出立前
シフがティナと一夜を過ごした翌朝、食事が済んで出かける準備をしていたトリに、渡し忘れていた首飾りを手渡した。
「トリ、昨日は忘れてたけど、これ、お土産」
「お土産? 開けていい?」
シフが頷くと、トリは嬉しそうに小さな木箱を開ける。中に入っている首飾りを見て、喜びと困惑を足したような顔になった。
「兄貴、これ何?」
「何って、首飾りだよ。四個組だったからさ、ちょうどいいなと思って」
「へえ、じゃあ兄貴と姉ちゃんらも持ってんだな。お土産って言うから、名産品か何かと思ったけど」
文句をつけるような口調とは裏腹に、トリは首飾りをすがめて見たり首元に当てたりと、顔が綻んでいる。
家を出るまでそれほど時間もなかったため、トリは早速首飾りをつけて、元気良く出かけていった。
「さて、私も行ってくるわ」
立ち上がったケラシーヤに、シフが同行を申し出る。
「病院だよな。俺も行く」
「そう? 別に一人で大丈夫よ」
「ケイ、もし本当に妊娠してたら、俺の子どもだぜ。気になるに決まってんじゃねえか」
「そっか。じゃあお願いしようかしら」
ケラシーヤは合点がいったと頷く。
片付けを申し出たティナに後を任せて、シフとケラシーヤも家を出て、雑談をしながら病院へと向かった。
病院に到着すると、ちょうど子どもが生まれそうとのことで、手が足りていないようでしばらく待つよう言われた。
ケラシーヤは手伝いが必要かと質問したが、問題ないとのことで待合室でシフと一緒に待っている。
「こういう場所って、何か緊張するな」
「魔竜と対面した時も平気そうだったのに」
くくっと笑い声を抑えながらからかうケラシーヤに、シフは仏頂面で返す。
「病院ってのも久々だし、内容が内容だしさ」
小声で話しながら待っていると、ケラシーヤが呼ばれる。
「じゃあ、行ってくるわ」
「うん。行ってらっしゃい」
ケラシーヤが扉を開けて中に入っていく。シフは一人になると、手持ち無沙汰で手を組み直したり、伸びをしたりと、時間が過ぎるのを待つ。
「本でも持ってくれば良かったか」
しばらく待つとケラシーヤが出てきた。様子を窺うと、小さな笑みを返してくる。
「間違いないだろうって」
「そう……そっか。良かった」
シフは安堵のため息をついて、ケラシーヤを抱き締める。ちょっと、とケラシーヤは慌てるが、シフはしばらくの間力を緩めなかった。
そのままの格好で、ケラシーヤがシフの頭を撫でる。
「ちょっとケイ、子ども扱いすんなよ」
「あら? そんなつもりはないけど。しっかりと大人だし。でもまあ、会計だけ済ませちゃいたいかな」
トリが子ども扱いされて怒る理由もちょっとだけ理解できたシフは、ケラシーヤではなく、にこにこと笑い顔をしている受付の女性に謝った。
「お待たせしちゃって、ごめんなさい」
「よろしいのですよ。おめでとうございます」
シフたちは口々に礼を言い、病院を出て家に向かった。
「ただいま」
家に戻り、掃除をしていたティナに声をかける。
「おかえりなさい。どうでした?」
「うん。確定だって」
ケラシーヤがゆっくりとお腹あたりを撫でて微笑む。
「ケラシーヤ様、おめでとうございます」
ティナの言葉に、ケラシーヤは顔を上げてティナを見る。
「ケラシーヤ様っていうの、止めましょ。今後ずっと一緒に暮らすんだし。ケイって呼んでくれた方が嬉しいわ」
「で、でも。ケラシーヤ様を愛称で呼ぶなんて、畏れ多くて」
わたわたと首を振るティナを見て、シフが付け足す。
「外では今まで通り、ケラシーヤ様でもいいと思うぜ。でも家では確かに堅苦し過ぎるかな。ケイさんとかケイ姉さんとかで良いんじゃねえの?」
「あら、でもミーアちゃんがいるから、私なんかに姉さんと付けるのは抵抗あるかしら」
どう? とケラシーヤは小さく首を傾げるが、ティナは戸惑ったままだ。
「でも、その」
