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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

卒業式

作者:

 卒業式は残酷な行事である。

 世間の一般のイメージだと爽やかな門出の場、今まで慣れ親しんだ学舎との別れの時、そんな感動の行事が卒業式なのだろう。

 しかし、私にとっては違う。

 酷く惨めな気分になる、自分という人間のステータスを見せつけられる行事なのだ。

 式が終わってからの時間。この3年間の学校生活を表したかの様に人の集まり方に差が出る。

 例えば、強豪の部活で活躍した人の周りには、後輩が芸能人にサインをねだるファンの様に群がるし、生徒会に属していた人の周りには一緒に働いた部下達が花束や色紙を渡す。

 卒業式の日に集まる人数が一種のステータスの様に私は見える。

 かく言う私の周りには誰もいない。これが私の学校生活を表している。

 弱小、というより部員1人の文芸部に入って、部室で寂しく読書をしていた女の末路。

 式終わりの騒がしい体育館の前を人と人との間を縫うように避けていって、人のいない場所へと向かう。

 式が終われば、もう私は自由だ。

 あんな人混みの中で長い間立ち往生しているなんて御免である。

 終令の後の騒がしい廊下を抜けて安息の地へ向かっていた日常の様に、学校生活の最後の日も同じ行動を取ろうと思うのだ。




「この部屋ともお別れかー」

 部屋に入るといつも通りの静かな雰囲気が体を包んだ。閉められたカーテンと窓を開ければ、冷たい風が部室の中へと吹く。

 4階にある文芸部は普通の教室の半分しかない。

 教室には申し訳程度の小さな本棚があり、少ない部費で購入した私セレクトの本達が並んでいる。名残惜しくなって、指でその背表紙をなぞると更に寂しさが募った。

「持って帰るか……」

 思い立ったら即行動だ。

 別に受け継いでくれる後輩も部にはいないし、今年定年を迎えられる顧問の先生がいなくなれば、この学園の文芸部は廃部になるだろう。

 部屋に置いてあった紙袋に1冊1冊本をつめていく。表紙を眺めながら、どんな季節に読んでいたかを思い出してみればなかなか感慨深いものがある。

 この本は夏の暑い日にクーラーをガンガンにつけて読んだ。この本は丁度雪の降った日に読み終わったっけ。

そうやって感傷に浸りながら作業を続けて、最後の一冊――太宰治の黄桃――を手に取った時、あの日と同じように扉が開いた。

「やっぱりここでしたか、探したんですよ」

「私の居場所だもの」

 宏子はスキップをして見せ、私との短い距離を詰めた。そして、私が座っている隣の席へと滑り込んだ。

「えらくご機嫌ね」

「ふふ、これを見てください」

 じゃじゃーん、とセルフSEを付けながら彼女はボタンを見せてきた。

「よし、裁縫道具を持ってきなさい」

「はいはーい――って私の制服のが取れたわけじゃありませんよっ」

 その割には席を立ってノリノリで取りに行く姿を見せる後輩だった。

「違います! 卒業式といえば憧れの先輩からボタンの貰うのが慣例なのですよ」

「ちょっと古くないかしら」

 大体、あれは男の先輩の学ランのボタンを貰うんじゃないのか。ウチは女子高だぞブレザーだぞと言いたい。

そんなことはお構いなしで、クリスマスにプレゼントを貰った子どもの様に後輩はくるくると回る。

「それで、憧れの先輩からボタンを貰えたのかしら?」

「はい! ラクロス部の月野先輩から貰っちゃいました!!」

 月野というのは確かラクロス部の部長だったか。

女子高なのに、周りの人間からモテまくっていて、バレンタインには紙袋一杯にチョコを貰っていた記憶がある。宏子にチョコ作りを手伝わされたなぁ、と染々思い出す。

「月野のボタンなんて相当な争奪戦じゃなかったの?」

「はい。しかし、私は戦争を勝ち抜いたのです!」

 ぐーっとポーズをする後輩。

「しかし、ラクロス部でもない宏子がどうしてまた月野の?」

「ふっふっふ、月野先輩って物凄く人気なんですよ」

「知ってるよ」

「つまりですね……たかーく売れるでやんす」

「…………売れるのね」

「はい、それはもう。ちゃんとサインも貰いましたし」

 この後輩は全く現金なやつだ。

「ま、冗談ですけどね。月野先輩のボタンなんて白百合生の特権ですから。大切にしますよ」

「月野も神格化されて大変ね」

 別に芸能人でもないのにサインまでねだられて、大変だなと思う。私だったら面倒で逃げてしまいそうだ。

 それから、私と宏子はいつも通りのオチのない話を続けた。いつも通り机を挟んで向き合って座って。唯一、私が本を読んでいないところが違うか。

 昨日の夕食がカレーで昼食と被ってしまったこと。最近、消しゴムを無くしてしまったこと。テレビでやっていた映画のラストが納得しなかったこと。

 大した話ではなかった。でも、それがすごく楽しくて。

 そうやって続けていると、2人のファーストコンタクトについての話になった。

「宏子ったら面白かったなぁ。全速力で部屋に入ってきてさ」

