-05- [第一章]人間の本質 〜光と闇〜
森を出てから休憩を挟みながら歩くこと5時間が経過していた。
昼前にに森を抜け出して街が見える頃には陽が落ちかけていた。
「街は結構、遠いんですね」
「そうかい?まだ半日も経ってないからそんなに時間が掛かったようには思わなかったけど・・。
ユーと私達の移動時間の感覚にズレがあるかもしれないね。
私たちの感覚だと街と街は馬車でも数日かかる距離があるから徒歩で着く分近く感じるんだけどね」
(そっか、車なんて無さそうだもんね・・・
日本は道路が整備されてて車もあって移動時間と移動距離の感覚が違いすぎるんだ。
これも慣れないとダメだなぁ、いつまでも日本の感覚で居るといけない・・)
「さて、見えてきたね。あそこに見える街が今から私達が行く"ロールグ"だよ。別名、"冒険が始まる街"だ」
「冒険が、始まる街・・?」
「そう、この街から東西どちらに行っても近くに街という街がないから、自然と長旅になる。
馬車を使えば話は変わるだろうけど、馬車を所持している人は限られてくるし街と街を結ぶ定期便に乗るとしてもかなり高い乗車賃が取られるからね。
お金のない人は自然と徒歩になるから否が応でも冒険という名の危険に巻き込まれるんだ」
「冒険という名の、危険・・・」
「そう、冒険というと夢溢れる行動に思えるけど実際は危険と隣り合わせだからね
この街でユーには傭兵か冒険者になって貰うけれどいつまでも一緒に居れる訳じゃない。
これから生きていくなら強くならないといけない・・私はその手助けはするつもりだけど、最後に信じれるのは自分だけだよ」
優はレンの"優しさ"の意味を理解した
優はこの世界で唯一生存している混合獣のサンプルだ。
しかし混合獣は貴重な存在と同時に他の種族を滅ぼす為に造られたという危険な存在。その存在が知られた時レンは優を守る事が出来なくなる。
そんな時が来た時にレンの助けがなくても生き抜けるように実力を付けろ―――
と進むべき道を指し示してくれているのだった。
(そっか、今こうやって助けてもらってるけどいずれは一人で生きていかなきゃダメなんだよね・・
レンさんには頭が上がらないなぁ・・)
「頑張って、強く、なります・・!
一人でも、生きれる、ように、頑張り、ます」
「その意気だよ、何事も希望は持たないとね」
優は『一人で生き残れるようになりたい!』と志しを高く持つようにした。
当面の目標は「一人で生き残れるように立ち回っていくこと」とした。
優が気持ちを引き締めている間に街へ入るための門へたどり着いた。門を潜ろうとすると門番に止められ身分証明の提示を求められた。
「中へ入る前に身分の証明をしていただきます」
「すまない、1人身分証明の出来ない子がいるんだ。その子の身分証明をできるようにするためにこの街に寄ったのだが後で証明するから通してくれないか?」
「駄目です。規則で決まっておりますので身分証明するものが無いとお通しすることは出来ません」
「そうか、まいったなぁ・・・」
「どうするんっすか?レンさん」
「あー・・・そうだねぇ。すまないけどクランツ、先に冒険者ギルドに行ってキールって人を呼んできてくれないかな?
レン・スィールの使いって言えば分かると思うよ」
「・・?分かりました、ちょっと行って来るっすね」
そう言うとクランツは身分証明を済まし1人で街の中へ入っていった。
しばらくしてクランツと見知らぬ男が門から出てきた。一緒に出てきたクランツはレンを見ると呆れたような顔をした。
見知らぬ男はレンに一礼し優を見定めるような目で見たあと、門番へと向き直り事情を説明して街の中に入れることになった。
「いやー・・・レンさんもすんごい人を呼びつけたもんっすねぇ・・・」
「あの人は、そんなに、すごい人、なんですか?」
「まあ、一言で言うとこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだよ。この街では傭兵より冒険者ギルドの方が幅をきかせているからそこのトップに来てもらったのさ」
とレンは軽く言ったが、クランツとケイトの顔は呆れたような顔をしていた。
「いや、普通ギルドマスターっていったら呼びつけれるようなもんじゃないっすよ?」
「確かにそうだ、私達は傭兵だがマスタークラスになると地位もそれなりのものになるからな・・本当にスィールさんは研究家なのですか?」
「本当も何も研究家だよ?ただ家がちょっと特殊でキールさんとは面識があっただけさ」
レンは肩をすくめながら言った。
そこに見知らぬ男・・・キールが会話に参加してきた。
「確かにスィール殿は研究家ですが、それ以前に王都の貴族でもあるのですよ?
