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百年遅れの英雄譚  作者: すっとこどっこい
第三章 少年時代(吸血鬼討伐編)
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聖王の墳墓

 出発の前夜、シフが居間でくつろいでいると、ケラシーヤから声をかけられた。

 すでに入浴を済ませていて、今はティナがトリと一緒に入っている。


「シフくん、ティナちゃんのことなんだけど」

「ん、どうかした?」


 ケラシーヤは机を挟んでシフの向かいに座り、果実水を杯に入れる。シフにも注ぐか聞いてきたが、まだ半分以上残っているので手振りで断る。


「シフくん、今日はティナちゃんを抱かないの?」


 狙ったかのような水を口に含んだ瞬間に、ケラシーヤが話し始めた。シフはその内容に吹き出しかけたが、少しむせる程度で抑えて言葉を返す。


「これから色々と忙しいじゃん。短いとはいえ、またすぐ旅に出るし。体力を使わせるのも悪いしさ」

「あらそう。ティナちゃんの扱い、随分と気を遣ってるわよね。私と違って」


 ケラシーヤの声音に刺々しいものはなく、単にからかっているだけのようだ。


「そりゃまあね。ケイの時は、気遣う余裕なんてなかったもん。俺だって勝手が解らなかったんだし」

「そうね。私もいっぱいいっぱいだったし、そこはお互い様ね。それで本題なんだけど……」


 今回のシン討伐は、距離もフランからさほど離れていないため、長くても半月ほどで戻るだろうと考えている。

 戻ってきてから、往復の時間くらいはあるだろうから、ケラシーヤとティナを同伴して一度村に行ってはどうかという話だった。


「でもティナにも仕事押し付けてたじゃん」

「押し付けたとは失礼な。やるべきことをやるように指示しただけよ。ティナちゃんのは、そんなに何日もかかる内容じゃないわ」

「ふうん。いいけど、ケイの故郷に報告やティナの親への挨拶とかはいいの?」


 シフが疑問に思い尋ねると、ケラシーヤは小さく肩を竦める。


「私は不要よ。村を出た時点で、縁は切れてるから」


 詳しく聞くと、エルフは村の外に出る機会は滅多にないらしい。ケラシーヤは反対を押し切って無理に出たため、半ば勘当に近いそうだ。

 それでも一度は顔を出すべきではないかと思うが、今は言っても反対するだろうと口を閉じる。


「ティナちゃんのところはどうかな。放任主義っていうと少し違うけど、あまり気にしないと思うわ。でも、久しぶりに会いに行っても良いかもね」


 そうやって話していると、ティナとトリが部屋に入ってきた。二人とも風呂上がりのため、ほんのりと火照った顔をしている。腕や足はむき出しで、かなり際どい格好に見える。


「二人とも、風呂上がりでもちゃんと服を着ろよ。湯冷めするぞ」

「大丈夫」


 根拠もなく言い切るトリだが、シフたち二人が飲んでいるものに目が向いていて、上の空だ。


「兄貴、俺にもくれよ」

「はいよ。自分の杯持ってこいよ」

「おう、ティナ姉ちゃんの分も持ってくるよ」


 トリは走って取りに行き、すぐに戻ってきた。礼を言うティナに返事をしつつ、水を飲む。


「ふう、落ち着いた。暑くてたまんねえな」


 言葉通り、胸元に空気を送るために服をぱたぱたと引っ張る。首回りが大きく開いた服に加えて僅かにかがんだ姿勢だったため、小さいとはいえ膨らんだ胸、さらにお腹のあたりまでシフの目に飛び込んできた。


「トリ、女の子なんだから、もっと慎みを持ちなさい。ティナ、悪いけど肩掛け持ってきてくれる?」

「なんだよ、子ども扱いすんなよ」


 シフの言葉に反発するトリを見て、ケラシーヤもティナも小さく笑みを浮かべた。言葉だけなら父親か何かのようだが、シフは目を逸らしている。

 ティナが持ってきた上着をケラシーヤが受け取り、トリの肩にかけた。トリは暑いと嫌がるが、ケラシーヤが水と風の精霊を召喚して部屋の温度を下げると諦めて羽織る。


「トリちゃん、焦らない焦らない。ちゃんと成長してるから大丈夫よ」

「そりゃ、ちょっとは背も伸びたけどよ。もっとこう、ケラシーヤ姉ちゃんみたいになりてえんだよな」


 トリに羨望の目を向けられたケラシーヤは、指を一本立てて、ちっちっと横に振る。


「解ってないわね。トリちゃんの武器は、まだ成人してないけれど少しずつ女らしくなっていくところよ。足にしても今みたいに丸出しだとどうってことないけど、何かの拍子にちらっと太ももが見えるとか、背徳感があって興奮するわよね?」

