おでん
電車に乗って三人で隣町を目指す。時間は夕方、土曜日なのでウィークデイほどの混雑はないがラッシュアワーまではもう少し時間があり三人並んで座る余裕があった。学校が休みにもかかわらず、朝から隣町に行かないのには理由があった。
実は待ち合わせの前に近くにあった俺の実家を見てきた。
すでに愛車のカローラは処分され駐車場は空きスペースになっていた。
「この世界に俺はいなかったんじゃないか?」と思わないでもないが俺の自転車はまだ処分していなかったようで置いてある。家のほうを見つめていると、ゴミをゴミ捨て場に出そうとした母親が家の中から出て来て目が合った。頭を下げた俺を見ながら母親はつられて頭を下げながらも「何で自分が頭を下げられなくちゃいけないんだろう?」と首を傾げた。
来てよかった。俺の死を乗り越えて、または乗り越えようとして日常生活を送っている家族が見れた。
ここは「俺は息子の生まれ変わりです」と声をかけないで立ち去ろうと思う。声をかけられた方は混乱するだろうし、下手したら「息子の死に対する冒とくだ」と怒るかもしれない。
愛車が処分されたように、俺の居場所はもうここにはないんだ。父親を見れなかった事が少し心残りではあるが、それが確認出来ただけでも来た甲斐があった。
と、あくまで実家を見に来たのはついでなんだ。本当の用事は別にあるんだ。美咲は中島さんの家を小走りで目指した。
中島さんが言った「お父さんに会う理由がない」と。別に家族に会いに行くのに理由はなくても良いし、「会いたい」という感情が理由でも全くおかしくないが、ここまで深い溝が出来てしまうと会う事自体に理由が必要なのだ。
陽菜が言った「お父さんの好きな料理を差し入れするのはどうかな?」と。
「お父さんの好きな料理・・・あ、夕飯前にお母さんが作ったおでんを食べながら晩酌をしてテレビでお相撲を見てた。お父さん、おでん好きかも!」
グレースの本人格が「相撲とは何か?」と質問してくる。
どうせならおでんの質問をして欲しかった。相撲嫌いの俺が説明するのだ、多少「嫌い」という感情が混じった説明になってしまうかもしれないが、出来るだけ中立の立場での説明をしようと思った。
「相撲っていうのはデブがきたねーくせーケツを出しながら、汗をかきながら抱き合うスポーツだ。観客はそれを見て興奮すると自分の尻の匂いが染み込んだ敷物を一斉にデブに向かって投げるんだ」
こうしてグレースは相撲が大嫌いになった。俺は中立の立場で説明しただけなので関係はない。
しかしおでんか・・・。汁物の持ち運びって本当に大変なんだよな。こういう場合タッパーに入れるのかな?しかも冷めたら美味しさ半減するんだよ、おでんだったら尚更だよな。
と思っていたら「うちにお弁当ジャー三つあるからその中におでんを詰めれば、冷めないし漏れないと思う」と中島さんが言った。三つって中島さんとお姉さんとお父さんの分だよな、何か知らないけど生々しいな・・・何はともあれ、美咲は中島さんと一緒に中島さんの家でおでん作りをしたのであった。