ご本人は身分を隠していたようですが・・・くれぐれも危険な真似は避けて欲しいものですな」
「何を言っているのさ。私の研究が実を結んだのはいいけどその功績が、一族に貴族の地位を与えるというだけで私は今もまだしがない研究家にすぎないと思っているよ。
貴族になったことで研究が出来なくなるくらいなら、その地位を返上するとまで王に申し立てしたら渋々許可してもらえたよ?」
「王に申し立てすること自体が異例なのです・・"研究狂い"の二つ名は伊達ではありませんな」
「死ぬまで研究していたいね。それこそ1つの分野でなく複数の分野でね」
「ハハハ、まさに強欲ですなぁ。
さて、私を呼んだ理由は・・・その少女のことですな?見たところ見たことない種族の娘ですが・・」
「そうだよ、本当は普通に冒険者ギルドか傭兵ギルドで身分登録をするだけだったのだけど街の中に入れないとそれすら出来ないからね、キールさんのお力を借りたのさ。
一応彼女に冒険者か傭兵、どちらになりたいか選択肢を与えてあげたいんだ。その上で冒険者を選んだらまたお世話になると思うけど、それでいいかい?」
「分かりました。スィール殿のお知り合いとなると是非とも我がギルドにご招待したいものですが、本人の意思を尊重するということですので・・・
もしご自身の意思で冒険者になられるということならば、私も微力ながらお手伝いさせていただきますよ」
「ありがとう、すまないね。
とりあえず今日は私も彼女もヘトヘトでちゃんとした寝床で身体を休ませたいからこのまま宿屋に行って休むとするよ。
どちらを選ぶとしても明日はギルドへ顔を出すよ」
「分かりました。明日はギルドにてお待ちしております。
・・ところでまだ宿はお決まりでないのですかな?」
「先ほど着いたばかりだからね、今から探そうと思っているんだけど・・当てでもあるのかい?」
「いくつかはギルド側から斡旋できますがいかがですかな?」
「うーん、そうだねぇ。夕食と湯浴みが出来るならどこでもいいよ。
キールさんは私の為人を分かってると思うけど貴族の面を尊重されても困るからね?」
「分かっていますよ、スィール殿を必要以上に貴族扱いすれば私にどんな不利益なことがあるか分かったものではありませんからな。
むしろその点では他の貴族の方々を相手にするよりずっと楽ですので、お気になさらずに。
それでは少々お時間を頂きますがよろしいですね?」
「うん、お願いするよ。色々させてしまって申し訳ないね」
「いえいえ、この程度では私達にいただいた情報に見合ってませんからな、これくらいはさせて欲しいくらいですよ。
では中で少々お待ちください」
キールの先導で4人は冒険者ギルドにたどり着いていた。
キールに中へと通され入口近くのソファーに座り宿の斡旋待ちをすることとなった。
冒険者ギルドの中は数名の冒険者がいて「ギルドマスターが相手していた人物は何者だ?」という好奇心の目を向けていたのと同時に優を見て怪訝な表情を浮かべた。
その視線を受けて優は嫌悪感を抱いた。レン達と居て慣れてはいたけど優の見た目は異端なのだから視線を集めてしまうのは仕方なかったが優はまだ慣れないでいた。
(うぅん・・ジロジロ見られるのは辛い・・。これにも慣れていかないと・・!・・・めげそう)
時間にして十数分が経過してキールが4人の元へ駆け寄って来た。
「スィール殿、宿が取れました。もう遅いですしこのまま宿屋までお送りしますね」
「ありがとう、キールさん。お言葉に甘えさせてもらいますね。」
キールに連れられて4人は宿屋へ向かった。
