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孤悲ごころ拾遺  作者: 宮ノ上りよ
第四章 恋い惑う ~天文十八(一五四九)年・夏~秋
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その五 破談

                    §


 ――見上げると、抜けるように青い空の色が、目に眩しい。

昨日とさほど変わらぬ情景なのに、こうも違って見えるものなのだろうか。



 巳乃殿との和解が成って、昨夜は久々に何も考えずにぐっすりと眠れた。

おかげで朝から気分が清々しい。

それが態度にも表れるのか

「太三郎様、何ぞ良い事でもありましたか?」

数名の朋輩達に問われては、いや特に何も、と笑ってやり過ごした。

浮かれているつもりはなかったが、気を引き締めて務めないと、とんでもない粗忽をしでかしそうだ。

と、『粗忽』のひとことにまた、巳乃殿を思い出して。

つい口許が綻んでしまう。


 ……いかん。このままだと本当に務めをしくじりかねない。

若君御所望の書物を御文庫にて探しながら、私は己が両頬をぱん、と両手で挟むように叩いた。



 上段の間にて執務を取られる若君の御許に、探し出した書を持参して。

まだ御入用のものがあるかもしれぬとの事でお傍に待機していると、御館様の御居間付の御近習が廊下より、申し上げます、と声をかけてきた。

「先程、梅林寺御方、御館様御見舞いのため御居間に成らせられました」

「義姉上が?はて、御仏間御拝礼の折には何も仰せられなんだが」

若君が訝しげに首を傾げられる。

「義姉上がおひとりで父上の御見舞いとは……珍しい事もあるものだの」


 御方様は若殿御正室として、若殿の御要請に応じてしばしば表方にお出ましになられていたが、御自ら思い立たれての御出座は極力控えられていた。

御館様の御見舞いも、時折若殿や若君と御一緒に伺われる事はあったものの、おひとりでのお出ましはこれまでなかったように思う。

何か、特別な事でもあったのだろうか。

もしや、昨日の若君の御家中への御挨拶の事で、御館様に御直々に何かお話をされるおつもりで……?


 いや。

御方様はこれまで、そういった事で自ら表方に働きかける事は一切、なさらなかった。

若殿や若君のみならず御家中の間でも並ならぬ才智と聡明さを認められ、しばしばまつりごとへの御意見を求められながら、あくまで奥向の女人としての分を守り、若殿の御要請があった時のみ御重臣方を交えた評定の場にお出ましになられ、御自身の御見解を控えめながらもきちんと述べられる、という態度をこれまで貫かれた御方だ。

昨日の件は御館様も御承知の事、と聞いた上で、それでも敢えて動かれるとは思えぬ。


 若君のお傍近くに控えていらした父上が

「御館様、本日は御仏間御拝礼には?」

そう問われると、若君は首を横に振られて。

「この所御加減よろしからず、ここひと月程は一切……ああ、先月の同じ日にいらせられたゆえ、丁度今日でひと月になるの。あれは兄上の三七日(二十一日)であったゆえ覚えておる」

と。


 「本日は……秋陽院様の月の御命日でしたな」

父上が呟くように仰せられた。


 「兵部?」

「妻が、朝から正念寺に御拝礼に参りましたゆえ」

「由並が?」

よもや毎月?と……目を丸くして問われる若君に、父上は黙って頷かれた。


 母上は秋陽院様の一の侍女だった。

大野に嫁いだ後も秋陽院様を慕われて……若殿御誕生の折に今岡治部様の御内室が御乳母に上がられたのを、お側に戻るのにその手があったかとひどく口惜しがり、後に秋陽院様が若君を御懐妊遊ばされるのと前後して千保を身籠った際、これで乳母として再び奥向に入れると狂喜されたのだと……父上が話して下さった事がある。

『あの頃、私は美玖にとって乳母になるための種馬でしかないのかとそれはそれは悩んだものよ』

それは父上お得意の笑い話かとも思ったが……苦笑いしながら仰せられていたあたり、もしや当時は本気で思い悩まれたのであろうか。流石に、聞くに聞けなかったが。

若君御誕生とほぼ同じ頃に千保を産んだ母上は、念願の若君御乳母として奥向に入り秋陽院様のお側近くにお仕えして。

若君がまだ物心つかぬ頃に心の臓の発作にて突然身罷られた秋陽院様の、御最期を看取られた。

若殿がやはり母君御同様に御急逝された折

『何故、何故に若殿も……何故っ!』

母上は日頃の気丈さに似合わぬ程に取り乱し、数日間泣き暮らしておられた。

秋陽院様御薨去の折、お側にありながら何も出来なかった事を、母上は長い事苦にしておられたのだと……それも、父上から伺った。


 若君の母代として奥向に出仕されていた頃はお忙しくて御墓参もそう度々という訳にはゆかなかったようだが、若君御元服で奥向を退かれてから、母上は秋陽院様の月命日には必ず正念寺に出向かれている。

