猫の獣人
シフがトリに魔竜退治の説明をすると、驚いた風でもなく一言だけトリが質問をした。
「それ、勝算はあったんだろ?」
「ああ。俺だって、死にに行くつもりなんかねえよ」
「じゃあいいよ。出来れば話して行って欲しかったけど、今さら言ってもしょうがないし、無事に戻ってきたしな」
シフはトリの言葉に、小さく首を傾げる。
「妙に物わかりが良いけど、どうした?」
「なんだよ。文句を言って欲しいなら、いくらでも文句言うぞ」
トリがむっとした顔になったのを見て、シフは慌てて補足をする。
「ごめん。そんなわけで、今日の夜はちょっと豪勢に祝おうって話になったんだ。と言っても六人ほどで集まるだけなんだけどさ」
「ん。解ったよ」
「夕方に迎えに来るから」
シフはトリが仕事に戻ったのを見て、自分も何か仕事をしようと思って表に戻る。
いくつかの書類をめくって依頼を眺めていると、横から声をかけられた。
「あ、シフさん」
シフが目を向けると、ちょうど目線の位置にあった猫耳が目に入る。
入団試験の結果を見に行った時に、ケラシーヤに耳を触って遊ばれていたティナだ。
「長旅から帰ってきたんですよね。お帰りなさい」
「ああ、はい。ただいまです。今日、ケイも含めて宴会やるって、聞いてる?」
シフの言葉に、ティナは少し戸惑った顔になる。
「ええ、でも私も参加していいんでしょうか。姉さんはともかく、私って別に関係ないし」
「呼ばれたんだから、遠慮する必要はないでしょ。それと、俺に敬語なんて使わなくていいよ」
「ケラシーヤ様と親しい方に、そんなわけにはいかないですよ。それで、シフさんは何か依頼を受けに来たんですか?」
「うん。すぐに受けるかどうかは別として、どんな依頼があるのか見ておこうかと思って」
言いながらティナの格好を見ると、受付の制服ではなく私服を着ている。薄い金髪に白い猫耳をしているティナに良く似合った、白いワンピースを着ている。
「ティナさんは、お仕事?」
「ええ、何か面白い依頼がないかなって思って」
「あれ、ティナさんは内勤じゃないの?」
「私は忙しい時にフォローするくらいで、普段は魔物を討伐してますよ」
「フォロー?」
会話の中で、懐かしい単語を聞いた。地球の言葉だ。
シフがつぶやくと、しまったという顔で言い直す。
「ごめんなさい。えとね、忙しい時にお手伝いする程度」
「いや、フォローで解るけど」
「ええ? ああ、そういえばケラシーヤ様とも仲良かったわね。時々、姉さんと内緒話をする時に、祖父母から教えてもらった言葉を使ってるの。つたないけどね」
ケラシーヤたちが重要な話ができないというのは、こういう迂闊さから来ているのかもしれない。
しかもシフが理解出来ると聞いてから、安心したせいか敬語ではなくなっている。
「ティナさん、面白いね。ちょっと知り合いを思い出した」
「何それ。馬鹿にして……って、ごめんなさい。私、つい」
ティナは口を尖らせて文句を言いかけたが、失礼だったと思ったようでシフに謝った。
「いや、本当に全然構わないから。というより、敬語なんか使わない方が俺も楽しいし。気楽に話して」
「えっと。いいんですか?」
「ケイは立場が偉いのかもしれないけど、俺はただの傭兵団員だよ」
「ただの、じゃないと思うけど、そういうなら、普通に話すわ。実は私、敬語って苦手なのよね」
「だろうね」
ククッと笑いを堪えてシフが同意する。話の通り、真面目な姉と違って奔放な性格のようだ。
シフの腰にある剣を指さして、ティナが問いかけてくる。
「シフさんは、獲物それ?」
「うん。今はこれ。出かけた時はハルバードを使ってた。本来なら二刀流とかが合ってるんだけど、武器を用意する時間がなかったから」
