シン討伐
シンに連れられて、シフたちは墳墓の奥へと足を進める。
最奥でシンが何やらつぶやくと、床に滑らかな下り坂が現れた。
「気付かなかったな」
「儂が丹精込めた魔法じゃからの」
「市長やってた奴もそうだけど、お前も随分、感情が豊かだな」
シフが疑問に思って問いかけると、シンは苦笑を漏らした。
「儂らも別に、木石じゃないからの。嬉しかったら喜び、悲しかったら泣くくらいはするのじゃよ」
「ああ、そう」
二人の会話が途切れると、カツカツと足音だけが周りに響く。沈黙に耐えられなかったというわけでもないだろうが、ティナがシンに話しかけた。
「あの。私からも、質問しても構わないかな?」
「ん、ああ。何じゃ?」
「なぜ、わざわざ出てきたの? 隠れていれば見つからずにやり過ごせたと思うんだけど」
「暇つぶし。面白そうな逸材じゃったからの。部下に出来たら良し、早めに脅威を取り除いても良し。まあ、儂が滅されても、それはそれで構わぬしの」
シンの言葉に、ティナとゲルハルト、ゼロも首をひねる。先ほどの続きで、ティナが疑問を口にする。
「滅されても構わないって、何それ」
「最近、生きるのに飽いてきたところじゃ。ゲオルギオスの奴は、堕ちてなお聖竜の特性を残しておったから、儂でも勝てるかどうか解らぬ。それでもそろそろ狩りに行こうと思っておったのじゃが、貴様が邪魔をしたしの。貴様を殺したら儂にとって脅威がなくなる。そうなれば、世界を滅ぼしてもいいかもしれんの」
「……破滅願望?」
「そういうわけではないのじゃが、まあ貴様らに理解できるとは思っておらぬよ」
シフがつぶやくと、シンは嫌そうに顔をしかめる。
それ以降は話がなく、到着まで歩き続けた。
しばらく歩いた先に大きな扉が見えて、ようやくシンが足を止める。
「中に入れ」
言いながら、シンが扉の先に消えた。
シフたち四人は顔を見合わせ、頷き先は数百人は収納できそうな大きな部屋になっていて、壁面すべてにモニターのようなものが数千は並んでいる。
そして、そのすべてが色々な場所を映している。森の中や洞窟は当然、町中、それも窓から覗いた部屋の様子まで映っている。
「何、ここ……」
ティナは周りを見渡すなり、呆然とつぶやく。ゼロとゲルハルトも、似たような様子だ。
シフも驚いた顔にはなっているが、三人ほどではないようだ。
「世界中の監視部屋? うわ、個人情報も何もねえな、これ」
シフはすぐに目を逸らしたが、若い男女が睦み合っているものまであった。音声がないのは、まだ救いと言えるだろうか。
シンは、奥に置かれた豪奢な椅子に座って笑っていた。さらに、横には付き人らしき男が一人立っている。
「なかなか壮観じゃろう。儂の眷属を経由して、色々と情報を集めておるのじゃ。シフよ、貴様とゲオルギオスの戦いも見せてもろうたわ」
「え、でもあの場には俺とケイしかいなかったぜ?」
「細かな虫もいなかったかえ? 人間だけでなく、様々な生き物を眷属にしておるでの」
「へえ。そりゃ大したもんだ」
「うむ。それでじゃな。こうやって得た情報の中に、いくつか興味深いものもあっての。貴様が転生してきたという、元の世界への行き方を儂に教えろ」
「はあ? お前馬鹿なの?」
意味が解らない言葉に、シフが思わず罵声を浴びせる。シンもそれだけで教えてくれるとは思っていなかったようで、言葉を続ける。
「ただでとは言わぬよ。儂からも貴様に、良い情報を出そう。そして、其奴らは無傷で帰すと約束しようぞ。貴様が死しても、情報を持ち帰るのじゃから、悪くはあるまい?」
微塵もシフに負けるとは思っていない上に、シンの提案を受け入れるのが当然だと思っている様子だ。
「なるほどねえ。俺が勝ってお前らを滅ぼせば、情報のただ取りになるしな。でも二つ、気に入らねえんだよ」
「ほう、気に入らないとな」
興味深そうに聞き返してくるシンに、シフは乱暴な口調で言い放つ。
「お前の趣味悪ぃ覗き見で得た情報なんかいらねえよ。それともう一つは、俺の仲間を侮辱したところだ」
生きて帰るのを約束されて喜ぶほど生半可な覚悟で来てねえよ、と続ける。
シンは笑みを消して立ち上がり、馬鹿を見る目で宣言した。
「よかろう。ではお望み通り、貴様を肉塊に変えた後、残りの三人も喰いやすいよう細切れにしてやろうぞ」
