うそつきなギタリスト
両方の意味でボーイミーツガールな小説です。
うそつきなふたりの物語。
どれほど嘘をつきたくても、音楽だけは真実だ。
「こんにちは、初めまして!雪村美織といいます。将来の夢はテレビに出る大物有名人ですっ、まずこの学校から征服していくんで、よろしくお願いします!」
入学初日。
自己紹介の場で堂々とにこやかに爆弾を投下した彼女の第一印象は、電波、だった。骨折でもしているのだろうか、松葉杖を机に立てかけている。
俺が入学したこの高校は元女子高で、そのため名簿は女子から先に割り振られる。
俺の名字は相沢、男子の中では名簿が一番早く、雪村と名乗る彼女の後ろの席だった。
目の前に座るこの女子を思わず凝視する。と、彼女がこちらを振り返った。目が合う。
「え、何…」
「つぎ、きみの番だよ?」
「あ…」
インパクトしかない自己紹介に最初こそきょとんとしていたクラスメイトとも、彼女はすぐに仲良くなっていった。もともと高いのだろうコミュニケーション力はすさまじく、入学から一週間経つと彼女の周りには男女問わず常に人がいるようになった。変わった子としてクラスの垣根を超えて人気者になっている。
比べて俺は隣の席のやつと少し話すくらいで、つまりはクラスカースト最下部にいた。
そんなある日のことだ。
その日は七時間目が体育で、春のうちに行われる体育祭のクラス対抗種目である大縄跳びを練習していた。
元サッカー部でそこそこガタイがいい俺は縄をまわす係になった。
ばしん、ばしん、と縄が床を打つ音を響かせながら腕を動かす。松葉杖を携えて見学している雪村のほうへ視線を動かすと、それはそれは楽しそうにカウントしていた。
いーち、にーい、さーん。
…綺麗な声だと、思った。
そういえば今日は日直だ。名簿順でふたりずつだから雪村と。あいつは…忘れてるだろうな。
「雪村、体育終わったら日直な」
話しかけると、体育を見てうずうずしていたのか松葉杖を振り回しながら、おっけーい、と叫んできた。叫ばなくても聞こえてるっつーの。
日直の仕事は黒板を消すことと職員室の連絡板にかかれた連絡事項を帰りのショートホームルームで発表すること、ついでに配布物を職員室から運ぶことだ。
「俺、プリント運ぶから。連絡はお前が覚えて」
「了解!…ってそれ、ひとりで運べる?」
確かにひとりで運ぶのは不安な量のプリントだったけど、それをひょいと抱えてみせたら大人しくなった。元サッカー部、なめんな。
「手、大きいんだね」
「あ?」
担任が教室に来るまでの時間、雪村がこちらを振り向いて話しかけてきた。
「わたしと全然違うもん」
言いつつ右手を出してきたので左手を重ねる。たしかに手のひらの大きさも指の長さも全然違った。
「あれ、」
そうしているうちに何か気づいたらしい雪村が俺の顔を見る。
強い確信と意思を浮かべたその瞳に俺がたじろいだ瞬間。
「ホームルームはじめるぞー」
ぱっ、と雪村が前を向いた。…助かった。
「ねえねえ、縄回しくん」
帰りのショートホームルームの最中、彼女が振り返って言った。覚えのない変なあだなのこととか曲がっている制服の襟とか言いたいことはたくさんあったけれど、とりあえず。
「…前見ろ。ホームルーム中だぞ」
さっきからこちらを…主に雪村を睨んでいる担任の方を指さす。
「あっ」
「雪村、人が話してる時くらい静かにしろ。罰としてこのプリント、職員室まで運んでこい」
「ええっ、そんな!」
「じゃあ、解散。また明日な」
がたがたっ、と一斉に椅子を引く音がした。
「なっ、縄回しくん、ちょっと待っててねすぐ来るから!」
「おー」
悪いな。俺の危険察知能力がさっきからうるさいんだ。
なんとなく関わってはいけない気がして、さっさと帰ることにした。
のだけれど、職員室へプリントを運び終わったらしい彼女はもう掃除場所にいて、その掃除場所が玄関だったのがいけなかった。
「あ!縄回しくん、待っててねって言ったじゃん!」
「…なんだよ」
目ざとく見つけた雪村に捕まってしまったので、仕方なく話を聞くことにした。
「ねえ、今日暇?暇だよね?部活ないもんね?」
