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百年遅れの英雄譚  作者: すっとこどっこい
第二章 少年時代(魔竜討伐編)
26/49

猫の獣人

 シフがトリに魔竜退治の説明をすると、驚いた風でもなく一言だけトリが質問をした。


「それ、勝算はあったんだろ?」

「ああ。俺だって、死にに行くつもりなんかねえよ」

「じゃあいいよ。出来れば話して行って欲しかったけど、今さら言ってもしょうがないし、無事に戻ってきたしな」


 シフはトリの言葉に、小さく首を傾げる。


「妙に物わかりが良いけど、どうした?」

「なんだよ。文句を言って欲しいなら、いくらでも文句言うぞ」


 トリがむっとした顔になったのを見て、シフは慌てて補足をする。


「ごめん。そんなわけで、今日の夜はちょっと豪勢に祝おうって話になったんだ。と言っても六人ほどで集まるだけなんだけどさ」

「ん。解ったよ」

「夕方に迎えに来るから」


 シフはトリが仕事に戻ったのを見て、自分も何か仕事をしようと思って表に戻る。

 いくつかの書類をめくって依頼を眺めていると、横から声をかけられた。


「あ、シフさん」


 シフが目を向けると、ちょうど目線の位置にあった猫耳が目に入る。

 入団試験の結果を見に行った時に、ケラシーヤに耳を触って遊ばれていたティナだ。


「長旅から帰ってきたんですよね。お帰りなさい」

「ああ、はい。ただいまです。今日、ケイも含めて宴会やるって、聞いてる?」


 シフの言葉に、ティナは少し戸惑った顔になる。


「ええ、でも私も参加していいんでしょうか。姉さんはともかく、私って別に関係ないし」

「呼ばれたんだから、遠慮する必要はないでしょ。それと、俺に敬語なんて使わなくていいよ」

「ケラシーヤ様と親しい方に、そんなわけにはいかないですよ。それで、シフさんは何か依頼を受けに来たんですか?」

「うん。すぐに受けるかどうかは別として、どんな依頼があるのか見ておこうかと思って」


 言いながらティナの格好を見ると、受付の制服ではなく私服を着ている。薄い金髪に白い猫耳をしているティナに良く似合った、白いワンピースを着ている。


「ティナさんは、お仕事?」

「ええ、何か面白い依頼がないかなって思って」

「あれ、ティナさんは内勤じゃないの?」

「私は忙しい時にフォローするくらいで、普段は魔物を討伐してますよ」

「フォロー?」


 会話の中で、懐かしい単語を聞いた。地球の言葉だ。

 シフがつぶやくと、しまったという顔で言い直す。


「ごめんなさい。えとね、忙しい時にお手伝いする程度」

「いや、フォローで解るけど」

「ええ? ああ、そういえばケラシーヤ様とも仲良かったわね。時々、姉さんと内緒話をする時に、祖父母から教えてもらった言葉を使ってるの。つたないけどね」


 ケラシーヤたちが重要な話ができないというのは、こういう迂闊さから来ているのかもしれない。

 しかもシフが理解出来ると聞いてから、安心したせいか敬語ではなくなっている。


「ティナさん、面白いね。ちょっと知り合いを思い出した」

「何それ。馬鹿にして……って、ごめんなさい。私、つい」


 ティナは口を尖らせて文句を言いかけたが、失礼だったと思ったようでシフに謝った。


「いや、本当に全然構わないから。というより、敬語なんか使わない方が俺も楽しいし。気楽に話して」

「えっと。いいんですか?」

「ケイは立場が偉いのかもしれないけど、俺はただの傭兵団員だよ」

「ただの、じゃないと思うけど、そういうなら、普通に話すわ。実は私、敬語って苦手なのよね」

「だろうね」


 ククッと笑いを堪えてシフが同意する。話の通り、真面目な姉と違って奔放な性格のようだ。

 シフの腰にある剣を指さして、ティナが問いかけてくる。


「シフさんは、獲物それ?」