「お前は変態か。同意を求められても困ります」


 ケラシーヤが煽るも、シフは逃げの一手を打つ。しかし逃げた先はティナに捕まる。


「シフ、その言葉は肯定したようなもんだよ」

「……そっか。ケラシーヤ姉ちゃん、兄貴らが出かけてる間、色々と教えてくれよ」

「ええ、良いわよ。シフくんがどういった趣味かも含めて、色々とね」

「えっと。遅くなってきたし、そろそろ寝ておかないと。ティナも明日から旅に出るんだし、もう寝ようぜ」


 周りはすべて敵だけだと悟ったシフは、その場から逃げようとする。ケラシーヤはにやにやと笑い顔を浮かべていたが、特に文句はなくそれぞれの個室に戻っていった。



 翌日、見送りに来たケラシーヤやトリ、ミーアに挨拶を済ませて、シフたち四人が馬での移動を開始しはじめる。

 馬で向かって、およそ四日ほどの位置に聖王の墳墓がある。周りに村は少なく、墓守の一族が暮らしていた小さな村の跡地が存在している程度だ。

 途中、魔物や盗賊に襲われることもなく、順調な旅になった。

 そして村が見えてきて、四人は馬を進めながら、念のために情報を確認しあう。


「村の近くで野営をして、明日の朝一番に墳墓に入りましょう」

「うん。あと、シンの側近っていうのかな、一部の奴らは目で見分けが付かないから、怪しいのがいても様子見だな」


 ゼロの言葉を聞いて三人が頷き、シフが補足した。

 墳墓内では問答無用だが、外で出会った場合は様子見をするという話になっている。

 シフとしてはゼロやゲルハルトに話しても良いと思っているが、ケラシーヤは黙っておく方が良いだろうとの判断だ。

 カルネと違い、もし魔法で操られるような事態になった時は防ぐ手段に乏しいというのが言い分だったが、同じく防ぐ手段がないティナには説明しているのだから、ケラシーヤなりに選別しているのだろう。

 シフがつらつらと考えごとをしているうちに、村の跡地に到着する。


「見事に何も残ってねえな。野盗などもいない、と」


 ゲルハルトがぼそりとつぶやく。壊れた家や井戸はあるものの、人の気配はまったくしない。

 二組に分かれて様子を探ることになり、シフもティナと一緒に村を見て回るが、めぼしいものは何も見つからなかった。


「本当に何もないね。隠れる場所もなさそう」

「うん。気配以前に、いくらか壁とかが残ってるだけだしな」


 廃村という言葉がふさわしいほどに、形状を留めている家も存在しない。

 シフとティナはゼロたちと合流して、野営の準備を始める。狩りにしろ準備にしろ、二組に分ける場合は、必ずシフとティナが同じ組になるようにしている。ゲルハルトが「時々は潤いが欲しい」と文句を言うが、シフは取り合わず適当にあしらっている。

 シフは毎日、夕食の後にティナの魔剣へ魔力を込めている。すでにシンと戦う間くらいは大丈夫だと思うが、いざという時に足りなくなると困るので、念のために続けている。ケラシーヤに聞いたところ、貯めておける量は限界があるとのことだが、現時点でまだまだ余裕はあるようだ。

