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百年遅れの英雄譚  作者: すっとこどっこい
第三章 少年時代(吸血鬼討伐編)
38/49

フランでの一夜

 シフたちがフランに戻ってきたのは、そろそろ夏に差しかかろうとしている頃だった。服装も身体全体を覆っていた厚手のものから、風通しの良い涼しい格好に変わっている。

 町の入り口で、ケラシーヤが衛兵に声をかける。ゼロたちが戻っているか確認して、六歌仙本部への伝令を依頼した。


「ゼロは十日ほど前に戻ってるみたいよ。戻ってきて早々大変だけど、本部に直行ね」


 シフに異論はなく、ティナも頷いている。

 町を歩いて人集りが出来ても面倒なため、辻馬者を雇って六歌仙の本部へと向かった。

 本部の扉を開けて、中に入る。依頼書を見ていた人や受け付けに並んでいた人がシフとケラシーヤを目にすると、ざわざわと囁き声が聞こえてきた。


「なんか、凄ぇ見られてるな」

「しょうがないわよ。長く留守にしていたんだから。それより、部屋に行きましょう」

「あのさ、ちょっとトリに声をかけてきてもいいかな?」


 部屋に足を向けたケラシーヤに、シフは寄り道をしたいと告げる。


「一分一秒を争うわけじゃないし、構わないわよ。ただし、のんびりしすぎるのは駄目よ」

「解ってるよ。帰ってきたって伝えるだけ」


 了承を得て、シフはトリの働いている厨房へと向かった。

 厨房に入り、中を見回しても、トリの姿が見えない。


「今日はトリ休み?」

「ああ、シフさん。帰ってきたんですね。ええ、今日は休みなので、家にいるんじゃないですかね」

「そっか。ありがとう」


 シフは応対してくれた男に礼を言い、ケラシーヤの執務室に向かう。

 階段を上がる時、シフは団員の一人に声をかけられた。


「あの、お疲れ様です!」

「ん? お疲れ様です。えっと、どこかで会ったかな?」


 首を傾げたシフに、同年代と思しき少年が興奮した様子で話を続ける。


「いえ、演説で見ました! 魔竜を討伐されたんですよね!」

「うん、まあ」


 少年に元気良く話しかけてこられて、シフは対応に困る。

 そのまま少年は長話を続けそうだったので、シフは手振りで落ち着くように抑える。


「落ち着いて。俺、今はちょっと時間が無いからさ。後でまた、時間がある時にでも話そうぜ」

「あ、はい! 失礼しました!」


 少年は頭を下げて走り去ろうとしたが、シフは呼び止めて名前を聞く。少年は立ち止まって、嬉しそうに名乗ってから、再び駆け出した。


「建物の中では、人にぶつからないよう注意しろよ」


 去っていく背中に声をかけてから、シフはあらためてケラシーヤの部屋に向かった。



 部屋の扉を叩いて名乗ると、すぐにケラシーヤから返事がくる。


「どうぞ、入って」

「お待たせ。ゼロさんにミーアさん、ゲルハルトさんも、遅れてごめんなさい」


 中にはすでにゼロとミーア、ゲルハルトが揃っていた。

 シフは謝りながら部屋に入り、ケラシーヤとティナの間の空いている席に座る。


「さて。それぞれ報告ね。そちらはどうだった?」

「全然、有力情報は掴めませんでした」


 聞けば、ゼロたちが向かった先は大した騒動も起きておらず、大物も何もいなかったそうだ。


「シンの居場所を掴んだわ。嘘の可能性もあるけど、私が補助してカルネが魔法で聞き出した結果だから、間違いないはずよ」


 ケラシーヤは、さらにシンの目について説明を続ける。シフが見極めたとは言わずに、細部は端折っている。


「シンは、見ても気付けないように赤い目を擬態してるわ。でも今回に限っては墳墓にいる以上、目がどうでも関係ないわね」

「墳墓にいる奴は全部潰せばいいもんな」

「そうね、普通は用事もないのに行くような場所じゃないからね」


 普段から、恐れ多いものとして聖王の墳墓に行く人はほとんどいない。

 そのうえ、昔は墓守が管理していたが、王都が焼けてからは人手も足りず、放置されたままだ。無頼の輩が潜伏していてもおかしくないだろう。


「そういえば言ってなかったけど、私は今回、行くのやめておくわ。カルネと同様で、イビルアイを出されると大した役に立てないし」


 ケラシーヤの言葉に、シフを含めて全員が驚いた。これまでケラシーヤはシフと一緒に動こうとする傾向があったため、今回も行くだろうとシフも思っていたのだ。


