敗北と相談
ミノタウロス戦で手に入れたパシパエの杖は相当に強い武器で、最もラストダンジョンに近い町で買える店売りよりも効果が高かった。
普段は補助も使うリラーではなく、火力に特化しているブラックが装備している。
ほぼ毎日のように全員がログインして、ライデンたちはトップをひた走っている。仮に十日ほど休んだとしても、追いつけそうなのは一つか二つのパーティだけだ。
そして明日にもレベル百に到達しそうな時、プレイ後の打ち合わせチャット時にゾイルが提案を持ち出した。
「もうすぐレベル百か。百になってラストダンジョンへの通行権が得られたら、二周目に入る前に、一度挑んでみないか?」
「そうね、二周目に入る前に試してみるのも悪くないわ。どの程度削れるかで、レベル百五十まで上げるべきか、途中で挑めるかも変わってくるし」
「デスペナルティで二日止まったとしても、他に追いつかれるほどじゃない。ラスボスの情報が得られたら、二日分どころじゃないアドバンテージになるな」
リラーが真っ先に賛成して、ライデンを含む全員が賛成する。
そして翌日、レベルが百になるとすぐに町に戻って、クラスに割り振りスキルを取る。
「準備はいいな。じゃあ、さっそく行こうか」
ゾイルが号令をかけて、ライデンたちはラストダンジョンである塔に向かう。設定では、悪い魔法使いがリッチになった後、悪行の限りを尽くしているとのことだ。
ダンジョン内にはかなり強力な武具、攻撃力を一時増加させるポーションなど、寄り道する価値のあるアイテムが多数出現する。
「あまり寄り道し過ぎると余裕がなくなるし、時間にも追われるから、先に進むぞ」
出てくるアイテムのうち、半分以上が装備できないものが混ざっている。戦士用の金属鎧や近接武器が軒並み利用できないためだ。
「ライくん、二周目は重戦士やったら? アイテム相当溢れてるよね」
「ラスボスのタイプによってはありだけどな。好みで言えば、ずっしりと動きが重いのは好きじゃないんだ。プレイスタイルを変えすぎてもお荷物になりかねないし」
ライデンは今でも回避ができる盾として、充分に戦闘の役に立っている。よろめきを与えた後に魔法の追撃がしやすくなるのも貢献度が高い一因だろう。
塔は上に登るほど面積が小さくなっていき、最上階付近では大きめの部屋が一つあるだけだ。
大きな部屋は研究室のように、本棚や使い道の解らない器具や瓶漬けの動物などが木製の棚が並んで壁が見えないほど囲んである。
「小僧どもが何用じゃ」
椅子に座り、机に向かっていた人影が振り向く。人影は金で縁取られた黒いローブを身にまとっており、手には髑髏の形をした握りの杖を持っている。
そして身体はローブで見えないものの、顔は頭蓋骨で、目の位置する窪みは吸い込まれるような黒い光を発している。おそらく、こいつがラスボスのリッチだろう。
「うわ、気持ち悪い」
リラーが思わず、といった風につぶやく。ライデンも作り込まれた骸骨の出来に引き気味になりながら、レイピアを構える。
各々が武器を取り出した段階で、リッチが語り出す。
「お主ら、儂の命を狙うておるのか。愚か者めが。儂を誰じゃと思っておる……」
延々と語り出したリッチの言葉を無視して、ライデンたちは攻撃の手順を打ち合わせる。
「雑魚を何も呼び出さなければ、補助スキルを使った上で、まずは最大火力をワンセット叩き込もう。それでどの程度削れるか、相手の攻撃がどの程度強いかによって、次に挑む際のレベルを調整する」
ゾイルの言葉に全員が頷いて、リッチの語りが終わるのを待つ。
「かかってくるがよいわ」
大仰に構えながらリッチが宣言すると同時に、塔の窓から雷が何本も落ちた。
「演出過多ね」
ライデンと一緒にリッチへと接近しながら、サクヤがぼそりと呟く。ライデンは苦笑しながら先陣を切った。
リッチに接した状態で『フェイント』を使いながら攻撃をしかける。リッチは回避をするつもりはあまりないようで、攻撃は当たるものの、ダメージが与えられない。サクヤも攻撃を行うものの、ダメージは低い。
ゾイルはスキル『弱点発見』を行うと、リッチの頭部がゾイルの目には光って見えるようになる。これでゾイルが頭部に攻撃を通せば、矢での攻撃でも無属性ダメージになるのだ。