間合いが短い、威力が低いなど、様々な欠点はあるが、今なら身のこなしも腕力も、ゲームの頃を上回っているので、問題なく使いこなせるだろう。
ゲーム時代の戦法を使いこなすためにも、早々に武器は揃えておきたい。
「ティナさんは何?」
ティナは鞄だけで他に何も持っておらず、買い物のついでに寄ったかのような格好だ。
ティナは手を前に出して、尖った爪を指先から出す。
「これ」
「凄い。出し入れ出来るんだ。そりゃ猫だもんね」
笑いながら、ひょこっと爪をすぐに体内に戻して、手を下ろした。
好奇心でシフがティナの指先を見ていると、ティナは恥ずかしそうに手を隠す。
「あはは。後は、弓も少し使うよ。離れているうちは、無理に近付くより撃つ方がやりやすいし」
「へえ。良いところ取りだね」
「ん? そうかもね。シフさんは一人で依頼を受けてるの?」
ティナの質問に、シフは小さく首を傾げた。
「どうだろ。ケイが暇になったら一緒に受けるけど、それまでは一人で受けるかも」
「ふうん。ケラシーヤ様は暇にならないと思うけど。機会があれば一緒に何か狩ろうね」
二人で行くのはケラシーヤの機嫌を損ねかねないが、何人かで一緒に討伐へ向かうのは面白そうだ。
「そうだね。機会があれば是非」
シフはティナと夕方の宴会でまた、と挨拶をかわして、依頼の確認に戻った。
夕方になり、シフはトリと一緒に待ち合わせ場所の店に向かう。
中に入ると、すでにティナとミーアが来ていて、店員に個室へと案内された。
奥に三席、手前に三席あり、一番奥にティナが座っていて、その隣にミーアが座っている。
「お疲れ様」
「こんばんは」
口々に挨拶をして、手前側の空いている席に座る。
「はじめまして。あなたがトリちゃん?」
「はい。初めまして。今日はよろしくお願いします」
ミーアとトリは顔見知りだったようだが、ティナとは初対面のようで、お互いに挨拶をしている。
礼儀正しく挨拶をしているトリを見て、シフが驚いた顔になる。
「トリ、まともに挨拶なんて出来たんだ」
「……当然です」
トリがにこやかに言いながら、シフの太ももを思いきりつねる。
声を出しかけたが、すんでのところで踏みとどまる。
「てめえ……」
「兄貴が悪い」
シフがほとんど声に出さずつぶやくと、トリも小さく返す。
水面下でそんな争いを繰り広げるうちに、ケラシーヤとゼロも到着した。
奥側のミーアの隣にゼロが座り、シフの隣にケラシーヤが座る。
「遅れてごめんね」
「いえ、そんな」
ケラシーヤが入るなり謝って、猫の獣人二人が恐縮しているところに、シフが気楽な口調で場を和ます。
「いや、全然問題ないよ」
「そう? 飲み物は注文した?」
食べ物は店に任せており随時持ってきてくれるという。店員を呼び、各々好きな飲み物を注文する。
「ケイ、お酒飲んで大丈夫? やめた方がいいんじゃねえ?」
「大丈夫よ。一杯目だけで、後はお茶か何かにするから」
トリ以外はお酒を頼み、すぐに運ばれてくる。
「えー、私でいいかな? じゃあ、魔竜ゲオルギオス討伐を祝して乾……わあ」
ケラシーヤが言葉の途中で、驚きの声を上げる。
トリも慌てて立ち上がって、目の前で目を丸くして杯を落としたあたりを布巾でぬぐう。
「あ、わわっ」
すぐにティナは我に返り、机からこぼれたお酒を拭いた。
「ご、ごめんなさい」
顔を真っ赤にして謝るティナに、ケラシーヤがつぶやく。
「ティナちゃんに説明するの、忘れてたわ」
「ケイ、それは酷いと思うぜ」
店員に声をかけて、あらためて同じ飲み物を持ってきてもらう。
その間に、簡単に事情を説明する。
「私とシフくんでゲオルギオスを討伐したの。さくっと」