「ケイなら弓だけでも足手まといなわけがないけど。何か行きにくい理由でもあんの?」

「うーん。ちょっとね。明日調べて報告するわ」


 煮え切らない態度にシフは訝しげな顔になるが、ティナに肩を叩かれた。振り向くと、ティナが耳元に口を近づける。


「後で説明するから、今は流しておいて」

「何か知ってるの?」

「ちょっとね」


 ふうんと、あやふやな心情をそのまま相づちを打って、ケラシーヤへの質問を控える。

 そのまま討伐隊の選定に入り、シフとティナ、ゼロとゲルハルトの四人になった。ミーアも行きたがっていたが、実力面で足手まといになりかねない。

 時間も夕方に差し掛かっていたため、そのまま解散となった。ティナはミーアと少し話をした後、シフの横に戻ってくる。


「シフ、今日はどうするの?」

「トリと合流して、ご飯食べて寝るだけ。ティナも一緒に行ける?」

「うん。姉さんには言ってあるから大丈夫」


 二人のやりとりを見て、ケラシーヤが提案をする。


「ティナちゃん、旅に出るまで、家に来ない?」

「え、でもそんな」


 ティナは恐れ多いだなんだとつぶやいていたが、今後は一緒に暮らすというケラシーヤの言葉に、真っ赤な顔になる。

 そして、それ以上の反論はせずに、シフたち三人は連れ立ってケラシーヤの家に向かった。



「ただいま」


 ケラシーヤが家の鍵を開けて、中に入る。トリはいないようで、家の中は静まり返っている。


「留守ね。でもお掃除はやってくれてるみたい」


 台所も綺麗に整理されたままで、ほこりが積もった様子もない。毎日ではないにせよ、それに近い間隔で掃除をしていたのだろう。


「もう暗くなるってのに、どこ行ってんだか」

「あら、心配?」

「そりゃまあ。俺が拾ったんだし、保護者みたいなもの?」


 ケラシーヤが面白がる目になったが、ちょうどその時、トリが外から戻ってきた。


「兄貴、お帰り。なんだ、まだ向こうで時間がかかると思ったのに」

「ただいま。凄い荷物だな。何を買ってきたんだ?」


 シフが荷物を受け取って中を見ると、食材がたくさん詰められていた。

 トリはケラシーヤやティナとも挨拶をしながら、荷物を取り出す。


「兄貴たちが帰ってきたって聞いたからさ、せっかくだし何か作ろうと思ったんだよ。色々と作れるようになったんだぜ」


 へへんと、小さいながらもカルネよりは膨らんだ胸を張り、トリは自慢気にしている。すぐに料理の準備を始めたのを横目に、シフはケラシーヤに質問を投げかけた。


「なあ。今回は行かないって、なんか理由あんの?」

「そりゃまあ、ね。でもまだ確証はないから」

「あの。いいですか?」


 ティナが小さく手を上げて、発言の許可を求める。シフが言うより早く、ケラシーヤが頷いた。


「ケラシーヤ様、きちんとシフに理由を言っておく方が良いと思います。言わずに旅に出るってわけにもいかないですよね」

「うん、そうなんだけどね」

「もし言いにくいのでしたら、私から伝えましょうか?」


 ケラシーヤが同意しながらも言い渋っているのを見て、ティナが気を遣う。二人のやりとりに、シフは訝しげに眉をひそめた。


「ティナ、理由が解ってるの?」

「えっと。たぶん」


 ケラシーヤは深呼吸してから、身体ごとシフに向き直る。


「シフくん。私から、ちゃんと言うわ。でも、フラグっぽくて言いたくないのよねー」

「……フラグ?」


 ティナが首を傾げているが、そこまで言われるとシフにも思うところがある。


「あ、もしかして」

「うん。たぶん、お腹に子どもいるんじゃないかな」

「ごめん、全然気付かなかった」


 シフは慌ててケラシーヤの横に立ち、お腹のあたりに手を当てる。


「まだ初期症状が出ているくらいだから。明日、お医者様に見てもらわないと」


 勘違いの可能性もあるという。

 台所に立っていたトリも手を止めて、ケラシーヤの近くに寄ってくる。


「ケラシーヤ姉ちゃん、おめでと。でも兄貴、また出かけるんだ? 結婚式は?」

「そうだね、結婚式もしないと」


 シフの村では複数の女性と結婚している人はいなかったため、慣例が解らない。

 シフが尋ねると、ケラシーヤが説明をしてくれた。


「向こうと違って、大々的に行うわけじゃないわ。身内だけで、神様に報告っていう感じ。だから二人目や三人目も、同じ要領で行うのよ。どうする、ティナちゃんも一緒に挙げる?」


