魔竜退治の旅路、前哨戦
魔竜退治に出発する日、シフはケラシーヤと別行動を取って、六歌仙の本部へとやってきた。
正面から入らず、裏口に回る。すでにトリが出てきており、うろうろとシフが来るのを待っていた。
「おはよう、トリ。早いな」
「おう、兄貴。今日は兄貴が出発する日だろ。せっかくだから、見送りにな」
トリは見た目は普段と変わらない態度でシフに接してきた。
ケラシーヤも一緒に行くと言っているので、普通の魔物退治とは違っているのも気付いているだろう。それにも関わらず普段と変わらないのは、気遣ってくれているのが見て取れる。
小さなことだが、トリが成長しているように見えるのはシフにとって非常に安心できる材料だ。
「わざわざ悪いな。ちょっと遠いから、腐らないような土産を用意するよ」
「おう。そんで、兄貴」
少し躊躇する様子を見せていたが、すぐに手に持った何かをシフに差し出した。
「これ、ケラシーヤ姉ちゃんの分。兄貴と同じお守り」
「わざわざケイの分も作ってくれたの?」
「姉ちゃんにも、仕事を紹介してくれたり、世話してもらったからな」
そのお礼、と言うトリにケラシーヤに変わってシフは礼を言う。
「ありがとう、トリ。確かに預かった。必ずケイに渡しておくよ」
「おう、頼むわ」
いってらっしゃいと送り出されて、シフはケラシーヤとの待ち合わせ場所である町の正門へと向かった。
シフが正門に到着すると、ケラシーヤの他に、副団長のゼロと初めて六歌仙へ行った時に受付をしてくれたミーアが一緒だった。他にも人通りはあるが、それぞれ出発の準備で忙しそうにしていて、シフたちに注目するものはいない。
ケラシーヤとゼロが、用意された馬の手綱を手にしている。
シフはゼロとミーアに挨拶をしながら、ケラシーヤにお守りを渡す。
「これ、トリからケイにって。身を守ってくれるお守り。お世話になったし、無事に戻ってくるようにってさ。手作りだから、ちょっと不格好なのは大目に見てあげて」
「あら、可愛い。嬉しいわ」
言いながらケラシーヤがお守りを首から提げて、ゼロとミーアに向き直った。
「では二人とも、悪いけど留守の間、よろしくね」
「かしこまりました」
「お任せください。ご自宅のお掃除も、しっかりとやりますね」
ゼロが堅苦しく答えて、ミーアは明るく請け負う。
シフはゼロから馬を渡されて、礼を言って馬に乗った。ケラシーヤも危なげなく馬に乗る。
馬上の人となった二人はゼロとミーアに挨拶をしてから、連れだって正門をくぐった。
「ケイ、まずは飛竜の退治でいいのかな」
「そうね、被害があった町へ行って、そこからは巣穴を探しておそらく山登りね」
馬に揺られながら、道を進む。歩くよりも速いせいか風が冷たい。道に並ぶ木々も葉を散らしており、見ているだけで寒さが増すような気がする。
山を登ると平地よりさらに寒いだろうと思い、シフは少し顔をしかめた。
「山登り?」
「ええ。空を飛ぶ竜は山に棲むものが多いわ。高いところが好きみたい」
「そうなんだ。防寒対策も必要だな」
「私はともかく、シフくんは動きが制限されないように注意しないとね」
「もこもこと着込んで立ち回りは無理だもんな」
「火の精霊を呼んで暖は取れるから、あまり心配しなくても大丈夫よ」
嫌そうにしているシフに、ケラシーヤが安心させようと付け足す。
そういえばと、シフは気になっていることを口にする。
「前に火の魔法をぶつけられた時、服も燃えなかっただろ。じゃあ、たき火に飛び込んでも大丈夫なのかな。でも旅に出る前は熱いって感じたりしたけどなぁ」
「気になるなら試す?」
ケラシーヤが、面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに笑みを浮かべる。シフは身の危険を感じて、慌てて首を横に振った。
「いや、遠慮します。戦闘に影響しないし、暖を取れるなら問題ないし。だから火の精霊はしまって」
「あらそう? 残念ね」
徒歩の旅人を追い抜きながら、馬はゆっくりと歩を進める。
そして数日後の夕方頃、シフたちは飛竜の被害を受けているという町に到着した。
馬から降りて、手続きを済ませて町に入る。フランよりは小さいが、それなりの規模はある。
馬小屋のある宿で部屋を取ると、明日の朝から出かけるためにも、今日のうちに依頼主に会いに行こうと決める。
