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百年遅れの英雄譚  作者: すっとこどっこい
第二章 少年時代(魔竜討伐編)
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出発までの日々 その3

「おはよう、シフくん」


 シフが目を覚ますと、すでに目を覚ましていたケラシーヤが挨拶をしてきた。


「おはよう。えっと、大丈夫? 痛くない?」

「ん。問題ないわ。私、こう見えて丈夫なのよ」


 ケラシーヤは腰に手を当てて少し具合を探ってから、全裸のまま起き上がる。少しよろけたが、歩くのも支障はなさそうだ。シフが気恥ずかしくて目を背けると、くすくすと笑う気配がある。ケラシーヤは用意していた布を身体に巻いて歩き出す。


「身体を洗ってくるわ。それとも、一緒にお風呂に入る?」

「いいよ。一緒に入ったら、もう一回したくなるし。後から入る」

「そう? じゃあお先に」


 ケラシーヤが部屋から出て行ったのを確認して、シフも布を手に取る。

 しばらく待っているとケラシーヤが服を着て戻ってきたので、入れ替わりでシフも風呂へと向かった。

 ケラシーヤの家はかなり小さめで五つほどしか部屋がなく、侍女なども雇っていない。ほとんど眠りに戻ってきているだけらしい。

 シフが風呂を済ませて部屋に戻ると、ケラシーヤの姿は見えなかった。別の部屋かと思って部屋を出ると、台所からケラシーヤの気配がする。


「お風呂、ありがとう。朝食の準備?」

「ええ。もうちょっと待ってね」

「何か手伝う?」

「大丈夫。座って待ってて」


 ケラシーヤは台所で野菜を切ったり、パンを焼き直したりと、ぱたぱたと動いている。

 せめて運ぶくらいはやろうと思い、シフは近くで待つ。すぐに用意が終わって、料理を運んで椅子に座った。

 それぞれにお祈りなどを行い食事をする。


「シフくんは、出発までの間どうするの?」

「もう一回くらい、硬そうな魔物の討伐を受けようかと思ってるんだけど」

「そう。それがいいかもね。硬そうなのだと近場は難しいかな。遠くてもいいなら、亀とか異様に硬いのがいるわね」


 ケラシーヤの言葉に、シフは小さく唸る。


「亀かあ。海の方だよな。魔竜って海の方向?」

「魔竜は山。方向は全然違うわね」


 無駄に日数を必要とするのは効率が悪い。


「硬さはそれほどじゃないけど、前哨戦としては他に飛竜なんかもいるわよ」

「飛竜?」

「ええ。空を飛ぶ竜だけど、知能は低くて火も吐かないの。南の国では、手懐けて乗りこなしたりもしているわ。メイアーヌ王国には騎竜の技術はないけどね」


 確かに、系統が似ているのであれば、前哨戦としては悪くない。飛竜にあっさりと勝てないようでは、魔竜に挑むのは無謀だろう。


「じゃあ、それを退治に行くかなあ」

「魔竜退治で動く時に、それの依頼を出そうと思っていたんだけどね」

「ふうん。じゃあ早めに出発してもいいかもな」


 シフが何気なくつぶやくと、ケラシーヤは血相を変えて止めてきた。


「それは駄目よ。その、槍の準備もいるし。他には、えっと、そう、そもそも魔竜の住処を探さないといけないし」

「ケイ」


 挙動不審なケラシーヤを見据えて、シフは疑問を口にした。


「お前、何か企んでる? やめさせようとしてんの?」

「別にやめさせようとはしてないし、企んでるわけじゃないわ」


 ケラシーヤはそう言いながらも、シフと目を合わせようとしない。

 後ろ暗い何かがあると、態度に出ている。


「ケイ」

「本当よ。魔竜が退治されたら、確かに助かるもの」

「言わないなら、槍もいらない。今日から魔竜退治に出かけるよ」


 ケラシーヤが逸らしていた目をシフに向ける。今にも泣きそうだ。


「解んねえな。何でそんなに出かける日を遅らせようとすんの?」

「……怒らない?」

「今、言ってくれないことに怒ってるよ」


