王女
今日は厨房で働き汗をかいた。賄いを作る時も厨房に入ったが、あまり汗をかかないように鍋に材料をぶち込み煮込んだだけだ。今回は午前中一杯厨房に入っていたのだ。
イシスについて仕事を覚える、という事は「王女に付き従い、身の回りの世話をする」という事だ。
全身に汗をかいている今の状態での身の回りの世話は失礼にあたる。
「グレース、お風呂に入ってきなさい」イシスはグレースに指示をした。さすがというしかない。新人が上司の指示なしで、仕事中に風呂に入れる訳がない。何をさせるのがこの場で一番良い事か、イシスは瞬間的に判断しているのだ。
王女が「ここで入って行きなさい」とグレースに言った。
指示を仰ぐためにイシスを見ると、イシスは首肯きながら「ご好意に甘えさせてもらいなさい。」と言った。
確かに使用人用の大浴場は遠すぎる。行って戻ってくるだけで40分かかるのだ。そのうえ風呂に入る時間を考えると1時間も中座する事になる。王女の部屋の風呂を使うのは恐れ多いが、元はといえば王女の昼食を作っていて汗をかいたんだ。入らせてもらおう。
出来るだけ早く風呂から出て仕事に戻ろうと思ってはいるが、「王女の風呂の調度品を壊してはいけない」と思うとつい慎重になってしまう。
「慌てず、急いで・・・」サラリーマン時代によく言われた言葉だが、こんなの言葉遊びでしかないなと思う。急いだら普通に慌てちゃうよね、「慌てる」の反対って「じっくり腰を据えて取り組む」であって、急いだら成立しないよね。
そんな事を考えていると裸の王女と服を着たイシスが入ってきた。
驚いた・・・王女が裸なんだよ?
驚いて固まっていると、イシスが「王女様は同い年の知り合いがいないのです。一緒にお風呂に入りなさい」と耳元で言った。
王女と一緒に風呂に入る。何もしないのも申し訳ないので「体を流しましょうか?」と王女に聞くと王女は喜び「流しっこしましょう!」と言ってきた。
そう言えば王女の名前知らない・・・特に問題ないか「姫様」って呼んでおけば問題ないし。ファーストネームで呼ぶ機会なんてないでしょ。王女の体を洗いながらそんな事を考えていた。
「ねえグレースって呼んで良い?私の事も名前で呼んでも良いから」王女はそう言った。
来たよ!ファーストネームで呼ぶ機会、早くも来ちゃったよ!しかし、家事は完璧だけど家事に関係ない事って本当にポンコツだな。「グレースと呼ぶのはかまいませんしうれしいですが、私は姫様と呼ばさせていただきます。名前で呼ぶなんて恐れ多い事出来ません。申し訳ありません」よし切り抜けた。
「ねえ趣味とか何かある?」王女はグレースに聞いてきた。何て答えれば良いんだろう?
「見合いかよ!」違うな。「仕事終わりにフィリピンパブに行く事です」いや、サラリーマン時代の趣味よりグレースの主人格の趣味を答えさせたほうが良さそうだ。
「趣味は料理です。今朝もパン酵母を作ったんですよ。酵母が出来上がってパンが焼けたら食べてくださいますか?」グレースが言うと王女は喜びながら「楽しみにしてるね!今度私にもパンの焼き方教えて!」と言ってきた。
風呂から上がり、着替えた後に思った。
「王女の裸を見たんだぞ!何で興奮しないんだよ!俺どうしちゃったんだよ!」