Keria rose
僕は山吹、英名を(Keria)というこの花が好きである。
またの名をJapaneseroseという。春先に咲く黄金の花はなかなかの風情があっていい。夕暮れ時に咲いているのが風情があると言う人もいるが。
僕は昼間に咲いているのが好きだ。まあ、それはいいとして。
今年で僕は二十歳になる。大学にも行かず、働きにも行っていないプー太郎になってしまった。
高校生の時まではよかった。成績はまあまあでスポーツもできてそれなりにやれていたから。
ニートだなんて呼び方はしない。あえて、無職のプー太郎だと言っておこう。
今は母さんと父さん、兄の四人で暮らしている。兄は僕と違い、会社勤めをしているのだが。
四歳上で二十四歳に兄はなった。友人もそこそこいるし、彼女もいる。
遅ればせながら、僕の名前は町田陽助という。兄は陽一といって、明るくおおらかな性格をしている。
反対に僕は暗くて神経が細い。得意な事といったら、人間観察とイラストを描く事くらいだ。
おかげで女子にもてた試しがない。しかも、クラスの不良グループに目をつけられて脅されたり、嫌がらせを受けて散々な目に学生時代はあった。
あの頃は思い出すのも嫌だ。はっきりいって、かなりうんざりとなる。
そんなことはいいとして父さんは五十五歳で母さんも一歳下で五十四歳になった。毎日を家で過ごす僕に痺れを切らした父さんはとうとう部屋にやってきた。
「…陽助。話がある。下のリビングに来なさい」
厳しい表情で言われて僕は頷く他なかった。
「わかった。行くよ」
側では母さんがはらはらしながら見守っている。僕は言われた通りに一階のリビングに行く。そして、父さんとソファーに座って向き合う。
「陽助。お前は高校を卒業してからどこにも働きに行かず、大学にも行ってない。今は父さんや母さん、兄ちゃんがいるから何とかなっているが。これから、どうするつもりなんだ?」
おもむろに切り出されて僕は戸惑ってしまい、はっきりと答えられなかった。父さんは厳しい表情のままでこちらを見据える。
「父さんはお前を心配して言っているんだ。バイトでもいいからやってみなさい」
「…父さん」
僕は父さんの言葉に動悸を覚えた。返事ができない。
「母さんや兄ちゃんと話し合ってお前に言うのは父さんがすると決めた。働きに行くかこのままにするのかは陽助が決めろ。わかったな?」
「わかった。どこか、働き先を見つけてみるよ。ニートはよくないよな」
苦笑いしながら言うと父さんも表情を緩めた。そして、僕の就活の日々が始まった。
高校に通っていれば、仕事の斡旋などは先生にしてもらえた。後は面接を受けて、採用されればそれでよかったと思う。けど、卒業している今では全てを自分でしないと駄目になっている。まずは、証明写真を撮りに行ったり、店に行って履歴書を買いに走ったりした。
履歴書の書き方や就職先への電話をかけた時のノウハウを兄ちゃんに教えてもらう。
「…いいか、陽助。写真を貼ったら、名前などを書き込めよ。後は自分の学歴とかを書いて行けば十分だ」
「ありがとう。えっと、名前から書いてっと」
ボールペンで一文字ずつ書き込んでいく。兄ちゃんに違うと言われながらも履歴書をリビングで仕上げていった。
そんなことをやりながらも電話をかけたりして面接にまで何とか、持ち込めた。ここまでに至るのに十日はかかったが。兄ちゃんからはまだ、見つかるのが早いと言われたけども。そんなことをつらつらと考えながらも髪を整えて、服もスーツで決める。ネクタイも締めてきちんとした。
一階に降りたら、父さんと母さんがうれしそうに笑っていた。
「…陽助。やっと、働きにいく気になれたんだね」
「いや、まだ働くとは決まっていないよ。採用されたらいいんだけど」
母さんに言われてつっけんどんな言い方をしてしまう。けど、向こうは怒ったりせずに行ってらっしゃいと送り出してくれたのだった。
面接を予定しているとある企業に向かう。山越商業という大きな会社だ。
そこのビルの玄関口から入った。
近くに受付嬢のお姉さんがいて僕は自分の名前と面接に来た事を伝える。すると、お姉さんはにっこりと笑う。
「…ああ、面接試験に来られたんですね。面接官が二階のロビーにおります。今から伝えておきますので。少々、お待ちください」
「ありがとうございます」
礼を言うとお姉さんは内線で電話の受話器を手に取る。
そして、僕が来た事と面接試験を受けにきた事を伝えてくれた。もう一度、礼を言ってエレベーターへ向かった。
二階のロビーにたどり着いて、ドアを開けた。
「失礼します」
そういって、部屋の中央に置いてある椅子に近づいた。試験官らしき人が少し遠い所に座っている。
「こんにちは」
試験官らしき人が厳しい表情で挨拶をしてきた。僕はお辞儀だけをした。そして、面接試験が始まった。
まず、最初にこの会社に
入りたい理由を説明した。面接官は黙ってそれを聞いている。一通り、話すとふむと頷きながら考える素振りをした。
「なるほど。わかりました。後、君はわが社で何を目標にしたいか聞いて良いですか?」
「…目標ですか。一生懸命、頑張っていきたいと思います」
簡潔に答えると面接官はわかりましたと答えた。
「では、今日の面接はこれで終わりです。お疲れ様」
「ありがとうございました」
僕は深々と礼をした。面接官も同じようにするとそのまま、部屋を出る。後は結果を待つばかりだ。僕は会社を出たのだった。
あれから、一週間が経った。会社の面接試験の結果が郵便で届いていた。封筒をどきどきしながら鋏で開けると結果を書いてある紙を取り出す。
<町田雄介殿
このたびの面接試験は合格といたしました。また、わが社の正社員とする事をここに記します。>
短く書かれた文章に僕は信じられない気持ちでいた。
「…ええっ。まさかの合格?!」
僕は驚きのあまり、夢を見ているのではと疑う。ほっぺたをつねってみたけど痛い。これは現実なんだ。僕はやったと一人で万歳をした。
その後、父さんや母さん、兄貴に報告する。皆、口々におめでとうと言ってくれた。それに嬉しさが込み上げる。
僕は母さんと一緒に新品のスーツをデパートに買いに行く。ああでもない、こうでもないと言いながらスーツを選んだ。支払いをレジですませると家に帰る。
その後、サイズを確認がてらに家で試しに着てみた。ネクタイは結び方がわからないので父さんに教えてもらう。一時間かけて結び方を覚えてスーツ姿を全身を映す大きな鏡で見てみた。
まあまあ、似合っている。ネクタイはスタンダードに青にしていた。これで僕も新社会人だ。ニヤニヤ笑いながら悦に入ったのだった。
あれから、会社に初入社して色々と先輩に教えてもらった。書類の作成の仕方の一つにしたって難しい。僕はいちいち聞きながら練習を繰り返した。
「町田君。今日からよろしく頼むよ」
課長から声をかけられた。
「はい。こちらこそ未熟者ではありますが。よろしくお願いします」
きちんと挨拶をすると課長はじゃあ、仕事は追々覚えると良いと言いながら自分の席に戻っていった。それを見送りながら僕はよしと気合いを入れたのだった。
終わり