外伝 王宮の闇
王の先代の時代に「王位継承順位」が廃止された。先々代の時代の側室に「毒婦」と呼ばれ、自分の子供を王にするため、継承権上位者を次々に毒殺した者がいた。そのような歴史が繰り返されぬよう、「王位継承順位」は廃止され、王が次代の王を指名する事になったのだ。この制度ならばライバルを毒殺しても、王になる資質がなければ決して指名される事はない。王になるには他を引きずり下ろすより、自分の王としての資質に磨きをかけなくてはならない、理屈では。
この制度の問題点もある。「王位継承順位」があれば、争わなくて良い兄弟が競争相手になるのだ。その争いが本人同士の働きを見る好ましい物であれば問題ない。大概の場合、その争いは足の引っ張り合い、いがみ合いに発展する。本人たちがいがみ合っているなら、まだ大きな問題にはならない。このいがみ合いは王宮全体を巻き込む派閥争いに発展するのだ。
だいたいこの「王位指名制度」自体が王のリーダーシップに支えられている制度なのだ。「王様の言う事は絶対」で守られなければこのシステムは瓦解する。
現国王が一言「コイツを自分の後継者とする」と宣言すれば、争いは起きない。国王は良く言えば「お優しいお方」、悪く言えば「優柔不断な情けないヤツ」だ。国王が次代の王を決めかねているせいで王宮では4つの派閥による派閥争いが繰り広げられていた。
・長女派
側室の子ではあるが、最初に生まれた子供である。
野心はないが賢さもない。ただ美しい置物のような王女といえる。
素直な性格で人を疑う事を知らない。操られやすく騙されやすい。彼女が実権を握れば暗躍しやすい、と長女派の重鎮は思っている。表向きの推薦理由は「長子が家督を継ぐべきだ」「王女は優しく正義感が強い。彼女こそが王の器だ」
・長男派
側室の子で最初に生まれた王子。
野心家ではあるが、凡庸を絵に描いたような男。自分の度胸の無さを隠すために必要以上に周りに威張り散らし怒鳴り散らす。一見扱いにくそうだが、おだてるとどこまでも増長し調子に乗るので、王子に気に入られれば彼を操るのは簡単である。現に「気に入らないヤツを失脚させるには王子をその気にさせれば良い」と言われていた。表向きの推薦理由は「王子こそが男系王族の長子だ」「王子には他の候補の方々にはない決断力がある」
・次女派
正室が産んだ唯一の子供でありヘラの事。
聡明で野心はなく優しいが、とにかく世間知らず。次女派には「王国の未来を憂いている良識派」が多いのが特徴だが、いかんせん権力と発言力が低い連中がそろっている。他の派閥に「負け惜しみで正論を言っているだけ」と言われているが、実際そういう一面も多分にある。表向きの推薦理由は「正室のご息女であらせられるヘラ様以外に家督を継ぐ権利はない」「対外的な場に他の方々に出ていただけるか?消去法で考えたらヘラ様しかいないんじゃないか?」
・国王派
表向きは「国王在位なのに、次がどうこう言うのは失礼じゃないか?」「そんな事を決める権限があるのは国王だけだ。国王に従っておけば良いんだ」という考え方であるが、国王派に属するのは、国王争いに負けた国王の兄弟とその関係者がほとんどだ。かつて国王と骨肉の争いをした彼らはいつ難癖つけられて処刑されるか、いつ地方に左遷させられるかに怯えている。国王のご機嫌取りに今日も忙しい。
「王女が侍女を守るために命をかけた」これは事件だ。
「王女のお気にいりの侍女を自分達の味方にしよう」そう王子は考えた。
「長男派にだけは気をつけなくてはならない。派閥自体が何をするかわからないし、キレた王子は手がつけられない」イシスはかつてグレースに言った。