第一話 見!
「あぁ、寒い」
久本タイトはブルブルと体を震わせながら3時限目の体育の授業を受けていた。
競技はサッカーだ。
サッカー部でもなければやれば何でもできるようなイケメン野郎ではないタイトには、コート内でやるべきことは何もないのだった。
腕を組み、ただじっとしていれば良いのだと自分に言い聞かせ、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
「キーパーは俺がやるよ」
チームにキーパーをやりたがっている奴はいなかった。
それがタイトにとって幸運なことだった。
さしずめ、グラウンドの近くでキャッキャと馬鹿みたいなはしゃぎ声でテニスをやっている女子共に華麗にシュートを決める姿を見せたいのだろう。
しかしタイトは知っていた。そこでシュートを決めてキャーキャーいわれるのはごくわずかな人達であることを。
外見とは非常に残酷なものである。
そしてタイトは知っていた。あそこで「キャ♥️怖い(ノдヽ)」みたいに可愛い子ぶってる奴らもまた、こちらの(格好いい)男子を意識していることを。
さらにタイトは知っていた。体育サッカーにおいて、キーパーとは案外、暇なことが多いことを。
結局、他に立候補者がいなかったため、ゴールキーパーをすることになった。
授業はタイトの予想通り、サッカー部がいるタイト側のチームが一方的にシュートを放ち続ける結果となり。キーパーであるタイトは腕を組み、空に浮かぶ雲が何に見えるかといった、暇人の果てのような遊びに熱中するほどであった。
三時限目終了の時刻が近づき、あと数分で解放されると思われたその時、
サッカー部の奴が最後にシュートを決めようと1人で突っ込んできた。
そ10人いれば10人全員がイケメンというほどの男がこちらへ向かって来た。
その男は試合終了と共に1点決めたいと考えているなんて誰にでもわかる。
タイトイケメンの思い通りになることが大嫌いである。
絶対に決めさせまいとした。全力だった。
[ズルッ]
そんなことを考えていたからだろうか。タイトは不覚にも足を滑らせてしまった。
[ゴォォーーーーーーン]
それはグラウンドの隣にあるテニスコートにまで響き渡るような、大きな、とても大きな音だった。
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どれくらい気絶していたのだろう。
タイトはゆっくりと目を覚ましたが、ダルい感覚が強く残っていた。
「ここは、どこだ?」
だんだん記憶が戻っていった。
(そうか、俺は頭をぶつけて意識を失ったって
ことか。つまりここは病院か…)
少しずつ少しずつだが、タイトの状況判断に時間がかからなかった。
ベットから起きあがろうとしたとき、異変に気づいた。
「!?」
(見てる見てる見てる見てる。こっちを見てる。)
仰向けに横になっているタイトを上から覗いている。
足がついていない半透明な人が沢山覗き込んでいた。
(幽霊とか生まれて初めて見た!すげぇ!