「うん。今はこれ。出かけた時はハルバードを使ってた。本来なら二刀流とかが合ってるんだけど、武器を用意する時間がなかったから」


 間合いが短い、威力が低いなど、様々な欠点はあるが、今なら身のこなしも腕力も、ゲームの頃を上回っているので、問題なく使いこなせるだろう。

 ゲーム時代の戦法を使いこなすためにも、早々に武器は揃えておきたい。


「ティナさんは何?」


 ティナは鞄だけで他に何も持っておらず、買い物のついでに寄ったかのような格好だ。

 ティナは手を前に出して、尖った爪を指先から出す。


「これ」

「凄い。出し入れ出来るんだ。そりゃ猫だもんね」


 笑いながら、ひょこっと爪をすぐに体内に戻して、手を下ろした。

 好奇心でシフがティナの指先を見ていると、ティナは恥ずかしそうに手を隠す。


「あはは。後は、弓も少し使うよ。離れているうちは、無理に近付くより撃つ方がやりやすいし」

「へえ。良いところ取りだね」

「ん? そうかもね。シフさんは一人で依頼を受けてるの?」


 ティナの質問に、シフは小さく首を傾げた。


「どうだろ。ケイが暇になったら一緒に受けるけど、それまでは一人で受けるかも」

「ふうん。ケラシーヤ様は暇にならないと思うけど。機会があれば一緒に何か狩ろうね」


 二人で行くのはケラシーヤの機嫌を損ねかねないが、何人かで一緒に討伐へ向かうのは面白そうだ。


「そうだね。機会があれば是非」


 シフはティナと夕方の宴会でまた、と挨拶をかわして、依頼の確認に戻った。



 夕方になり、シフはトリと一緒に待ち合わせ場所の店に向かう。

 中に入ると、すでにティナとミーアが来ていて、店員に個室へと案内された。

 奥に三席、手前に三席あり、一番奥にティナが座っていて、その隣にミーアが座っている。


「お疲れ様」

「こんばんは」


 口々に挨拶をして、手前側の空いている席に座る。


「はじめまして。あなたがトリちゃん?」

「はい。初めまして。今日はよろしくお願いします」


 ミーアとトリは顔見知りだったようだが、ティナとは初対面のようで、お互いに挨拶をしている。

 礼儀正しく挨拶をしているトリを見て、シフが驚いた顔になる。


「トリ、まともに挨拶なんて出来たんだ」

「……当然です」


 トリがにこやかに言いながら、シフの太ももを思いきりつねる。

 声を出しかけたが、すんでのところで踏みとどまる。


「てめえ……」

「兄貴が悪い」


 シフがほとんど声に出さずつぶやくと、トリも小さく返す。

 水面下でそんな争いを繰り広げるうちに、ケラシーヤとゼロも到着した。

 奥側のミーアの隣にゼロが座り、シフの隣にケラシーヤが座る。


「遅れてごめんね」

「いえ、そんな」


 ケラシーヤが入るなり謝って、猫の獣人二人が恐縮しているところに、シフが気楽な口調で場を和ます。


「いや、全然問題ないよ」

「そう? 飲み物は注文した?」


 食べ物は店に任せており随時持ってきてくれるという。店員を呼び、各々好きな飲み物を注文する。


「ケイ、お酒飲んで大丈夫? やめた方がいいんじゃねえ?」

「大丈夫よ。一杯目だけで、後はお茶か何かにするから」


 トリ以外はお酒を頼み、すぐに運ばれてくる。


「えー、私でいいかな? じゃあ、魔竜ゲオルギオス討伐を祝して乾……わあ」


 ケラシーヤが言葉の途中で、驚きの声を上げる。

 トリも慌てて立ち上がって、目の前で目を丸くして杯を落としたあたりを布巾でぬぐう。


「あ、わわっ」


 すぐにティナは我に返り、机からこぼれたお酒を拭いた。


「ご、ごめんなさい」


 顔を真っ赤にして謝るティナに、ケラシーヤがつぶやく。


「ティナちゃんに説明するの、忘れてたわ」

「ケイ、それは酷いと思うぜ」


 店員に声をかけて、あらためて同じ飲み物を持ってきてもらう。

 その間に、簡単に事情を説明する。