紹介された宿屋は外見は古いものの綺麗でレンの要望を全て満たしていた。値段も格安とまではいかないもののお手頃でレンも満足したようだった。
宿屋の受付で料金を払い、2部屋を取ってレン、クランツ組とケイト、優組に別れることになった。
その際、優は女性と一緒の部屋に入るのを断ったが既に女性の身なのに今更だと言いくるめられケイトと同室になった。
4人は身体を汚れを洗い流し綺麗さっぱりになった後、宿屋で提供される食事をとった。
食事は見た目こそ質素だったものの食べごたえがあり4人が十分に満足できるものだった。ここまで至れり尽くせりなのに4人以外の客は見当たらなかった。
宿屋の主人に話しを聞くところによると新米冒険者は格安の宿に行き稼ぎ出した冒険者は高くても質のいい場所に泊まろうとする傾向にあるらしい。
高くもなく格安でも無い、外見は古ぼけた(中身は綺麗で質もいい)宿屋なだけにあまり見向きもされないようだ。
ここ数週間まともに泊まる人も居なかったらしく、キール様々とのことだった。
その時レンはあることを閃いた。
「客の入りが悪いようなら1ヶ月の間泊まらせてくれないか」と
レンは1ヶ月分の料金を宿屋の主人に手渡し、宿屋の主人は願ってもない話しに感涙した。
レン曰く「この安さでこの質は素晴らしい。どうせ1ヶ月程この街に留まるので同じ場所の方が気楽だから」とのことだったらしい。
クランツとケイトは街に入る前からレンの行動に呆れていたが、今回ので「お手上げだ」と言わんばかりの表情をしていた。
普通の人は1ヶ月同じ場所に泊まるようなことはしない。長くても1週間程度である。資金的にも辛くなるからだ。
それと街に入る前のギルドマスターを呼びつける行動である。ギルドマスターはその功績から国よりかなりの地位を得る。
それこそ、そんじょそこらの商人や貴族では一方的に呼び寄せてもギルドマスターに突っぱねられることもある。
しかしレンはそれを軽々やってのけるのだ、2人が呆れるのも無理はなかった。
「いやー・・・ほんとこの街来てからレンさんの行動には呆れるっすよ?」
「私もそう思う・・何せギルドマスターともあろうお方が頭を下げているところは見たことないからな」
「それに金の使い方もすごいっす、確かに安い宿ではありますけど1ヶ月分は流石に大金っすからね・・。研究ってそんなに儲かるんっすか?」
「研究というか研究で得た情報をギルドなどに売っているんだよ。種族についての研究の傍ら、魔物と魔族について研究してたことがあってね。
その情報は冒険者や傭兵・・・つまり戦う人達にとって有益だったというわけさ。おかげで対処できなかった毒の対抗薬が分かったとか、無駄死にが減ったって言ってくれてたなぁ」
「「・・・そりゃギルドマスターも頭を下げる訳だ(っす)・・・」」
(あー、レンさんはあれだ。ゲームとかでいうモンスターのステータスを解明して情報として可視できるようにしたのか・・・
そりゃ凄いわけだ・・ゲームでもあれがあるとないとで全然違うもんね)
怒涛の勢いでレンの有能さを見せつけられた3人であった・・・
その日は食事をしてからすぐに眠りについた。この世界で初めてのベッドはまさに凶悪だった、寝転んで身体の力を抜いたら寝てしまったくらいには凶悪だった。
翌朝、ベッドで熟睡した優は目を覚ました。
優はベッドの有り難みを改めて痛感した、今まで眠ることで疲れが取れていたと思っていたがベッドで寝ることで今までにない身体の軽さを感じていた。
疲れが取れていたけどそれは完全ではなく、徐々に身体に蓄積していっていたのが柔らかいベッドに寝転んだことで一気に解消されたのだった。
「ん・・うぅー・・ん!
