休暇
「グレース、明日あなたは休みです。ゆっくり休んで仕事に備えなさい。」帰り際、イシスから告げられた。
いきなりと言えばいきなりだが、まだ決まったばかりなのだろう。
グレースは最初から仕事が出来たが、普通は頭数に入っていない新人はいつ休んでもかまわない、というか新人がいない方が教育の手間がない分楽だったりする。
いつ休んでも良い立場とはいえ、まだ二日しか働いていないのだ。休みをもらうには早すぎる、とグレースは思った。家事スキルが発動しているからグレースは疲れていないが、二日で城全体の掃除と洗濯をし、賄いと王族の昼食をすべて一人で作ったのだ。普通であれば過労と気疲れで倒れてもおかしくなく、休暇の取得は誰も文句を言わない正当なものだったのだ。この場で「私はまだ働けます」と異論を言うのはグレースだけだった。
不満げに「休みたくない。まだ働ける」と言うグレースを先輩侍女たちがもみくちゃにしながら頭を撫でたり抱きしめたりした。
「アンタ本当に真面目ねえ!休んで良いって言われてるんだから言葉に甘えなさい。休むのも仕事の内よ!」こうしてグレースは侍女の中で人気者になった。
家に帰り陶器の容器に入れて作っていた天然酵母を見る。密封が甘くて完成しないかもしれない、元の世界なら密封できるガラス容器くらい100円ショップだって売ってる。ここでは手に入らないのかな?
天然酵母は菌の機嫌次第だ。4日で出来上がる事もあるし、10日かかる場合もあるし、出来ない事もけっこうある。でも、朝作った天然酵母が帰って来たら夕方出来上がってるってどういうこと!?これも家事スキルの恩恵なの!?あとでわかった事だが『家事スキル全般』の中の『雑菌殺菌』と『酵母活性』が発動していたようだ。
グレースは自分が知らない所で発酵食品作りの名人になっていたのだ。
後にグレースの作るチーズとヨーグルトと味噌は品質が安定している上に安全で美味しいと王宮で評判を呼ぶが、納豆は賛否両論であった。
「次の日休みだから」と言いながら、厨房で作業をする。このワクワク感、元の世界にいた時も一人暮らしをしていて厨房によく立ったが、グレースの主人格も料理が好きなようだ。
「本当に幸せそうに料理を作るわね、だけどアナタ誰かに食べてもらう時もっと幸せそうな顔するのよ?アナタの将来のために侍女になるのが良いと思ったの。料理人になる夢が捨てきれないならいつでも言いなさいね」イシスは料理を机の上に並べながら言った。どうやらグレースは「将来料理人になりたい」とイシスに言っていたらしい。でも料理人は男の世界で女が飛び込んでも一生下働きすらやらせてもらえない世界であったため、イシスは賛成しかねていたのだ。イシスは「グレースに料理人になってもらいたくない」という訳ではなく「頑張っているのに報われない悲しい思いをして欲しくない」という母心から、グレースを侍女にしたのだ。
晩御飯の準備が終わり晩御飯を終え洗い物や食器片付けの後、グレースは次の日の料理の下ごしらえと下準備を始めた。準備を終えたグレースは少しだけ寝ると、夜中に起きだし朝食の準備を始めると同時に、その日の夕飯のシチューを煮込み始めた。
どちらの人格も「料理だったら一生やってられる」というくらいの料理好きなのだ。
「遊びに行く日だけ早く起きれる」という人がいるように、料理のための早起きは苦にならないのだ。
昨日の夜作ったヨーグルトがもう出来上がっている。少し微妙な気分になる。これはスキルの功績であり、自分の料理の結果ではないのだ。でもこれから発酵食品を作ろうとすればこうなってしまうし、おかげで今からパン作りが出来るんだ、と気分を入れ替えた。
朝食作りとパン作りを始める。
今朝のメニューはコーンポタージュとパンとヨーグルトとサラダ
ハムエッグかベーコンエッグを作りたいけどこの世界にハムとかベーコンってあるのかな?ないなら作らないといけないな、となどと思っているとイシスが起きてきて朝食の時間になった。
パンを一口食べたイシスは目を見開き驚いた。
この世界固く黒い「黒パン」はあっても、白くてフワフワのパンは存在しないのだ。
この世界の牛乳はそのままで乳脂肪を取り出していないのだ。
遠心分離出来ればそれが一番良いが、出来ないから加熱殺菌し冷えたら分離した生クリームと牛乳を分ける。
副産物として出来た生クリームからバターを作り、バターをたっぷりパン生地に入れたのだ。
結果としてスキルが発動していなくても、そのパンは異世界一の美味しいパンになった。
その上スキルが発動して、この世のものと思えない美味しいパンが出来上がったのだ。
「そう言えばアナタ『パンが焼きあがったら食べていただく』って王女様と約束してなかったかしら?今日パンを持ってお昼に王宮にいらっしゃい。くれぐれも私服で正面の扉から来るのよ?侍女の服を着て、裏門から来ないようにね、門番の方には私から言っておきますからね。」
イシスは念を押すようにそう言った。どういう事だろう?なんでそんな面倒くさい事をするのだろう?
とにかく昼に王宮に行く事が決定した。