フランでの一夜
シフたちがフランに戻ってきたのは、そろそろ夏に差しかかろうとしている頃だった。服装も身体全体を覆っていた厚手のものから、風通しの良い涼しい格好に変わっている。
町の入り口で、ケラシーヤが衛兵に声をかける。ゼロたちが戻っているか確認して、六歌仙本部への伝令を依頼した。
「ゼロは十日ほど前に戻ってるみたいよ。戻ってきて早々大変だけど、本部に直行ね」
シフに異論はなく、ティナも頷いている。
町を歩いて人集りが出来ても面倒なため、辻馬者を雇って六歌仙の本部へと向かった。
本部の扉を開けて、中に入る。依頼書を見ていた人や受け付けに並んでいた人がシフとケラシーヤを目にすると、ざわざわと囁き声が聞こえてきた。
「なんか、凄ぇ見られてるな」
「しょうがないわよ。長く留守にしていたんだから。それより、部屋に行きましょう」
「あのさ、ちょっとトリに声をかけてきてもいいかな?」
部屋に足を向けたケラシーヤに、シフは寄り道をしたいと告げる。
「一分一秒を争うわけじゃないし、構わないわよ。ただし、のんびりしすぎるのは駄目よ」
「解ってるよ。帰ってきたって伝えるだけ」
了承を得て、シフはトリの働いている厨房へと向かった。
厨房に入り、中を見回しても、トリの姿が見えない。
「今日はトリ休み?」
「ああ、シフさん。帰ってきたんですね。ええ、今日は休みなので、家にいるんじゃないですかね」
「そっか。ありがとう」
シフは応対してくれた男に礼を言い、ケラシーヤの執務室に向かう。
階段を上がる時、シフは団員の一人に声をかけられた。
「あの、お疲れ様です!」
「ん? お疲れ様です。えっと、どこかで会ったかな?」
首を傾げたシフに、同年代と思しき少年が興奮した様子で話を続ける。
「いえ、演説で見ました! 魔竜を討伐されたんですよね!」
「うん、まあ」
少年に元気良く話しかけてこられて、シフは対応に困る。
そのまま少年は長話を続けそうだったので、シフは手振りで落ち着くように抑える。
「落ち着いて。俺、今はちょっと時間が無いからさ。後でまた、時間がある時にでも話そうぜ」
「あ、はい! 失礼しました!」
少年は頭を下げて走り去ろうとしたが、シフは呼び止めて名前を聞く。少年は立ち止まって、嬉しそうに名乗ってから、再び駆け出した。
「建物の中では、人にぶつからないよう注意しろよ」
去っていく背中に声をかけてから、シフはあらためてケラシーヤの部屋に向かった。
部屋の扉を叩いて名乗ると、すぐにケラシーヤから返事がくる。
「どうぞ、入って」
「お待たせ。ゼロさんにミーアさん、ゲルハルトさんも、遅れてごめんなさい」
中にはすでにゼロとミーア、ゲルハルトが揃っていた。
シフは謝りながら部屋に入り、ケラシーヤとティナの間の空いている席に座る。
「さて。それぞれ報告ね。そちらはどうだった?」
「全然、有力情報は掴めませんでした」
聞けば、ゼロたちが向かった先は大した騒動も起きておらず、大物も何もいなかったそうだ。
「シンの居場所を掴んだわ。嘘の可能性もあるけど、私が補助してカルネが魔法で聞き出した結果だから、間違いないはずよ」
ケラシーヤは、さらにシンの目について説明を続ける。シフが見極めたとは言わずに、細部は端折っている。
「シンは、見ても気付けないように赤い目を擬態してるわ。でも今回に限っては墳墓にいる以上、目がどうでも関係ないわね」
「墳墓にいる奴は全部潰せばいいもんな」
「そうね、普通は用事もないのに行くような場所じゃないからね」
普段から、恐れ多いものとして聖王の墳墓に行く人はほとんどいない。
そのうえ、昔は墓守が管理していたが、王都が焼けてからは人手も足りず、放置されたままだ。無頼の輩が潜伏していてもおかしくないだろう。
「そういえば言ってなかったけど、私は今回、行くのやめておくわ。カルネと同様で、イビルアイを出されると大した役に立てないし」
ケラシーヤの言葉に、シフを含めて全員が驚いた。これまでケラシーヤはシフと一緒に動こうとする傾向があったため、今回も行くだろうとシフも思っていたのだ。
「ケイなら弓だけでも足手まといなわけがないけど。何か行きにくい理由でもあんの?」
「うーん。ちょっとね。明日調べて報告するわ」
煮え切らない態度にシフは訝しげな顔になるが、ティナに肩を叩かれた。振り向くと、ティナが耳元に口を近づける。
「後で説明するから、今は流しておいて」
「何か知ってるの?」
「ちょっとね」