よく寝た・・、身体が、軽い・・!」
「お、起きたかユー。朝食が用意されてるらしいから下に降りて食べようか」
二階建ての宿屋は1階が受付・食堂となっており、2階に部屋がある構造になっている。
部屋から出て下に降りるとレンとクランツが既に食事をしているところだった。
「お、おはよーっす。先に食べてるっすよ」
「二人共おはよう。朝食と夕食は宿泊代に含めてもらってるから気兼ねなく食べるといいよ」
「はい。いただきます」
席に着くと宿の店員が食事を運んできてくれたのでお礼をしてから食べることにした。
「いただきます」
「・・?それはなんだい?」
「あ・・いただきます、ですか?これは、ボクの、世界で、食事の前に、する行動、です。
食べ物って、命を頂く、ことですから、それに対して、頂いている、って感謝を、こめて、言うんです」
「なるほど・・それはいいね」
食事を食べ終えた4人は、まず優の服を買いに行くことにした。
今は布を巻き付けていて服とは呼べない状態であり、その格好で連れ回すのもよくないとレンが判断したのだ。
宿を出発した4人は優の格好から人通りの多い道を避けて服屋を目指した。
この街で一番デカい服屋に着くとクランツはこう言いだした。
「女の服選びは時間がかかるっすから、俺は先に傭兵ギルドに顔出してきます。
レンさんをこの街に届けたって定期連絡入れないとダメっすからね。
服選びはケイトさんにお任せするっすよ」
「分かった、じゃあ私達はユーの服を買ったら冒険者ギルドに向かうから待ち合わせはそこにしようか。
昨日の事もあるし、キールさんには顔出すって言っちゃったしね」
ちょっと面倒くさそうな顔をしながらレンは言い、その顔を見て苦笑しながらクランツは3人の元を後にした。
服屋に入るとかなりの数の服が置いてあった。
服の種類も色の種類も豊富で「現代の服屋にも負けてないんじゃないの?」と優は驚きを隠せなかった。
優が驚いていると店の奥から店員が駆け寄って来た。
「何かお探しでしょうか?」
「この子の為の服を探しに来たんだけど、この子の背格好に合った服はあるかな?」
「少々お待ちを・・・そうですね、こちらになります」
店員に連れられ優の背格好に合った服がある場所に着いた。
「ユーはどんな格好がしたいのかな?」
「動き安い、地味なので、いいです
ケイトさんに、質問ですが、旅をする、時は、何着、あればいい、ですか?」
「ふむ、旅か・・・そうだな、5着もあればいいと思う。
使いまわすことにはなるが大量にあっても持ち運びに困るし、戦闘する際に破れる場合もあるからその辺が妥当だと思う・・私の個人的な意見だけどね」
「5着、ですね・・。ケイトさんの、センスで、選んでもらっても、いいですか?」
「私がか!?」
「はい、戦闘でも、役立つような、服を選んで、ほしいです。
ボクは戦闘とか、全然知らない、ので・・」
「なるほど・・・そういうことなら任せておきなさい、防具を着るのもふまえて見繕ってあげよう」
優はケイトにお願いして服を見繕ってもらった、動きを重視しつつ防具を着ても大丈夫な服装をお願いした。
無骨な服が選ばれるかと思ったがケイトはなるべく女性らしさを意識した服を選んでくれた。
ケイト曰く「女性になったのなら戦いの中でも女性らしくあれ」とのことだった。
購入後、着替えさせてもらってる間にレンが購入を済ませていた。
代金を聞いたところ銀貨50枚と言っていたが優にはこの世界の貨幣価値がわからないのでお金についてはまた今度聞くことにした。
服屋を後にした3人はクランツが待っている冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに向かう間に優は冒険者と傭兵の違いについて質問した。
「冒険者と、傭兵の、違いって、何ですか?」
