魔竜ゲオルギオス
シフとケラシーヤは、旅を続けて魔竜の住む山の麓へと到着した。
馬は最寄りの村で、一ヶ月以内に戻らなければ好きにしていいと伝えた上で、預けている。
「今日はここで一泊ね」
「そうだな。今はいないみたいだし、今からこの山は、きついしな」
飛竜が住んでいたような森が広がっている緩やかな尾根ではなく、切り立った崖のような急斜面が続く、非常に登りにくい山だ。
「こんな山、まともに登る気はないわよ」
「でも登るしかないだろ?」
「そうでもないわ」
ケラシーヤが風の精霊を呼び魔法を唱えると、フワリと身体が浮き上がる。
そして、そのまま足を動かさずに動く。
「風の精霊って、そんなのまで出来るんだ」
「普通に飛行の魔法もあるけどね。私は精霊に運んでもらう方が、風を感じられて好きなの」
飛行の魔法は、風圧を防ぐために結界のようなものを張り巡らせるらしい。
シフは話を聞きながら、野営の準備をする。こんな魔竜の住む領域で火を使うわけにもいかないので、周りに紛れるような寝床を作るくらいだ。
「じゃあ、明日のために最終確認ね」
固形の保存食による簡素な食事を済ませた後、ケラシーヤは真面目な顔で何かを取り出した。
「これ、ヒーリングポーションが三つにスタミナポーションが二つ、あとはマナポーションが三つ」
「こんなもの、どうしたの?」
この世界ではポーションが非常に高価だ。しかも、金を出せば用意ができるものでもなく、出回っている数量が極めて少ない。
ポーションの素材となる薬草がほぼ絶滅しているのが原因で、人の手で育成してもすぐに枯れてしまい、増やす手段にも乏しいのだそうだ。
「過去の遺産。六歌仙に関係ない個人の持ち物だから気にしないで。これだけしか出てこなかったわ。私が依頼で動かなくなってからは、集めなくなってたから」
何やら説明しているが、これ一つで大きな町に豪邸がいくつも建つほどの値段で取り引きされると聞いた覚えがある。
「でも、高いものなのに」
「今から魔竜との戦いなんだから。二人だけで戦うんだし、命よりはよほど軽いわよ」
そんなことより、と振り分けについて提案してくる。
「ヒーリング二つとスタミナ二つを持っておいて。私はヒーリング一つにマナ三つ持つから」
「ケイがヒーリング二つ持てよ」
「何を言ってるのよ。私は後ろで高みの見物よ。本当ならヒーリング三つとも、シフくんに持ってもらいたいんだから」
高みの見物のわけがないのは明らかだ。シフはそれには突っ込まず、回復量について質問をする。
半ば伝説というほどの品物だ。詳細な効果や使用方法は知らない。
「これ、どれくらいの回復量? 飲めばいいのか?」
「回復量は、部位欠損しても即座に復活するくらい。腕がそこらに転がっていても、にょきっと生えるんだから、気持ち悪いわよ。転がってる腕にかけるとどうなるのかは、試してないから知らない。飲んでもいいし、治したい場所にかけてもいい。飲んだ場合、身体全体に行き渡る。かけた場合、その場所だけ」
少しだけ飲んでも効果はあるけど、少ないと怪我の治りも遅いらしい。
続いて、戦略の話になる。
「洞窟の中で戦うのは、魔竜に限っては愚策ね。洞窟を壊して生き埋めにされたら負けるもの。山の一つくらい、平気で壊せる破壊力があるもの」
「じゃあ、外で戦うの?」
「そうね。登って洞窟の前が開けた場所があるの。そこで、魔竜の翼を切り裂いて飛べなくしてから戦いましょう」
シフは、ケラシーヤの話を聞きながら、感じていた疑問を口にする。
「準備が良いというか、この場所についても詳しいね」
「そうね。まだ彼女が聖竜だったころに、何度か来たの」
「彼女?」
「前は意思疎通ができたから。言葉が解るわけじゃないけどね」
超然としていて格好良かった、とケラシーヤが寂しそうに続ける。