リラーは火の精霊を召喚し攻撃準備を進め、ブラックは物理攻撃陣に『ハイエンチャント』という攻撃力増加の効果を付与する。
「避ける気がないなら、ダメージ重視だな」
「了解」
ライデンとサクヤは示し合わせて、攻撃力の高いスキルを選択する。ライデンは『ソニックインパクト』を、サクヤは『オーラバースト』という気功を塊にして飛ばすような技だ。ダメージだけを見ると『ドラゴンキック』の方が高いのだが、サクヤは蹴り技が苦手で、態勢を崩すのであまり使う機会がない。
「お、結構通った」
両方ともそれなりのダメージが入り、展開に希望が持てそうだ。続くゾイルの『三連撃』やブラックの『マナ・ストライク』も充分にダメージを与える。しかし、リラーの『サラマンダーの槍』はリッチのHPをほとんど削れない。
「うわ、属性防御高すぎでしょ」
リラーが嫌そうに顔をしかめながら悪態をつく。その後に撃たれたゼロの『ホーリーライト』も一定量のダメージを与える。
戦闘開始からそれまで撃たれ放題だったリッチが、両手を上にして呪文を唱えた。
「ブラッディ・スクイーズ」
決して大声ではなく、落ち着いた厳かな声音。そして唱え終わると同時に部屋全体が赤く塗り潰され、ライデンたち六名は上から押し潰されダメージを受ける。
警戒していたにも関わらず、ライデンとゾイルは抵抗できず一撃で死んでしまった。
サクヤはパーティ内で一番高いHPと防御スキルをすべて使い、残り一割を切っているものの、辛うじて生き残っている。リラーとブラックは魔術師のローブに耐性効果があるのか、リラーで三割、ブラックで二割ほどの残量だ。ゼロは抵抗に成功したようで、まだ七割近くHPが残っている。
「サクヤ、一発囮になって! ブラックは雷属性を撃って!」
ゾイルがいない時はリラーが指示する、という前のゲームからのお約束を引き継ぎ、リラーが指示を出す。
指示が出なかったゼロは前衛に出ながら、HPの少ないサクヤを放置して後衛二人を回復する。
「僕のサクヤちゃんも回復してあげたいのだけれど、リッチの弱点属性を見つけるには僕のリーちゃんと僕のブラちゃんを優先せねばならないのだよ。ああ、運命とはなんて残酷なんだ。我が身が二つあれば、三人まとめて相手をしてあげられるのに」
「うるさい、早くしてよ」
連続では魔法を使えないので、待ち時間に話しているだけだが、よく舌が回るものだとライデンは感心してしまう。
そしてリラーとブラックが氷属性、雷属性を試すのとほぼ同時に、リッチが炎属性の攻撃魔法を使いサクヤが死んでしまった。
「魔法のみなら、もう少し持ちそうね」
ブラックの言葉が聞こえたかのように、リッチは目の前にやってきたゼロを杖で殴りつけた。
急な物理攻撃に、ゼロは避けられずまともに食らう。すると、削られたHP分だろうか、リッチのHPバーが回復する。
「回復とは卑怯だね」
「アニメイトデッド」
自らを棚に上げてゼロが文句を言っていると、さらにリッチが杖で床を突き、召喚の呪文を唱えた。
リッチの横に二体、さらにリッチとリラーたちとの中間地点あたりにも二体のグールが出現する。
「これは酷いわね」
リラーが諦めたようにつぶやき、後は抵抗らしい抵抗もできず三人とも狩られてしまった。
パーティが全滅した時点で、死んでからも見えていた塔の情景から何もないバーチャル空間に移行した。
「本日もお疲れ様でした。死亡のペナルティにより、明日はアナスタシーをプレイできません。では、またのログインをお待ち申し上げます」
ライデンはバーチャル空間から現実に戻り、すぐにチャットで五人と合流する。
口々に挨拶をした後、ボス戦の感想を言い合う。
「悪い、ちょっと離れる。計算が終わったらまた入る」
ゾイルがなにやら手元の端末を触りながら、チャットから離脱したのを見て、ブラックが首をかしげる。
「マスター、どうしたのかな?」
「リッチのHPを計算してるんじゃないかな。あとは、全体攻撃の威力とかも」
与えた攻撃の数とHPの減り方、相手の攻撃でのこちらのHPの減り方で、敵の火力や倒すのにかかる時間をゾイルが計算するのが、強いボスモンスターと戦う時の戦法だ。
これまではデスペナルティを避けるために使ってこなかったが、ちょうど良い機会である。
「そうか、ブラックはあまりマスターと一緒にボス討伐してなかったもんな。敵に回すと面倒だけど、味方だとあれだけ頼りになる奴もいねえよな」
