親子①
王城の食堂には国王とその近侍二人、ヘラとそのそばに侍るグレースとイシスの6人がいた。この食堂は王族の会食のみならず、他国からの賓客があった場合のパーティなどにも利用される。
長細い食卓のテーブルに腰かけているのは国王とヘラで、もう一つ席が準備されていた。
国王の席のそばにはドアがあり、万一の際にはそのドアから国王がいち早く逃げ出そう、という訳だ。日本の常識で言うと「出入口の近くは末席で平社員が座るところだ。一番偉い人は上座といって一番奥に座る」のが普通だが、異世界では逆が当たり前らしい。その常識は戦乱や内戦や暗殺が日常的にあった事のなごりであった。
「今日は私がグレースに教わりながら焼いたパンをお父様に食べていただきたくて、この場をセッティングしました。でも王位継承争いの最中に私とお父様が二人で会うのはフェアではない、と思いまして私と王位継承争いをしているネメシスお姉さまもこの場に招待したんですのよ」ヘラは国王に言った。
ギョッとした国王は立ち上がり中腰になり、今にも逃げだそうという体制だ。
国王が逃げ出そうとしたドアから老婆に手を引かれたネメシスが入ってきた。ドレスアップしたネメシスを呆然と見つめる国王はつぶやいた。
「綺麗だ。ニュクスの昔のドレス姿を見るようだ。もっとも、背中にこんな可愛らしいリボンはついてなかったけどな」
やっぱりか。肖像画って後ろ姿がわからないんだよな。実物と比べて貧相になったらいけないと思ってゴテゴテリボンをつけたがやりすぎだったみたいだ。そして「ニュクス」というのはどうやらネメシスの母親の名前のようだ。
「しかし、ネメシス成長したな。出会った頃のニュクスに生き写しだ。」国王はネメシスの手を両手で握りしめながら言った。
やはり国王はどことなく中島さんの父親に似ている、国王がランニングシャツを着た貧相な男という訳ではない。人種も異なる。「どこがどうとは言えないが根の部分が同じだと感じる」のだ。
「お父様からお母さまの事を聞くのは初めてです。もう少し聞かさせていただいてよろしいでしょうか?」ネメシスは国王の手を握り返しそう言った。
それに首肯した国王は思い出話を始めた。
「似てると言ってもアレは本当に気の弱い女だったがな、ニュクスが意地を張ったのは後にも先にも二度だけだ。『何が何でもこの人と結婚する』と言い張って王宮に押しかけてきた時と、『お腹の子供は何があっても産む』と言い張った時だけだ」
「お腹の子供って・・・」口を挟んだネメシスであったが、いい終わる前に察した国王は答えたのだった。
「ネメシス、お前だよ。ニュクスは周囲の大反対を押し切ってお前を産んだんだ」
『家事能力全般』には攻撃スキルはほとんど存在しないが、命を奪うスキルがないわけではない。悪名高き中絶スキル『家族計画』もその一つだ。
「何でお父様は私に『ネメシス』という名前をつけたのですか?やはりこの名前にはお母さまの無念が込められているのですか?」ネメシスは聞きたかった事を国王にぶつける事にしたが、国王の反応は「何でそんな事を言うのかわけがわからない」というものだった。
「?無念などは込めてはおらん。ニュクスの子供だからネメシスだ。夜の女神ニュクスの子供だから義憤の女神ネメシスと名前をつけたのだ。」
「義憤の女神?復讐の女神じゃなくて?」少し混乱したネメシスを見ながら、国王は合点がいったのか頷きながら答えた。
「あぁ、それでか。それは単なる間違った解釈だ。父親が可愛い初めての子供に復讐の女神の名前つけるわけがなかろう。ネメシスが生まれた頃、ニュクスの周りでは全てが逆風だったのだ。だから名前に『何があっても真っすぐ、正しい子供に育つように』という願いと祈りもこめて義憤の女神ネメシスから名前をもらったのだ」
「私はお父様に望まれて生まれてきたのですね?今まで私はお父様に嫌われて避けられているのだと思っておりました」少し安心したようにネメシスは言った。
しかし決まりが悪そうに国王はそれに対し答えた。
「嫌ってはおらん。嫌ってはおらんが、避けてはいた。お前は成長するにつれ、ニュクスに姿も声も仕草もそっくりになってきたのだ。ニュクスにだんだん似てくるお前を見ているとニュクスを守れなかった当時の不甲斐なさを思い出して死にたくなってしまう。国王としての責務を放り出して今、死ぬわけにはいかぬのでな」