「二人で魔竜をですか?」
「ええ」
唖然とした顔で聞いていたティナは、シフにごめんなさいと謝った。
「何を謝るの?」
「その、身の程を知らずに一緒に討伐しようとか誘っちゃって」
ティナの言葉に、どういうべきかとシフが悩んでいると、ケラシーヤが横から口を挟む。
「あら、良いじゃないの」
「ケイ。良いって、何が?」
シフが聞き返すと、ケラシーヤはころころと笑う。
「一緒に討伐。私はしばらく無理だから。シフくん一人だと危なっかしいけど、ティナちゃんが付いてくれたら安心だわ。それに私が一緒に動ける場合でも、私は後衛専門だからね。昔もそうだったけど、二人くらい前に立ってくれた方がやりやすいわよ」
ケラシーヤの言う昔が前世の話だというのは、シフだけに伝わった。
「……そうだな。前衛は二人いても悪くないし。でも、俺一人だと危なっかしいって、どういう意味だよ」
「シフくん、限界の見極めが下手だもん」
「そんなこと、ないと……思うぞ」
シフが自信なさそうに反論する。前世では無茶をして死ぬ確率が、サクヤよりも多かったくらいだ。
分が悪いと思ったシフは、矛先を変えようとティナに話を振る。
「ティナさんが良かったら一緒に受けない? 俺、まだ傭兵としての常識は全然ないしさ。教えてくれると助かるし」
ティナが、どうしようかと言いながらミーアを見て相談を持ちかける。
「姉さん、どうしよう」
「ティナが決めなさい。断っても、それが原因で問題が起きたりはしないわ」
ちらっとミーアがケラシーヤに目を向けると、ケラシーヤは当然と頷く。
こそこそと、それでいて周りへの配慮をしていない音量の密談を姉妹で行う。
「嫌ならいいけど、元々誘ったのはティナじゃないの? それで、相手の立場によって嫌がるとか、そんな失礼な子に育てた覚えはないわ」
「姉さんに育てられた覚えもない。うん、でもそうね」
ティナはシフに向き直り、頭をかきながら改めて謝る。
「シフさん、ごめんね。えっと、じゃあ今度、一緒に討伐に行こう。出来るだけ大物でね」
「うん。よろしく」
おずおずと切り出したティナに、シフは笑顔で頷く。ティナがほっとした様子で笑みを浮かべたところで、ケラシーヤが声を上げる。
「じゃあ、そろそろ仕切り直してもいいかしら」
その言葉で、黙っていたトリが真っ先に返事をする。
「ケラシーヤ姉ちゃん、さっさとやっちゃおう」
「ん。じゃあ、あらためて。魔竜の討伐と、無事帰還、その他もろもろ込めて、乾杯」
全員で口々に乾杯と言い交わして、待ってくれていた料理も運ばれてくる。
始めこそ上品に食べていたが、すぐに酒のせいか、わいわいと騒がしくなってくる。
「シフくん、ティナちゃんと討伐に出かけるのはいいけどさ。ティナちゃんの同意なしに襲ったりするんじゃないわよ」
ケラシーヤの言葉に、場が凍り付く。シフはため息まじりに反論をした。
「ほら、一杯でもう駄目じゃんか。だから飲むなって言ったのに」
「大丈夫よ。どうってことないわ」
「駄目な奴ほどそう言うんだよ」
ティナとミーアは顔を見合わせ、ゼロは聞こえないふりをしている。トリは、気にした風でもなく料理に手を伸ばす。
「ケラシーヤ姉ちゃん、酒が弱点なのか。覚えとこ」
「トリ、いらねえ知識を身に付けるんじゃねえよ」
「大事だって。こういう場ならいいけど、社交場とかで飲ませちゃ駄目だろ。そういう場面もあったと思うけど、どうやって対処してたんだ?」
トリの疑問に、シフはぽんと手を叩く。言われてみると、確かに不思議だ。
シフも首を傾げると、ゼロから説明が入った。
「ケラシーヤ様はせっかく飲んだのにと嫌がっておいででしたが、都度こっそりと浄化の魔法をかけていました。体内で魔法を発動させると、気付かれる可能性も極めて低いですので」