シフは何と言うべきか困りながらも、慰めようと言葉を紡ぐ。
「前世の母親みたいだし討伐するしかないのは俺も残念だけど、本意ではない虐殺を続けさせるより、止めてあげるのがせめてもの手向けじゃないか」
「そうかもね。ありがとう」
シフの言葉でケラシーヤが寂しそうな顔のまま微笑む。シフには、それが別れに慣れている顔に見えた。
シフが寿命まで生きたとしても、ケラシーヤを残して逝くのだ。それ以上かける言葉が出てこず、時間だけが過ぎていった。
翌日、日の出前にシフとケラシーヤは行動を始める。ケラシーヤが風の精霊を呼んで空中に浮かび、シフを抱きかかえて洞窟を目指す。
「鎧ごと抱きかかえられるんだな。ケイって案外力持ち?」
「伊達に何年も傭兵生活してないわよ。それに、鎧ってシフくん皮製じゃないの。せめて金属鎧を着込んでから感嘆しなさい」
「嫌だよ。重さはどうってことないけど、動きが阻害されるし」
意図的に軽口を叩き合いながら、シフとケラシーヤは洞窟の前に到着した。ケラシーヤの言う通り非常に広々とした空間で、戦闘するには充分な広さだろう。
「さて、どうやっておびき寄せる?」
「すぐに出てくると思うわ。シフくん、っていうか人間がいるもの」
イビルは、恨みを持つ対象がいると、かぎ分けるのだという。
魔竜は子どもを殺した傭兵だけではなく、人間という存在を恨んだそうだ。そのため、時々町で暴れているらしい。
すぐに、洞窟の奥で鳴動する気配がある。
「来るわよ」
ケラシーヤが警戒の声をあげる。
直後、洞窟から魔竜が現れて、同時に咆哮をあげる。ケラシーヤは防御魔法を使っており、恐怖に陥ることなく相対する。
しかしシフには、咆哮が声として聞こえてきた。
『ニンゲン、こんなところまで来たか。我が子の恨みをはらすため、貴様も殺してくれよう!』
「え……? おい、俺の言葉が解るか?」
シフが大声で叫ぶが、魔竜に反応はない。ケラシーヤも何ごとかとシフを見たが、すぐに把握したようで指示を出してきた。
「人間でもイビル化したら言葉は話すけれど聞く耳は持たないわ!」
「そうか、解った! じゃあ作戦通り頼む!」
シフが魔竜に話しかけて、その後に叫びながら移動をしているうちに、魔竜は大きく息を吸い込んだ。
炎のブレス。魔竜ともなると、岩どころか鉄をも溶かす高温の炎となる。
ケラシーヤに身体能力が上昇する補助魔法をかけられて、シフだけが対象となるような位置まで移動する。ケラシーヤが何やら叫んでいるが、魔竜のブレスが放たれたため、一切の音が遮断される。
シフの視界が真っ白に染まり、長いようで一瞬の炎が通り過ぎた。
「ブリザードストーム!」
魔竜の隙を突いて、ケラシーヤが攻撃魔法を放つ。シフが初めて見る大規模魔法だ。
ゲーム中では精霊は一体しか呼べなかったのだが、ケラシーヤは当たり前のように二体呼び出している。
「精霊を二体も?」
魔竜の身体全体を覆うほどの氷の嵐が、シフの目の前で吹き荒れている。先ほどの炎とは真逆の冷気。
魔法が終わったのを見たシフが、近付いて槍で突き刺そうとするのをケラシーヤが手で制して、続けざまに同じ魔法を四発、連続で発動させて打ち込む。
あたりに魔竜の咆哮が響き渡り、シフには痛みで叫んでいるのが解った。
肩で息をしているケラシーヤに内心で賞賛の言葉を浴びせながら、シフは槍を使って突撃をかける。
魔竜はシフの突撃に気付いて避けようとするが、翼は傷付いており、飛べないようだ。
「おらぁ!」
飛竜の時よりも長い距離を走り、力が入っていたにも関わらず、鱗の隙間を縫って槍の穂先が食い込む程度だ。ゲーム時代に隙間を狙う『ペネトレイト』の技術が活きたが、倒すには相当の時間がかかりそうだ。
「ガアッ」
「うわ、っと」
鋭い爪、尻尾と魔竜が攻撃を繰り出し、シフが尻尾をしゃがみ込んで避けた時に、ケラシーヤから声が飛ぶ。