「私とシフくんでゲオルギオスを討伐したの。さくっと」

「二人で魔竜をですか?」

「ええ」


 唖然とした顔で聞いていたティナは、シフにごめんなさいと謝った。


「何を謝るの?」

「その、身の程を知らずに一緒に討伐しようとか誘っちゃって」


 ティナの言葉に、どういうべきかとシフが悩んでいると、ケラシーヤが横から口を挟む。


「あら、良いじゃないの」

「ケイ。良いって、何が?」


 シフが聞き返すと、ケラシーヤはころころと笑う。


「一緒に討伐。私はしばらく無理だから。シフくん一人だと危なっかしいけど、ティナちゃんが付いてくれたら安心だわ。それに私が一緒に動ける場合でも、私は後衛専門だからね。昔もそうだったけど、二人くらい前に立ってくれた方がやりやすいわよ」


 ケラシーヤの言う昔が前世の話だというのは、シフだけに伝わった。


「……そうだな。前衛は二人いても悪くないし。でも、俺一人だと危なっかしいって、どういう意味だよ」

「シフくん、限界の見極めが下手だもん」

「そんなこと、ないと……思うぞ」


 シフが自信なさそうに反論する。前世では無茶をして死ぬ確率が、サクヤよりも多かったくらいだ。

 分が悪いと思ったシフは、矛先を変えようとティナに話を振る。


「ティナさんが良かったら一緒に受けない? 俺、まだ傭兵としての常識は全然ないしさ。教えてくれると助かるし」


 ティナが、どうしようかと言いながらミーアを見て相談を持ちかける。


「姉さん、どうしよう」

「ティナが決めなさい。断っても、それが原因で問題が起きたりはしないわ」


 ちらっとミーアがケラシーヤに目を向けると、ケラシーヤは当然と頷く。

 こそこそと、それでいて周りへの配慮をしていない音量の密談を姉妹で行う。


「嫌ならいいけど、元々誘ったのはティナじゃないの? それで、相手の立場によって嫌がるとか、そんな失礼な子に育てた覚えはないわ」

「姉さんに育てられた覚えもない。うん、でもそうね」


 ティナはシフに向き直り、頭をかきながら改めて謝る。


「シフさん、ごめんね。えっと、じゃあ今度、一緒に討伐に行こう。出来るだけ大物でね」

「うん。よろしく」


 おずおずと切り出したティナに、シフは笑顔で頷く。ティナがほっとした様子で笑みを浮かべたところで、ケラシーヤが声を上げる。


「じゃあ、そろそろ仕切り直してもいいかしら」


 その言葉で、黙っていたトリが真っ先に返事をする。


「ケラシーヤ姉ちゃん、さっさとやっちゃおう」

「ん。じゃあ、あらためて。魔竜の討伐と、無事帰還、その他もろもろ込めて、乾杯」


 全員で口々に乾杯と言い交わして、待ってくれていた料理も運ばれてくる。

 始めこそ上品に食べていたが、すぐに酒のせいか、わいわいと騒がしくなってくる。


「シフくん、ティナちゃんと討伐に出かけるのはいいけどさ。ティナちゃんの同意なしに襲ったりするんじゃないわよ」


 ケラシーヤの言葉に、場が凍り付く。シフはため息まじりに反論をした。


「ほら、一杯でもう駄目じゃんか。だから飲むなって言ったのに」

「大丈夫よ。どうってことないわ」

「駄目な奴ほどそう言うんだよ」


 ティナとミーアは顔を見合わせ、ゼロは聞こえないふりをしている。トリは、気にした風でもなく料理に手を伸ばす。


「ケラシーヤ姉ちゃん、酒が弱点なのか。覚えとこ」

「トリ、いらねえ知識を身に付けるんじゃねえよ」

「大事だって。こういう場ならいいけど、社交場とかで飲ませちゃ駄目だろ。そういう場面もあったと思うけど、どうやって対処してたんだ?」


 トリの疑問に、シフはぽんと手を叩く。言われてみると、確かに不思議だ。

 シフも首を傾げると、ゼロから説明が入った。


「ケラシーヤ様はせっかく飲んだのにと嫌がっておいででしたが、都度こっそりと浄化の魔法をかけていました。体内で魔法を発動させると、気付かれる可能性も極めて低いですので」