「依頼主は商業組合ね。行きましょう」
「町長とかじゃないんだ」
「実際に町が襲われているんじゃなくて、道を行く荷馬車が襲われているらしいの。だから、商業組合が困ってるわけ」
流通が滞ると、商人にとって大打撃だろう。なるほどと納得しつつ、シフはケラシーヤと一緒に依頼人へ会いに行く。
商業組合の建物は六歌仙の本部のような機能を重視した無骨な建物と違い、入り口の扉も華麗な鳥の飾り付けがされており、見た目が派手な設計になっていた。
ケラシーヤに聞くと、どこも似たような派手な造りをしているらしい。
「依頼を受けて話を聞くのは、シフくんがやってちょうだい。私が直接出るのはちょっとね」
「ああ、そっか。解った」
中に入り、受付に六歌仙の依頼で来たと告げる。依頼書と団員証を見せて確認が済むと、すぐに応接室に通される。
しばらく待つと、護衛を連れた男性が入ってきた。
「お待たせしました」
入ってきたのは飛竜被害に関する担当者と名乗る。
シフも挨拶をして、事情を伺った。
「これまで、飛竜は街道の南から来て襲った後は同じ方向に戻っているので、飛竜の巣は南にあるのは解っています。詳細な位置までは解らないのですが」
「南にある、標高の高い山は?」
それまで黙って控えていたケラシーヤが、疑問を投げかける。
それならこの山だろう、と場所を伝えてくる。山までは馬で二日ほどの距離があり、途中にいくつか村もある。
飛竜の目撃情報を聞けば、目的の山に棲んでいるかどうか解るだろう。
担当者との話が終わり、シフたちは商業組合の建物を出て、宿へと戻った。
荷物の整理をしながら、それぞれの寝台に座る。
「今回の担当者は、話が解る人で良かったわ」
「そうなの? 普通だと思ったけど」
シフは依頼主の例をあまり知らないので、今回の丁寧な対応が普通だと思っていた。
しかし、ケラシーヤに言わせると善し悪しがあるらしい。
「飛竜討伐でシフくんと私の二人なのに、不審そうな顔をしなかったし。上の教育か、彼の資質か解らないけれど。どちらにしても、この町は近いうちに発展していくかもしれないわ」
「へえ。ちなみに、発展までどれくらいの年数を想定してるの?」
シフの質問に、ケラシーヤは首を傾げる。
「だいたい二十年から三十年くらいかしら。町を広げるのは色々と困難がともなうもの」
「二十年は長いな。ケイにとっては、短いかもしれないけど」
ケラシーヤの感覚が、かなりエルフらしいものになっているようだとシフは思った。何百年と生きるのだから当然だが、シフにとっての二十年と、ケラシーヤにとっての二十年は意味合いが違っている。
ケラシーヤはシフの死後も何百年と生きていくのだ。そう考えると、お互いに依存しすぎるのはまずいだろう。
「シフくん」
そんなことを思っているとケラシーヤが立ち上がり、シフの横に来る。そのまま座って、シフの手を握った。
「生きる年数が違っても、一秒の長さは変わらないわ。こうやって横に座って、手を握ってるだけで胸は高鳴るし、飛竜は別としても、魔竜との戦いで生死を共にするのも変わらない。未来を怖がって今を楽しまないのは、もったいないと思わない?」
ケラシーヤはシフの手を自らの胸元に持っていく。確かに鼓動は早く、高鳴っているようだ。
旅の最中に着ている革の鎧越しではない、柔らかい触り心地に、シフの煩悩が刺激される。
ケラシーヤとは別の意味で鼓動が早まり、顔を赤くしながらシフが抗議する。
「ケイ、卑怯」
「あらそう? でも、間違っていないと思うけど」
僅かだが距離を取ろうとしたのを敏感に感じ取られて、まいったとばかりに自らの考えを振り払う。
そしてシフは、柔らかく微笑んでいるケラシーヤにそっと口づけをした。
翌日、シフたちは早い時間から、飛竜の棲むであろう山を目指して出発した。
途中の山に近い位置にある村に立ち寄り、飛竜の目撃情報を聞く。
「狩りをしていると、時々みかけるな。幸い、この村付近は飛竜の巡回範囲じゃないようだが、もし目を付けられたら壊滅するかもしれねえな」
その時はしょうがない、と気楽に肩をすくめる村人に礼を言って、シフたちは馬を預けて村を出る。
「壊滅するって、えらくあっさり言ってたね」
