大ピンチ
一行は廊下を歩いた。
エイラは一行を待合室に案内した。
「なぜ客人を待合室に案内するのだろう?普通は応接間に客人を通し座ってもらい、それで後から招待側のホストが現れるものではないか?なぜ後から客人が現れる形を取ったのか?何かセレモニーでもやるのだろうか?」とエイラは首をかしげた。
学園国家の首長、ハルモニア首相は他の国民と同じように王国に対し複雑な心境を持っていたし、決して友好的とは言い難かったが、王権交替の挨拶に来た次期女王に最低限の礼儀を払えないほど常識はずれではなかった。王権交替を認めるかどうかは別として「交替の挨拶」は受けようと思っていたのだ。もちろん「王国の王権交替を学園国家は認めない」と言ってしまえば王国は「内政干渉だ」と騒ぎ始めるだろうし、王権交替を認めず現王との停戦条約を次期の女王に受け継がせない、という事は事実上の交戦状態になる、という事で首相側も王女側も会談の不成立を望んでいない・・・一部の過激派組織を除き。
ハルモニアは王女一行を図書館の応接間に案内するように指示したのだ。
だがエイラは応接間の手前にある待合室に王女一行を案内するよう指示された。エイラに指示をした外務次官は実は過激派に属している男だった。彼は学園国家に接収された元王国の農耕地帯の出身で、父親を王国の徴兵で失い、母親と弟たち二人は餓死した。里親の元で必死で学び学園国家の官僚になった今でも、思想は「反王国」の過激思想である。彼の里親が「過去のわだかまりを捨てて、幸せになって欲しい」と願っている事も、子供がない里親の老夫婦が彼の事を実の子供以上に可愛がっている事も、恨みに曇った彼の瞳には映っていない。
部屋に入った一行が目にしたのは魔導書を手にした呪術師と補佐の呪術師の三人と結界を張っている魔術師と部屋一面に広がった魔法陣であった。
呪術師は表に出てくる事はない。影から呪いをかける事を生業とし、必殺の自信がない場合は表に出るどころか顔すらも見せない。つまり「どうせお前は今から死ぬんだし好きなだけ死ぬ前に俺の顔を見れば良いじゃない」という場合を除き、表に出て来ない呪術師が三人も目の前にいるのだ。
異変を感じた勇者パーティの対応は早かった。見る人が見れば「これがこの世界最高峰のパーティか!」と感嘆しただろう。
勇者は部屋の壁を破壊し王女を逃がそうとし、シーフの少女が盗賊スキル『とんずら』で王女を連れて逃げようとし、魔法使いの少女は王女に素早さが上がる魔法をかけ、武道家の少女は王女が連れている侍女や秘書官を庇うように立ちはだかり、アステリアは非戦闘員達を抱きかかえ部屋の隅に避難した。だが『とんずら』は発動しなかった。勇者は壁を破壊出来なかったので逃走が出来なかったのである。
壁には何重にも非破壊の結界が施されていた。これだけ丁寧に結界が施されていると、解除するには時間がかかるし、戦闘の中では解除出来ない。いや、術者を殺せば簡単に結界は解除出来る。だが勇者は迷っていた「会談にきたのに学園国家の魔法使いを殺して良いのか」と。
一瞬勇者が迷っている隙に呪術師は魔法陣から悪魔を呼び出した。
過去に倒した悪魔の数などは覚えていない。「モンスターだから」「悪魔だから」「堕天使だから」と分ける必要はない。問題は「敵か味方か」「強いか弱いか」だけであった。
だが魔法陣から現れた巨大なハエの悪魔を見て「コイツは今まで倒してきた悪魔達とは訳が違う」と勇者の直感が訴える。
ここまで慎重に攻撃するのはいつ以来だろう?宝剣グラムに魔法剣で炎をまとわせると勇者はベルゼブブに切りかかった。だがその攻撃をベルゼブブは弾き返した。鉄すらなます切りにする勇者の攻撃をベルゼブブは無傷で受け止めたのである。
勇者はベルゼブブのステータスを見る。
『直接攻撃絶対耐性』『魔法攻撃絶対耐性』『弱点:法力・浄化』
この時はじめて勇者は「僧侶を別行動させたのは作戦だったのか」と気付く。
だが全ては後の祭りだ。有効な攻撃手段はなく、敵は強大だ。
「大ピンチってヤツか」勇者は冷や汗をかきながら剣を構えた。