私とワタシ
私とワタシ
薙月 桜華
私は誰かの力を借りるでもなく起きた。起き上がると、自分が手術台のようなものにのせられていることが分かった。金属の上に寝ていたから、背中が少し痛い。自分の体を見ると何も身に着けておらず、大きめの布が掛けられていただけだった。
「な、何これ。」
私はそう言うしかなかった。こんな状況になるとは思ってもみなかったからだ。
私は軍人だ。昨日は部下の訓練を行った後、寮に戻って眠ったはずだ。それから、何処かへ移動したなどという記憶は全く無い。
周りを見ると、部屋に二つのドア。そして自分の左側にある台に折り畳まれた服、靴と手鏡が置いてあった。台に乗ったまま服の置いてある台のほうへ体を向ける。置いてあった服は普段着ることの無いものであった。真っ白なTシャツに短くてベージュのプリーツスカート。それとスニーカーがある。スカートにはベルトを通す穴があったが、ベルトは見当たらない。スカートなんて何時穿いただろう。とにかく着よう。裸で居るのは良くない。Tシャツを着てスカートを穿く。そして靴を履いた。何故か服はすべて私の体にぴったりだった。もちろん靴もである。手鏡で自分の顔を映す。普段着があまり似合っていない。
手鏡を台に置くと、二つあるドアのうちの一つに向かった。床はコンクリートのようだ。よく音を響かせる。
「誰か、誰か居ないの。」
ドアを両手で叩く。誰かが居れば助かるかもしれない。しかし、全く反応は無い。
恐る恐るドアノブに触れてみる。特に何も無い。回してみると、カチッという金属音が聞こえる。しかし、そのまま押したり引いてみてもドアは開かなかった。
もう片方のドアを叩いてみたが、反応は意外なものだった。
「開けるんじゃねぇ。」
男性の声が聞こえる。それは一人では無く沢山居るようだ。何故開けてはいけないのだ。
こちらのドアを開けなければ、私が出られないことが決定する。
私はドアノブを回す。カチッという音とともに勝手に勢い良くドアは開いた。
「え。」
私の理解よりも早く事は起きはじめた。
ドアを開けたことによって、ドアに挟まっていた紐が外れる。紐が外れるとすぐに鈍い音がして地面を揺らした。その音は計三回だ。
「この馬鹿。」
誰かが叫ぶ。その方向を見れば、一人の男が檻の中から私に向かって叫んでいた。他にも何人かの男が檻の中に居る。檻の左側には鉄の箱のようなものが付いていて、こちらからは何があるか分からない。叫んだ男以外はみんな左を見ていた。
「お前のせいだからな。」
一人の男が言ったその瞬間。左から何かが男たちに飛び掛った。
「ライオン。」
私は誰にでも無く尋ねた。その檻の中にはライオンが居た。しかも一匹ではなかった。私に向かって叫んでいた男に、もう一匹が背後から首に食らい付く。
逃げ惑う男たち、追うライオン。
何か武器は無いのか。周りを見てもそれらしいものは見当たらない。男たちの悲鳴が聞こえてくる。それとともに血の匂いが漂い始めた。
「た、助けてくれ。」
檻から必死に手を伸ばす男が居る。私も檻に近づいて手を伸ばす。その男の背後から、ライオンは男の頭に噛み付いた。男の悲鳴もお構いなしに、ライオンは男たちをかみ殺した。
「な、なんなのよ。」
私は叫ぶしかなかった。悪い夢を見ているようだ。
再びカチッという金属音が聞こえる。聞こえた方向を見ると、ライオンが出てきた鉄の箱の側面がゆっくりと開いた。近づいて中を見てみるとベルトに付いたケースの中に拳銃一丁と予備のマガジン二つが入っていた。
今頃出てきても…。
「出てきても遅いのよ。」
私は金属の箱を勢い良く叩いた。この怒りを誰かにぶつけたかった。しかし、ここにはもう私以外は居ない。すぐ傍でライオン二匹がお食事中だ。
私は拳銃のと予備のマガジンが入ったベルトを取る。これを今着ているスカートに着けろということだろう。早速ベルトを着ける。
それから右を向く。すると、先ほどは気が付かなかったが、真っ直ぐな道が続いていた。その道を進むことにした。
しばらく進むと、両側がガラス張りになっているところに出た。右側のガラスの奥を見ようとした。すると、突然大きなねずみが飛び出してきた。ねずみは私をガラス越しに威嚇している。反対側を見れば、同じようにねずみが私に威嚇している。どちらのねずみも私と同じぐらいの身長だ。
ああ、嫌な予感がしてしょうがない。とは言うもののどうしようもない。とりあえずガラス張りの道を進むことにした。
