薬草の群生地と……
俺たちは森の中にぽっかりと空いた空間の端に転移したようだ。
そこは学校のグラウンド程もの広さがあり、中央には御神木のようなぶっとい木があり、辺り一面全て薬草が生えているという場所だった。
俺は中央にあるぶっとい木が気になったのだが、ユーカはそれどころじゃなく……。
当然か、クエスト用のアイテムが突然大量に現れたのだから。
「う、ひょひょひょひょひょっ! 大量なのじゃ! あっそれっちぎっては放り込み〜ちぎっては放り込み〜! イエイ! お兄も早く取るのじゃよ!」
こんな有様だった。
「夕焼けに映える群生地は綺麗だなぁ……。なあユーカーあの木、気になるんだけど行っていいかな?」
だんだんと火が沈みつつあり、夕焼けを眺めていた。
木々と夕焼けのコントラストがとてもいい。
そんな中でも俺は中央にある大きな木が気になった。テンプレ的にはこういうところの木の中央には守護霊とか、過去の英霊とか亡国のお姫様とかが宿っていたりしそうだ。
「お兄、冗談いう口を動かす暇があったらさっさと動いて! 私はお兄が木になるよ。そう、木偶の坊じゃよ!」
これは色々酷い。
ユーカは木が気にならないらしい。
俺は渋々、地面の薬草をインベントリに入れながら再度話しかける。
ちなみに薬草を少しかじったがリアル草でまずかった。
あれだ、チューちゃんの時の草原の草と同じ味だ。
これで回復効果が少しあるらしいから不思議だ。
味は草だぞ。
「……俺たちのインベントリじゃまだまだ取れないな。バックとかがあればいいんだがな、道具屋とかに売ってそうだよなぁ。ってあれ、もしかして道具屋に薬草売ってたりしないかこれ……」
インベントリは不思議ボックスである。
アイテムの出し入れを念じて行えるものだ。
消えたり現れたり、少し、楽しくて何度か薬草を出し入れしていた。
まあその分容量は少ない。
いつの間にか入っていたゴブリンのドロップアイテムのせいもあるが、
「そ、そうじゃな! クエスト報告をしたら店巡りをしないといけないとは思っておるのじゃ。初期装備なんてすぐ売り払って強い装備を買うのじゃ。」
「ま、生きて帰って無事クエスト達成できたらだけどな。デスペナで消えたりしてな……」
だから早く帰りましょうよ、
とまでは言わないが。
いつゴブリンが現れるかわからないからな。
帰るなら早めがいいよ。
「お兄が言いたい事はわかるのじゃ。転移して早く帰ればいいと言うのじゃろうが。じゃが、これを持ち帰れたら最高のスタートダッシュなのじゃよ!」
右斜め45度くらいの明後日を指差しながら訴えるユーカ。
俺を見つめるその目はドルマーク。
薬草を売却して、お金たんまりゲット!
いい装備を購入、そしてこのゲームの有力株に‼︎
とかいう妄想を膨らませているようだ……。
どうしてうちの妹はこうテンションが上がると残念になってしまうのか……
「はぁ……」
まあ俺としても気になるところだ。
ドラゴニュート以外レベル1では通れないだろうこの東門の先で採れるアイテムなのだからある程度高く売れるというのはあながち間違ってなさそうだと思いたい。
こんなに大量に生えているのは怪しいけども。
「と思ったが今回は妾の忍びを尊重して、帰ることにするかのう! 夕日を街から見るのじゃ!」
「ん? どうしたんだ」
不思議だな。
いつものユーカならここを砂漠化させてもおかしくない。
「それはのう。もうインベントリがいっぱいなのじゃ!」
そうユーカは満面の笑みで答えてきた。
「ははっ、そうかそうか」
満面の笑みのユーカに俺は思わず笑みを浮かべた。
思わずユーカの頭を撫で、言葉を続ける。
「よしよし帰るか。ビックマネーが待っているぞ!」
「おー! なのじゃ」
そうして、2人で手を結んで叫んだ。
「「転移!」」
ピコーン
「インスタンスエリア、薬草の群生地は戦闘状態です。転移できません」
文字だけじゃなく、電子音声までも聞こえてきた。
なんだって?
「「え?」」
2人して辺りを見渡すと……いた
「ユーカ、ゴブリンだ! ぶっとい木の向こう俺たちとは反対端の森の奥から……約10匹ほどだ! 弓持ちもいる!」
「な、なんじゃと! ええい、薬草を使ってゾンビアタックじゃ。行くぞ!」
「待て! もうそろそろ暗くなるし、後ろの森に隠れてやり過ごせばいい」
「そ、そうじゃな……。その手があったのじゃ。 その手を使えば街に帰れてしまうのじゃな……。 では、スタコラサッサじゃ!」
ビックマネーと目先の戦闘欲で揺れ動くユーカの顔は面白かった。
だけれどもあのゴブリンの数は勝てないだろう。
「おう! 行くぞ」
俺はユーカの手を引いて走り出した。
その時ユーカが何かを言っていたが聞き取れなかった。
しばらく走ると廃村のような開けた場所に出てしまった。
何の人気もないなか崩れかけの家々がポツンポツンと建っていた。
逃げ出したことも忘れて、俺たちは今まさに沈みゆく太陽に目を奪われていた。
群生地でも夕日は見れたが……これは。
「……ユーカよ。この景色、最高だな。廃村の雰囲気と夕日といいノスタルジックな感じが何とも言えない」
「そうじゃな……。このゲームはすごいのじゃ。VRってすごい」
しばしの間、ボケーっと景色を見てしまっていた。
そうしていると太陽が沈み、あたりは暗くなってしまった。
こうなると先ほどまでの感動は一瞬で吹き飛ぶ。
幻想的な風景が嘘のように、今にもおばけが出てきそうな、そんな雰囲気になってきた。
それに月明かりで周りが少し見えるのがまた不気味だ。
「って、早く転移をするのじゃ。ゴブリンも撒いたようだしのう」
「おっと、そうだったな。だんだん不気味な感じになってきたもんな。夜の廃村とかホラーだし幽霊とか……。さぁ転移するか」
ひゅーー、がらがら……
崩れかけた家が風で更に崩れたみたいだ。
「ひぃ……早くするのじゃ」
ユーカはオカルト話が大の苦手だ。
先ほどよりも強い力で俺の手を握ってきた。
そして手を結んだ俺たちは大声で叫んだ。
「「転移!」」
ピコーン
「インスタンスエリア、ゴブリンの村は戦闘状態です。転移できません」
俺たちの大声に反応したのか人気のなかった廃村は嘘のようにガヤガヤと音を立て始めた。
「いま、ゴブリンの村って……」
「おばけじゃなくてよかったのじゃ」
そうつぶやいてしばらくすると、ワラワラと廃墟からゴブリンが出てきた。
「「…………」」
俺たちは顔を見合わせ頷きあった。
そして俺は一歩前に出て、後ろに声をかける。
「ユーカ、俺が時間を稼ぐ、例のアレを使うんだ!」
「うむ……任せたのじゃ。では発動させる!」
そうしてユーカは片膝をつき盾を前に構え、頭を垂れた。
その足元では魔方陣が広がっていく。
正面を見れば崩れかけた民家からゴブリン達が大慌てでやってくる。
〜ここから逃げなければ!〜
そんな遅すぎるスキル表示は無視して、俺は前に駆け出しながら精霊に呼びかけた。