「シフくんの村がどうだったかは解らないけれど、どうしようもない魔物の襲来は、地震や竜巻みたいに、天災の一種なのよ。祈ってもどうにもならないし」
「でも、六歌仙みたいな傭兵団に頼めないの?」
自らで対処できないなら、対処できるところに頼めば良いと思う。特に魔物の襲来だと、本当の天災と違って倒してしまえば生き延びられるのだ。
「飛竜なんて、討伐するとなれば相当高いわよ。村での生活は貨幣がいらないし、滅多に町へ行かない人は、ほとんどお金を持っていないわ。行商が来た時に少し買い物が出来ればいいくらいね」
「俺の村だと魔物の素材で稼いでいたから、今考えると結構潤ってたな」
「魔物って、シフくんが退治していたの?」
「父さんや他の人にも手伝ってもらっていたけど、結構退治したよ」
村それぞれ、事情が違うのは当然だろう。シフやシフの父親のような、戦う技術に秀でた人がいる村の方が珍しい。
そんな話をしながら歩いているうちに、山の麓に到着した。山は木々が生い茂っており、視界は悪そうだ。
「さて、飛竜はいるかしらね」
ケラシーヤが独り言をつぶやき、シフは山を眺める。何がどう、と明確な理由は答えられないが、飛竜がいるという確信がある。
シフは、山頂と少しずれた方を指さす。
「いる。あっち。何て言ったらいいのか解らないけど、気配のようなもの?」
「……そう。じゃあ、そっちに行きましょうか」
深くは問わずに、ケラシーヤが賛同した。
そして二人は前後に並んで道のない山を登る。
周りは冬にも関わらず木々の葉が生い茂っているせいで、非常に薄暗い。
「シフくん、見えにくいんじゃない? 前、変わろうか?」
「大丈夫。俺、意外と夜にも見えるんだ」
「色々と規格外ね」
ケラシーヤは呆れたようにつぶやいてから、はっと気付いたように質問をしてくる。
「シフくん、じゃあ、夜も暗くしてるけど、見えてるの……ね」
言っている途中に、質問の意味がないと気付いて、肩を落とす。
あまり深く突っ込んで機嫌を損ねるとまずいので、端的に励ます。
「大丈夫。ケイは綺麗だから」
シフの言葉に、後ろからケラシーヤがゴツンと頭を叩く。
「もうちょっとこう、女性に対する配慮というか、心配りというか、そういったものを持ってよ」
「あなたがそれを言いますか」
他の目がある時は凛々しく振る舞っているが、シフと二人だけの時はかなり強引だ。
シフの言葉に、ケラシーヤは気まずそうに目を背ける。
「うー。馬鹿」
恥ずかしそうな様子でつぶやいたのを笑って流して、いつのまにか止まっていた足を再び動かし始める。
「大分近いよ」
「解ったわ」
馬鹿なやり取りはなりを潜めて、足音を立てずに近付く。
入り口が大きく開いた洞窟が、二人の視界に入る。ゆっくりと気配を伺いながら近づいて行く。
「寝てる……のかな」
洞窟の奥からは、空気の動いている気配はない。
シフはケラシーヤに少し距離を開けるよう指示して、洞窟へと入った。
入り口の高さが、およそ八メートル。幅はそれより少し大きく、十メートルくらいだろう。直径十メートルで、下が少し欠けた円状といった形だ。
「竜の気配はあるから、慎重に進むね」
頷くケラシーヤと一緒に進んでいくと、物音は一切立てていなかったが、竜が気付いたようで、洞窟内に咆哮が響き渡った。
竜の咆哮には、聞いたものを恐怖に陥れる効果がある。だが、シフもケラシーヤも、平気な顔をしている。
「ちっ、気付かれた」
「シフくんが解るように、向こうもシフくんが解ったのかもね」
外で飛び回られるよりも、洞窟内で戦う方が間違いなく楽だ。
ケラシーヤの言葉が正しいのかどうか解らないが、ここまで気付かれなかった時点で成功していると思い込む。
足音を気にする必要がなくなったため、走って最奥を目指す。
「ケイ、なるべく俺が戦ってみるから」
「ええ。でも足止めくらいはするわよ」
「それは任せる」
少し走ると、飛竜も向かってきていたようで、少し開いた空間でシフたちと飛竜が対峙した。
「うわ、赤い」
げんなりとした様子で、ケラシーヤがつぶやく。竜は、身体の色が司る属性を表すらしい。
赤の場合は火。魔竜も身体が赤く火属性で、ケラシーヤ最大の火力『サラマンダーの槍』が一切効かない。
下位種とはいえ特性は同じで、この飛竜にも火は効かないのだ。
「ケイって火以外に何か出来るの?」
「ゲームの時代とは違うわよ」