「今回の戦闘で、これまで最大火力だった『サラマンダーの槍』がラスボスに効かないことが判明しちゃったんだけど、二周目のクラスどうしようかしら」
リラーが悩み顔でつぶやく。
「ああ、そんなに悩まないで、僕のリーちゃん。選ぶとき、異種族を調べてみたら良いんじゃないかな。まだ誰も取っていないから未知数だけど、状況次第で打開案があるかもしれないよ」
異種族、エルフやドワーフ、リザードマンなどのよくある種族から、ワイルドウルフやストレイキャット、ワイズモンキーなどの獣人族、ルーミアという額に宝石が埋め込まれた変わった異種族なども存在している。
「そうね。メイジの『マナストライク』が無属性で安定するから、他は補助をしやすくクラスを選択するのが良さそうね」
新しいクラスをどうするか相談していると、ようやくゾイルが戻ってきた。
「お待たせ。ええと、百以降の成長度合いが同じと考えて、レベル百二十以下だと、どうやってもスカウトがリッチの『ブラッディ・スクイーズ』で一撃死だね」
だから百二十を超えるパーティが出るまでは、気にする必要はないと断言する。
「でも、スカウトのいないパーティで挑むかもしれないわよ」
「そうすると塔の途中で罠にかかって死んでしまうさ」
ラストダンジョンで、ライデンが解除した罠の中には致死性の高いものが多かった。スカウトのいないパーティでは、すべてを回避するのは難しいだろう。
「ダメージの減衰率を考えると、雷属性は非常に有効だね。さらに物理防御力も、思ったより低めだね。サクヤ君はグラップラーで『ヒーローブレイド』を重ねるより『ダブルストライク』のままで手数が増える方が間違いなく与えるダメージは高い。俺も遠距離物理で無属性を狙うのが良さそうだ。ブラック君もソーサラーで火力の底上げができるから問題ないけど、残り二人は調整が必要だね」
残り二人に割り振られたのは、与えたダメージが小さく上乗せする手段がないライデンとリラーだ。
ゼロは今回の戦闘ではほとんど役に立たなかったが、レベルがそのまま高くなるとリッチの攻撃に耐えられるようになり、回復の重要性は高まるばかりだ。
「俺はデュエリストのスキルで無属性にできるから、あとはサムライを重ねて火力上昇するつもりだったんだけど」
「それでいいだろう。あと、サムライは抵抗力も高めに設定されているから『スペルドッジ』と合わせてリッチの攻撃でも抵抗に成功する可能性はあるだろうね。まあライデン君はよろめきを与えるだけで充分に活躍しているとも言えるけど」
「さっきのリッチ戦、前みたいに『スペルドッジ』忘れていたんじゃないの?」
サクヤがケケケと笑いながらライデンをいじめる。
「忘れてねーよ。くそ、一回やっただけで何度も言い続けやがって」
「せっかくのネタだからね。転生後も言い続けてあげるね」
いらねーよと返しつつ、落ち込んだ様子だったリラーも笑っていたので、ライデンはサクヤに文句を言うのを我慢して話題を変える。
「方向性はそのままとして、サクちゃんとマスター、ブラックは何を取るつもりなんだ?」
「何か、グラップラーに合うクラスがあればいいんだけどね。異種族を検討してみて、無理そうならファイターを重ねて取ろうかな」
重ねて取ると重複専用の特技が取得できる。ファイターの場合、常時攻撃力上昇やMP消費は大きいが、ダメージ半減の特技がある。
「俺はベルセルクを重ねよう。ファイターに比べてさらに火力が高いし。防御力は低いけど、後衛だから攻撃力特化で問題ないだろう」
「マスターが死ぬと戦力が激減するから、一番はじめに脱落とか勘弁してよ」
リラーの指摘にゾイルは苦笑いで答える。
「僕はシキガミマスターあたりを重ねる予定だよ。僕のシキガミが前衛に立てば、僕のサクヤちゃんが攻撃を受ける機会が減るからね」
「私はウィザード。単純だけど基本魔力上昇と、ある程度の補助もあるし、抵抗力も上がりやすい」
それぞれ自らのやりたいことを伸ばす方針だ。個々の選択に取り立てて大きな問題点はなく、一日休養を取って明後日から二周目を頑張ろうと、激励し合ってチャットを終わらせた。
翌日、特にやることもなくぼんやりと情報収集していたライデンに、リラーからチャット申請が入ってきた。
「ライデンくん、こんにちは」
「ども。リラー、どうかした?」