母上はその事について御自身は何も語られぬが……幽明境を異にして十数年になる今でも、お心の内に秋陽院様御最期の折の悔恨と共に、お仕えしていた頃と寸分変わらぬ秋陽院様への御忠心を秘めておられるのであろう。



 「御館様は、お身体の具合が思わしからぬ折でも、初代天真院殿と、御父君先代様と、秋陽院様の月の御命日には必ず朝の御拝礼にお渡りあそばされたと……妻に聞いた事がありまする」

父上がそう仰せられるのに

「いや、もう随分と前から、お渡りは月に一度程であったような……確か」

若君はちいさく、首を傾げられた。

「先月などは枕から頭が上がらぬ御有様であったのを、今日は如何にしても外せぬからと仰せられて」

「はい。それがしと治部殿とでお支え申し上げて、奥向に入られましたゆえ、覚えておりまする」

……そう言えば先月、そのような事があった。

奥向には近習は入れぬゆえ、異例の事ながら重臣の父上と治部様とで御館様をお連れ申し上げたのだと聞いたが、若殿の三七日御法要の支度に追われていた事もあってそのまま聞き流したのであった。



 父上が、微かに目を細められた。

「御館様は秋陽院様と、まことに御仲睦まじくあらせられたゆえ……御無理を遊ばされてもせめて月の御命日だけは、と、思うていらせられたのやもしれませぬな」

「……そう、なのか」

当時を思い起こされてか懐かしげな表情で語られる父上を、不思議そうに御覧になられている若君に、母君秋陽院様の御記憶はない。


 「もしや……御方様は、本日御館様が御拝礼にお出まし遊ばされなんだ事を案じられて、御見舞いを思い立たれたのではありますまいか」

ふと気が付いたというように、父上が仰せられた。

「かも、しれぬの」

若君が頷かれる。

「私は迂闊にも気付かなんだが……義姉上の事ゆえ、父上が母上の月命日だけは病を押しても御仏間御拝礼に渡っておられた事、おそらくお気付きであろう」


 御方様ならばさもありなん、と、私も思う。

御入輿から僅かな間で、母上に琴島の御家中に関する事を事細かに問われ、全てを砂に水が染み込むように覚えてしまわれた御方だ。

今日が御姑君にあたられる秋陽院様の月命日である事も、御館様の数少ない御仏間御拝礼のお渡りが月のどの日にあたられたかも、おそらくは御存知でおられるはず。

もしかしたら、在りし日の秋陽院様と、御館様の御仲睦まじき御様子も、母上から聞き出しておられるやもしれぬ。

その上で、秋陽院様の月命日であるのに御館様がお渡りになられなかった事を、それ程までに御加減が思わしくないのかと案じられたとしても、不思議ではない。


 「義姉上は……お優しい御方ゆえ」

ひとりごちるように、若君が呟かれた。

その傍らで、父上が何か言いたげな御表情で、若君に視線を向けておられる。


 昨日の御挨拶をもって、若君は父上の進言を公式に却下なされた。

『以降この件に関して異論は一切聞かぬゆえ左様心得るべし』

との最後の御言葉は、これ以上の意見は一切無用、と御家中御一同に厳しく命じられたのに等しい。

だが、それで良いのだろうか。


 若君のお気持ちは解らぬではない。

だが……巳乃殿の話で、御方様の御真意を知ってしまった今、本当にそれで良いのか、という疑問が、どうしても拭えぬ。

『梅林寺御方御所生の、涼泉院殿の御遺子が和子なれば後嗣と定め、万が一幼少のうちに代替わりの事あらば私が叔父として後見する』

……それは誰よりも、御方様が望んでおられぬ事。

御夫君と、その忘れ形見のお腹の御子への情は情として、それでもなお義弟君を御後嗣に、と推されておられる、あの御方が。


 何よりも。

それ程の御分別と、今日の事でも判るお心の細やかさを持ち合わせたあの御方こそが、琴島家御当主の御正室として、若君の御伴侶として、最も相応しい御方ではないかと思えるのだ。