「ああ、なるほど」


 聞いてみると簡単な話だ。

 ケラシーヤはシフたちの話を上の空で聞き流し、ティナに絡んでいる。


「ティナちゃん、そろそろお姉さん離れしないと。ミーアちゃんもティナちゃんが気になって結婚も出来ないのよ」

「ケラシーヤ様、しれっと嘘をつかないでください。それは話が違います」


 標的になっているティナではなく、ゼロが訂正を入れる。しかし、ケラシーヤは止まらない。


「ゼロは黙ってて。今はそんな話をしているんじゃないの。ティナちゃん、友人も多くて社交性はあるのに、惚れただの何だのって話は一切出ないわよね。そういったのに興味ないのかしら」


 ティナは困ったような顔をしていたが、ケラシーヤが諦める気配がないのを察して、うーんと考えながら、口を開く。


「興味ないわけじゃないですけど。姉さんと違って、私はちょっと気が強すぎるのが駄目なのか、友達にはなっても、なかなかその先には進まないんですよね。寄ってきても変なのばっかりで、お断りだし」


 あっけらかんとしながらも、少しだけ寂しそうに笑いながら頬に手を当てる。

 ケラシーヤは急に頷き始めた。


「解るわ。私も気が強いっていうわけじゃないけど、勝手に気位が高いって扱いをされて、変なのは多いのよね」

「ケラシーヤ様みたいな立場になれば、色々と大変な苦労もおありなのでしょうね」

「そうよー。色々あるわよ」


 ケラシーヤはティナの向かいに移動して、二人で盛り上がっている。それを横目に、シフはトリと料理の感想を言いあって、舌鼓を打つ。


「兄貴、これ美味しい」

「ん。確かに。ゼロさんとミーアさんも、よければどうぞ」

「ありがとう。あら、本当に美味しい」

「トリって、厨房で働いているせいで舌が肥えてきた?」

「洗いもんとか片付け中心で、全然作る方には関わってないから、関係なさそう。ただまあ、何でも美味しく食べるせいか、色々と食べさせてくれるかな」


 聞けば、厨房で結構可愛がられているようだ。シフとしては、変な目で見るような奴さえいなければ、トリの交友関係が広がるのは喜ぶべきことだ。

 その後もわいわいと話が広がって、夜が更けてお開きとなった。


「トリちゃんも、今日は家においで。一緒に寝よう」

「いいの?」

「ふふふ。いいのよー」


 シフがケラシーヤの様子にため息をつく。


「トリ、酒臭くて駄目なら逃げたらいいけど、どうする?」

「いや、ケラシーヤ姉ちゃん、全然酒臭くねえよ。別に俺はいいんだけど、いいのか?」

「トリが問題なければいいよ。悪いね」


 トリが嫌がってはいない様子だったので、シフは詫びながらも一緒に来てもらうようお願いした。

 ティナは結構飲んでいるせいか、ふわふわと足元が揺れているようだ。

 少し心配だが、ゼロやミーアはしっかりとしていて、ゼロが二人を家まで送るようなので、任せておく。


「それじゃ、今日はありがとうございました。ティナさん、また明日、よろしく」

「ええ、こちらこそよろしく!」


 残りの三人とは家の方向が逆なので、店の前で別れる。

 シフがケラシーヤの手を引きながら歩いていると、トリが逆の手を握ってきた。


「兄貴、面倒見が良いよな」

「ん? そうか?」

「ああ。俺を助けたのもそうだし、今日のティナ姉ちゃんと一緒に討伐行くのもそうだし」


 シフは困ったように頭をかきつつ、トリの言葉を否定する。


「トリは、だってお前死にそうだったじゃねえか。ティナさんは、別に俺が面倒見いいわけじゃないし」

「まあ、そういうならそれでいいけどな」


 シフたちは家に着くと、ぐずるケラシーヤをトリに任せて風呂に入れて、早々に眠りについた。

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