 別に秘密を持っているからと怒るつもりはないし、何でも話して欲しいとも思っていない。

 ただ、嘘をついてシフの行動を制限してくるのは許容できない。


「えと、ね。魔竜退治に私も付いていきたいなー、って」


 シフはケラシーヤの言葉に首を傾げる。


「仕事に支障がないなら、いいんじゃないの?」

「え? 付いていっていいの?」

「そりゃまあ、ケイが一緒なら生存率上がるし、断る理由なんてないじゃん」


 ケラシーヤが、むうと怒ったように唸る。


「何怒ってんのさ」

「シフくん、いかにも一人で行くって風だったし。他の人に組まないかって持ちかけられても断ってたじゃないの」

「そりゃ、よく知りもしない奴を魔竜退治に付き合わせるわけにはいかねえじゃんか。それに試験は別として、ケイと組む前に他の奴と一緒に冒険するつもりなんてないさ」


 何やら気を張っていたようで、ケラシーヤは疲れたように机に突っ伏す。


「何よぅ。嫌がるだろうから、ぎりぎりになるまでに断れない状況を作ろうと思ったのに」

「断れない状況って?」

「槍もそうだけど他でも恩を売ったり、今日からここで寝泊まりしてもらって、私と一緒にいるのが当然と思わせたり」


 ケラシーヤの案を聞いて、シフは笑って受け流す。


「ケイには、ある程度なら恩に着たりしないけどな」

「何よ。私はシフくんに無償でご奉仕しろっての?」

「違うよ。ケイはずっと仲間だし、ケイが俺のために動いたり、俺がケイのために動くのは当然だろ?」

「……仲間? 恋人じゃなくて?」


 ケラシーヤは期待半分、不安半分という顔で、シフに疑問をぶつける。

 言い方がまずかったと気付いたシフは、ケラシーヤに詫びを入れる。


「ごめん、言い方が卑怯だった。俺もケイが好きだし、ずっと一緒にいたいと思ってるよ」

「シフくん……」


 ケラシーヤは嬉しそうな顔になり、同時に涙を浮かべる。シフは恥ずかしくなって、顔を少し伏せた。


「嬉しい。種族や年の差を気にされるかな、とか思ってたけど」

「そんなの気にしないよ。その、見た目は若いし、実際に身体も若いし。ただ、黙ってるのも卑怯な気がするから言うけど、もしサクちゃんがいたら、ケイにこれほど惹かれなかったかもしれない」

「それはまあ、そうかもね」


 否定せずに肯定したケラシーヤに、シフが先ほどとは逆に問いかける。


「怒らないの?」

「前にも言ったけど、もしシフくんが他に女の子を好きになっても、それは構わないわ。ただ、一番の座は簡単に渡さないつもりだけどね。サクヤちゃんがいたらどうなったかなんて解らないし」


 前の時は冗談かと思っていたが、本気のようだ。


「ケイ以外に恋人なんか作る気ないし、今後もないと思う」

「ふふ、ありがとう。少しの間は忙しいけど、これからいくらでもお相手するから。今は私だけを愛してくれたら嬉しいわ」

「ケイ、再会してからずっとだけど、えらくあけすけだね」

「さすがに百年も我慢してるとね。エルフとはいえ、性欲だってあるのよ。今世で唯一、身体を捧げたい相手に出会ったんだから、必死にもなるわ」

「えっと。その、ご馳走様です」


 何か間違ったかもしれないと思いつつ、シフはそんな言葉を口走る。ケラシーヤは笑いをこらえて、言葉を返してきた。


「こちらこそ、かしら。それはともかく、そろそろ出るわ。シフくんも、今日からここで寝泊まりするでしょう?」

「ああ、迷惑じゃなければお願いしたいかな」

「じゃあ時間があればでいいから、寝台の掃除っていうか片付けをお願いしてもいい?」

「ん? ああ、確かに早めに片付けた方がいいな。やっておくよ」


 シフが請け負うと、ケラシーヤは礼を言って、準備を整えて出かけていった。

 シフも出かける準備をして、まず宿へと向かう。

 宿の泊まっていた部屋から荷物を持って、店主に黙っていてくれた礼を言って外に出る。その日はケラシーヤに頼まれた掃除以外にやることもなく、ついでにすべての部屋を掃除して回った。



