帰還
「失礼します」
夜、仕事が終わった後イシスがネメシスの居室を訪れた。
「ここにイシスが来るなんて珍しいわね、・・・で用はなんなの?」
ネメシスはイシスを部屋へ招き入れながら言う。ネメシスの横には老婆の魔術師がいる。
「今日は娘を・・・グレースを・・・返してもらいに来ました。」
「朝ここに呼ばれた後にグレースは行方をくらませました。ここにグレースが入っていくのを見た者もいます。」イシスは抑揚なく言った。
何かを答えようとしたネメシスだが、そこに老婆が割って入った。
「もうすぐじゃ、今計画している事が終わった後、お前さんの娘は無傷で帰ってくる。そうさな・・・半年ほど待っておれ」
「今すぐあの子を返してください。無傷な保証どころか生きている保証だって本当は出来ないんでしょう?何を根拠に『半年待て』なんて言うんですか?半年って何の期限なんですか?納得がいく説明をお願いいたします」イシスは無表情に言う、いつも柔らかい表情をしているイシスがこんな強硬な態度を取るのも珍しい。
老婆はグレースを学園国家に飛ばしたつもりでいる。
元々学園国家に寄宿していたグレースの身元を保証する人物は学園国家にたくさんいる。「魔法で飛ばされてきたグレースを学園国家は保護するだろう。すぐには帰って来れないが、学園国家にいる事を知ったヘラの働きかけがあれば半年程度で国へ戻って来れるだろう」とネメシスと老婆は思っている、がそんな保証はどこにもない。不法入国をしたグレースが極刑を受けた可能性だって否定できない、それくらい王国と学園国家の関係は悪化していたのだ。なので「学園国家へ飛ばした」というのは安心材料にはならないし、イシスに伝える事は出来ない。
「何も言えないようですね。あの子がいなくなって夢を見るんです。暗闇であの子が『お母さん、助けて!』と泣きながら叫んでいる姿を。もし今すぐあの子を返してくれないならあなた方を殺して私も死にます。あの子のいない人生なんて生きてる甲斐がありません」イシスは護身用の短剣をスラリと抜いた。
「イシスよ・・・もう少しお前は賢いと思っておったんじゃが・・・今お前は『王女を殺す』と宣言して短剣を抜いたんじゃぞ?ワシも耄碌したとは言え元王宮魔術師じゃ。侍女風情に殺されてやる訳にはいかんな」老婆が呪文詠唱の構えに入り、イシスが死を覚悟した時だった。
目の前が眩しく光り、光が収まるとそこにはグレースが立っていた。
光の正体はグレースの家事スキルであり、スキル名を『母を訪ねて〇千里』という名の移動スキルだ。
これは「距離に関係なく家族の危機にはその場にかけつける」というスキルである。
このスキルの短所には「自動発動である事。家族の危機に呼び出された人物がその場を収められるかどうかはスキル発動には関係がない事」があげられる。過去にモンスターに襲われた家族の元に『母を訪ねて〇千里』が発動した娘がかけつけて仲良くモンスターの餌食になった事があり、常に『いらないスキルTOP5』から外れる事はないスキルだ。
そこにいた人達は誰一人として「何が起きているのか」理解出来ずにポカーンとしていた。グレースですらも。