「冒険者と傭兵の違いか・・。冒険者は誰かの元に就くわけでもなく世界中を旅する人たちの事を言うね。ギルドに届けられるクエストをこなしたり、戦闘員として参加したりとやることは様々だよ。
傭兵は街の警備をしたり軍に入ったりして戦う人たちの事を言うね。クランツやケイトのように護衛任務があったりすることもある。」
「・・・ボクは、冒険者に、なりたい、です」
「どうしてそう思ったんだい?」
「やっぱり、ボクの身体の、ことです。混合獣って、ことがバレたら、大変だと、思うし・・それに、やりたいことを、やる方が、いいです」
「なるほど・・ちゃんと考えてはいるんだね」
「また、新しい、ことが、分かれば・・レンさんに、教えやすい、のも、冒険者かな、って・・」
「それはありがたいね、私としても嬉しいよ」
「傭兵にもいいところはあるのだけれどな、ユーが決めたのなら無理強いすることはないさ」
優は冒険者になることを決めた。
自分の身体について詳しいことが分かれば教えるというとレンは満面の笑みで喜び、冒険者になると言うと傭兵であるケイトは少し残念そうな表情を浮かべた。
話しているうちに冒険者ギルドの前まで来ていた。ギルド前には既にクランツが待っていた。
「おー、早かったっすね?もうちょっと時間がかかると思ってたんすけど・・」
「ユーはあまり服にこだわりがなかったらしいからな、私が見繕ってあげたからあまり時間がかからなかったんだ
それより報告は済ませたのか?」
「勿論っすよ。報告したらギルドマスターが『合わせてくれ!』って言ってきたんすけど・・レンさんの都合があるので俺じゃ結論は出せないって言っときました」
「そうか、すまないねクランツ。こちらの用事が終わったら顔を出すとしようか」
「了解っす!
それはそうと、ユーはどっちに決めたんだ?」
「冒険者、です」
「そうか、ちょっと残念だなぁ。後輩が出来ると思ってたのによ
でも自分の決めたことだ、悔いの残らねえようにしねえとな?
それに、ギルドの移籍も出来ないわけじゃないから、傭兵になる時があったら歓迎してやるぜ?」
クランツはそういいながら優の頭をポンポンと叩いた。
この数日で、出会いの時こそ堅かったもののクランツはかなり気を許していた。クランツの優に向ける感情は世話の焼ける兄妹のような感じで優も気分が悪くなることはなかった、むしろ異性としてみるのではなく兄妹感覚で見てくれることに安心感を抱いていた。
「さて、それじゃ登録といこうか」
「そうっすね。俺冒険者登録初めて見るんで楽しみっすよ」
「遊びではないんだぞ?しかもやるのはユーじゃないか」
「そりゃそうっすけどやっぱり門出ってのはいいもんっすよ」
軽い会話をしながら4人はギルドの扉を開いた。
ギルドに入ると昨日とはまた違った雰囲気に包まれていた。
クエストボードの前でクエストを吟味している集まりが3つほどあった。これからクエストへ繰り出すらしく武装された冒険者達が士気を高めていた。
「凄い、熱気です、ね・・」
「そうだね、あれはこれからクエストを受けるところだろうね。
クエストと一言に言ってもいろんな種類のクエストがある。あの集団はその中でも戦闘力が試される討伐系に向かうんじゃないかな?」
「傭兵にはない熱気っすね。傭兵はどっちかっていうと殺気を纏うイメージっすから・・・」
集まりの中の数人はこちらに視線を向けたが特に気にする様子もなくチームのメンバーとの会話に戻った。
優のことは気になるが今はクエストに意識が向いているようだった。
レン達はそんな集まりを気にすることなく受付へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。何用でしょうか?」
「冒険者登録をしたい子がいるのだけれど大丈夫かな?」