「望んでねえよ。曲解すんな。なんでわざわざ仰々しいのかね、お前らみたいな奴らは」
ゲーム時代のリッチも無駄に仰々しかったな、とシフは懐かしい気持ちになりながら剣を抜く。周りにイビルアイはいないので、魔法の剣で問題ない。
見た目こそ少女といっても差し支えないが、生きた年数を考えると、ゲームで出てきたリッチの設定年齢よりも年上かもしれない。
シンは横に目を向けて、一言。
「残りの三匹はお前が相手しろ。殺しても構わんぞ」
「承知しました」
この程度で怒るとは短気だな、と馬鹿にした様子を緩めず吐き捨て、シフはシンに向けて走り出した。
一歩引いた男を無視して、シフは開幕が勝負とばかりに『一刀両断』の攻撃を繰り出す。
普段は片手で持っている剣を両手で振り上げ、叩き斬るのではなく、頭上と地面、二つの点を線で結ぶような感覚で振り下ろす。剣の持つ輝きが、残像を残すほどの速度で弧を描いた。
シンは驚いたように目を見開き、回避行動を取れずに攻撃を食らう。
そして腕が跳ね飛び、右の肩口から胸元を通り過ぎ、左側の腰まで剣が通り過ぎる。
「大した腕前じゃの」
真っ二つにされたはずのシンが、口を開く。それと同時に左手を前に出すと細かな氷が無数に出現し、シフを襲った。
一歩下がるも、氷によって傷付けられる。
そして目を向けると、シンは何事もなかったかのように二つに別れた身体が一つに戻る。さらには飛んでいった腕は、ぞろりと異様な音を立てて生えてきた。
「うえ、気持ち悪い。それに魔法は無詠唱だった?」
「あれだけの再生を行うと、それなりには存在が薄れるがの」
シンの言葉と同時に、黒い霧がシフの周りに生まれる。しかし何の効果も発揮せずに、霧は散ってしまう。
「ふむ、即死系は効きそうにないか」
「怖いことするね」
軽口をたたき合いながらもシフは距離を詰めて剣を振るう。シンも負けじと爪を伸ばして応戦する。片手だけだと手数で押されるため、シフは精霊魔法で空いた手にも剣を持ち、二刀流で斬り続ける。
途中で何度も魔法を受けながらも、それ以上に爪を折り腕や足を飛ばし、身体にもたくさん傷を負わせている。
シンの身体は再生しているが、飛び散った血や肉はそのままだ。途中でシンが逃げるように魔法で移動するため、次第に部屋全体が血の海になっていく。
「無詠唱じゃなくて、何でも話せばそれが詠唱代わりなんだな、っと」
「気付いたか。ふむ、馬鹿ではないの。やはり我が部下にならんか? 勝てないのが解るであろ?」
「あれだけ、魔法を使いながら話してたら解るさ。何を焦ってんだよ。存在薄れるっつってたな。そろそろ再生も限界か?」
シフ自身、避けられない魔法での攻撃により負傷が積み重なっているが、魔竜と正面から殴り合えるほどには底なしだ。
シンは確かにゲームをやっていた時のリッチよりも強いだろう。だが魔竜と対峙した時の圧倒的な存在感と、巨体から繰り出される攻撃に比べれば、許容範囲内だ。
そして立ち位置の都合で時々ちらりと目に入る程度だが、ティナたちも上手く立ち回り、順調に吸血鬼の男へと攻撃を当てている。
「向こうもそろそろ終わりそうだし、お前もそろそろ、逝っちまえや!」
「なんの。まだまだ儂は戦えるぞ。今の調子じゃと、あと十時間でもな」
「あっそう。なら、十時間耐久一本勝負といくか」
シフは事もなげに言い返すと、攻撃を再開した。
ティナたちが苦労しながらも目の黒い吸血鬼を退治し終えても、シフの戦いは続いていた。
その様子を見て、ゲルハルトが感想を口にする。
「相手もおかしいが、シフはもっと酷いな。魔竜を倒したってのも、ケラシーヤ様の護衛ってだけじゃなさそうだな」
「ええ、ケラシーヤ様が地上に落とした後、正面切って戦ったとのお話です」
二人がのん気に話す横で、ティナはシフの武器に目を向ける。
シフが手にしているのは、何度目か解らないが、自ら作り出した刀が二本だ。土属性の精霊を呼んで武器を作らせていたが、途中で刀以外に、槍や斧も作っていたようで、残骸が転がっている。
ぎゅっと手にした剣を握って、ティナはゼロに相談する。
「これ、さっきの戦いで込めてもらった魔力は消えたけど、シフに渡せば役に立つでしょうか?」
「うん? ああ、そうだね。自らの魔力を変換するって言ってたね。役に立つだろうけど、受け取るかな?」