くそ、コイツ俺の部活まで調べてやがる。
「あ、いや、今日は用事が…」
「用事ってなに?」
「えー、その…」
しまった、何も考えていなかったためにいい断り文句が思いつかない。
「付き合ってほしいところがあるの、お願い」
ちらりと見るとさっきと同じ瞳をしていた。まぁいいか、と思ってから、そう思ってしまった自分に驚く。
「……仕方、ねぇな」
すると雪村はぱっと笑顔になって、ありがとうと言った。それを見ていたクラスメイトのひとりが幸村に、もう掃除はいいから行ってきなよ、と声をかける。お礼を言う彼女にクラスメイトはニヤリと笑って、ああいうのが好みなのね、頑張れと付け足した。多分違うだろう。
「さて」
「おう」
彼女に連れ出されて、俺たちは何故か学校裏の公園にいた。
リュックを前にかけた不格好な姿で松葉杖をついた彼女は、背中に大きなものを背負っている。
「あのさ」
「うん?」
「不吉な予感しかしないんだけど、背中のそれ」
そうなのだ。彼女の背中にあるケースの中身は俺が嫌いなもので間違いなさそうだし、そうであるなら公園に来たことも納得がいくし、俺の手を見た時に声を上げたのにも理由がつく。
そんな俺の気持ちを察してか、彼女がきっぱり言い放った。
「これ?ギターだよ」
「やっぱりか…」
きょとんと目を丸くする雪村にひとつため息をつく。
「…嫌だからな」
「なんで!?」
もうギターは弾かない。これは、何年も前に決めたことだった。
「…お兄さんのこと?」
…息が止まった。
「はじめて名前聞いた時、ぴんときたんだ。縄回しくん…ううん、相川くんのお兄さんって、“popular human”のボーカルの相川海斗なんでしょう?」
「…俺はもう、ギターなんて弾かない」
「嘘つき」
また、あの瞳だ。
確信を持って俺を射抜く強い瞳。
「相川くんの左手の指、硬かったもん」
「…仕方、ねぇだろ…どんだけやっても上手くならねぇんだよ…!兄貴には追いつかねぇし、それどころか…」
雪村の瞳が揺れる。少し怯えたような瞳。
「……俺にギターは、弾けねぇよ」
くるりと背を向けて歩き出す。その時だ。
「…『きみに今会いたくて』」
「『伝えたい言葉があるんだ』」
「『空を見上げてみてくれないか』」
「『ほら、月が綺麗』」
「…お前、」
「チューニングは、終わってるよ」
彼女からひったくるようにギターを奪う。
何度も何度も練習した、popular humanの『月』。
彼女が歌っているところから弾き始める、アンプがないからへっぽこな音しか出なかったけれど、それでも。
彼女の透き通るような、それでいて力強く訴えかけてくるような声。心を掴んで離さない、まるで暴力的な歌い方。左手が、右手が、止まってくれない。
「『ねえ、きみは見てるだろうか』」
「『だってほら、月が綺麗!』」
曲が終わってしまうのが惜しかった。ずっと彼女の声に合わせて弾いていたかった。
最後の音を弾いた時、正直、しまったと思ってしまった。
「…やっぱり、上手いよ」
「…全然、上手くねぇよ」
もっと弾いていたい。ギターが好きだ。
そう思ってしまった。
「…わたし、きみのギター、好きだな」
彼女がはっきりと言う。
「…俺さ」
「うん?」
「兄貴が憧れだったんだ。ギターは上手いし、歌も上手いし。なんでも出来る自慢の兄貴で、いつか追いつこうって」
「うん」
「でも…五年前、兄貴は死んだ」
そう。俺の兄貴でありpopular humanのボーカル、相川海斗は五年前に死んだ。事故死だった。
「ついに兄貴を越せなくて、ギターはもうやめようと思った」
雪村は黙って目を見つめてくる。
「だけど…出来なかったよ。毎日弾いてんだ、あれからも、ずっと」
「わたしが叶えてあげる」
「は?」
「歌うよ。わたしが。きみとなら出来るって自信があるんだ」
さっきの瞳に少しの笑顔を浮かべて彼女が言った。
「文化祭のバンド企画。一緒に出よう」
たった一曲弾いただけで興奮が収まらない。こんな感覚、初めてだった。
断るなんて選択肢は、もうなかった。
短編を五つ書いたら長編に挑戦しようと思っていました。がんばります。読んでいただければ嬉しいです。