「はい、問題ありません。どの方でしょうか?」
「この子をお願いします」
そう言ってレンは優の背中を押して一歩前へと踏み出させた。
「この女の子・・・ですか?」
「そう、この子です。実はわけありで身分証明するものがないそうなんです。
そして両親も居ないようで1人で生きていくのに冒険者になりたい・・というわけなんです。」
「訳あり・・ですか。私の一存では許可出来兼ねませんので少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「成る程・・じゃあキールさんを呼んでもらえるかな? レン・スィールが来たと言えば分かると思います」
「マスターを!?・・・少々お待ちください」
そう言って受付嬢は二階へ上がっていった。驚愕の表情のまま――
「俺、あの子じゃない受付の子に同じ顔されたっすよ?」
「そんなに驚くことなのかなぁ・・キールさんの名前を出すのって」
「今のギルドマスターは堅い人で有名らしいっすからね
人が訪ねて来ても親しい人以外は全て断られるらしいっすから・・」
そう言ってるとキールと受付嬢が降りてきた。
「これはこれはスィール殿、お待たせして申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそ呼び付けてしまって申し訳ない」
「お気になさらずに・・して、今日は先日の顔見せで寄られたのですかな?」
「いえ、それもあるのですがユーが冒険者になると決めたので登録をしに来たのですよ。
この見た目でして受付嬢の一存では・・という事なのでキールさんにお力添えをと思いまして」
「ほう!冒険者を選びましたか!これは嬉しいですね、我が同士が増えると言うのは
では身分登録の前に血液鑑定を致しましょうか」
キールは受付嬢に血液鑑定する為の道具を持ってくるように指示した。
レンは血液鑑定という単語を聞いてキールに耳打ちをした
「(その事なのですが少々訳ありでして、周りの目が無いところで行いたいのですが・・)」
「(スィール殿が仰るならば・・私の部屋で行いましょう)」
「(そこで説明も致します。苦労をかけます・・)」
「(いえいえ、スィール殿の力になれるならばこの程度)」
そこに受付嬢が血液鑑定の道具を持ってきた。
「すまないね、それでは引き続き仕事を頼む。
私は彼らと話をするのに部屋に戻るが何かあれば呼んでくれ給え」
「は、はい!了解致しました!」
受付嬢は緊張した表情を浮かべ深く頭を下げていた。
4人はキールに連れられ、キールのいる部屋へと向かった。
「お、俺らもっすか!?」
「そうだよ、2人だけ置いて行くわけにもいかないでしょ?」
「別に私達は構わないのですが・・・」
「スィール殿の護衛なのでしょう?ならば一緒に来た方が仕事が出来るでしょう」
クランツとケイトは断ろうと思ったがレンの護衛である以上側にいる方がいいのだ。
それを踏まえた上でキールは入室許可を出したのだった。
部屋に入ってキールは椅子に腰掛け血液鑑定の道具を置いた。
「そこに座って下さい、上等なものではありませんが・・」
「私は別に気にしませんよ、何処に座っても変わらないと思っていますからね」
「それは有難い・・・、それで周りの目があるとダメな理由とは一体・・?」
「それは血液鑑定をすれば分かると思います。
私の予測が正しければ・・ですが」
キールは優を指をチクッと傷つけ血を出させると、その血を特別な羊皮紙に垂らした。
すると羊皮紙が淡く光り徐々に文字が浮かんできた。
年齢 ――
種族 ――
性別 ♀
犯罪歴 ――
キールは出てきた情報に驚きを露わにしレンは自分の考えが正しかったのを目の当たりにした。
この結果にキールはレンに問いただした。
「ーッ!?