ふうんと、あやふやな心情をそのまま相づちを打って、ケラシーヤへの質問を控える。
そのまま討伐隊の選定に入り、シフとティナ、ゼロとゲルハルトの四人になった。ミーアも行きたがっていたが、実力面で足手まといになりかねない。
時間も夕方に差し掛かっていたため、そのまま解散となった。ティナはミーアと少し話をした後、シフの横に戻ってくる。
「シフ、今日はどうするの?」
「トリと合流して、ご飯食べて寝るだけ。ティナも一緒に行ける?」
「うん。姉さんには言ってあるから大丈夫」
二人のやりとりを見て、ケラシーヤが提案をする。
「ティナちゃん、旅に出るまで、家に来ない?」
「え、でもそんな」
ティナは恐れ多いだなんだとつぶやいていたが、今後は一緒に暮らすというケラシーヤの言葉に、真っ赤な顔になる。
そして、それ以上の反論はせずに、シフたち三人は連れ立ってケラシーヤの家に向かった。
「ただいま」
ケラシーヤが家の鍵を開けて、中に入る。トリはいないようで、家の中は静まり返っている。
「留守ね。でもお掃除はやってくれてるみたい」
台所も綺麗に整理されたままで、ほこりが積もった様子もない。毎日ではないにせよ、それに近い間隔で掃除をしていたのだろう。
「もう暗くなるってのに、どこ行ってんだか」
「あら、心配?」
「そりゃまあ。俺が拾ったんだし、保護者みたいなもの?」
ケラシーヤが面白がる目になったが、ちょうどその時、トリが外から戻ってきた。
「兄貴、お帰り。なんだ、まだ向こうで時間がかかると思ったのに」
「ただいま。凄い荷物だな。何を買ってきたんだ?」
シフが荷物を受け取って中を見ると、食材がたくさん詰められていた。
トリはケラシーヤやティナとも挨拶をしながら、荷物を取り出す。
「兄貴たちが帰ってきたって聞いたからさ、せっかくだし何か作ろうと思ったんだよ。色々と作れるようになったんだぜ」
へへんと、小さいながらもカルネよりは膨らんだ胸を張り、トリは自慢気にしている。すぐに料理の準備を始めたのを横目に、シフはケラシーヤに質問を投げかけた。
「なあ。今回は行かないって、なんか理由あんの?」
「そりゃまあ、ね。でもまだ確証はないから」
「あの。いいですか?」
ティナが小さく手を上げて、発言の許可を求める。シフが言うより早く、ケラシーヤが頷いた。
「ケラシーヤ様、きちんとシフに理由を言っておく方が良いと思います。言わずに旅に出るってわけにもいかないですよね」
「うん、そうなんだけどね」
「もし言いにくいのでしたら、私から伝えましょうか?」
ケラシーヤが同意しながらも言い渋っているのを見て、ティナが気を遣う。二人のやりとりに、シフは訝しげに眉をひそめた。
「ティナ、理由が解ってるの?」
「えっと。たぶん」
ケラシーヤは深呼吸してから、身体ごとシフに向き直る。
「シフくん。私から、ちゃんと言うわ。でも、フラグっぽくて言いたくないのよねー」
「……フラグ?」
ティナが首を傾げているが、そこまで言われるとシフにも思うところがある。
「あ、もしかして」
「うん。たぶん、お腹に子どもいるんじゃないかな」
「ごめん、全然気付かなかった」
シフは慌ててケラシーヤの横に立ち、お腹のあたりに手を当てる。
「まだ初期症状が出ているくらいだから。明日、お医者様に見てもらわないと」
勘違いの可能性もあるという。
台所に立っていたトリも手を止めて、ケラシーヤの近くに寄ってくる。
「ケラシーヤ姉ちゃん、おめでと。でも兄貴、また出かけるんだ? 結婚式は?」
「そうだね、結婚式もしないと」
シフの村では複数の女性と結婚している人はいなかったため、慣例が解らない。
シフが尋ねると、ケラシーヤが説明をしてくれた。
「向こうと違って、大々的に行うわけじゃないわ。身内だけで、神様に報告っていう感じ。だから二人目や三人目も、同じ要領で行うのよ。どうする、ティナちゃんも一緒に挙げる?」
びしっと音を立てて固まったティナと、驚愕の表情を作るトリ。シフはそれを見て、言っていなかったなと若干の後悔をしつつ、トリに説明を追加した。
「えっとさ。ティナもさ、その、急だけど良い仲になったというか。いや、まだ何もしてないんだけど」
「シフくん、落ち着いて」
ケラシーヤに止められて、不要な付け足しまでしてしまったと気付く。しかしトリは気にした様子はなく、うんうんと何度か頷いた。
「そうか。ティナ姉ちゃんも、兄貴の妻になるんだな。良いじゃん。ティナ姉ちゃんも嬉しいんだろ?」
「え、うん。そりゃ嫌だったら断るよ」