 びしっと音を立てて固まったティナと、驚愕の表情を作るトリ。シフはそれを見て、言っていなかったなと若干の後悔をしつつ、トリに説明を追加した。


「えっとさ。ティナもさ、その、急だけど良い仲になったというか。いや、まだ何もしてないんだけど」

「シフくん、落ち着いて」


 ケラシーヤに止められて、不要な付け足しまでしてしまったと気付く。しかしトリは気にした様子はなく、うんうんと何度か頷いた。


「そうか。ティナ姉ちゃんも、兄貴の妻になるんだな。良いじゃん。ティナ姉ちゃんも嬉しいんだろ?」

「え、うん。そりゃ嫌だったら断るよ」


 赤くなりながらも、ティナはトリの言葉に笑顔を見せる。


「そりゃ良かった。ケラシーヤ姉ちゃんがしばらく相手できないだろうから、ある意味じゃちょうど良いんじゃねえか」


 ヘヘヘと子どもらしくない笑い声を上げたトリに、シフが軽く頭を叩く。


「こら、下世話な話に持って行くんじゃないよ。それより料理、手伝うから作っちまおう」

「そうだな、忘れてた」


 話を切り上げて食事の準備を整える。そして、食事をしながら今後の話を続けた。



 夜も遅くなった頃、ケラシーヤたち三人が、シフを部屋へと追いやる。


「悪いけど、ちょっと三人で話があるから。シフくんは部屋に戻ってて」

「はい、解りました」

「……なぜ敬語?」

「なんとなく」


 シフとケラシーヤが隣り合って座っており、向かいにティナとトリが座っている。ケラシーヤに肩を軽く叩かれて、シフは言われた通り部屋へと戻った。

 シフがいなくなったのを確認してから、ケラシーヤが口を開く。


「さて。今後の話というか、私たち三人の話なんだけど」


 ティナは緊張した面持ちをしており、トリもまじめな顔をしている。


「私が第一夫人、ティナちゃんが第二夫人でいいかしら」

「はい、もちろん構いません」

「トリちゃんには悪いけど、目指すのは第三夫人にしておいてちょうだい」

「んー」


 最初の発言には当然と頷いたティナだったが、続いて出たケラシーヤの言葉に、吹き出しかける。


「あらら。大丈夫?」

「ええ。失礼しました」


 ティナの態度に、ケラシーヤはため息をつく。


「ティナちゃん、ちょっと私に対して硬すぎ。もうちょっと仲良くして欲しいわぁ」

「いえ、でもその」

「ケラシーヤ姉ちゃん、良い奴だぜ。俺みたいな孤児上がりでも、嫌な顔しねえし。兄貴もそうだけど、少なくとも家の中じゃ普通に接したらいいんじゃねえか?」


 トリの言葉で、ケラシーヤが頭を撫でる。目はティナに固定したまま、言葉をつなぐ。


「トリちゃんの言う通り。これから色々と頼らなきゃいけないし、ぽんぽんとものを言い合う仲になれたら嬉しいわ。シフくんを挟んで険悪になんかなりたくないし」

「それは当然、私も仲良くさせていただけたら嬉しいです」


 言いながらも、硬さは取れない。ケラシーヤは頭を抱えてつぶやいた。


「どうしようかしらこの子。酒でも飲ませる?」

「ケラシーヤ姉ちゃん、妊娠してるかもしれねえんだろ? 酒なんか飲んだら駄目だろ」

「解ってるわよ」

「本当かよ。飲みたそうな顔してたじゃん」

「そんなことないもん」


 ケラシーヤとトリのやりとりに軽く笑い顔を見せながら、心なしか落ち込んだ様子のティナ。


「ティナちゃん、本当にどうしたの?」


 ケラシーヤが何度か督促して、ティナは自らの心情を口にする。


「トリちゃんは、ケラシーヤ様ともシフとも、凄く仲が良いですよね。私なんかいなくても問題ないっていうか、私のせいでケラシーヤ様との仲も悪くなっちゃうかもしれないし、シフは面倒ごとを引き受けちゃったんじゃないかなって」

「……むう」


 結構根が深そうだな、とつぶやいてケラシーヤが考え込む。トリはあっけらかんと言い放った。


「兄貴、ティナ姉ちゃんを口説いてから、手ぇ出してないの?」

「……トリちゃん、もう少し言葉を選びなさい」

「えー? でもさ。大事なことじゃねえ?」

「まあ、ね。比較的大事なことね。何で今更、十歳ちょっとの子に振り回されてるのかしら」


 渋々同意しつつ、ぼそりとつぶやく。

 二人がティナの様子を見ると、真っ赤な顔をしている。


「たぶん、帰りの道中は、私にもティナちゃんにも遠慮していたんだと思うわ」

「兄貴って、そういうところあるよな。八方美人っていうかさ」

「そうねえ。でも私は今これだし」


 これと言いつつ、ケラシーヤはお腹を撫でる。ティナを見据えて、お願いと頭を下げた。


「しばらくシフくんの相手、してあげてくれる?」

「相手って。その、えーと」


 ティナが赤い顔のまま慌てていると、ケラシーヤが付け足す。


「トリちゃん、お風呂の準備をお願いできる? ティナちゃんをしっかり洗ってあげて」

「おう。ティナ姉ちゃん、行こう」

「ちょ、え、トリちゃん」


 トリに引きずられていったティナに笑顔で手を振り、ケラシーヤも席を立つ。


「さて。念のためシフくんにも一言、言っておきますか。しかしまあ、こっちに慣れると変わるものね。前世じゃ一人の男を共有なんて、我慢できなかっただろうに」


 さすがに百年も暮らしていると変わるわねえ、などと言いつつ、ケラシーヤはシフの部屋の扉を叩いた。

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