 作業が終わった後、見張りで起きたままになるゲルハルトとゼロに声をかける。


「今日は、俺とティナが後番なので、もう寝ちゃいますね。時間がきたら起こしてください」

「おう、いらねえことせずに、さっさと寝ろよ」

「するわけないですよ。明日は墳墓に潜るんですから」


 そもそもシフは、他人の目がある状態でべたべたとするのも好きではない。

 シフは見張り二人に挨拶を残して、毛布を敷いて寝転がった。ティナもシフの近くに寝転がると、小声で雑談をしながら寝るまでの時間を過ごした。



 夜中に見張りを交代したが、特に問題もなく翌朝を迎えた。シフがゼロとゲルハルトを起こして、ティナが用意したご飯を食べる。

 ケラシーヤがいないこの場ではゼロが行動の指針を出しているが、戦闘中はシフが指示をすると決めている。ゲルハルトは当然、ゼロですらシフが強いと解っているとはいえ、どの程度なのか、推し量れないのだ。


「では、行きましょう。どれほど深くに潜っているのか、既存の墓内ではなく、別の空間を作っているかもしれませんし」


 ゼロが音頭を取って、四人は歩を進める。前に並んだシフとティナで、小さな声で話をする。


「全体に薄く邪気と聖気が混ざってる感じだな。それほど強い存在がいるような感じはしないけど、抑えてるのかな」

「シフ、そんなの解るんだ。竜の血は凄いね」

「いや、血は混ざってないから。これでも一応、人間だから」


 五年ほど前に作られた簡易な前王の墓を参ってから、奥に進む。構造は事前に聞いているため、迷うこともない。


「んー。ここもいそうな気配はねえな」

「でも、もう最奥だぜ」


 シフのつぶやきを拾って、ゲルハルトが相槌を打つ。道すがら、おかしな気配はないかと探っていたのだが、誰も何も見つけられなかった。


「戻りながら、入念に調べましょう。魔法で隠してるかもしれないので、俺も気を付けますがゼロさんも確認をお願いします」

「ええ、解りました。ケラシーヤ様かカルネがいれば、お任せするのですが、しょうがないですね」


 ゼロは回復や補助に特化しているため、探知は苦手なようだ。ゲルハルトとティナは魔法は一切使えないため、頼りにならない。とはいえ、ティナは遺跡探索はシフよりも手慣れており、スカウトとしての隠し扉などの発見の腕は高そうだ。

 一人だけ手持ち無沙汰なゲルハルトが、壁や床を鞘の付いた剣でごつごつと叩きながら愚痴を漏らす。


「もしかしたらシンって奴はいないのかもな」

「んー。でも、良くない気配はあるんですけどね。どこっていう細かい指定はできないですけど」


 シフはどこかに仕掛けがないかと探しながら適当に相手をする。時間をかけて調べるが、何も発見できず、入り口まで戻ってきてしまう。


「暗くなってきたし、今日はどうしようもないですね」


 ゼロが諦めたように宣言して、野営の準備を始める。雨風を防ぐため、外ではなく墳墓の中で休息を取ることとなった。



 昨日とは逆で、先にシフとティナが見張りに立つ。入り口付近に陣取ったが、外よりも中を警戒している。


「シフ、良くない気が混ざっているって言っていたよね。今も解るの?」

「そうだな、途切れずずっと感じてるよ」

「寝るのに支障はない?」

「大丈夫。ちょっと気に障って寝にくいけど、寝られないほどじゃないから」

「それなら良いんだけど、寝不足で無理しないでね」


 大丈夫と言いながら見張りを続けていると、ふと違和感を覚えてシフは奥に意識を向ける。


「ティナ、二人を起こして。何か来る」


 シフが警戒しながら、ティナに声をかける。ティナも心得たもので、すぐに二人を起こして回った。

 ゲルハルトとゼロが起き上がるうちに奥から人影が現れ、シフが制止を呼びかける。


「誰だ! 止まれ!」


 シフの声に反応せず、人影は無防備に近寄ってくる。シフたちとの距離がおよそ二十歩ほどになり、人影は立ち止まった。シフは暗闇でも近寄ってきた相手がどういった格好か解るが、ティナたち三人には、まったく解らないようだ。

 シフは魔法で明かりを作り、部屋全体を照らす。浮かび上がった姿は女、しかも少女とも言える見た目だった。かなり整った顔立ちで、成熟にはほど遠い幼い身体。おどおどとしたところは一切なく、代わりに溢れるほどの存在感。ある意味で、どこをとってもこの場に似つかわしい存在だ。