「横に避けて!」
しゃがんでいて周りが見えないまま、ケラシーヤの声に従い横へと飛ぶ。
間一髪で、シフがしゃがんでいた場所を魔竜の首が通り過ぎた。飛竜とは比べものにならない速度と威力で、地面が大きく削れる。
「やっぱり、強いな」
「もう一つ奥の手。少し時間稼いで」
ケラシーヤが弓を構えて、魔竜に向ける。シフは魔竜の意識がケラシーヤに向かないよう、位置取りに注意しながら立ち回る。
「エルフの弓術、その奥義。ゾイルから教えてもらった速射術。合わせると魔竜といえど、ただでは済まないわよ!」
ケラシーヤは精神を集中させるためか小声でつぶやきながら、三本の矢をほとんど時間差無しで魔竜の目に向けて撃った。飛んでいく矢には氷属性が付与されており、魔竜に対する効果が高い。
寸分違わず魔竜の目に当たり、これまでで一番大きな悲鳴を上げる。命中した目からはドクドクと血が流れており、片目が見えなくなっているのは間違いない。
「ケイ、危ない!」
シフが叫ぶとほぼ同時、ケラシーヤに向けて魔竜が尻尾を振りかざした。
シフはケラシーヤと魔竜の間に立ちふさがるが、尻尾を止めるには間に合わない。
「くぅっ!」
咄嗟に、ケラシーヤが持てる防御手段をすべて使って防ごうとするが、避けたりは出来ずに吹き飛ばされる。
運良く飛ばされた先は山の下ではなく岩場だったが、ケラシーヤは背中から思い切り叩きつけられ、嫌な音が鳴ってケラシーヤは意識を失った。
シフは心の奥底から叫び声を上げる。
「貴様、許さん!」
魔竜がさらにケラシーヤの方を向いていたが、シフの怒気に当てられたのか、シフの方を向く。
ケラシーヤを放っておくのは危険だが、魔竜が自由な状態のまま向かうわけにはいかない。
振り回す尻尾と爪を避けながら、一発を食らう覚悟で大きく振りかぶり、魔竜の前脚目がけてハルバードの斧部分を叩きつけた。
サムライのスキルにあった『一刀両断』。威力に特化した攻撃で、ゲーム中はクリティカル確定の攻撃だったが、現実にはそういった特徴はない。それでも、魔竜の鱗を上から斬りつけてかち割るだけの威力がある。
バキン、と音を立てて斧の刃が欠ける。だが代償としては妥当だったようで、魔竜の前脚の指が二本ほど飛んでちぎれていった。
魔竜は痛みで吠えながらも、シフの隙を見逃さずに逆の脚をシフに叩きつけた。防ぐために片手で槍を構えるが、魔竜の爪で吹き飛ばされ、腕の肉を削り取られる。
「ぐう……」
片目が潰れ、翼もぼろぼろ。脚の指も千切れたにも関わらず、戦意は失っていない様子だ。だが、シフが吹き飛んだ時に潰れた目の方だったため、目標を見失っているようだ。首を振ってシフを探している。
一方のシフも、戦意をまったく失っていない。ほぼ千切れかけの腕にちらりと目を向け、ケラシーヤから受け取っていたヒーリングポーションを飲む。それと合わせて、すぐ近くで呼吸のたびに血を吐いているケラシーヤに、無理矢理ヒーリングポーションを流し込んだ。
すぐに呼吸が正常な状態に戻るが、目を覚ます気配はない。
「後は、俺とあいつ、どっちが先に致命傷を食らって倒れるか、だな。俺のお姫様が見ていないのは残念だが、目を覚ますと勝負が付いていた、というのも悪くない」
不敵に言い放ち、シフはケラシーヤを魔竜の見えない位置に移動させてから、雄叫びを上げて再び魔竜へと突撃していった。
ケラシーヤが目を覚ますと、僅かに遠くで戦っている音が聞こえる。
すぐにぼんやりとしていた意識が覚醒して、慌てて起き上がって音の鳴る方へ向かう。
「うわ……」
ケラシーヤが目にしたのは、全身傷だらけの魔竜と、同じく傷だらけのシフ。
魔竜は尻尾と下半身を引きずるように動いており、もはやシフの攻撃を避けることすら出来ていない。頭の位置も下がっており、ケラシーヤが貫いたのとは別の目も、すでに潰れている。
