未定
窓辺から差す夕日が教室の中を薄紅色に染めて、気まぐれに吹く風が乳白色のカーテンを揺らす。
窓際に座る君の顔に揺れたカーテンが掛かってその表情は見えない。
ただ、その一連の景色がとても綺麗で僕はただ目を奪われている。
きっと君は笑っている。
あのカーテンの向こうでいつものように笑っているだろう。
風が止む頃、君の笑顔が見えたら、僕は・・僕は・・
ゴツン、と頭に鈍い衝撃が走り、徐々に取り戻す意識と同時にズキズキとした痛みも覚える。
「っ・・いってぇな・・誰だよ・・げっ!」
うららかなる春の陽気に、その身を預けて心地の良い眠りを貪っていたところに、突如として邪魔を入れられ、あからさまに怪訝そうな顔をして振り向いた。
そして直後にその一連の行動を激しく後悔する。
「課長殿!・・あの・・ですね・・これには深い理由がありまして・・」
振り返った先には、最近、お子さんから父の日に貰ったという何とも似合っていない派手な柄のネクタイを締めた中年のおじさんがその頭の涼しげなチャームポイントに青筋を浮かべ立っていた。
そうまさしくこの会社の俺が所属する課の長であらせられる田中課長様である。
誰から見ても慌てているだろう身振り手振りで俺がそう答えると、課長は俺の頭を殴打した凶器であろう片手に持っているファイルをギリギリと握りしめながら口を開く。
「ほーう、大事な大事な勤務時間に社会人とは思えないほど、だらしない顔をして寝ていることにどんな深い理由があるというのかね? 興味深いからお聞かせ願おうか」
冷静な口調とは裏腹に、課長から感じる怒気に戦々恐々となりながらも答える。
「集中力を高めるために、あえてここは忸怩たる思いで一度休息を取ってみました!的な・・なんてダメですよねー・・あはははは・・」
言葉を返す度に課長の頭部と境界線がなくなった額に青筋が深く深く刻み込まれていくのを確認してどんどんと語気が弱まっていく。
退路は断たれ、精一杯おどけて見せた俺を見届けた課長は一瞬微笑みを浮かべた後、一転、般若のような表情になり、案の定激昂した。
「まず・・そのヨダレを拭け!! バカモンがーーーーー!!」
この後、永遠にも感じられるほどのネチネチとした説教と、俺の頭にもう一度鈍い痛みが走ったのは言うまでもないだろう。
「よっ! 災難だったな」
長い長い説教から果ては家庭での愚痴まで、体感時間としては俺が居眠りしていた時間より長かったのではないかと言及したくなるほどの課長のお叱りを終え、一息ついているとあからさまに考えが口元でわかるほどニヤつきながら同僚の山内が話しかけてくる。
一応、慰めのつもりか差し入れに渡された缶コーヒーを受け取りながら答える。
「お前・・絶対面白がっているだろ」
山内友人中学時代からの関係で特にお互いが示し合わせたわけでもないのだが、気づけば同じ高校に通っていて、学生時代、中学校から含め見事に6年間同じクラスだった。
そして蓋を開けてみれば会社さえ同じ同期入社という、もはや何者かの陰謀でも働いているのではないかと思うほど切っても切れない・・いわゆる腐れ縁というやつだ。
何かといっては昔から俺がピンチになる度、面白がって笑い転げている・・そんな奴だ。
まあ・・とはいえ、学生時代から交友が続いている人間なんて俺にはもはやコイツくらいのものなのだが・・
説教に疲れきった俺の表情を見て、既に隠す事もなく山内は笑いだした。
「しっかし・・ククッ・・普通に考えて仕事中に寝るか? そりゃ怒られるだろ」
相変わらず鼻につく笑い方だ・・これでいて要領がよくて上司連中や社内の女性陣にも受けがいいってんだから余計に腹が立つ。
「悪かったな! ここ最近新人の教育やら何やらで仕事が溜まってて疲れてんだよ」
この春、当然我が社にも新しい顔が揃い、会社としては新たな風が吹き心機一転というわけだが、その分当たり前だが新人には教育係が必要になる。
例年、別の先輩が担当していたものだから、今年も出番はないと高をくくっていたのだが、我が課を預かる課長様の鶴の一声によって、俺が抜擢されたというわけだ。
あの・・ハゲオヤジめ・・絶対嫌がらせだろ。
「そうかー? 意外と悪くねえ判断だと思うぜ・・俺は。 ちゃんと考えてんじゃねえか? 課長もさ」
と、人の苦労も知らず、無責任に山内は課長の肩を持つ。
「勝手な事言うなよ・・世の中には適材適所とか、向き不向きとか、そういう言葉があんだよ。 はっきり言って俺には向いてない。 大体・・できる事ならあんまり人とかかわらず生きて生きたいんだよこっちは・・」
そうだ・・なるべくなら俺はひっそりと生きて生きたい。
必要以上に他人に関わらず、また関わりもされずだ。
教育係なんて新人からしたら否応なく頼りにしなくてはならない存在じゃないか・・そんなものになど好き好んでなりたくない。
はあ・・と一度大きくため息を吐き出した俺を見て山内はまた笑っている。
「ま、だからそういうこと・・なんじゃねえの? つまるところ」
と、なにやら悟ったふうなことを言いながら、ドンマイと山内は俺の肩を叩く。
「お前は俺で笑っていたいだけじゃないか・・ったく・・」
山内はご明察!と親指を立てた後、ハッと何かを思い出したようにして話し出す。
「そうだ! 新人と言って思い出したが、今日新人歓迎会だから出席よろしくな」