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恋愛ものシリーズ

殺人的不味さチョコレート事件


 チョコレートを殺人事件で包んで(挟んで)みましたが人は死にませんのでご安心下さい。


 ……たぶん。



 これは謎かけだ。誰が悪いのかが わからない。

 話が終わるまでに、答えを出して頂きたい。



 松崎 沙織さおりは、赤いハート型の箱に黄色いリボンでラッピングされた手作りチョコレートを胸元で隠しながら、息をひそめていた。

 ココは毛田高校第2体育館前の渡り廊下。柱の陰で、半ば隠れているのか前に出ようとしているのか。不審者オーラ丸出しで、辺りを行ったり来たりとウロチョロしていた。ココは校内なので、おまわりさんに尋問される事は無いが……。

 剣道部員に尋問された。

「ちょっとそこの女子。気が散るんだけど」


 城本つばめ。男。剣道部員。ただ今 朝の部活の練習中で、第2体育館では剣道部と柔道部の部員が大勢いるはずだ。その中で開け放してあった出入り口の両開きの扉から、チラホラ目に入る沙織の姿が気になったのだろう。

 練習から抜け出して来た つばめは、沙織に問いただした。

「えーと。松崎さん。ウチか柔道部に何か用?」

「あ、あの……」

 顔を真っ赤にして、沙織は自分の後ろに隠した赤い箱を持つ手にギュッと力を入れた。

 それに気がつく つばめ。すぐにピンときてしまう。

「バレンタインか。誰に渡すの、それ」


 ドッキーンッ! ……沙織の心臓は胸から飛び出た。

 明らかで、バレバレだ。


「いやいやいやいやいやいや。あのそのののののの」言葉に なっていない。

 つばめは、ニタリと笑う。

「いいからさ。渡しといてあげる。それか呼んでくるからさ。誰?」


 ボッカンッ。

 沙織は噴火した。「さ、さよならぁ〜〜!」

 猫も驚きの速さで逃走した。「あ、おい……」つばめは沙織を目で追いかける。

「……」

 腕を組んで考え込んでいる つばめの後ろから、同じく練習を中断してやって来た男。

 彼方かなた正平しょうへい。剣道部員。

 防具を取って、手ぬぐいで汗を拭きながら登場する。

「何、今の。松崎さん?」

「おう。素直なコだな。チョコレート持ってたぞ。ハート型で、本命バリバリって感じ」

 汗を拭く手がピタリと止まる正平。

「……ふーん」

 適当に相づちを打つ。その様子を見て、つばめは……オヤ? と首を傾げた。

「もうすぐ予鈴だな。切り上げるぞ、つばめ」

 クルリと方向転換して、また汗を拭きながら体育館へと戻る正平。その背を見つめながら、


「ニヤリ」


と声に出し笑う つばめ。

 松崎沙織と彼方正平。

 本日は これから、バレンタインである。



 キーンコーンカーンコーン……。

 2時限目の授業が終了した。先生が教材をまとめて教室を出て行った後。

「ハア〜……」窓際一番前の席に座っていた沙織は、マントルよりも深いため息をついた。

 机の脇に引っ掛けてある白い紙袋の中に、赤いハート型の箱。

 中身は、昨夜自分が頑張って長時間かけて作った手作り本命チョコレート。

 カカオから手作ったわけで無く、実は溶かさないでそのまま渡した方が美味しいんでないのと言わないでよ そんな事的な、チョコレート。

 沙織は一生懸命、チョコを溶かし型に流し汗を流して。意中の彼のために一個の作品を作り上げた。

 チョコの上には白チョコペンで、こう書いてある。


『Dear. KANATA “LOVE” ―― from. SAORI 』


 彼方正平あての、チョコ恋文である。

 渡すか渡さないか。

 しかし沙織には、別問題があった。


 果たして、食べても大丈夫だろうか。


 ……。


 材料には、異常無いはずである。

 沙織は白い紙袋を見つめながら、また地球に穴が開くほどの深いため息をついた。

(食べたら死ぬ気がする)