おそらく御方様は、若君が御承諾なされば御再嫁に応じられるであろう。

そして、御当主ともなれば御家中や近隣諸氏との難しい関係に立ち向かわねばならぬであろう若君のお心を、最も良く理解される御伴侶となられるであろうに。


 決して誰にも明かせぬ想いゆえに、その想いを敢えて封じて御方様との御縁組を断られるのか。

想いを成就する道を御自ら断たれる事と、御方様のお腹の御子を御後嗣として立てられる事で、若君は兄君への御忠心を貫かれるおつもりなのだろうか――。


 父上は若君のまことのお気持ちを御存知ではない。

御方様の御聡明さとお優しさを十分に認めておられながら、御家中の混乱ぶりをも承知の上で、それでも御方様との御縁組を却下された若君のお心を量りかねておられるのであろう。

だが父上も、異論は一切聞かぬ、という若君の御言葉に従われるおつもりなのだろうか、何かを言いたそうにしながらも、口を閉ざしてお側に控えておられる。


 私も、もはや何も申し上げられぬ。

ただ……惜しい事だと、思う――。



 夕刻。

帰邸すると、千保が宿下がりで帰って来ていた。

若殿御薨去よりこれまでの多忙さを労う意で、御方様が島方――琴島出身の侍女全員に明日の昼までの宿下がりをお許しになられたのだそうな。

それぞれに里がある島方の者達は良いが、都から来ている侍女達には帰る家がない。

「都方は宿下がりは出来まいに、如何するのであろうな」

今頃は人が少ない奥向で忙しく立ち働いているであろう巳乃殿の顔を思い浮かべながら、ふと思った事を口にすると

「都方の皆様は明日非番を頂く事になっております」

言葉少なに、千保が返してきた。

相変わらずその視線は、私からやや逸れていた。


 もう間もなく夕餉という刻になって

「迂闊でした。わたくしひとつ、大切な務めをし残しておりました」

今気が付いた、という風にそう言って、千保は御館に戻って行った。


 千保がいない、いつもと同じ夕餉の席につきながら。

やはりあれは私を避けているのであろう、と、思った。


 巳乃殿の誤解を解く事は出来た。

だが、千保の場合は巳乃殿とは事情が全く異なる。

千保が自ら見て、聞いた事をもとにして、不甲斐ない兄を見限ったという事ならば。

この後、千保が私を許す事はもはや、なかろう。


 言い訳は出来ぬ。

するつもりも……ない。



                    §§



 夕餉の後で。

父・兵部の自室に呼ばれた貞盛は、そこで初めて八千穂の縁談の事を父から聞かされた。

「内々の話のままで破談になった事だが、そなたには話しておこうと思うての」

既に耳にしているとも言えず、貞盛は父の話を黙って聞いた。

家格も年回りも釣り合っている上に、相手の今岡勝二郎光直とは筒井筒の仲で気心も知れているゆえまず良かろう、と、当初は前向きに考えるつもりであったのだが、当の本人達が乗り気でなく、無理に娶せる事もなかろうと光直の父・今岡治部と話し合って、破談にしたのだと。


 ……本人『達』が、乗り気でない、と?

片方だけでなく、ふたりとも?


 「勝二郎が、そう申したのですか?」

思わず貞盛が訊ねると、兵部はうむ、と頷いて。

「当初は、勝二郎の方は受けてもよいと思うておったようだが……治部殿の話では急に渋りだしたとの事でのう。千保も今のまま奥向に仕えたいと強く望んでおった事ゆえ、ならば強いて話を進める事もあるまいかと思うて、の」


 勝二郎が乗り気でない、はずがない。

『千保が私との縁談を厭う理由、他にあるのではござりませぬか!お心当たりがござりましたら是非とも教えて頂きとうござりまする!』

必死に食い下がって来た、あの勝二郎が。


 光直に詰め寄られて、思わず八つ当たり気味に八千穂の立ち聞きの件を話してしまった折の事を、貞盛は思い返していた。

もしやあの折に自分が言った事が原因で、光直は八千穂への想いを諦め、自ら縁談を断ったのだろうか、と。

 ……だとしても今更、確かめる事も、詫びる事も叶わぬ。


 兵部の話を、今初めて聞くもののように装い

「しかし、成れば佳き話でありましたものを、惜しい事ですな」

と返しながら。

心の奥底で、貞盛は己が短慮を激しく悔やんでいた。

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