……って喜んでる場合じゃない!誰か助けを呼ばないと。)
タイトは恐怖よりも興奮が上回っていた。
「うっ、あっ…」
声が出ない、逃げようにも身体も動かない。
(くそっ これが金縛りというやつか、卑怯な。)
タイトはあまりにもの恐怖で気絶してしまった__。
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脳に特に異常がなかったため、2週間程で退院できた。
本当、大した怪我じゃなくて良かったと、タイトは強く思っていた。
その日の夜、タイトはコンビニへ夕食を買いに出た。
両親は共働きで、2人とも家に帰れないという日は少なくない。
料理をしてもいいのだが、億劫だし、買ったほうが楽で美味しい。
道中、綺麗な女性がに目がとまった。白いワンピースを着ており、少し細身で黒髪ロング 20代前半といったところだろうか。
「あの…」
タイトは女性に声をかけられた。
「はい、何でしょう?」
女性のその声に、タイトは出来る限りの格好いい声でお答えした。
「ちょっと探し物をしてまして、良かったら一緒に探してくれませんか?」
「良いですよ。何を探しているのですか?」
「それは……」
少しの沈黙___。
「私の脚だぁぁぁぁぁぁぁぁ」
女性は突然襲ってきた。
彼女の下部を見ると、両脚がなかった。どうやら幽霊のようだ。
「黙れ。」
そう言ってタイトは真顔で彼女の顔面を平手打ちした。
「痛っ……えっ…!?」
女性は戸惑いを隠せずにいた。
「どうしたんです?」
答えを知ったおきながら、タイトはあえて聞いた。
「女性に手を上げるのに抵抗はないのかという質問は一旦置いておいて、あのぅ…自分で言うのもちょっとあれなのですが、私、幽霊ですよ?」
「はい、見ればわかります。」
タイトは間がなく返した。
「もっと、こう…ギャー!!!とか叫んだり
しないんですか?」
「あぁ、それはないですね」
「どうしてなの!!」
タイトは驚くはずがないのだ。
タイトは2週間入院していた。
入院中、上から覗いていた幽霊は毎晩毎晩、顔を覗きに来ていた。
金縛りも抗体のようなものがつき、
3日目には幽霊がいても動けるようになった。
「あ、あのぅ…」
タイトは勇気を出して幽霊に話かけ、退院するころには雑談を交わせるほど仲良くなってしまっていた。
そんなわけで幽霊を見ても平気になっていたのだ。
その間、幽霊とも触れ合えることにも気が付いた。
「うぅ…折角幽霊になったんだから人を驚かせようと思ったのに…」
「程々にしてとっとと成仏してください。では。」
「待ってください!」
呼び止められてしまった。
「何?」
「私、成仏できないんです。」
「は!?」
予想しなかった言葉に、つい声が裏返ってしまった。
「私、どうして幽霊になったのか思い出せないんです。なんの未練があって幽霊になったのか、わからないんです。」
「…それで?」
「私が成仏するまであなたについて行ってもいいでしょうか?」
「嫌です。」
「即答!? いや、そこをなんとか…。」
「嫌です。」
こういうときはきっぱり断るのが一番だ。あとあと面倒だからと、タイトは経験上知っていた。
「じゃあな、お姉さん。もう人を襲っちゃ駄目だよ。」
お姉さんに手を振り、去っていった。
コンビニで弁当を購入してるとき、タイトはあることに気が付いた。
「しまった。またあの道を通らなきゃ帰れないじゃないか。」
まさかまだいないだろうな。と思ったのがフラグだったのかもしれない。
「まだいたんですか…。」
体育座りをして半泣きの女幽霊が、そこにいた。
「だって…だって…脅かしてもみんなノーリアクションなんですもん…。」
「襲うなって言ったのに…。」
「襲ってないですぅ!脅かしたんですぅ!!」
彼女は頬を膨らませて怒っていたが、同じことだと思う。
「じゃあ、お元気で。」
「女の子が泣いてるんですよ!?放っておくってメンタルすごくないですかね!!」
「貴女程の美人なら、きっと他の男が助けてくれますよ。」
「だから、あなた以外誰も私の事認知してくれないんですって!!」
「あ_。」
少しの沈黙…。そして…。
「じゃあ、俺、帰ります!!」
「本っっっ当にメンタル凄いですよねあなた!私が生きていた時でもそこまで女の子放っておく男の人いませんでしたよ!」
幽霊は両腕をブンブンと上下に振って怒っていた。
「ではまた。生きていればどこかで会えるでしょう。」
「私死んでますから!って本当に去っていくんですね。」
タイトは幽霊のツッコミを待たずそのままスタスタと歩いた。
多少の罪悪感はあるが、面倒なことに巻き込まれたくない。そう思うのは当然だ。人って、いや、きっと幽霊だってそうに違いない。
タイトは何気なく後ろを振り向くと、幽霊は体育座りで涙ぐんでいた。
グスッグスッと涙をすする音が聞こえる。
聞こえてしまう。
霊感のある、俺にしか_______。
タイトはそんなことを考えてしまった。
考えてしまうと、もう答えは1つしかない。
「あぁ、もう!!わかったよ!!」
幽霊の元へ戻り、手伝ってやると告げたあとの彼女の笑顔を、一生忘れることはないだろう。