これはどういう事ですかな?私は長年冒険者をしておりますがこのような状況は見た事がありません。
身体の情報体である血を持ってしても種族と年齢が分からないなどというのは・・」
「私の予想していた通りになりましたね・・
それでは説明します、この事は他言無用でお願いしますね?」
レンは優の身体について説明した。性転換した部分は優に配慮して話す事はなかった。
「そんな事が・・・それは本当ですか?」
「私も転生した現場には居ませんでしたが彼女から聞いた情報はこの世界のものではないものばかりでした。証拠にはなりえると思いますよ」
「スィール殿がそこまで言うなら間違いないのでしょうな・・いやはやこれは責任重大ですな・・・
この情報、キール・イーロンの名において漏らさぬことを誓いましょう。」
「よろしくお願いします。
さて、話しは変わりますが血液鑑定でこのような結果になってしまっているので通常の方法では身分証明が出来ないときています・・、そこでキールさんの力をお借りしたい。」
「ギルドマスター権限で情報の上書きをしろ・・・とおっしゃるのですかな?」
「察しが早くて助かります。ほぼ見た目通りの情報にするだけで構いませんので・・やっていただけますね?」
レンの眼光が鋭くなりキールを射殺すような眼付きになった。
その眼付きは『ここまで情報を聞いたんだ、今更逃げるなんて私が許さないぞ。従ったほうが身のためではないか?』と言っているようにキールには見えた。
「はぁ・・・スィール殿には勝てませんな。分かりました・・今回だけですよ?」
「ありがとうございます。こんな現象が二度も起こってなるものですか」
さっきとは一転レンは優しい眼付きになり喜びをあらわにした。
横で全てを見ていた優はレンのゴリ押しにも見える"話し合い"に恐怖を覚えつつも嬉しかった。
自分の為にしてくれている、それが研究材料の為だとしても・・優は道を開けてくれたレンに声に出さず感謝した。
レンとキールは軽く話しを終え情報の改竄へと移った。そして書き換えられた血液情報はどこに出しても大丈夫なようになった。
年齢 16
種族 ハーフエルフ
性別 ♀
犯罪歴 ――
「これで大丈夫でしょう、あとは冒険者の仮登録をするだけですな」
「仮登録ですか?」
「そうです、最近ならず者や根性のないものが増えてきましてな。仮登録から一定の数の依頼をこなせば冒険者登録を出来るようにしたのですよ。
時代の流れとはいえ、少々嘆かわしいものですな・・」
最近の冒険者はたるんどる!といいたそうな表情を浮かべながらキールは溜息をついた。
同じ冒険者なだけに残念な気持ちになるのだろう。
「さて、冒険者の登録は受付で行ってもらいます、流石にここで全て済ませてしまうのはよくありませんので・・」
「そうですか、分かりました。では下に降りましょうか」
4人は部屋を出て受付へと向かった。クランツとケイト、そして優はレンの力をまた見せつけられたのであった。
受付前まで行くと既に1階は数人しか居なかった。冒険者たちはクエストを受けに行ったのだろう、さっきまでの熱気が嘘のように消え去っていた。
「あの、冒険者登録、をしたいの、ですが」
「はい、先ほどの血液鑑定の結果はございますか?」
優は先ほど"改竄された"血液鑑定の結果が表示されてある羊皮紙を手渡した。
「念の為確認させていただきます、ギルドマスター推薦であっても必要なことですのでご了承ください。
――――なるほど。16歳と若いですが境遇がございます、それに犯罪歴もないようなので大丈夫ですね
それではこれにお名前を記入してください」
受付嬢はそういうと新たに羊皮紙を手渡してきた。
ギルドに入ることについての規約と署名欄があるだけのものだったが不思議な文様が描かれておりファンタジーさを醸し出していた。
規約内容は掻い摘んで説明すると「死んだ時の保証は出来ない」「犯罪に手を染めた場合即脱退処分とする」「クエスト失敗での負債は最大3割まで負担する」というものだった。
(ちゃんとした規約があるんだなぁ、そうでもしないと大きい組織にはなれないのかな)
そんなことを思いながら優は名前を書こうとして手を止めた。
(ボクは川嶋優だけど、もう川嶋優じゃないんだよね。それじゃあ無理に正直に書かなくてもいいんじゃないか・・?
ボクは生まれ変わったわけだし・・・そうだ、"コレ"にしよう)
そう言うと優は名前の記載欄に 「ユー」 と書き受付嬢に手渡した。
受付嬢に羊皮紙を手渡すと何やら羊皮紙が光り指輪のようなものに羊皮紙が吸い込まれていくのが見えた。
「これで仮登録は完了です」と受付嬢に指輪を手渡され冒険者の仮登録の終了を告げられた。
―――この日、川嶋優は ユー へと生まれ変わった。
5話以降、名前が「優」から「ユー」へと表記変更します。