 自分でも わかっている。自分には、料理の才能が才能的に無い事を。ややこしい。

 まだホットケーキがクレープになるくらいの失敗なら可愛いもの。

 しかし沙織はホットケーキが もんじゃ焼きになってしまう。何を入れたんだ。

 そんな沙織の本気本命作品。

 気のせいか、箱の中からワサビのような香りがしている。気のせいである事を祈る。

「沙織。さっきからアンタを観察してたんだけどさ。……ひょっとして」

と、沙織の席の、後ろの席の人物が声をかけた。

 北田 新羅シルラ。自称ジェポンヌ星人。沙織の一番の親友である。

 いつもと様子の違う沙織を気にして、ずっと朝から見守っていた。

「バレンタインだしさ。あたしは関係無いやと思ってたけど……沙織、ソレね? そして本命?」

「……」

 後ろを振り向かず、沙織は固まってしまった。

 ジェポンヌ……もとい新羅の言うソレとは、もちろん机の脇の白い紙袋の事。上から覗くと見える、赤地と黄色いリボン。

「……彼方くんに あげるの? やっぱり」

「……」

 無言だったが、イエスを意味していたのを悟る新羅。イスに もたれかかり、「ハア〜……」と大きくため息調の息をつく。そしてチラッ、と教室後ろのドア付近に集まっている男子に視線を向けた。