案の定、二匹のねずみは私に付いてくる。この状態だと、何時か二匹とも私に飛び掛ってくる時が来る。何処だ、何処でだ。
途中両側に木箱が二つずつ積み上げられていた。その上を見ると斧や剣が無造作に置かれているようだ。取りたくても木箱はきっちり綺麗に二個積まれているし、木箱の中には何か重いものが入っていた。普通には取れないらしい。
仕方なく前へ進んだ。その間も、両側からはねずみたちに睨まれている。本当にやってられない。
そして、ガラス張りの道の終わりが見えた。見事にねずみたちの出入り口と直結していた。
しかし、その少し奥にはドアがある。そのドアが出口だと思いたい。私は拳銃を抜く。
一か八か、私は走って出口と思われるドアへと向かった。しかし、両側から来るねずみたちに阻まれる。
高い声を上げて私をドアから遠ざけた。じりじりと私を後退させる。手に持った拳銃で一匹を撃った。しかし、全く効いていないように見える。果たしてどうしろというのだ。
後ろに下がりながら、ふと気が付いた。ねずみは体が大きいためか、一匹ずつしかこのガラス張りの道を通れていない。つまり、縦に並んでこちらに向かっているのだ。そこで、思い出した。ガラス張りの道の途中で見つけた木箱。私は前にいるねずみを撃ちながら後退していった。さてと、残りの弾数からしてこれしか方法は無いか。
両側に木箱が積み上げられた場所まで着く。積み上げられた木箱を越えて後退する。一匹目のねずみが木箱の間を通ろうとしたとき、ねずみの体が引っかかった。ねずみは体を動かすも、こちらには来れない。拳銃を持ち、ねずみの急所を狙って数発撃った。ねずみの動きが鈍る。
今がチャンスだ。
私は、ねずみめがけて走った。そして、ねずみの体を登って木箱の上へとよじ登る。
「はあ、はあ。」
木箱の上で一度落ち着いた。一匹は木箱に挟まれ、一匹はその後ろに並んでいる。だから、この木箱の上に居る私には攻撃してこれない。
木箱の上にはそれぞれ斧と剣があった。
ひとまず後方のねずみを黙らせようか。後方のねずみへと銃口を向ける。ねずみの急所へ残りの弾全部を撃ち込んだ。落ち着いて弾を撃ったためだろうか。ねずみは一度大きな悲鳴を上げるとそのまま動かなくなってしまった。弾の無くなった拳銃を捨てる。
挟まっているもう一匹については、剣を使うことにしよう。足元にある剣を手に取る。剣の刃を下に向けたまま、まだ動くねずみの上へと落下する。着地したのち、ねずみの頭へと突き刺した。すぐに離れると、剣を頭に受けたねずみは先ほどのねずみ以上の叫び声を発した後動かなくなった。剣を抜き取ると、ねずみの頭から血が噴出す。真っ白なTシャツを赤く染める。
念のため、もう一匹の頭にも剣を突き刺し止めを刺した。ねずみの下には赤い血溜まりが出来始めていた。それを横目に、出口と思われるドアへと向かった。
ドアを開けると、そこは洞窟のようだった。少し先に光が見える。もうすぐ出口なんだ。私は走って洞窟を抜けた。
そこには、見覚えのある兵士たちが居た。私の部下たちだ。全員が並んで私を見ている。
「お前たち。」
私は言った。良かった、これで助かる。
「構え。」
どこからか声が聞こえる。
声に合わせて、部下たちは銃を構える。
「待て、撃つな。何故私を撃つ。」
私は叫んだ。何故部下たちが私に銃口を向けるんだ。何故だ、何故だ。
「撃て。」
その声とともに、何発もの弾が私の体に撃ちこまれる。いたるところが熱くて痛い。私はその場に倒れた。
「よし、十分だ。」
さっきから聞こえていたこの声。何処かで聞いたことが。
そして、理解した。誰が指揮をしていたかを。
そこには私が居た。鏡で見た私そのままだ。
「わ、私…なのか。」
私はなんとか声を出す。
もう一人の私は私の前でしゃがみ込む。そして、言った。
「ありがとう。私の複製。」
もう一人の私の手は私の頭に触れる。
「やはり、私は強いわ。ねえ、そうでしょ。」
もう一人の私は、私に尋ねる。しかし、私はもう何も言えない。私が複製だと。どこに証拠があるのだ。何処に。
もう一人の私は立ち上がると、兵士のほうを向く。そこで何かを思い出したのか、こちらを向いた。
「そうそう、貴方の目の前で死んだ男たちは、みんな罪人よ。」
もう一人の私はそう言うと、満面の笑みを浮かべながら兵士のほうを向いた。
「処分しといて。」
もう一人の私はそう言うと何処かへ行ってしまった。
そして、私は部下に再び銃口を向けられる。
乾いた音とともに、私は再び一人になった。