「すぐには無理なら、吸血鬼を討伐して、戻ってきてからでもいいから。気楽に行きましょ」
ケラシーヤは笑みを浮かべたまま、ティナの肩を柔らかく叩く。
「それより待たせちゃってごめんね。さっさとお昼を食べて行きましょう」
今日はケラシーヤの用事を済ませるため、昼から六歌仙の本部に集まる約束になっている。シフはケラシーヤの言葉に頷き、昼食の準備に取りかかった。
シフたちが六歌仙にあるケラシーヤの執務室に入ると、すでにゼロとミーア、ゲルハルトが雑務をしていた。
「待たせてごめんなさい。始めましょう」
ケラシーヤが、まず自身の状況を三人に伝える。
「言っていた通り、私はやめておくわ。ご存じの通りシフくんと良い仲になったんだけど、その、子どもができたから。お腹に怪我を負って流産なんて、絶対に嫌だし」
ゼロとゲルハルトが目を丸くしている中、ミーアは祝福の言葉を口にする。
「おめでとうございます! あの、じゃあシフさんが出ている間、私がいくらでも雑務はお手伝いしますので、安静になさってくださいね」
「ミーアちゃん、別にまだ動きが鈍るほどじゃないから。でも仕事の方は、そうね、ゼロの代わりをやってもらうわ」
ケラシーヤが嫌らしい笑みを浮かべると、ミーアの頬が引きつった。
「それとティナちゃんも、今回のシン討伐、報告書の作成は任せるわね」
「ケラシーヤ様、ミーアに私の代わりはまだ早いかと……」
「あのねえ、ゼロ。そんなこと言ってると、いつまで経っても幹部になれないでしょう」
ティナもミーアも困った様子だったが、ケラシーヤの言葉に目付きが変わる。シフは口を挟むつもりだったが、二人の顔を見て一歩下がった。
「この事件が解決したら、私は正式に引退します。団長には通達済みよ。ああ、でも団長も六歌仙を辞めて、国の所属になるから。そろそろ王女様が王都に戻って、女王として復権するからね」
ゼロやゲルハルトは覚悟していたようで、神妙に頷く。
「新しい団長はゼロ。副団長にはゲルハルトとカルネを推すけど、細かいところはゼロに任せるわ。だから絶対に四人とも、生きて帰りなさい。一人でも欠けたら許さないから」
激励にティナたちはそれぞれ頷く。シフはにやりと笑い、軽口を叩いた。
「任せとけ。俺ももう、魔法への抵抗を上げ損ねたりしねえからな。シンだろうがなんだろうが、大したことねえよ」
「ええ、お願い。あ、ポーションは全部持って行って。あと、必要なら武器や防具も私の私物から貸し出すわ。今日は武器を選んで、明日一日は英気を養って、明後日出発でいいかしら」
ゲルハルトは自前の武器を使うとのことで、シフとティナ、ゼロが武具を借り受ける。倉庫にあるからと、シフたちはケラシーヤに連れられて、六歌仙の本部にほど近い場所へと足を運んだ。
ケラシーヤは倉庫というが、シフが見る分には立派な一軒家だ。中に入ると部屋数は十を超えており、分類によって置き場所を変えているという。
「まずは防具ね。身体にあう金属鎧はないと思うけど、一応確認して。私は手甲や靴、上着を用意してくるわ。ゼロは何回も来てるから、自分で適当に探してちょうだい」
言いながら、二人を鎧が置かれた部屋に残して、ケラシーヤが部屋から出る。
シフはまずティナに合うものがないか探す。背丈がずれていたり横幅が合わないのに加えて、女性用は胸元も合わせないと、大きい分には詰め物で対応できるが小さいと息苦しいため着ていられない。
「んー。なかなか合わないな。カルネさんなら背丈が合えばいけそうだけど」
「シフ、それは本人が耳にすると嫌味じゃ済まないよ。私もケラシ……ケ、ケイさんに比べると一般的な大きさだから、それなりに合いそうなんだけど」
ティナはどもりながらも、ケラシーヤを愛称で呼ぼうとする。シフは嬉しくて笑みがこぼれるが、過剰に反応しないように話を続ける。