基本的に息つく暇もないほどの勢いで戦っているが、時々動きを止めて舌戦になっている。その隙を突いて、ティナが大声を上げて剣を投げた。
「シフ、これ使って!」
飛んできた剣を受け取り、シフがちらりと目をティナたちに向ける。男の吸血鬼を退治しているのを見て、返り血で真っ赤に染まった顔に笑みを浮かべる。
「おう、ありがと。これ使えば、滅ぼすの楽になるな」
「無駄じゃ。貴様ごときに、儂はやられんよ」
シンの言葉で、氷や雷に加えて無属性の『マナストライク』かそれ以上の魔法もシフに降り注ぐ。普通の人間では到底耐えられないものだが、それほど効果を発揮せず、シフに傷は付くものの致命傷にはほど遠い。
ティナが攻撃魔法を受けるシフを心配そうに見ているが、シフは気にした様子もなく順調にシンを斬り続けた。
「そろそろ、限界じゃねえか?」
「それはこちらの言葉じゃ。貴様こそ、限界が近かろうて」
シフが魔剣を手にしてから、目に見えて解るほどシンの消耗が大きくなっていった。斬られた身体の回復は遅くなり、吹き飛ばされた腕は再生できていない。シフの攻撃を避けるために、短距離の転移魔法を繰り返している。
とはいえ、シフも相当削られているのは確かで、魔力が尽きかけていて武器を作り出せないため、ティナから借り受けた魔剣一本のみで攻撃を行っていた。剣をはじき飛ばされると不利になるため、無闇な攻撃はせずに必ず当たる攻撃だけを地道に行う。
転移魔法で距離が空いても、重ねて転移魔法を使わない限り追いつける。シンが攻撃魔法を一発打つ間にシフは距離を詰めて、転移魔法で逃げる前に攻撃を当てているのだ。
「魔法を打つだけの魔力は尽きたけどな。体力はまだまだ大丈夫さ。それこそ、あと半日でも戦えるぞ」
「化け物が」
「正真正銘化け物のお前に言われる筋合いはねえよな」
無駄口に魔法を込めるシン。付き合う必要はないのだが、毒はあるものの軽快で意味のない会話がなんとなく楽しく、シフは軽口を返し続けている。
だが、それも終わりが近付いている。
「なあ。何で地上に逃げねえの?」
「どう思っているかは知らぬが、儂が戦う時は相手に敬意を表しておる。そして、命のやり取りをする以上、自らのみ逃げる手を残すような無様な真似はせぬよ」
シンに逃げる気はないらしい。シフはその言葉を受けて、剣を正眼に構える。
「俺の、聖竜としての名はカドモス。ゲオルギオスの遺志を継いで、お前を滅ぼす者の名前だ」
「ふむ。ゲオルギオスの子、その魂を受け継ぐ者か。その力を味わってみて、ようやく真実じゃと解ったわ。死して後、儂も生まれ変われるとすれば、お主らの言う地球というところに生まれてみたいものよ」
「なぜあっちに行きたがるのか解らねえけど、あっちはあっちで、色々と大変だぜ」
「それもまた良かろう。まあ、戯言じゃがな。では最後じゃ。儂の全魔力を持って、貴様も道連れにしてやろうぞ」
「悪いが、俺はまだまだ死ぬ気はねえんだよ!」
飛んできた魔法に抵抗して、シフは一足で距離を詰める。片手で振れる程度の長さだが、両手に持って突き入れた。シンも身体能力は高いが、決して避けられない速度での攻撃だ。ティナやゲルハルト、シンにすら剣を突き出す速さが目に留まらず、一瞬後にはシンの心臓あたりを貫いた剣が、黄金に輝く。
「さよならだ、シン」
剣から身体へと光が移っていき、全身が黄金に光ると、ぐずぐずと音を立てて崩れ始める。
崩れながら何事か口にするが、シンの言葉は音にならない。それでも、満足そうな笑みを浮かべると、跡形も残さず消失した。
「ふう、疲れた」
シフがしゃがみ込むと同時に、ティナが駆け寄って抱きつく。
うわっと慌てるシフの様子を笑いながら、ゼロが回復魔法を使った。見る間に怪我が治り、シフはゼロに礼を言うと、ティナを抱きしめたまま立ち上がった。
「よう、色男。お疲れさん」
「ゲルハルトさんも、ティナを守りながら戦ってくれて、ありがとうございました」
「ティナも思った以上に腕が立ったから、やりやすかったけどな」
「こんなところに長居してもしょうがないし、さっさと帰りましょう」
周りの映像は、シンが消滅してからは何も映してない。だがこの場所は、埋めるなりなんなりして、使えなくする方が良いだろう。
そのあたりは帰ってからの処理として、シフたちは疲れた身体に鞭打って、フランへの帰路へと着いた。