「ああ、なるほど」
聞いてみると簡単な話だ。
ケラシーヤはシフたちの話を上の空で聞き流し、ティナに絡んでいる。
「ティナちゃん、そろそろお姉さん離れしないと。ミーアちゃんもティナちゃんが気になって結婚も出来ないのよ」
「ケラシーヤ様、しれっと嘘をつかないでください。それは話が違います」
標的になっているティナではなく、ゼロが訂正を入れる。しかし、ケラシーヤは止まらない。
「ゼロは黙ってて。今はそんな話をしているんじゃないの。ティナちゃん、友人も多くて社交性はあるのに、惚れただの何だのって話は一切出ないわよね。そういったのに興味ないのかしら」
ティナは困ったような顔をしていたが、ケラシーヤが諦める気配がないのを察して、うーんと考えながら、口を開く。
「興味ないわけじゃないですけど。姉さんと違って、私はちょっと気が強すぎるのが駄目なのか、友達にはなっても、なかなかその先には進まないんですよね。寄ってきても変なのばっかりで、お断りだし」
あっけらかんとしながらも、少しだけ寂しそうに笑いながら頬に手を当てる。
ケラシーヤは急に頷き始めた。
「解るわ。私も気が強いっていうわけじゃないけど、勝手に気位が高いって扱いをされて、変なのは多いのよね」
「ケラシーヤ様みたいな立場になれば、色々と大変な苦労もおありなのでしょうね」
「そうよー。色々あるわよ」
ケラシーヤはティナの向かいに移動して、二人で盛り上がっている。それを横目に、シフはトリと料理の感想を言いあって、舌鼓を打つ。
「兄貴、これ美味しい」
「ん。確かに。ゼロさんとミーアさんも、よければどうぞ」
「ありがとう。あら、本当に美味しい」
「トリって、厨房で働いているせいで舌が肥えてきた?」
「洗いもんとか片付け中心で、全然作る方には関わってないから、関係なさそう。ただまあ、何でも美味しく食べるせいか、色々と食べさせてくれるかな」
聞けば、厨房で結構可愛がられているようだ。シフとしては、変な目で見るような奴さえいなければ、トリの交友関係が広がるのは喜ぶべきことだ。
その後もわいわいと話が広がって、夜が更けてお開きとなった。
「トリちゃんも、今日は家においで。一緒に寝よう」
「いいの?」
「ふふふ。いいのよー」
シフがケラシーヤの様子にため息をつく。
「トリ、酒臭くて駄目なら逃げたらいいけど、どうする?」
「いや、ケラシーヤ姉ちゃん、全然酒臭くねえよ。別に俺はいいんだけど、いいのか?」
「トリが問題なければいいよ。悪いね」
トリが嫌がってはいない様子だったので、シフは詫びながらも一緒に来てもらうようお願いした。
ティナは結構飲んでいるせいか、ふわふわと足元が揺れているようだ。
少し心配だが、ゼロやミーアはしっかりとしていて、ゼロが二人を家まで送るようなので、任せておく。
「それじゃ、今日はありがとうございました。ティナさん、また明日、よろしく」
「ええ、こちらこそよろしく!」
残りの三人とは家の方向が逆なので、店の前で別れる。
シフがケラシーヤの手を引きながら歩いていると、トリが逆の手を握ってきた。
「兄貴、面倒見が良いよな」
「ん? そうか?」
「ああ。俺を助けたのもそうだし、今日のティナ姉ちゃんと一緒に討伐行くのもそうだし」
シフは困ったように頭をかきつつ、トリの言葉を否定する。
「トリは、だってお前死にそうだったじゃねえか。ティナさんは、別に俺が面倒見いいわけじゃないし」
「まあ、そういうならそれでいいけどな」
シフたちは家に着くと、ぐずるケラシーヤをトリに任せて風呂に入れて、早々に眠りについた。