 一日中掃除していたシフは、帰ってきたケラシーヤが驚いたのを見て、にやりと笑みを浮かべる。


「どう、随分と綺麗になったぜ」

「……そうね、凄いわね」


 それほど嬉しくなさそうな態度に、シフは首を傾げる。


「あれ、余計なことだった?」

「そういうわけじゃないけど」


 ケラシーヤは言い渋っていたが、シフが重ねて問うと問題点を指摘してきた。


「もう少ししたら、長く旅に出るのだから、またほこりは積もるわよ?」

「あ、そっか」


 失敗したなと頭をかくシフに、ケラシーヤは少し考える様子を見せる。


「そうねぇ。出かけている間、誰かに掃除を頼みましょうか。週に一回でも掃除していれば、充分に状態は保てるでしょうし」


 ケラシーヤの配慮に、シフは首をすくめる。


「あー、余計なことしてごめん。ほこり積もったら、また掃除するよ」

「綺麗になったのは嬉しいし、汚いまま放置していたのも悪かったし。ミーアちゃんあたりに頼んでみるわ」

「ミーア? 受付の子?」

「ああ、そういえば会ったことあるわね。試験に合格した時に紹介したティナちゃんのお姉さん」

「ってことは、サクちゃんの孫?」

「そうね。子だくさんだったから、結構いるわよ。事情を知っている子は限られるけど」


 口が軽そうな子には教えられないしね、と付け足す。

 それはともかく、ケラシーヤが手に持った夕食を食べるため、食堂へ移動する。温め直したり付け合わせを用意して、食べ始める。


「昨日言っていた槍、何本か用意したから、明日本部へ来てちょうだい」

「早いね」

「私も連れて行ってもらえるなら、仕事が一段落するまでの時間を稼ぐ必要ないから」

「そっか。どんなのか楽しみにしておくよ」


 そんな雑談をしながら食事が進み、夜が更けていった。



 翌日、早い時間にシフはケラシーヤと一緒に六歌仙の本部へと向かう。

 まだほとんど誰も来ておらず、何人か内勤の者が出てきている程度だ。


「部屋に置いているの」


 促されて部屋に入ると、四本の槍が壁に立てかけられている。


「魔法の武器っていうのも二種類あって、金属そのものが魔法の性質を持っているものと、後から魔法で威力や強度を付加したもの。基本的に前者の方が優秀なものが多いわね」


 シフは説明を聞きながら、武器を手に取る。


「それぞれ特性を教えて」


 ケラシーヤに特性を聞くと、重いけれど堅くて丈夫なもの、軽くて弾力に富んで折れにくいもの、切れ味に特化したものがあるようだ。

 シフが気に入ったのは、ハルバードと呼ばれる長さが二メートルを超えるものだった。穂先が尖っているだけではなく、斧のような刃も付いている。

 シフの身長よりも随分と長く重いと言われたものだが、手に持つとそれほど重さを感じない。


「これがいいな」

「そう、解ったわ。じゃあ他のは返しておくわね」

「槍は久しぶりだな」

「そういえば、ゲームで一時期使っていたわね。今の身体と違うし、振って慣れておいたら?」

「ケイがドワーフだった頃な。前のは軽くて持ちやすいものだったし、そうするよ」

「余計なこと言うな。じゃあ、私は仕事があるから」


 ケラシーヤと別れてシフは訓練場へ足を運ぶ。時間が早いせいか、人の姿はない。これ幸いと、並んでいる鎧人形の一つを使って、突きや払いの確認をする。まともに当たると人形が吹き飛ぶので、力を加減して壊さないよう注意する。

 しばらく振って満足したシフは、槍の手入れをし始める。


「言うだけあって、大した腕前だね」


 入り口の付近から、声がかけられた。振り向くと、依頼を眺めていた時にも声をかけてきたカルネの姿があった。


「カルネさん。おはようございます」

「はい、おはよう。シフ君だったね。朝から精が出るね」

「新しい武器なので、具合を確かめていたんです」

「へえ。それ、魔法の武器だよね」


 興味津々という風情だったが、ごまかすように立ち上がる。


「あの、用事があるんで俺はこれで」

「別に逃げなくても、取って食うわけじゃないよ」

「そんな、別に逃げるつもりは」


 ないわけではないが、態度に出すわけにはいかない。シフはどうも、カルネの見透かしたような目が苦手だ。


「そう? じゃあまたね」


 ひらひらと手を振るカルネを残して、シフは訓練場を出てトリに会うために裏へと向かう。

 今日はトリが休みらしいので、一日かけて買い物に誘う予定だ。

 トリに割り当てられた部屋へ行き、中に声をかける。


「トリ、いるか?」

「おう。兄貴、おはよう」

「おはよう。朝食は食べた?」

「当然食べたよ」


 トリは食事に貪欲で、出されたものは好き嫌いなく食べる。本人に言わせると好き嫌いをしている余裕はなかったとのことだが、年齢のわりに小柄なトリが一生懸命食べる姿は可愛いようで、トリは何かと可愛がられている。


「よし、じゃあ行こうか」


 嬉しそうなトリを連れて、シフは町中へ向かった。

 替えの服を買ったり、出かける準備で荒縄や減ってしまった火種を補充する。トリにも細かな生活用品を買っていく。


「トリ、人前に出たりするの?」

「いや、俺は裏方っていうか、下働きだよ」

「そうか。化粧品とか欲しい?」

「そんなのいらねえよ。それより食べ物の方が大事だな」


 トリの言葉に苦笑しつつ、欲しいものを買い与える。

 そして、さんざん買い物をして夕方に別れる時、トリが手に持った何かをシフに渡してきた。


「これ、兄貴にやるよ」


 渡されて手に取ったのは、首からかけられるように紐を通した木彫りのお守りだった。


「これは?」

「俺が作った。下手だけどな、俺の住んでた町で、万難を身代わりになって受けてくれるっていうお守りなんだ。効果なんてないだろうけどな」


 トリが作ったというお守りは、不格好ながら人の姿をしており、手足の長さがでこぼこなのも愛嬌があるとも言える。


「きっと効果あるよ。ありがとう、大事にする」

「いや、大事にするもんじゃねえし」


 突っ込んでくるトリに笑顔を返しながら、もらったお守りを首にかけた。


「さっさと終わらせてすぐに戻ってくるから、良い子にしてろよ」

「大丈夫だよ。大した仕事も任されてねえし」


 トリの贈り物で気をよくしたシフは、浮かれた気分で家への帰路についた。


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