者は『暴食の罪ベルゼブブ』を殺してしまったのである。
こうして数万年後ベルゼブブが復活するまで『七つの大罪』は『六つの大罪』と呼ばれるようになる。
ベルゼブブを倒したのは記録上勇者という事になっているが本当の事を知っているのはその場にいた者たちだけだ。
同時刻にベルフェゴールを撃退し地獄へ帰し疫病を広めなかった僧侶であるが、伝説クラスの働きをしたにもかかわらず「勇者がベルゼブブを殺した」という噂に埋もれ記録にすら残らなかったという。
王女や勇者パーティを殺すつもりで表に出て来た呪術師達を勇者パーティが捕獲した事で芋づる式に過激派の正体が明らかになる。
だがエイラは自分に指示を出した外務次官の事を「悪人に見えなかったから」という理由で誰にも話さなかったという。後に改心した外務次官とエイラは運命の再会をし結婚する。
そしてグレースは勇者パーティと一緒に食べるつもりで持っていったサンドウィッチを「何かみんなに睨まれてる。怖い」という理由で道中一緒に食べずに学園国家に置いてくる。
サンドウィッチはハルモニア首相の口に入る事になる。
ハルモニア首相のリクエストにより、和平会談で彼が王国に訪れた時の料理はグレースが作り、その中の一つにサンドウィッチがあった。
王国と学園国家の歴史的和平であるが、ハルモニア首相が「実はグレースが作ったサンドウィッチが食べたくなって王国を訪れただけだ」と知る人物はいない。