掃除
「コンニャクはいっぺん煮込んで灰汁を出すのね。美咲さんって本当に料理に詳しいのね。土の中で出来る野菜はお湯じゃなくて、水から煮込むのね。そうしないと表面は崩れて、中は固くなっちゃうんだ・・・って事は大根だけじゃなくて、ジャガイモも水から煮込まなきゃダメなんじゃないの?」エプロンをした中島さんが言う。
えっジャガイモ!?おでんにジャガイモ入れるの!?おでんは家庭によって入れるものが違うらしい。おでんに中島家ではジャガイモやウィンナーを入れるらしい。
「変わった物を入れるなー」と思っていたら、厚焼き玉子や銀杏やちくわぶを入れようとして驚かれた。
「うちではおでんと言えば味噌味だけどなー」陽菜が言う。
意外におでんは奥が深いのかも知れない。
つぶ貝やとり貝、タコなどを入れると味がしみて美味しいだけじゃなく良い出汁が出る上に、それらは出汁を汚さない具としても優秀だが・・・今回は中島家の味でないと意味はない。「思い出のおでん」と「美味しいおでん」は話が違うのだ。
美咲が教えるのは「おでん作りの基本」であり、あとは中島さんの記憶に従い思い出の味を再現する。
こうして思い出のおでんは完成し、三人で隣町へ向かっているのだ。
「今日行くってお父さんに伝えてあるの?」陽菜が中島さんに聞く。
「ううん、言ってない。気のせいかも知れないけど私、お父さんに避けられてる気がするんだ。『今から行く』って伝えたら良いとこ断られるだけだよ。下手したら逃げられるかも。」中島さんは答えた。
「そっか」陽菜はそうつぶやくと沈黙した。陽菜が空気を読んで沈黙したのだ、きっと沈黙したほうが良いのだろう。
電車の中で横並びの三人は沈黙のまま、目的の駅についた。
住所を頼りに父親が住むアパートを目指す。今日は土曜だ、仕事はなく家にいるはずだ、仕事があったとしてもすでに家にいる時間だ、遊びに出ているかもしれないが、今日は大相撲の千秋楽前日だ。相撲好きは家でテレビにかじりついているはずだ。「行ったけど留守だった」という空振りの可能性は低い。
緊張した面持ちの中島さんが深呼吸をしてゆっくりとアパートのインターホンを押す。
「はーい、どちら様ですか?」くたびれたランニングを着たおっさんが出てきた。
「久しぶりだね、お父さん。元気だった?」中島さんは緊張で声を裏返らせながらも普通を心掛け出てきた父親に声をかけた。
一瞬逡巡した父親であったが「逃げられない」と覚悟した様子で「まあ上がれよ。友達にも上がってもらいなさい。」と言うとアパートの部屋の中に入っていった。
「おじゃましまーす、うわっ」
陽菜が驚くように部屋に上がってみるとそこはゴミ屋敷一歩手前の荒れようだった。
「男やもめに蛆がわく」なんて言うけど、俺は掃除が好きだし得意なんで実感がわかなかったし、実物を見たのは初めてだ。
「まずは掃除かな?話し合いどころか、おでん食べるような環境じゃないもんね」陽菜が腕まくりしながら言った。