「ケイは身体が細身だから、余計に大きく感じるよな。ああ、これとかどうかな」
皮をなめして作られていて、一部金属で補強されている鎧を手に取る。確かめるとティナにちょうど合っていて、違和感なく着られそうだ。
「効果は後でケイに聞こう。俺は無くてもいいんだけど……」
「そんなわけにはいかないよ。これだけあるんだし、シフは平均的な体格だし、探せばあるよ」
「あまり重いのは無理だぜ。ティナにも教えた技、重い鎧だと使い辛いからな」
ゲームの頃は、最大重量の半分までの鎧でないと発動しない仕様だった。こちらの世界を基準に作られていたのだから、何らかの制限はあると考えておく方が良いだろう。
「そうなんだ。じゃあ後で試さないとね」
シフ用の鎧を見ているうちに、ケラシーヤがいくつかの防具を手に持って入ってきた。ティナ用に腕力強化する腕輪や脚力を強化する靴を、シフ用には重めだが防御力が高いものを順番に説明する。
「ケイ、ティナの鎧、何か効果あるの?」
「防御力の強化だと思うけど、全部覚えてるわけじゃないわ。効果が解らなくても、呪われて外せなくなったりはしないから安心してちょうだい」
「外せなくなるなんて、あるんですか」
「いや、見たことないけどね」
軽口を叩きながらも解る範囲で効果を確認して、シフとティナは選んだ鎧や各種装備を身に付ける。
「ケ、ケイさん、どうでしょう、変じゃないですか?」
「うん。可愛いわよ」
シフは二人のやり取りを横目に、手甲や膝まで隠れる長い靴を履く。
そういえばゼロはどうしただろうかと思い、聞こうとすると、ちょうど扉が叩かれた。シフが扉を開けて、ゼロを迎え入れる。
「私はこの杖をお借りします。回復効果が上がるようですので」
「うん、どうぞ持って行って。ああ、後ね……」
ケラシーヤはシフとティナに武器の置いている場所を説明してから、ゼロと打ち合わせを始めた。
「ティナ、行こうか」
頷いたティナと一緒に武器が置かれた部屋に入る。鞘に入れられたままや、抜き身のまま置かれた武器も多いが、たくさんの木箱も置かれている。
シフは箱を開けて確認するのが面倒だったため、適当に両手持ちの薙刀に似た武器を手に取る。
「これいいな。使いやすそう」
「今、適当に選ばなかった?」
ティナが突っ込んできたが、シフは聞き流す。
「でも、またイビルアイを呼び出したりするだろうし、魔法の武器って無駄じゃねえかな」
「そうかもね。私は爪があるけど、シフは殴っても無駄だから面倒よね」
ティナの言葉に、シフは爪かとつぶやき、思考に沈む。ティナは小声で呼びかけるが、反応がないためシフを放って自らの武器を物色し始めた。
シフがふと周りに意識を向けると、ティナがケラシーヤから選んだ武器の特性を聞いているところだった。見た目は普通の剣だが、魔力を込めるとどうこうと説明している。
「ごめん。考えごとしてた」
「いいわよ別に。ゼロはいったん帰ったけど、ミーアちゃんを連れて家に来るから、六人でご飯食べましょう」
「あいよ。ティナは、それにするの?」
「うん。魔力を込めておくと、色々と属性が付与されるんだって、今ケイさんに教えてもらったの」
「そう。吸血鬼だったら、やっぱり炎?」
シフの質問に、ケラシーヤはにやりと笑みを浮かべる。自慢したそうな顔に、シフは笑い出すのをこらえて先を促す。
「そうなんだけどね。シフくん、試しに魔力を込めてみてくれる?」
言いながら、ケラシーヤは自ら実践して見本を見せる。魔力がケラシーヤから剣に伝わり、赤く光る。そして、元に戻した後、もう一度魔力を込めると、白く光った。
「赤いのが炎属性ね。属性を調整せず普通に魔力を込めると、白く光るわ。シフくんには、魔力を込めるだけで試して欲しいの」
言われるままに剣を受け取り、魔力を込める。すると、ケラシーヤの時と違い、剣は黄金のような光を放つ。
