member 2
「……はぁ、はぁ」
体がひどく重い。
大きく動かしているつもりの歩幅と現実で進んでいる距離が比例していない。
口の中は出てもいないのに血の味がする。
それでもなお、私は前に進む。
もう目の前まで近づいたその卓球場の入り口に、その取っ手に、彩月より先に触れるべく。
まだ、倒れるわけにはいかない。
あの卓球場の入り口に触れるまでは……。
今にも崩れそうな足を必死に動かす。
できうる限り進むために目も閉じる。
おおよそたどり着くであろうところで手を伸ばすと、心地の良いドアの冷たい感触。
「よ、しっ……!」
すぐに地に膝をつきつつ、すがるように卓球場のドアノブのあたりを握りしめる。
ん……?ドアノブにしては生暖かい。
湿り気がありつつもすべすべしてて、人肌くらいの。
霞んだ視界を地面から正面へと移す。
ぼやけた視界のとらえたドアノブは、すでに彩月の手に覆われていた。
「残念、私の、勝ち」
彩月の声……。
私は負けたのか。
悔しさが体からこみあげてくる。
きっと彩月は得意気な顔でも浮かべているのだろう。
容易に顔の想像がつく。
「というか里美、私の手触りすぎ!はやくはなしてよっ」
「あ、ごめん」
何とかドアノブと彩月の手に体重をかけて立ち上がって、手を冷たいドアの方に置く。
それだけの行動でも、全身から汗が溢れ出た。
「もう、卓球で私に負けても疲れたこと言い訳にしないでよね」
私は疲れてるのに、彩月は元気そうだ。
でも、言い訳なんてしたことないのにそんな言われようは正直心外。
「べつに言い訳になんてしないよ」
少しムッとしつつ、扉を開くと冷気とともに更衣室が現れる。
新設校であるうちの学校にあるべくした、できたばかりのきれいな部屋。
部屋の中には女子八人分のロッカーが左右に並んでいる。
そして真ん中には、小さな机と二つの椅子がある。
まさに更衣室らしい更衣室だと改めて思う。
そんな更衣室に入ると、私は汗でへばりつきかけの乱雑に服を脱ぎ、自分の愛用している左側奥から二つ目のロッカーに放り込む。
そして中から部活指定の卓球用ユニフォーム、紺の強いポロシャツに、太もも止まりの長さの黒の半ズボン姿へとなった。
他人から見たら私はこのユニフォームが似合っているのか、少々気になるところ。
似合ってないといわれるのが怖くて聞けはしないけども。
ちらりと同じく服を脱いでユニフォーム姿になった彩月を見る。
黒っぽい服装に鮮やかな天然ものの金髪は非常に見栄えがいい。
きめ細かく綺麗な白っぽい肌にも黒は似合っている。
悔しいが、彩月の方が遥かに映えている。
「ん?何か?」
チラ見のつもりが少々長く見すぎていたようで、彩月が不思議そうに首をかしげた。
事実を言うのは……なんだか抵抗があるな。
「別に、ただ卓球用のズボンって短いなーって思ってさ」
「パンツねー」
「パ、パンツ!?ズボンだって、パンツじゃなくて!」
「いや、べつにズボンよズボン。パンツって中のことじゃなくて、もう。ま、ズボンについては昔からみたいだし言っても仕方ないでしょ」
よいしょ、と彩月がタオル、ラケット、ボール、クリーナーと、卓球用具を全て持ち、入ってきた扉の対角線上にある扉を開く。
そうして、ほらっと私を手招いた。
「というかいまさらそんなこと思ってたの?そんなこと思ってる暇あったらさっさと卓球しない?」
「それもそうだね」
彩月の後に続くように扉を押して卓球場へと入る。
開けた扉の先には卓球台が縦に四台、窓からの太陽光に照らされつつ大きく余裕をもって置いてあった。
いつもならカーテンしまってて太陽光が入ってないのに、昨日の放課後の練習後に閉め忘れたのかな。
「使うのはせっかくだから一番広い二個目の台でいいよね?」
「別にいいよ」
彩月の問いに端的な返事をしつつ未だ疲れのとれない足を動かして持ち場へとつく。
対して彩月は私よりも余裕がありそうな素振りで台へと駆けた。
やっぱり私よりも元気そうだ。
「ウォーミングアップなんて要らないでしょ?もう試合形式だからね」
お互い台を目の前にすると、彩月が唐突に提案を開示した。
提案とはいっても、私の意志なんて受け入れてくれるとは思えないけど。
「え、ウォーミングアップはするべきじゃない?」
思ったままを伝えるも、彩月はムッ、と眉を寄せて口をとがらせ一言。
「何?フォアフォアとかないのはお互い同じだから変わんないじゃん」
いったがすぐに、彩月がボールを手のひらの上から垂直に投げ上げる。
やっぱり……。
投げ上げられたボールが中心で構える彩月の手元へと落ちた際、試合は始まった。
彼女が行うは、フェイントの混ぜたバック手前へのサーブ。
ラケットのきつい角度、横回転か横下回転。
私の見切りが当たっているならば、横回転。
回転さえわかれば返球は容易い。
少し上回転を混ぜつつ、彩月のバック側に伸びるような返球を行った。
この返球に上回転が混ざってることは彩月じゃ気づかないだろう。
そう見越し、私はあることを身構えた。
彩月は可愛らしく、私の作戦に引っ掛かってくれたようだ。
返ってきたのは『フォア側に少し浮いた球』。
そのボールが来た瞬間、私の行う返しは決まっている。
彩月がどんな回転をかけていようが関係ない。
そのボールは私のものだ。
全力で、感覚任せに、私はボールを強打した。そして強打されたボールが異常な速さで彩月のフォア側を駆け抜ける。
そう、その様はまるで
「相手を切り裂く『鎌鼬』……」
彩月が舌打ちと共にそう言葉を漏らした。