赤くなりながらも、ティナはトリの言葉に笑顔を見せる。
「そりゃ良かった。ケラシーヤ姉ちゃんがしばらく相手できないだろうから、ある意味じゃちょうど良いんじゃねえか」
ヘヘヘと子どもらしくない笑い声を上げたトリに、シフが軽く頭を叩く。
「こら、下世話な話に持って行くんじゃないよ。それより料理、手伝うから作っちまおう」
「そうだな、忘れてた」
話を切り上げて食事の準備を整える。そして、食事をしながら今後の話を続けた。
夜も遅くなった頃、ケラシーヤたち三人が、シフを部屋へと追いやる。
「悪いけど、ちょっと三人で話があるから。シフくんは部屋に戻ってて」
「はい、解りました」
「……なぜ敬語?」
「なんとなく」
シフとケラシーヤが隣り合って座っており、向かいにティナとトリが座っている。ケラシーヤに肩を軽く叩かれて、シフは言われた通り部屋へと戻った。
シフがいなくなったのを確認してから、ケラシーヤが口を開く。
「さて。今後の話というか、私たち三人の話なんだけど」
ティナは緊張した面持ちをしており、トリもまじめな顔をしている。
「私が第一夫人、ティナちゃんが第二夫人でいいかしら」
「はい、もちろん構いません」
「トリちゃんには悪いけど、目指すのは第三夫人にしておいてちょうだい」
「んー」
最初の発言には当然と頷いたティナだったが、続いて出たケラシーヤの言葉に、吹き出しかける。
「あらら。大丈夫?」
「ええ。失礼しました」
ティナの態度に、ケラシーヤはため息をつく。
「ティナちゃん、ちょっと私に対して硬すぎ。もうちょっと仲良くして欲しいわぁ」
「いえ、でもその」
「ケラシーヤ姉ちゃん、良い奴だぜ。俺みたいな孤児上がりでも、嫌な顔しねえし。兄貴もそうだけど、少なくとも家の中じゃ普通に接したらいいんじゃねえか?」
トリの言葉で、ケラシーヤが頭を撫でる。目はティナに固定したまま、言葉をつなぐ。
「トリちゃんの言う通り。これから色々と頼らなきゃいけないし、ぽんぽんとものを言い合う仲になれたら嬉しいわ。シフくんを挟んで険悪になんかなりたくないし」
「それは当然、私も仲良くさせていただけたら嬉しいです」
言いながらも、硬さは取れない。ケラシーヤは頭を抱えてつぶやいた。
「どうしようかしらこの子。酒でも飲ませる?」
「ケラシーヤ姉ちゃん、妊娠してるかもしれねえんだろ? 酒なんか飲んだら駄目だろ」
「解ってるわよ」
「本当かよ。飲みたそうな顔してたじゃん」
「そんなことないもん」
ケラシーヤとトリのやりとりに軽く笑い顔を見せながら、心なしか落ち込んだ様子のティナ。
「ティナちゃん、本当にどうしたの?」
ケラシーヤが何度か督促して、ティナは自らの心情を口にする。
「トリちゃんは、ケラシーヤ様ともシフとも、凄く仲が良いですよね。私なんかいなくても問題ないっていうか、私のせいでケラシーヤ様との仲も悪くなっちゃうかもしれないし、シフは面倒ごとを引き受けちゃったんじゃないかなって」
「……むう」
結構根が深そうだな、とつぶやいてケラシーヤが考え込む。トリはあっけらかんと言い放った。
「兄貴、ティナ姉ちゃんを口説いてから、手ぇ出してないの?」
「……トリちゃん、もう少し言葉を選びなさい」
「えー? でもさ。大事なことじゃねえ?」
「まあ、ね。比較的大事なことね。何で今更、十歳ちょっとの子に振り回されてるのかしら」
渋々同意しつつ、ぼそりとつぶやく。
二人がティナの様子を見ると、真っ赤な顔をしている。
「たぶん、帰りの道中は、私にもティナちゃんにも遠慮していたんだと思うわ」
「兄貴って、そういうところあるよな。八方美人っていうかさ」
「そうねえ。でも私は今これだし」
これと言いつつ、ケラシーヤはお腹を撫でる。ティナを見据えて、お願いと頭を下げた。
「しばらくシフくんの相手、してあげてくれる?」
「相手って。その、えーと」
ティナが赤い顔のまま慌てていると、ケラシーヤが付け足す。
「トリちゃん、お風呂の準備をお願いできる? ティナちゃんをしっかり洗ってあげて」
「おう。ティナ姉ちゃん、行こう」
「ちょ、え、トリちゃん」
トリに引きずられていったティナに笑顔で手を振り、ケラシーヤも席を立つ。
「さて。念のためシフくんにも一言、言っておきますか。しかしまあ、こっちに慣れると変わるものね。前世じゃ一人の男を共有なんて、我慢できなかっただろうに」
さすがに百年も暮らしていると変わるわねえ、などと言いつつ、ケラシーヤはシフの部屋の扉を叩いた。