「うわ、何これ」
「たぶん、一番効くのはそれよ」
「それって何だよ」
シフが突っ込むと、笑みを消さずにケラシーヤが答える。
「ゲオルギオスが聖竜だった頃、炎に聖属性が付与されていたと言うわ。だから、シフくんも同様に、聖属性を付与できるかと思ったの。シフくんの攻撃は、魔力さえこもっていれば、この武器を使わなくても基本的に聖属性が付与されると思うの」
シフが込めた魔力を貯めておきティナが使うと有効だろうと、ケラシーヤが予測を立てる。
シフは魔力を貯める方法を聞き、さっそく貯め始める。
「そうだ、ケイに聞きたかったんだ。セスタスっていうか、腕に付ける刃物みたいなのってないかな? 他に武器を持っても、邪魔にならない感じので」
「そうねえ、こういうのなら」
がさがさと箱をいくつか探して、並べていく。
その中でシフの目を引いたのは、手首から肘まで巻き付ける形状で、刃が取り付けられたものだった。肘側に向いている刃を半回転させる仕組みだ。
普段は手甲のようになっていて、いざという時に武器として使えるので、使い勝手が良さそうだ。
「内側のくぼみを押すと刃が動くわ」
ケラシーヤに言われた通りシフが身に着けた手甲のくぼみを押すと、澄んだ金属音が鳴って刃が動く。
どことなく機械的な動きにシフが目を細めていると、ティナが小さく笑い声を漏らした。
「シフ、おもちゃを買ってもらった子どもみたいになってるよ」
「確かに。ふふ、シフくんかわいい。そうそう、かかってる魔法は、単純に攻撃力を上げるだけよ」
子どもだのかわいいだの、あまりの言葉にシフは文句を言いかけたが、その前にケラシーヤがしれっと話題を変える。
「……じゃあ、俺はこれ借りるよ」
「ええ、倉庫で眠らせてももったいないし、存分に使ってちょうだい」
二人が武器を決めて、いったんケラシーヤの家に戻る。
装備を置いて、少し休憩をする。ティナは何ともなさそうに動いていたが身体に負担がかかっていたのか、椅子に座ると疲れが出たようで、少し辛そうにしていた。
「ティナ、辛かったら無理せず言ってよ。大丈夫そうだからって気づけなかった俺も悪いけど、倒れたりすると大変なんだからさ」
「辛いってほどじゃないよ。でもちょっと、一息入れると気が抜けたっていうか」
負担に思わせないためか、ティナは大丈夫だと繰り返す。
シフが買い物に出かけている間、ティナがゆっくりと休めるように、ケラシーヤが上手く話を進めた。
「私もちょっと休憩したいから、シフくんが買い物に行っている間、ティナちゃんも少し自室で自由にしててちょうだい。また少ししたら、食事の準備やらで手が必要になるし、それまでゆっくりしましょう」
ティナは頷き、二人に見送られてシフは買い物に出かけた。
そして、適当に食材を買って戻ると、ケラシーヤが出迎えた。
「ティナちゃん、寝てるから起こさないようにしましょう」
「うん、気を遣わせてごめん」
「別にいいわよ。それより、さっさと準備しちゃいましょう」
ケラシーヤに言われて、夕食の準備を進める。量が多いため時間はかかったが、ゼロとミーアが来るまでにほとんどの作業が終わっていた。
夕方になって、ティナも起きてくる。手伝えなかったことを恐縮していたが、ケラシーヤが笑って流す。
その後、シフがトリを迎えに行き、戻ってきてから六人揃っての食事が始まった。
「ティナ、ケラシーヤ様やシフさんに迷惑かけてない?」
「そんなに迷惑はかけてないと、思う……」
徐々に語尾が小さくなるティナに笑いながら、シフは頷いて同意する。
「迷惑なんてとんでもない。むしろ俺が色々と助けてもらってるくらいですから」
「そうですか、なら良いのですが。ティナ、結構そそっかしいところもあるから」
ティナが小さい頃の話を聞いたり、トリの仕事について話をしながら、和気あいあいと食事の時間を過ごした。