普段からゲームの中で一緒に行動しているが、リラーが綺麗な女性だと解ってからは気後れしてしまい、二人で話す機会はなかった。表面上なんともないように接するだけで、ライデンにとっては精一杯だ。
「ライデンくん、お疲れのところごめんなさい」
「別にいいけど、なんか用?」
ライデンはチャットの画面から目を逸らしながら、リラーに応じる。リラーは画面の向こうで寂しそうに微笑むが、ライデンには見えていない。
「昨日の会話。私がお荷物になっちゃうかなって思って」
「そんなわけないだろ。マスターが死んだ後も、しっかり指示して弱点属性探してたじゃねえか。リッチ戦での火力ではブラックに軍配は上がるが、補助魔法も入れるし、ダメージだけが生きる道じゃねえって」
「そうなんだけどね。でも、ダメージは低い、補助も中途半端、盾にもならないじゃ、何の役にも立てないわ」
いつになく弱気になっているリラーに、ライデンは内心で首をかしげつつ、リラーを見た。
「なんか、嫌なことでもあった?」
「え?」
「普段ならそんな後ろ向きに考えるんじゃなくて、もっと前向きに思考するのにさ」
ライデンの言葉にはっとしたように目を見開く。お腹のあたりで組んでいた手をもじもじと動かしながら、恐る恐る声を出す。
「そうね。ちょっと嫌なことというか、自己嫌悪かな」
「へえ。リラーでも自己嫌悪なんてするんだ?」
「私でも、ってどういう意味かしら」
ライデンがからかうように突っ込むと、リラーは少しむっとした顔で言い返してくる。少しは調子が戻ってきたようだ。
「常に泰然と構えているから」
「それ、ドワーフの時の印象じゃないかしら」
「そんな気はする」
お互いに笑い合いつつ、ライデンは本題を待つ。
「私ね、サクヤちゃんに嫉妬してたの」
「サクちゃんに?」
頷くリラーに、どこら辺がと疑問が浮かぶ。
「サクちゃんがリラーに嫉妬するならともかく……」
言いながら、ライデンはちらりと顔を見ていた目線を下に向ける。どう見ても、サクヤを嫉妬するような身体ではないだろう。
目線に気づいたのかリラーは居心地が悪そうに身じろぎする。
「えっと、そういうのじゃなくて。性格というか明るさとか、社交性とかね」
「ああ、そっちね。サクちゃんはどっちかというと、社交性があるというか、それこそ物怖じしないだけじゃないかな」
「……でも、ライデンくんとも仲が良いわ」
「え、そこ?」
リラーに頷かれ、反応に困るライデン。
「えっとさ。それならリラーもブラックも、ゼロに愛称で呼ばれてるじゃん」
「ゼロに呼ばれてもまったく嬉しくないわね。というより、あれは解りやすいわね。完全にブラックちゃん狙いよ」
「え? 誰にでもああじゃないの?」
「チャラい言動してるけど、あれで結構女性と距離を取っているわよ。それで、ブラックちゃんに対してだけは、すごく紳士的。言葉じゃなくて、態度がね。あれはサクヤちゃんも理解しているわね。当のブラックちゃんが気づいていないのが滑稽だけど」
くすりと笑いを漏らして、ゼロの恋愛事情を暴露する。
「ライデンくんも、黙って見守ってあげてね。せっかくの観察物件なんだから」
「あ、ああ」
何の話をしていたのだろう。どこから逸れたのか考えていると、リラーが話を元に戻す。
「何にしても、ライデンくんと話をして、少し元気が出たわ。考えたら相手がリッチの時点で、魔術クラスがダメージディーラーにはなれないものね。むしろ補助特化で考えてみようかしら」
「ああ、リラーなら周りへの気配りも完璧だし、補助も上手くやれるもんな。良いんじゃないか」
ライデンが納得して相づちを打つと、リラーは困ったような笑顔を浮かべる。
「ええ。周りに鈍感が多いと、色々と気配りもできるようになっちゃったわ」
鈍感? と首をかしげると、なんでもないと言い繕う。
「機会があれば、私も愛称で呼び合ったりしたいわね」
「そのうち、出来るようになるんじゃねえの?」
ライデンの言葉に、小さく肩をすくめる。
「そうなれば良いわね。じゃあまた、明日ね」
「おう。お休み」
少しは気が紛れたようで、すっきりとした笑顔を見せてリラーはチャットを終わらせた。
「さて、寝るか」
いくつか気になる点はあるものの、深く考えても解らないので、ライデンは考えるのをやめて寝台に潜り込んだ。