ピクニック
グレースは手製のサンドイッチをピクニックに持って来ようとしていたのだが、イシスに「毒殺される危険がある王女に毒見なしで食事をさせるのは難しい」と言われ、泣く泣く作ったサンドイッチを侍女たちへの差し入れとして詰所に置いてきた。当時「グレースの作ったパン」「グレースの作った料理」は王宮内で伝説のようになっていた。一口食べたい貴族達と侍女達の間で醜い争いがあった事をグレースは知らない。
「グレース、ほら私の手を握って!ちゃんとついて来るのよ!」王女はまるでお姉さん気取りだ。
レオンは王女とグレースの護衛をする事にした。
グレースは自分で自分を守る事が出来ないし、王女を守る事は元から王に頼まれていた。レオンは王女の横を歩いた。
王女と勇者は知り合いだったらしく打ち解けている。
グレースは考えていた。王女と勇者が話していると胸がモヤモヤする。これが嫉妬の感情か・・・。こんなに自分はこの少女の事を好きなのか・・・
「グレース?どうかしたの?」湖に着いた時、うつむくグレースの顔を王女の端正な顔がのぞきこんだ。
考え事をしていた時に、考えていた本人から突然声をかけられたのだ。グレースはしどろもどろになってしまい、言わなくても良い本音混じりの事を小さな震える声で思わず言ってしまった。
「あんまり男の人と親しく話さない方が良いと思います」
それを聞いた王女は一瞬ポカンとしたが、目を輝かせてグレースの両手を握り何度も振った。
「まあ・・・まあ!まあ!まあ!わかったわ!気付かなくてごめんなさい!でもあなたが勘違いするような事は一切ないの。レオンはお父様の大事なお友達よ。小さい頃から兄妹のような関係なの。まあ!そうだったの!まあ!」何が『まあ』なのかサッパリわからない。何に気付いたのだろうか?
それから帰り道では王女の発案で歩く隊列が変わった。左から『グレース』『勇者』『王女』という隊列だ。
レオンとしては両手に護衛対称を置くという願ってもない守りやすい配置だ。王女を中心に置くのは一種の礼儀のようなもので、それ以上に「王女はこの侍女と手を握りたいのだ、この配置は王女が望んだものだ、やりにくいけどしょうがない」と思っていたのだ。この配置は願ったり叶ったりだ。
わかったんじゃないのか?何で相変わらず王女の横に勇者がいるのか?なんで自分は王女と手を握れない配置になってしまったのか?グレースが首を捻っているとニヤニヤした王女が
「グレース、レオンと手を握ってもらいなさい」と言った。
そうか、どう考えても自分が足手まといだもんな・・・勇者に先導してもらうのが一番良いんだよな・・・本当は野郎と手を握りたくなんてないんだけど、足手まといのこの状況ではしょうがない。グレースは勇者と手を握る。
瞬間、心臓が跳ね上がる。グレースの主人格は有り得ないくらいドキドキしていた。なんせ男性と手を握るのは初めてなのだ。
何だその初々しい反応は!王女と手を握った時、こんな風にならなかったじゃないか!
グレースがそんな葛藤をしている時、レオンが二人を庇うように立ち、横の並木道に向け剣を構えた。
「ちくしょう!何でこんなところにコイツが!」
レオンは吐き捨てるように言った。
並木をかき分け現れた怪物を見て王女はつぶやくように言った。
「伝承の中だけじゃなくって本当に存在したんですね、ドラゴンって。」