 5・6人が楽しげに肩を叩きあったりして談笑していたが、その中に居る。

 彼方正平。

 城本つばめ。

 新羅は沙織が言わずとも、ずっと一緒に日々を送っているうちに勘づいていた。新羅は あーあと、心の中で呟き、席を立って沙織が座る前に移動した。

 かがみ込み、上目づかいに沙織を見る。

「何なら、渡してきてあげるよ? 沙織。大チャンスじゃんか。あたし応援する」

「ダ、ダメなの。これは、あげられないの……食べたら、嫌われちゃう……」

 シュンとする。沙織の言葉を聞いて、新羅は「なーんだ。そういう事か」と納得した。

 新羅は沙織が料理下手なのを知っている。机の下で握りしめている沙織の手の指には幾つかバンソウコウが。それを見た新羅は、同情せずにはいられない。

「今日のクラブさ。こっそりチョコ買ってきてあげるから。先輩に言って、手作りチョコを作らせてもらお」

 新羅が助言する。「え?」キョトンと沙織は新羅を見つめた。

「だからさ。今日のクラブ」

 クラブとは、沙織と新羅の所属する『3分クッキングクラブ』。週に2回、活動をしている。今日のおかずはサバの煮付け。……3分でできるかどうかは秘密である。

「あたし昼休み、学校を抜け出して そこのコンビニで板チョコ買ってくるよ。先輩に言って、あたし達だけチョコ作らせてもらおう? ね?」

「う、うん……」

 沙織の手を両手で握りしめ、ニッコリと笑う新羅。

 これぞ友情。



 新羅は言った通り、昼休みに学校を抜け出して近くのコンビニへ。

 あまり時間は無いので、急いでお菓子コーナーへ向かった。レジで会計を済ませてコンビニを出ようとすると、入り口でバッタリ彼方正平 本人と会う。

「あ」

 つい声を上げて正平の真ん前で立ち止まってしまった。「ん?」正平は新羅を見る。

「ええと。あー、ちょうど良かった。ねえねえ、部活終わった後、ちょっと時間とれない?」

 沙織のためにと、新羅は正平に予約をとってみた。

 正平は少し嫌な顔をする。

「これで何人目だ。はあ……。あいにく、告白は受け付けない。全部断る」


 ……。

 新羅は呆気にとられた。

 何だこの競争率の高さは。

 沙織、あんたハードル高いの選んだねと、新羅は頭を抱えた。

「あ、あの彼方くん。告白するのは あたしでなくて、沙織だから……」

と、ウッカリ口を滑らせる。新羅はシマッタ! と全身血の気が引いた。

「……」

 黙る正平。かなり気まずい空気が流れた。

「さ、さよならあ〜〜」

と、スタコラサッサと退散する新羅。

 正平は そんな新羅を見ながら、ポリポリと頭をかいた。




「ダメです。特例は許しません! 今日はバレンタイン。だから敢えて、サバの煮付けにしたのです」

 厳しく部長の目が光る。『3分クッキングクラブ』、5代目部長 長谷川志波。調理室の壁の上方には一代目から順に、歴代の部長の写真が飾ってある。

「そこを何とか。困ってるんですよ」

「知った事ではありません。たかだかチョコ一つまともに作れない方が悪いのです。何なら、その買ってきた板チョコをそのまま差し上げたらいいでしょう? チョコはチョコなんですから」

 部長に負かされた2人。真実が2人の胸をえぐる。

 スゴスゴと、引き下がるしか無かった。

 部活動終了まであと数時間。正平が部活を終えて帰るまでには時間がある……が。

「買ったものあげたんじゃ……ねえ」

と、新羅は沙織の顔色を窺う。「うん……」

 あいまいな返事をする沙織。

 2人とも、本命には手作りチョコレート! という譲れない気持ちがあった。

 でも。


(……私には、チョコを贈る資格なんて、無いのかも)


 沙織は諦めモードに突入しようとしていた。

 本日は、サバの煮付けを作るクラブ活動。皆、着々と調理を進めていく。室内に、サバの煮付け臭が充満していった。

「こ、これは……」

 沙織はサバの煮付けという名の、芸術作品を生み出した。



 チョコとサバの煮付け。

 白い紙袋に入ったチョコと、緑のフタのタッパに入ったサバの煮付け。

 この2つを前に、昇降口前の大階段に座って考え込んでいた沙織。隣に新羅が座っている。部活動終了時刻まであと数十分。もう少ししたら正平を待ち伏せて、いよいよ……。


 しかし沙織は落ち込んでいた。

 今朝まではあったはずの勇気も、しぼんだ風船のように小さくなっていった。

「もう手作りチョコを渡すのは諦める。彼方くんには、普通の告白をするよ」

 沙織は言った。「えっ」と新羅は驚く。

「ありがとう新羅ちゃん。本当は告白も諦めようかなと思ったけど……新羅ちゃんの頑張り、無駄にしちゃうと思って。だから……チョコとサバは渡さないけど、告白だけ」

 沙織の決心。スッと立ち上がって前を見つめた。

 大階段の前では、グラウンドで陸上部がハードル走の練習をしている。

「今から行ってくる!」

 沙織は昇降口の方へ歩き出した。「ま、待ってよ沙織!」と新羅は後を追った。



 沙織は、残った勇気でダメ元で、正平に全てをぶつけてみようと思った。

 全てを。……料理以外。

 今朝と同じく、剣道部員と柔道部員達が居るはずの、第2体育館前。そこから続く渡り廊下の柱の陰に隠れた。

 今朝はダメだったけれど、今度こそは! ……沙織はドキドキする心臓をおさえた。手には、渡すつもりの無いチョコとサバの煮付けと学生カバン。学生カバンの中には、新羅の買って来てくれた板チョコが入っているが……。

