『三題噺』 その一
何かを書きたくて書いてみました。
お題『泡/明日/電卓』
夕暮れの射し込む生徒会室に、カタカタという電卓を叩く音が響く。
生徒会室には生徒会長の私と会計の彼だけ。
「まーだー?」
「待ってください。後は合計を確認するだけですから」
彼がそう言って、来月の全部活の予算を資料の上から順に足していく。
もう少し掛かりそうだ。
「なんなら、先輩はもう帰っていいですよ? 他の人たちは帰ってしまいましたし」
「だーめ。生徒会室の戸締りは生徒会長の役目だから、待ってる」
部屋の鍵のボールチェーンをくるくる回しながら見せる。
「だから、早くね?」
「善処します」
そう言って、会計は電卓を叩く。
その音は一定で、少し落ち着く。
パイプ椅子の背に正面からもたれ掛かって、その作業を見てると、ゴポッという音が背後でした。
生徒会室で飼育している亀の水槽のエアレーションが酸素を吐いた音だ。
浮上する泡の中で、亀がプカプカ泳いでいる。
暇だったので、少し亀を観察してみる事にした。
思えば、水中の生物は難儀なものだ。
特に魚は。
地上じゃ生きられないのに、エアを必要とする。
異なる場所にあるものを必要とするのはとても面倒ではないだろうか?
「終わりました・・・・・・どうかしたんですか?」
計算を終えた会計が不思議そうに訊ねてきた。
「んー? いや、水中の生物は難儀だなって。水の中で暮らしてるのに、酸素を必要とするから」
「ああ。なんか、俺らみたいですね」
「え?」
思わず振り返ると、会計はどこかつまらなそうな顔をして言った。
「ほら、俺らって基本的に大人の基準で動いてるでしょ?」
「未成年だからね。そういう所も確かにあるよ」
「けど大人って矛盾してませんか? のびのび育って欲しいとか言って、あれはダメ、これもダメってルールでがんじがらめにしてきたり、悪い事はしちゃダメって言いながら、自分の都合が悪くなると仕方ないんだよ、そういう事もあるって言い訳したり」
「つまり、何が言いたいの?」
「ですから、水中の生物と同じなんですよ。人間は。全く異なる事を両方とってしまう。魚が水と酸素を必要とするように」
「・・・・・・」
「すみません。説明下手で」
いや、確かに分かりにくい話ではあったけれど、彼の言わんとする所は分かる。
人間は自分の意見や考えを持ちながら、他者の考えも肯定することがある。
それは悪い事ではない。
けれど、そこには必ず矛盾が生じる。
相反するものの宿命だ。
でも──
「それでも、実際は水の中にも酸素はある。溶解してるけど、ちゃんと共存はできてるのよね。人間には分からないだけで」
「俺らは水中じゃ生きられませんから」
「そりゃそうだ」
あははと二人で笑った。
「私たちが生きるべきは、明日だからねー」
「明日ですか」
「うん、明日。というわけで、お疲れ」
「疲れました」
たわいもないお喋りをして、部屋を出る。
何となく並んで校門を出て、別れ道に差し掛かった時。
「じゃあ、また明日」
「はい。また明日」
途中で趣旨を見失いました・・・。