「仕方無いですよ、追われてたんですから」

「それで開口一番、私も桃好きですよ! って」

「あぁ恥ずかしい……その話やめてください」

 宏子は目を瞑って耳を塞いで首を横に振った。

「でも、あの時は本当にヤバかったんですからね」

「確か古文の追試だっけ?」

「そうです。追試の魔の手から逃げていたんです。全く、何でこの学校の先生方はあんな 

にもアグレッシブなんでしょうか。まさか、逃げたら普通に追ってくるだなんて」

「皆が皆、そんな先生じゃないけどね。でも赤点取るのが悪いと思うよ」

「う、また正論を……あの時も先輩は悪魔に魂を売り渡しましたよね」

「そんな人聞きの悪い。私は先生に宏子の場所を聞かれたから答えたまでで」

「それが困るんですよ! あの後、説教+追試+課題になったのは先輩のせいですよ」

「それは何回も謝ったじゃない」

「まぁそのお陰でこうやって会えてるんですが」

「宏子がしつこいからよ。何回奢らされたか」

「良いじゃないですか。可愛い後輩ですよ……」

 だんだん宏子の声が小さくなっていく。

 その理由が私には分かってしまうから困りものだ。

 不意に宏子は立ち上がり、よろよろと私へ向かってきて、抱き着いた。

「先輩何で行っちゃうんですかぁ……こんなに可愛い後輩を追いてぇ……」

「宏子」

 ダムが決壊したように宏子は泣き始めた。私の制服が涙で濡れてしまうことなんかお構いなしに。

 私には頭を撫でてやることしか出来なかった。そうやりながら、宏子の気が済むまで泣かせてやることしか。



「泣き止んだ?」

「は、はい」

 目蓋を赤く腫らした宏子が寂しそうに首を振った。元の通り、椅子に座らせると私から口を開いた。

「一生の別れじゃないのよ、宏子」

「それでも、悲しいですよ……4月から何を楽しみにして登校すれば良いんですか」

「仕方無いじゃない。連絡なんてすぐに取れるわ」

「毎日電話してもよいですか?」

「うん、待ってる」

「暇な休日はデートしてくれますか?」

「大学からアルバイト解禁だからね。懐もあったまるし、いろんな場所に行こう」

「長い休みは先輩の家に泊まっても良いですか?」

「夏休みは良いけど、冬休みはダメ。来年受験なんだから」

「うぅ……こんな時に勉強のお話は反則です!」

 宏子は頬を膨らまして拗ねてしまった。ご機嫌を取るために頭を撫でてやると、すぐににやける宏子。

 全く、単純な後輩である。でも、そんな彼女の全てが愛おしかった。

 卒業式は学校生活で築いてきた人間関係が可視化できるイベントだ。

 結果、私のところに来てくれたのは宏子1人。でも、私との別れをあれだけ涙を流して惜しんでくれるならば、この学校の誰よりも良い人間関係が築けていたのだろう。

「でもなー本当は私なんかより月野と連絡したいんでしょ?」

「へ!?」

「だって、あんなに嬉しそうにしてたし」

「そ、そそれはですねー」

「私は憧れの先輩じゃないんだ」

 わざとらしく悲しんで見せたりする。

「え、えーっとですね……」

 困っている宏子は堪らなく可愛い。もっともっと困らせたくなる。

「宏子、私のボタン欲しいなんて言ってくれないし」

「はうっ」

 せっかく泣き止んでくれたのに、宏子は再び涙目になってしまった。

 ちょっと苛めすぎたかと反省する。

「冗談。あんなに私のために泣いてくれる後輩なんて宏子だけよ」

「そ、そりゃそうですよ。先輩の周りの目は節穴ですから」

「そうなの?」

「先輩の魅力に気付いているのは私だけです」

「私に魅力何てあるのかしら」

「ありますよ!」

「どーだか」

 もしかして、私にも自分では気付かない魅力とやらが存在するのだろうか。

「月野先輩はみんなのものですけど、先輩は――」

 そう言って宏子は、少しだけ息を吸って、



「私だけのものです」



 唇を重ねてきた。

「はへ?」

 なんともまぁ情けない声が出てしまう。頭が真っ白になる。

 後輩を苛めて楽しんでいたら、とんでもないカウンターを喰らってしまった。

「えへへ、遂にしちゃいました」

「お、おう」

 私が混乱してしまっているのを他所に、宏子は無邪気に笑った。

「確かに月野先輩は憧れの先輩です。でも、先輩は憧れとかとうの昔に通り過ぎて大好きですからっ」

 再び抱き着いてくる宏子。

 どうしてだろう。

 さっきと同じハグのはずなのに、体が燃えるように熱い。

 自分が現在どんな表情をしているか不安になる。

「え、えとそれで先輩」

 私の考えがまとまらず無言になったことを不安に思ったのか、宏子が慎重に口を開いた。

「は、はい」

「返事、もらってよかですか?」

「あ、そ、うね」

 こういう時に気の利いた言葉の1つでも吐ければ良いのだろうが、生憎そんなに私は器用じゃない。

 器用じゃないから言葉じゃ無理だ。だから、行動で示すしかない。

「宏子、好き」

 私は後輩の告白に、最低限の言葉と下手な口付けで答えた。


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