「それじゃ、行ってくるね? 新羅ちゃん」

「う、うん。頑張って。沙織」

 沙織は意を決して、体育館の扉の前へ。……閉まっている扉の片方を、ゆっくりと開けた。

 すごく勇気がいる……そして扉は沙織には重い。少し開けて、重かったので少し力を入れようと掴みかえた矢先。扉の方がサッと開く。

「きゃっ」

 びっくりして開いた扉から手を離す。扉を開けたのは城本つばめだった。

「待ってたけど。たぶん来るかなと思って。正平だろ? 呼ぶ?」

 つばめは沙織を見るなり一気にそう問いかけた。「は、はい」と慌てたように返事を返す沙織。

「おーい正平。ちょっと来ーい」

 外に居る沙織には中の様子は見えないし聞こえづらいが、やがてドタドタと足音が近づいて来た。

 紛れも無く彼方正平。つばめ同様 防具の面をとった姿で登場。

「何、つばめ」「お待ちかねのお客さん。出てあげて」

 沙織の背筋がピンと張る。扉から正平が姿を現した。

「松崎さん。何か用?」

 特に表情を変える事も無く。事務的に沙織を見下ろしていた。



「好きですっ。お付き合いして下さいっ」



 いきなり沙織は告白を試みた。「いきなりかいっ」

 2つの声が同時に重なって沙織にツッコんだ。

 2つの声を発したのは つばめと新羅だ。新羅は離れていた所の茂みから立ち上がってツッコんだ。

 目の前で沙織の告白を聞いてしまい、つばめはオイオイ、と手刀を振った。

「せめて2人きりのシチュエーションにしてから告れよ、松崎さん」

「だってどうせ城本くんにもバレバレみたいだから、まあいいかなと思って」

 あまり沙織自身は気にしていない様子だ。おとなしそうに見えて実は大胆だった。

「……」

 そして一番困るのが告白された正平。返事が非常にしづらい。

 扉に手をついて下を向き、かなりお困りの様子の正平。見るに見かねて、新羅は走り寄り声をかけた。

「よく考えてあげてよ彼方くん。返事はまた後でいいしさ。ね、沙織。今すぐでなくても」

「え、あ、うん……」

「それ、正平にあげないの。せっかく作ったんでしょ松崎さん」

「え、あ、うん……」

 新羅と同じ返事の返し方をする沙織。つばめに指摘されたのは、沙織がずっと両手に抱えている紙袋とタッパだ。

「でもこれは失敗作だから……あげるつもりは」

「そんなケガだらけの指をして。頑張ったんでしょ。失敗作でもいいじゃん、なあ正平」

「ん……ああ、別に……」

 そう言って正平は沙織の顔を見る。お互い目が合った途端、顔が赤くなってしまった。

「え、じゃあ お付き合いOKなの! ヤッタ! ヤッタじゃん、沙織!」

 新羅は大喜びでバンザイをした。沙織は信じられないといった顔で真っ赤な顔を紙袋で隠す。

 しばらく新羅のバンザイと、つばめの拍手が続いていた。

 少し落ち着いた後だった。

「もー、どうなるかと思ったのよねっ。何ならその、さっき作ったばっかりでホヤホヤのサバの煮付けでもいいんじゃないかとか、手作りじゃないけど買ってきた板チョコでもいいんじゃんとか! アレコレ考えてたんだからぁ!」

 新羅はベラベラとしゃべり始めた。つばめがまた気がついたように言う。

「そのサバとやらも松崎さんの手作り? ならそれも受け取ってやれよ正平。ついでだし」

「え。あの、その。あんまり自信ない。見た目がひどくて」

 慌てて沙織が言う。

「気持ちでしょ気持ち。なあ正平」とつばめに言われた正平が。

 フウとため息をついて、沙織に はっきりと言った。

「いいよ。全部もらう。板チョコも。つばめの言う通り、気持ちだし」

 沙織は……


 ジーン……


 ほとんど潤んだ目で、正平を見つめた。

 例えようの無いほど、感動していた。今ならいっそ死んでもいいと思った。



 さて。

 沙織が正平に渡した物は以下の3つ。

 一晩かけて作った本気本命手作りチョコ。見た目はキレイ。

 サバの煮付けと称された芸術作品。見た目は沙織いわく、ヒドイ。

 コンビニで買った板チョコ。


 次の日。


 正平は、学校を休んだ。


 一体誰が悪かったのか……。

 芸術作品を作り出した沙織か。ベラベラとサバの煮付けを作った事までしゃべった新羅か。

 全部受け取れと促した つばめか。気持ちだからと受け取って恐らく全てを平らげた真面目な正平か。

 それとも再チャレンジを許さなかった長谷川 志波?



 正平の無事を祈る。




《END》





【あとがき】

 買ったチョコが悪かったりして。


 ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] そうか、今日はバレンタインデーなんですね。最近日にちが分からなくなってます。楽しんで読ませていただきました。 エピソードのところどころに面白い表現がある今作ですが、逆に荒い部分も見受けられ…
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