 シフは油断なく剣の柄に手をかける。


「ほう、こんなところへ来るから何者かと思ったら、お主、儂の眷属を潰した輩じゃの?」

「……なぜ解る?」

「見覚えがあるからの」


 説明をする気はないようだ。シフはその言葉を合図に、一気に相手との距離を詰める。そして剣を抜き、サムライの奥義『一刀両断』で斬りかかった。

 まともに入れば魔竜の爪もかち割るほどの威力が乗った攻撃だったが、相手は反応せずに無視をした。そのまま剣は身体をすり抜けて、床へと当たる。


「無粋よのう。儂は話をしにきただけじゃから、これは幻影体よ」

「でも、目が赤いぜ。気配も、本物みたいだし」


 一瞬で目の前に移動したシフにも驚いた様子を見せず、平気な顔で世間話でもするかのように声をかけてくる。

 シフが負けじと言葉を返すと、相手はにやりと笑みを浮かべた。


「お主も、ただの人間ではないのだろうよ。じゃが、儂には儂の技術があるのじゃ。聖竜でもだますほどの技術がの」

「へえ。それであんた、名前を聞いても?」

「人間には、己から名乗るという礼儀はなかったかの?」


 相手の言葉に虚を突かれたが、シフは睨みながら名乗りを上げる。


「俺はシフ」

「儂はシンじゃ。くく、少しばかり名前が似ておるの。お主、儂の眷属にならんか? エルフと同じ以上の寿命は得られるぞ?」


 シンの見透かすような発言に僅かな苛立ちを感じながら、シフは肩をすくめる。


「いらねえよ。人間やめて長生きしてもしょうがねえし、俺の連れ添いはケイだけじゃねえもん」

「別に、そこの女も含めて、まとめて眷属にしてやらんでもないぞ?」

「気前がいいな。だがお断りだよ。お前、わざわざそんなこと言いに出てきたのか?」


 薄く浮かべていた笑みを消して、シンは重々しく宣言した。


「シフとやら。お主は生かしておくと厄介じゃからの。儂が直々にお相手しようぞ。残念ながら、眷属では相手にならんでの。そっちの三人は、殺されたくば連れてくるがよいわ。死にとうなければ、疾く帰れ」

「……いいだろう、俺が一人で向かうさ」


 後ろを向いて歩き出したシンと、それを追うシフ。

 それまで動くに動けなかったティナだったが、シフに向かって叫び声を上げる。


「シフ、待って! 私も行く!」


 走り寄るティナに、シフは手を上げて止まるよう指示する。


「ティナ。悪いけど、ここからは俺が一人で行くよ。ちょっと、思った以上にこいつは危ない」

「理由になってない。危険なら、なおさら付いていく。私はお荷物じゃない。戦力で来たんだよ」


 ティナは、そのままシンに声をかける。


「あなた、シフの相手をするっていうけど、一騎打ちでやるつもり?」

「……」


 シンは煩わしそうに振り向き、黙って頷く。ティナは先ほどのシフと同じように肩をすくめて、鼻を鳴らした。


「はん、信用ならないわね。本当に一騎打ちでやるなら、私も手を出さない。でも、周りが手を出すようなら、私もシフの援護に付きたいの」

「儂がシフを殺した後、お主も逃がさず殺すぞ。それでも構わぬのなら、勝手に来るがよいわ」


 駄目だと言い張るシフに向かって、ティナは顔にいっぱいの笑みを浮かべる。


「シフ、一騎打ちになったら、負ける気はないでしょう? なら、その側にいるのが、一番安全よ」

「う。でもな」


 シフが反論を口にする前に、ゼロから声がかかった。


「シフさんの負けです。ミーアもそうですが、ティナも相当に頑固です。夜が明けるまで言い合っても、きっと折れないですよ。そもそも、ここで帰すくらいなら、連れてくるのが間違いなんです。それに、私たちも行きますから」


 ゼロの言い分が正しい以上、言い合っても無駄のようだ。シフはため息を吐いて、ティナに手を伸ばす。近付いたティナが手を握ると、シフはそのままティナを抱きかかえた。


「必ず勝つから。ティナは、特等席で見ていてくれよ」


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