シフが片手に持った槍を、魔竜の唯一動いていた腕へと突き刺し、魔竜の動きが止まった。
一方のシフも満身創痍で、片手からは大量の血を流しており、まったく動いていない。
シフはケラシーヤが目覚めたのに気付いて、振り向いて笑顔を見せる。
「ケイ。勝負、付いたよ」
「シフくん!」
ケラシーヤは慌てて駆け寄り、懐からヒーリングポーションを取り出し、シフに渡す。
シフはヒーリングポーションを受け取るも、飲まずに魔竜へと目を向けた。
「なあ。お前、途中から動きおかしかっただろう? 何があった?」
『ニンゲンに、話すことなど何もない』
「俺の声が聞こえてるじゃないか」
『ニンゲン、お前は何者だ。我や亡き我が子ならばともかく、ニンゲンごときにイビルの呪縛を解けるものが、いようはずもない……』
シフは魔竜の言葉の意味が解らず、眉をひそめて聞き返す。
「呪縛を解く?」
『そこのエルフなら知っていよう。我はイビルの対極に位置するもの。魔の根源を滅ぼすのが存在理由である。いや、あった。イビルに堕ちてニンゲンに討伐されようとはな……』
魔竜の声には、自嘲の響きが混ざっている。
「俺は……人間だが、特殊な存在なんだろうな。転生を繰り返して、今の俺がいる。どうしてか解らないが、その途中、お前の子どもとして生まれていたようだ。お前の子どもが殺された後、今の俺に転生した」
『……ニンゲンよ。それは嘘ではないな?』
真剣な声音で聞き返してくる魔竜に、シフが頷く。
「ああ。お前と会話をしているのが、何よりの証拠にならないか?」
『そうよな。我が子の魂は、滅してはいなかったか。ニンゲンよ。我が息子の魂を受けた者よ。この地に潜む闇の者、ヴァンパイアの始祖シンを、我に変わって滅してくれぬか』
「シン? ヴァンパイアの始祖?」
『我のみでは、周りの眷属などに手こずり滅せなんだ……ニンゲンよ。お前ならば、他のニンゲンたちの手を借りるなり、手段はあろう。奴らは、ニンゲンの生活にもにじみ寄ってくる。今は眠っておるが、我が死を知れば動き出すやもしれぬ』
「どこにいるんだ?」
『今、奴らがどこにいるかは知らぬ。こういうのを、お前たちニンゲンは雲をつかむような話というのだろう。だが、ニンゲンよ。お前は元々竜であるのならば、雲くらい掴めるであろう』
話をしているが、魔竜の命がもう僅かしかないのはシフの目にも明らかだ。
「魔竜、いやゲオルギオス。これを飲め」
シフが言いながら蓋を開けると、隣でケラシーヤが何か言いたげに身じろぎするが、黙って二人のやりとりを見ている。
『無駄だ。我の浄化の力と同等であれば、イビルの呪縛は死とともに解けるのだ。それを飲んだ瞬間、再びイビルの特質を得て、弱っているお主とそこのエルフを食ってしまうだろう』
魔竜の言葉に、シフは手に持ったポーションに蓋をする。自分だけならともかく、ケラシーヤを無駄に危険な目に合わせるつもりはない。
言葉もなくたたずんでいると、魔竜がこれまで初めて聞くような、優しい声で吠えた。
『ニンゲンよ。最後に、名前を教えてくれ』
「シフ。今の名前がシフで、竜に転生する前は、ライデン。俺の国の言葉で、雷を意味する言葉だよ」
『シフ。それにライデンか。良い名だ。それに、もう一つ名前を追加してはくれぬか。我が子であった時の名前は、カドモス。名乗る必要はない。ただ、覚えておいてくれたら、嬉しい……』
「ゲオルギオス。俺とお前の約束だ。カドモスというのも、間違いなく俺の名前だと、心に刻もう」
シフの宣言に、魔竜が初めて笑い声を上げる。
『ふふ。良い育ち方をしたな。では、さらばだシフ。永き生に飽いていたが、最後に楽しい勝負ができた。感謝する』
最後まで語り終えて、魔竜ゲオルギオスは息を引き取った。