言いつつ、ケラシーヤは水の精霊を召喚する。
あらためて咆哮を上げている飛竜を横目に、シフも覚えたばかりの筋力増強の補助魔法を自らにかけて、飛竜へと突進した。
飛び回るほどではないが、攻撃を避けるくらいは出来ると考えたのだろう。飛竜は翼を広げてシフの突進を避けようとする。しかし、それを見越してケラシーヤが『ウンディーネの抱擁』という魔法を使用している。
氷属性の攻撃魔法で、さらに岩と足を氷で固定させて、動きを封じる効果がある。
「ちぇいっ!」
避けられない状態で放たれたシフの突撃で、槍が竜の皮膚を貫通し、斧部分が半ばまで腹に吸い込まれる。
次の攻撃のために抜こうとするが、途中で引っかかりすぐに抜けそうにない。
そして力を入れて抜くよりも速く、竜が前脚を振ってきた。槍を諦めれば避けられそうな攻撃だったが、シフは避けずに攻撃を受ける。
身体を動かし、かろうじて槍を自らの身体と竜の爪との間に挟み込むと、反動で槍が竜の腹からズボリと抜ける。
「おぉ、補助魔法の効果凄いな」
竜の攻撃で吹き飛ぶかと思ったが、シフはその場で立ったまま、受け止められた。
次に繰り出される尻尾の横振り攻撃も、槍を縦に構えて受け止める。そして柄の部分で尻尾を殴りつけた。
腹から血をだらだらと流しながら、飛竜は怒り狂って脚を振り回し、噛みついてくる。
いくら堅くなっていても噛みつかれたらまずいと思い、シフは気を付けて飛竜の動きを見極める。
噛みつき攻撃は危険だが、隙も大きい。シフは攻撃を横に避けて、首が高い位置に戻るよりも速く、ハルバードの斧で首筋を斬りつける。
斧で斬りつけて首から血をまき散らしているが、切れる気配はない。
下位とはいえ、さすがに飛竜の生命力は大したものだ。
「ケイ、もう一回動きを制限してくれる?」
「はいはい、喜んで」
バキンと音を鳴らして飛竜が氷を割る。しかし直後、再びケラシーヤが魔法で飛竜の動きを封じた。
首や腹だけでなく、前脚や翼にも攻撃を重ねて、ようやく動きが鈍くなってくる。
そして鈍くなったせいで、隙が少なかった頭を狙えるようになった。
「こいつで、とどめっ!」
叫んで、シフが竜の頭へ槍を突き刺す。脳まで達したのだろう、飛竜は断末魔を上げて倒れ伏した。
「ちょっと疲れたけど、案外弱かったな」
「いやいや。シフくんがおかしいだけだから。私が百年かけて築いてきた強さ、下手したら超えてそうよね」
「どうだろ。戦士と魔法使いは、相性があるから。一概にどちらが強いとは言えないぜ」
「私は並の戦士には負けないわよ。それでも、シフくんの硬さは異常だと思うわ」
途中、爪での攻撃を腕に受けたが、腕が吹き飛ぶような結果にはならず、裂傷が付いた程度だ。
それももう、ケラシーヤの回復魔法で完治している。
「俺も、思った以上の硬さでビックリしたよ」
飛竜を圧倒したからといって、魔竜相手に、どこまで戦えるかは解らない。だがシフは、挑むだけの下地は充分にあると自己分析する。
「そういや、ケイの魔法も凄かったね。ゲームだった頃は、水の精霊にあんな攻撃手段なかったよね」
「ゲームはプログラミングされた世界だからね。現実はもっと自由よ。魔竜相手の時は動きを止めたりは出来ないでしょうけど、本気で行くわね」
ところで、とケラシーヤは竜の死体に目を向ける。
「これ、素材としては優秀なんだけど、持って行けないわね」
かなりの大きさなので、持ち運べるようなものではない。
「放っておくと肉は腐るでしょうけど、鱗や爪、牙なんかは残るでしょうから、それだけでも後で回収できるように手配するわ」
「ああ、任せるよ。そういや、俺の前世の身体も、素材にされたのかな」
一切シフの記憶にないとはいえ、前世の身体が素材にされたというのは妙な気分になる。
「魔竜、当時は魔竜じゃなかったけど、親竜の目を盗んで討伐したから、牙と鱗を少ししか持って帰れなかったみたい。それは討伐した奴らが持っていたけど、今はどこに流れたか解らないわね」
回収できればいいんだけど、と言うケラシーヤに、笑って否定する。
「別にいいよ。それより、帰ろうか。疲れた」
「ええ。討伐証明の代わりに、牙と前脚一本くらい、持って行きましょう」
用意していた大きめの革袋に、切り落とした前脚を入れる。シフが担いで、二人は山を後にした。




