綺麗事
何もわからない。
ここに帰ってきた事を喜ぶべきか、異世界に帰るべきかもわからないのだ。といっても異世界に帰る方法など思いつかないのだが。
とにかく、今必要な事は現状の把握だ。
自分の席は教室のど真ん中くらいだ。けっこう高いな、四階だろうか?校庭がはるか下に見える。
クラスの発言力の強いヤツは窓際の一番後ろに座るのは女子高でもかわらないのか。で、一番人気がない席が廊下側の一番前、と。教室の廊下側の一番前に一人の少女が座っている。
どことなくネメシスに似ている。
実際のネメシスはもう少し歳上だし、もちろん人種も違う。
ただ上手く言えないが「根の部分が同じ」とでも言うのだろうか?彼女を見ているとアマゾネスっぽい女の子が「中島さん、あんな事件があってよく学校来れるわね」と吐き捨てるように言った。ポケットの中にスマホがある。スマホは指紋認証のようで、問題なく使えるようだ。グレースの主人格はスマホに興味津々なようで、使い方についてしつこく尋ねてくる。心の中でグレースに説明しながら『中島、事件、埼玉県・・・』などのキーワードを入れ検索をする。すると恐ろしい数のニュースサイトの記事がヒットした。
中島さんの姉が凶悪事件を起こし、一家が離散していたのだ。中島さんは祖父の家から学校に通っているようだが、母親は事件を苦にして首吊り自殺したらしい。
俺が住んでいたところの近くに連続幼女誘拐殺人犯が家族と住んでいた。
父親は自殺し、一家は離散し、殺人犯の姉は婚約破棄された。
「何で家族が追い詰められなくちゃいけないんだ!家族は悪くないだろうが!」若かった俺は友達に当たった。
「じゃあお前は連続幼女誘拐殺人犯の姉と結婚出来るのかよ、俺は御免だね。結局人間は一人じゃ生きていけないんだ。都合の良い時だけ血縁者のコネを使うんじゃなく、身内の悪事の責任だって取らなきゃならないんだ」友達はそう答えた。
結局わかったことは「綺麗事じゃない」と言うことで正解はなかった。
中島さんをいじめているなら「酷い事をしている」と言えるが、腫れ物にさわるように、そっとしている人達を悪く言えるだろうか?
グレースの本人格が俺に「話しかけろ。見てないフリをするのは無視するのと結果的に同じだ」と言う。
コイツの暑苦しさ、俺の若い頃とどっか似てるな。
こんな事をしている場合じゃないだろ、まずやらなきゃいけないのは自分がおかれた立場の把握じゃないのか?と思うが、俺にもグレースのお節介が伝染ってしまったらしい。
「中島さん、何してるの?」
グレースは「私に話しかけるな」オーラを全開で出している少女に笑顔で話しかけた。